第5王子殿下の事情あるいはかつての王宮破局未遂事件
今回は『第5王子』の出生に関する話が入ります。
途中ちょっとどろっとしてるので、苦手な方はご注意を!
「――貴方がたは……何を企んでいらっしゃいますの?」
わたくしの言葉に、2人の殿方は悪びれることも無く。
ただ浮浪児童の身形を変えることも無く、1人が悪びれない笑みを浮かべました。
「あ? 先にも言っただろーが。うちのチビ共……『青いランタン』のガキ共がどん底人生を這いずり回んねーで済むよう、孤児の社会的地位向上と将来に有利な学……」
「そういうことではありません。いえ、それが本音かどうか不可解になりつつありますけれど……ですが」
「んだよ、はっきりしねぇな。自分で話題切り出しといて、しどろもどろと。何が聞きたいんだ、お前は」
呆れたという眼差しの、ピート。
ですがそのような目で見られる謂れは、わたくしにはないと思うのですけれど?
わたくしがこのように振舞ってしまうのも、致し方ないと思うのです。
寄る辺のない子供達の保護と、将来の保証。
真っ当な道を進む為に、必要な支援。
確かに立派なことですし、実行する価値のあることでしょう。
人道的にも、人材養成の結果として得られる利益的にも。
ですが、わたくしには納得が出来ません。
それらのことは……
わたくしに助力を望まずとも『第5王子殿下』のお力で充分に対応できることなのではありませんの?
望む効果を得る為には、如何様にも遣り様がおありでしょうに。
例えこれが、『浮浪児童』個人の望みだとしても。
わたくしよりも遥かに頼れる相手への確実な伝手をお持ちでしょうに……どういうことなのでしょうか。
「わたくしのような没落貴族の娘を頼らずともよろしいではありませんか。それもこのような幼く、何の力も持たぬ8歳児を……」
「……そうは言うけどよ、お前も大概だと思うぜ?」
「わたくしなどより余程『第5王子殿下』は地位も権力も社会への影響力もお持ちのはずですのに」
「……まあ、そう思っても仕方ないけど。対外的にどうかはともかく、『第5王子』に将来的な実権は何も与えられないんだよ?」
「俺らだけの……『第5王子』の権限だけじゃ、どうにもなんねぇ。何せそれは何の実もねぇ、力も何もない薄っぺらな権威だしな」
「……何を仰るのです?」
口々に『第5王子』には何も出来ない、不可能だと。
何の権限も持たず、孤児の庇護などは出来ないのだと。
そう、仰るのですけれど……
国王陛下の実子であるはずの、王子殿下のお言葉とは思えません。
一体どういうことなのかと、わたくしは訝しげな顔をしていたことでしょう。
疑念を隠そうともしないわたくしに、ニヤリと笑んだのはピートと呼んでいた殿方のほう。
「まあ、お前は俺の『同盟者』だかんな。情報の共有……してやろうじゃねーか」
そう言って、此方の意思も確認せずに何がしかの説明を始めようとされるのですけれど……
気のせいでなければ、ですが。
それは……絶対に、厄介事の種と成り得るモノです……わよね?
