暗い道のりは足元が危うくて不安になりますわ
今でも若干信じられませんが、第5王子殿下と浮浪児童の頭目であるピートが通じていること、そして瓜二つともいって過言ではない程に似た相貌を利用して定期的に入れ替わっていること。
以上のことは事実であると、わたくしは突き付けられておりました。
「懇切丁寧に言わねぇでも、考えりゃミレーゼだってわかるだろうがよ……『第5王子』は将来飼殺し確定済みの、実権なんぞなんもねぇ、若隠居必定の身の上なんだよ。未来の国王様の、望まれない異母弟なんでな」
「そうそう、身分は高くても権力がなければ何もできない。孤児達の地位向上を図るには別のアプローチが必要……そもそも内部から彼らの立場を引き上げる様に指導する必要がある」
ここまではわかるかな、と。
わたくしに向けて首を傾げる殿方2人。
彼らの動きは揃えたように息が合っていらして……本当に、双子ではありませんのよね?
「っつう訳で、内側からの改革と外側から支援してくれる奴のあらさが……じゃねえ調査、それから王宮からの誤魔化し諸々。やることは山とあるんでな」
「僕ら2人、入れ替わり立ち替わり力を合わせて此処まで来たんだ。勿論、名目上の王子とはいえ王の血を引いていることは確かだからね。『第5王子』が王宮にいないと何かと差し障りがあるし、そのへんの調整が必要……だからどちらか片方はこうやって『第5王子の部屋』に引籠って確かに王宮にいることをアピールする必要がある訳なんだけど」
「下手に目立つ訳にゃいかねえんで、元々引籠りだったっつう事実を下地に違和感なく息を潜めて、存在を殺して……な」
「………………これでセドリック兄上が何もしないでいてくれたら、完璧なんだけど」
「国王も王妃も『第5王子』が何やらやってることは察してる様子でなんか黙認してくれてるっぽいし、監視の目さえ振り切らなきゃ放置してくれてっし」
「……監視、ですの?」
「ん? ああ、問題ねえ。俺らにつけられた監視はとっくのとうに懐柔済みだし。それよりあの極楽鳥だ、極楽鳥」
「本当、本当にセドリック兄上さえ僕らに構わないでくれたら……いつか本当に扉を破られやしないかと、心配しなくて済むのに」
余程苦労されているのでしょうか。
困った身内に振り回される苦痛は、わたくしにもよく理解できる感情です。
2人同時に溜息を吐くお姿は、身なりや仕草が違えどもまるで鏡映しのように酷似していらっしゃいます。
……何だか、こんな昔話がありましたわよね?
立場の全く違う、しかしお顔は全く同じ御2人が身なりと共に立場まで入れ替え、翻弄される。
ですが目の前の御2人の場合、故意に行っていることですし、むしろ自らが率先されている為か目的意識がはっきりされている為か身なりでは誤魔化せない精神の同一性が感じられます。
この御2人でしたら、どのようなハプニングも意図して引き寄せたモノに摩り替えてしまわれそうですわね。
「さて、ミレーゼ。俺らの事情をここまで聞いたあたりで、何か質問あるか?」
「……いえ、質問しては深みにはまって取り返しのつかないことになりそうですので、特に何か聞こうとは思いませんわ」
「そら残念だ。けど俺は、お前にちょっと頼みてぇことがあるんだよなぁ」
「…………わたくしは何も持たない身ですわよ。何を要求なさるおつもり?」
「なぁに、簡単なことだ。ちっと俺についてこい」
「まあ。御断りさせていただきますわ」
わたくしがにこりと微笑めば、ピートもわたくしににこっと微笑み返して下さいます。
胡散臭い程に爽やかな気配を漂わせるピートの笑顔に、事情がわからずとも笑いかけられたことで弟もにこにこと顔を綻ばせました。
暫し、向かい合うわたくし達は微笑みを交わし合っていたのですけれど……
「そうは言ってもこの絶好の機会を見逃す気はねーんだよ」
一瞬でがらりと表情を真顔に変え、ピートはわたくし達を見定めます。
彼は問答無用とばかりに、一方的にわたくし達への要求を突きつけるおつもり……ですわね?