わたくしは碌でもない予感を打ち消すことも、出来ず。
ですが彼らの『お話』を聞いてしまえば、手遅れとなりそうな気が致しましたので。
出来ることなど限られるわたくしは……そっと膝に乗せたクレイの耳に手を添えました。
先程の耳栓を、手元に残しておいて正解でしたわね……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――第5王子アルフレッド。
未だ成人前につき人前に出る機会は極端に少ないが、本人の問題によって王家でも殊更に情報流出の少ない王子。
まだ成熟していない身体に、重い秘密を1つ抱えている。
彼は王の息子ではあるが、王妃の息子ではなかった。
事の発端は14年前。
誰にとっても思いがけない事件が起きた。
不幸な事件が重なり……王は、手を出してはいけない娘と関係を持った。
国王には側妃、愛妾の類を持つ自由が許されている。
まあそれも、国家の財政を圧迫しない範囲でだが。
本来であれば正妃以外の女性を国王が囲ったからとて、非難されることはない。
多くの女性と関係を持ち、多くの子を持つに至れば……母親とその親族同士の争いが勃発し、泥沼の権力闘争が起こる危険性はあるが。
それでも女性と関係を持つこと自体は、国王に許された権利。
行使されることにより、多くの女性が不幸になる権利だったとしても。
幸いにして、王と王妃の仲は良く、子にも恵まれたことで不安を抱える臣民はいなかった。
中には娘を嫁がせることで権勢を、と野心を抱えた者もいたが。
だが既に4人の王子に恵まれていた為、王子誕生の為にと新しい妃を無理に勧められる事態は起きなかった。
王も王妃を愛していたのだろう。
他に目移りすることなく、王妃以外の妃が迎えられることはなかった。
国家の統治者としても象徴としても、夫婦仲・家族仲の良さは折り紙つき。国王一家の姿に民衆は憧れ、実体の見えない家族像に理想を投影した。そして国王夫妻の仲の良さを実例にあげ、夫婦者に見習えと冗談交じりに口にする。
国王と王妃が婚礼をあげて、既に10年。
誰も今更、国王夫妻の間に波風が立つとは思っていなかった。
本当に、まさか今更波風が立とうとは。
――相手は、王妃の侍女だった。
国王本人の言い訳と、側近達の証言、そして国王の警護を務めていた近衛騎士に陰守り達の証言を纏めると、それは『不幸な事故』だということだった。
修羅場を巻き起こした当事者の、女側にしてみればとんでもない話なのだが。
特に被害者の精神に与えられた衝撃は酷いものがあったらしい。
王妃の顔は能面のように固まり、「――これが国家の習いですもの。王の手癖について王妃の身からは何も申し上げることはありません。ですが相手を選ぶだけの分別はお持ちではなかったのかしら?」と言いつつ、彼女の目は明確に国王への殺意に満ちていた。
国王の浮気相手という形に当て嵌められてしまった侍女も、国王ではなく王妃に縋り付き、泣き喚いて身も世もない。
国王1人が、槍玉だ。
あっという間に、悪いのは国王1人という図式が完成した。
ここで国王が無駄な抵抗――失礼、開き直り自己正当化に走られては、女性陣に何も言うことは出来なかっただろう。その場合、完全に夫婦生活の終わってはいけない何かが崩壊するが。信頼とか、信頼とか、誠意とか。
だが幸か不幸か国王は女性を無碍にする鋼の心臓を持っていなかった。
後先を考えて、有意な損得勘定が出来てしまった為かもしれない。
そしてある意味、国王自身も被害者だったからかもしれない。
事件の発端を作った犯人は、それもやはり王妃の侍女だった。
とはいっても、国王と関係を持った侍女とは別の者なのだが。
非人道的な薬に、身勝手な動機。
同僚の若く美しい婚約者と恋物語の様な幸福を妬んでの犯行。
そして重なった、最悪なタイミング。
それが何人もの人間を不幸にし、運命を歪め、過ちを犯した証ともいえる子供を世に産み落とした。
生まれる筈のなかった子供。
まるで事件の象徴のような子供。
子供は、腹を痛めた訳でもない『王妃の子供』とされた。
勿論それは、表向きのことだったけれど。
あの『事件』はすぐさま緘口令が敷かれ、詳細を知る者が極僅かなら概要を知っている者すらほとんどいない。
事件を揉み消した者の絶妙の手腕によって、例の事件はなかったことになっていた。
だがしかし、流石に生まれてしまった子供のことまで同様になかったこととは出来ない。
子供には、命があるのだから。