ピートは指を1つ鳴らし、1つの名前を呼ばわれました。
「――おい、ニリネ」
それは、あの廃病院の中でピートの指示を伝令するように駆けまわっていた、わたくしよりも小さい幼女の名前で……
一介の浮浪児童が、本来であれば王宮などという至高の場所にいないことは確かなのですけれど。
「なに、ピート」
ですが、呼ばわる声に対する返事は、思いがけない方向から速攻で返って参りました。
声の聞こえた方向へ視線を走らせれば、立っていたのは確かに小さなニリネ当人。
ですが、彼女が出現した場所が何やら予想外の場所で。
わたくしは反応することも忘れ、ニリネの姿を凝視してしまいました。
彼女は、暖炉の上にかけられた風景画の裏側から這い出して来たのですもの。
な、何故そのような場所から……っ?
マントルピースの上に降り立つ身のこなしは、猫のように俊敏。
あら? 彼女はこんなに身軽な子でしたかしら?
「に、ニリネ……?」
「なに? ミレーゼ様」
何でもないといった素振りでわたくしに向けられる、生気の全く感じられない死んだ眼差し。
ああ、確かにニリネですわね……?
首を傾げるわたくしを、更に驚かせたのはピートの一言でした。
「ミレーゼ、さっきの話覚えてっか?」
「先程の……どのお話のことでしょう」
「ニリネ、此奴な? さっき言った、俺らにつけられた監視」
「そう、とっくに懐柔済みの……ね?」
にこっと笑う御2人の、人懐こい笑みがぞわっと背筋に悪寒を走らせました。
か、監視、ですの……。
王が王子につけた監視ということは、玄人に違いありません。
ですがまだニリネは5歳にもなっていないのではないかと思えるほどの幼さで。
彼女が、まさか本当に監視役だというのでしょうか……?
このような年端のいかぬ幼子が監視を務めていたことを問題視するべきなのか、それとも王命でつけられたに違いない玄人の監視を『懐柔』したと断言する彼らが一体何をなさったのか疑惑を持つべきか……。
脳裏に、『触らぬ神に祟りなし』という文言が踊りました。
……ここは、疑問など胸の内に収めるのが賢い方策、ですわよね。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何故、こんなことになってしまったのでしょうね……?
わたくしは今、弟の手を引いて暗い道を歩く事態に陥っております。
本当に、何故でしょうね?
何故か、なのですけれど……
納得のいかない状況なのですけれど、わたくしは弟の手を握って王宮の深淵……隠し通路の奥深くを無防備に無断で歩かせられておりました。
このような事態に陥っているのは、わたくしだけでなく。
いえむしろ、これこそがわたくしに突き付けられた『ピート』の要求なのですけれど。
今この場にいるのはわたくしと弟だけでなく、他に『ピート』、『第5王子』、それから王家直属の暗部『黒歌衆』の所属であるという幼女『ニリネ』の3人も共にいるのですけれど……
正直を申しまして、全く心が安らぎません。
むしろ奇妙な緊張感を強いられているような……これが、王宮にいる為なのか、今夜になって1度に知ることとなった幾つかの事実によるものかは、わたくしにもよくわからないのですけれど。
わたくし達は今、先ほども申しました通り暗い道の中を歩いております。
ニリネがわたくし達の前に姿を現したのは、『第5王子殿下』の私室にある暖炉……の上にかかった風景画の裏からでした。
誰かが現れたということは、必定、暖炉の上にまで至る道があるということ。
わたくしと弟は、『ピート』の要請によって現在、ニリネが現れた道の奥深くを目指して歩いているのです……。
どう考えても一般的な目的を持って繋げられた道ではありません。
明らかに、隠し通路と呼ばれる類の通路でしょう。
わたくしがかつてエルレイクの隠し書庫で見た王宮の図面にも、確かにこのような用途不明の道が……特徴的な点線で表わされていたので、今考えるとアレは隠し通路を現わすものだったのでしょう……幾つもの怪しい道が、図面には記載されていたのですけれど。
実際にこうやって、わたくし自身が足を運ぶことになろうとは欠片も思っておりませんでした。
いざ、有事の際に他に道がなかった場合を除いて。
細身の者でなければ通り抜けは不可能としか思えない道を抜け、暗闇の中に階段を下り、いくつもの脇道や交差路を超えて。
隣に立つ方の顔色すら判断するに難しい、乏しい明かりの中。
オレンジ色に柔らかく踊る影に急きたてられるようにして、わたくし達は深く深く、奥へ奥へと進みゆく……。
……再び、戻ってこれますわよね?
もう2度と日の目は見られないのではないか。
この暗く奥深い地下に誘い込まれたが最後、呑みこまれてしまうのではないか。
闇に対する根源的な恐怖は、人間から切っても切り離せぬものでしょう。
本能的な怖れに苛まれ、わたくしの繊細な精神が怯えて身を震わせそうになります。
幼い弟の前で、姉として無様な姿を示す訳にはいかないと。
ただそれだけで己が精神を律し、矜持を保つ。
恐れなど感じてもいないような顔で、握った弟の手を優しく撫でて恐怖に震える弟を宥めようと……
「くりゃ! くりゃーい!! ねえしゃま、ねえしゃま、くりゃいよー? しゅごーい!」
「……あ、あらふふふ……クレイ?」
く、クレイったら……!
暗闇に怯えるのではないかと思われた弟は、わたくしの予想以上に大物のようでした。
以前、アレン様に誘われて深夜徘徊した時の経験が影響しているのでしょうか。予想に反して、弟は全く怯えていないようです。
この子は……きっと将来出世しますわね。
……ですが弟が握るわたくしの手に、常以上の力が籠っていることにふと気付いてしまいました。
確かに弟は怯えた素振りが見えませんけれど……
わたくしの自惚れでなければ、わたくしは弟にとって思う以上に大きな存在なのかもしれません。
決してわたくしから手を離そうとせず、込められた痛いほどの力がわたくしに示しているのです。
こうして弟が無邪気に、恐れを覚えずにいられるのは……きっと、わたくしが隣に居て、こうして手を握っているからなのだと。
わたくしとて内心はどうあれ、こうして弟の手を握っている現実に縋っている部分があります。
物理的にではなく、精神的に……ですけれど。
弟もきっと、同じなのでしょう。
この子がこうして怯えずにいるのは、わたくしが手を握っているから。
わたくしがいなければ、わたくしが当初予想した通りに怖がり怯え、泣き喚き、どうにも立ち行かなくなっていたのかもしれません。
これがわたくしの自惚れでなければ良い。
わたくしにとっても弟にとっても、現状残された唯一の絆であり、家族なのですもの。
クレイにとって、姉であるわたくしが大きな存在を占める。
わたくしの勝手な憶測にしか過ぎません。
ですがそう思えば……
わたくしの胸は温かい感情を覚え、不思議と弾むモノを感じられたのです。
例え此処が、先の見えない暗闇の中でも。
次回:隠し通路の奥でミレーゼ様が目にしたモノは……!?
a.御先祖様の傍迷惑な遺産
b.兄が残した傍迷惑な名残
c.王家の刻んだ後暗い何か
d.王宮建築家の痛い黒歴史
e.犬(?)が築いた一大帝国
f.全部
「ま、まさか……っ!」
「これは予想外れだぜ……まさかここで、こいつが!」
「そんな、こんなところで……クレイ、ジョブチェンジですの!?」
さて、ど~れだ☆