これが冷酷非情の為政者であったなら、容易く口封じに母子ともども処分したことだろう。
だが国王はそれをしなかった。
後ろめたさと事件への忌避感から、何人もの大人が顔を逸らす。
何も知らない者は薄っぺらな笑顔で義務的に接してくる。
親しい者ほど子供の出自に隠された秘密を知り、複雑な思いを抱えた。
何も知らずに育てられた子供当人は微妙な違和感を覚え……腫れ物に触るような感覚を、自然と感じ取っていた。
それが子供の鬱屈となり、常に不安に苛まれるような幼少期を過ごす羽目となる。
先にもいったが、王家の醜聞は徹底して隠し通された。
隠蔽の采配を振るったのは、王家に仕える暗部……『黒歌衆』の当時の頭目である。
老齢故の用意周到さで以て、全ては完璧に隠された。
同母兄弟として育てられた、他の王子達ですら1人だけ『異母兄弟』が混ざっているなど思いもよらない。
心苦しさと共に事実を呑みこんだ王国上層部の大人達。
それ以外の事実を知らぬ者達に、末の王子は王妃の子供と信じられた。
誰もが分け隔てなく育てられる王子達の出自を疑いもしない。
しかし一部の者達の『知っている』という事実が消える訳もない。
そういった者達の1人が代表し、王国の未来を思って囁いた。
何かがおかしいと大人のよそよそしさに疑問を抱き始めていた、5歳になる末の王子に。
いくら聡明な子供であろうとも、それだけで全てを呑みこめるはずもなかったのだけれど。
あなたは王妃様の血を分けた御子ではない。
次代の王は実力を示した王子に決まる。
しかし。
御1人のみ、それが適用されてはならない方がいらっしゃる。
聡明なあなたであれば……はっきり言わずとも、お分かりになるはず。
ゆっくりと。
ゆっくりと時間をかけて、噛み砕くように言い含めた。
わずかずつの情報を順番に与え、その度に考える猶予を与えて。
子供から完全に屈託が失われるのに、そう時間はかからなかった。
これは言えないと、子供自らが胸の内に重い秘密を抱え込む。
誰にも知られてはならない。
知られては、己の身が危険と。
5歳児がそう理解するように、囁きを与えた者は抜かりがなく、そして優秀だった。
僅か5歳の王子の思考を、見事そこに誘導しきったのだから。
血筋の正当性。
たった1人の異端。
それが持つ意味など教えられてもいないのに。
幼い子供の聡明さが、彼の未来を暗い闇に閉じ込めようとしていた。
末の王子が部屋に閉じこもり、出てこなくなるようになるまで。
それは……そう、そんなに時間のかからない内のこと。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――と、まあ。そんな感じ」
「実績示して将来的に重要なポストを与えられでもしたら、逆にややこしくて厄介なことになるんだよね……」
「そうそう。だから俺ら、表立って功績が残りそうなこと出来ねーんだよ。ってことで、『第5王子』の立場は理解できたか?」
「いきなり何も前振りなくそのような重いお話をお聞かせ下さってわたくしに何を求めていらっしゃいますの(棒読み)」
わたくしの目の前には、したり顔で頷きを交わす同じ顔の殿方。
曰く双子ではないとのことですけれど、どう見ても双子そのものですわ。
アルフレッド殿下のお衣装を纏っていらっしゃる方も、先程までは毛布に包まって怯えることしきりの様子でしたのに。
……どうやらそれは偽装の一種だったようです。
今までピートとお呼びしていた方が「こいつにゃ偽装の必要ねーよ。なんたって俺の『同盟者』だかんな」と仰った途端、それまでの弱……繊細ぶりがうそのように消え失せました。
いっそ見事な演技ぶりでしたのね……。
今では至って気負いのないご様子で、平然とお茶を口にしておられます。
それでもこうして目の前に並べてしまえば、先程まで顕著ではなくともやはり気質の違いというものが目に見えてわかるのですけれど。
ですが前提としてどちらが真の『殿下』か存じ上げないわたくしとしましては、一体どちらが本物の殿下なのか判断のしようがなくて混乱の極致なのですけれど。
「御2人の語られる『第5王子殿下の出生』に関しては理解致しましたけれど……それは機密ではありませんの? わたくし、口封じに消されたくはないのですけれど。貴方がたはわたくしに、一体何を求めていらっしゃるの?」
「んー……取り敢えず、もちっと驚いてみねぇ?」
「充分に驚いておりますわよ?」
「…………いけしゃあしゃあとよく言いやがる」
「此方の方が逆に驚くほど、ミレーゼ嬢に動揺が見えないけど……『ピート』、彼女はいつもこう?」
「こいつの胆の据わり具合はまさに『豪胆』レベルだぜ?」
「まあ、淑女を目指す身に豪胆だなどと……あんまりですわ」
「ねぇしゃま、ごーたぁ?」
「クレイ、お姉様は決して豪胆などではありませんからね?」
貴族とは身勝手な話題を好きに囀るものですけれど……弟の目の前で根も葉もない嘘を教え込まれては困ります。
変に思いこみを深めて、わたくしを誤解してしまったらどう致しますの。
先ほど『第5王子殿下』の身の上話が始まった段階で、憚りのあるお話の様な気が致しましたので……咄嗟に、クレイの耳に耳栓を装着させていたのですけれど。
聞いてしまうことに差し障りのあるお話が終わったと判断した段階で弟の耳栓を外していたことが災い致しました。
このような偽りを聞かせてしまうとわかっていれば、ずっと耳栓をつけさせておいたのですけれど。
殿方に無駄話をさせない為には、先々にお話を進めてしまうべきでしょう。
わたくしは弟がこれ以上余計なことを耳にしてしまわないことを願い、面白がるような顔を隠しもしないピートにそっと促しました。
「――第5王子殿下が引籠ってしまわれるまではわかりました。それで、その引籠り殿下が、何故市井に混じっていらっしゃるのか……どちらが本物の殿下なのかは存じませんけれど、王都の最下層流域に縄張りを持つ浮浪児集団と繋がりを保持していらっしゃるのは何故なのか……お聞かせ下さいますの?」
「あ゛ー……」
「うーん……『ピート』、教えるのかい?」
「『同盟者』だしな。情報の共有しといた方が、先々にゃお得だろ」
むしろお聞かせ下さらないつもりでしたら、何故このような重要機密の一端をお聞かせ下さったのかと問い詰めたい気持ちが溢れ返りそうです。
「まあ、なーんで『第5王子』が貧民街なんぞふらふらしてんのかっつったら……ああ、うん、お前が言え」
「え、こっちに回す? 『ピート』の方が付き合いずっと長いだろ」
「チッ……あんまここは言いたくねぇっつか、本当ならぼかしてぇんだが。やっぱ言わねぇとな」
「自分で言うって決めただろうに……」
……何やら、説明役を押し付け合っていらっしゃいますわね。
いつもはっきりとした物言いをするピートが歯切れ悪く躊躇う様子に、少々の不安を覚えます。
ピートが言い淀むなんて……どれほどの重大事が潜んでいるのかと、わたくしはにわかに緊張を覚えました。
それもピートの言葉で、最後には吹っ飛んでしまうのですけれど。
「ああ、うん、まあ……はっきり言っちまえば、アレだ。俺らが外ふらふらしてる原因な?」
「ピート、いつもの貴方らしくありませんわよ? どうぞ率直に言っていただけます?」
「…………じゃあ言うけどよ。良いか? 言うぞ?」
「どうぞ?」
どうぞ言っておしまいなさいと促すわたくしに、彼は仰いました。
「アロイヒ・エルレイクに唆されたのが、そもそもの始まりだな」
――どなたですって?
「…………………………」
「おい? あー……おーい、ミレーゼ?」
「『ピート』……彼女、表情も何も固まって……というか息も止まってそうなんだけど。えっと、何これ。大丈夫?」
「いやいや大丈夫だ。きっと大丈夫だ。おい、ミレーゼ! 慣れない奴がいる前で能面化すんな。おい!」
「…………ぴー、と?」
「お、おう」
「どなた、ですって……?」
「……アロイヒ・エルレイクだ」
「どなたですって?」
「だからアロイヒだっつってんだろうが! お前の兄貴だよ、お前の!」
「お……っ」
「お?」
「……っお兄さまぁぁあああああああああああっ!!」
何をやっていますの、あの方は……!
危うく、意識がブラックアウトしそうなほどの衝撃。
わたくしは兄がまた何をやったのかと……思わず叫んでしまう自分を、どうにもできず。
ただただお兄様が目の前にいないことの苛立ちと、全身を支配する衝動に……何やら酷く、破壊的な気持ちが湧き上がるのを自覚せずにはいられませんでした。
お兄様……再会した時には、覚悟を決めて下さいませね…………?
→ミレーゼ様の右手に力が籠る……!!
物事の発端には大体兄の名前がある気がしてきました。
とりあえず姿は見えずとも影響力が大きいことは確かなようです。
『第5王子』出生に関する事情として、彼のお母様に関する説明を『活動報告』に上げる予定です。
彼女が今はどうしているか等、もしも気になる方がいらしたら覗いて見て下さい。




