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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
96/210

あ、開かずの間が……開きました




 深夜の王城を、誰もが眠りに落ちている内に。

 わたくしはクレイと手を繋ぎ、ピートに手を引かれ。

 寝静まった冷たい夜の中を、走って……いるの、ですが。

 ……気のせい、でしょうか。


 何やら先程から、見覚えのある道を辿っているような気がしてなりません。

 

 より正確に言うのであれば、既に昼間、1度通った道です。

 あの時は極r……失礼、第4王子殿下に先導を受けてのことでしたが。

 今度はピートがわたくし達の手を引いて、案内しますの?

 何故、この道を選びましたの……?


 疑問は、確信を得るまで氷解することなく。

 やがてピートが足を止めたのは……やはり、昼にも足を止めた、扉の前。

 ……正直を申しまして、この部屋にはあまり良い印象がないのですけれど。

 

「ピート……?」

「なんか物言いたげな視線を感じっけど……廊下で立ち話もなんだ。とりあえず、中で話そうぜ」

「中で……とは、簡単に仰いますけれど」


 わたくしは困惑を深め、重厚な扉を仰ぎ見ます。

 どうしても見覚えがあるという印象が先に立ちますわ。

 ピートの口ぶりでは、さも気軽に立ち入ることが可能だと仰っているようですけれど……

 

 この扉は、ある種『開かずの扉』ではありませんの?


「……ピート、このお部屋は……その、無理があるのではないかしら」

「あん? ああ……そーいやお前、昼間に乱入したんだって? 極楽鳥の差し金だって言ったって無茶したもんだな」

「さもわたくしが進んで立ち入ったかのように仰るのは止めて下さいませ」

「ま、心配すんなって。今、入れてやんよ」


 ピートはそう仰いますけれど、わたくしにはやはり無理がある様にしか思えません。

 何故なら此処は……重度の引籠り、第5王子アルフレッド様の居室……のはずなのですから。

 他人を拒絶して身内にすら顔を見せることなく閉じ籠る方の部屋へ、どうやって侵入なさるおつもり?

 

 ――結論から申しますと、疑惑は全くの杞憂で終わりを告げました。

 何故なら……


 ピートは懐から掌に納まる金属製の鍵を取り出し、扉の鍵穴へそっと差し込み入れ……無造作に1度回すと、重い金属音が解放を告げました。


 ガチャッ


「よし、んじゃ中に……」

「お待ちなさい」

 

 呆気なく閉ざされていた筈の扉は鍵を開き、ピートが手をかけるとあっさりと僅かな隙間を生じさせます。

 ですが目の前の光景はわたくしには到底信じ難く、受け入れ難いものでした。


「ピート……?」

「なんだ、お姫さん」

「…………何故、貴方が王城の、それも王族の私室の鍵をお持ちですの?」

「企業秘密だ」

「そのようなお言葉では騙されませんわよ?」


 じっとりとした目で見上げても、特に効果はないようで。

 わたくしの視線をいなし、ピートはにやりと悪辣な笑みを浮かべるのみ。

 ……迫力など欠片も持たない8歳児の睨みなど、怖くもないと言いたげですわね。

 気迫のみで相手を自白に追いやったと伝え聞く、曾お祖母様の血もわたくしの身には流れておりますのに……御先祖の偉業には到底敵わぬこの身が、何よりも嘆かわしい。

 いつか、わたくしも偉大なる御先祖様達の坐す高みへと辿り着けるのでしょうか……。不自由の多い身ですけれど、エルレイクの名誉を取り戻すことを切に願う者として、名の威光に頼るばかりではなく……わたくし自身で以て状況に一矢を報いるような力が、この身にあればよろしいのに。


 困惑し、苛立ちを募らせるわたくしになど、目もくれず。

 ですがわたくしの手を、引いたまま。

 此方が居た堪れなくなるほどの気楽さで以て、ピートは第5王子殿下の籠られている扉を、大きく開いて……


「おーい、いるか? まあいねぇことなんざ想定してねーけどよ」

「……ピート、独り言が多くなるのは加齢の証拠と申しますわよ?」

「だったらチビっこいガキは独り言呟かねぇってのか?」

「………………クレイ」

「なーにぃ、ねえしゃま」

「……クレイはずっとお姉様と共にいますものね?」

「あい!」

「ええ、ええ、わたくし達は常に一緒です……ですので、独り(・・)言ではありませんわよ?」

「敢えて論旨ずらしたこと言ってんじゃねーよ」


 大して意味もない軽口を叩きながら、それでもピートの歩みに躊躇は一切ありません。

 ずかずかと、それこそ『我が物顔』という言葉がしっくりくる堂々たる態度を崩すことなく部屋の奥へと侵入を果たします。


 ……月下の光り降り注ぐ、窓辺。

 居心地の良さそうなクッションと、室内の調和を重視なさったのだとわかる上品なカウチ。

 その、上に。

 どこかで見たような毛布の塊が蠢いていらっしゃいました。


 …………このような夜更けにも、毛布を被っていらっしゃいますの?

 第5王子、アルフレッド殿下……。


 昼に見たのと全く変わることのない、毛布の塊。

 全身を覆い隠す、異様なお姿……。

 変な意味で姿に拘りのある方が王家には多数いらっしゃるのでしょうか。

 まともとは言い難い感性の第4王子殿下。

 そして外界を無理やり遮断しようと努めるような、第5王子殿下。

 ……王家の、王国の未来は大丈夫でしょうか。


「んだよ、またか……」

 

 それは、突然のこと。

 ピートによる、突然の暴挙でした。


「おら、顔出せおい」

「……っ!」


 頼りなくゆらゆらと左右に揺れる、毛布(塊)。

 布のお化けにしか見えない姿に、ピートは顔をしかめて大胆に歩を詰め……力任せに、毛布を剥ぎ取ろうとなさいました。

 まるで身包みを剥ごうとする山賊の様な、容赦のない剥ぎ取りぶりで。

 内部にいらっしゃる方は剝がされまいとしてか、強い力で抵抗を受けているようです。

 ……毛布が、毛布がまるで弓の弦の如くたわんでいますわ。

 けれど、それも、儚い抵抗にしか過ぎなかったのです。

 状況から推察される内部の方は、間違いなく『殿下』の敬称を受ける方でございましょう。

 そのことを思えば不敬としか言いようがないのですけれど……どことなしか、蔑ろにし易い空気を感じることを否定は致しませんけれど。

 ですが、流石にこれはどうかと思いますの。


 ピートはとうとう……毛布の中に自らの足を突き入れ、カウチに腰かけていらした方のお膝のあたりに足をかけると……強引に、一息で毛布を剥ぎ取ることに成功したのです。


 毛布に隠れていらした方に、大胆に足をかけたまま。

 

 …………とても自然に、無造作な動作で足蹴にしていらっしゃいますけれど……一般常識的に考えて、不敬罪ですわよね?

 下手を打てば反逆罪を適用されて斬首されてもおかしくない暴挙です。

 これは、わたくしは見ないふりをした方がよろしいのでしょうか。

 このような真似を働いて……ピートは無事で済むのでしょうか。

 ……今ここでピートに罪過を追及され、投獄などされてしまうと、わたくしにも大きな被害が及びそうなので、とても困るのですけれど。


 わたくしは常になくはらはらと、落ち着くことも出来ずに視線を彷徨わせました。 

 どのような行動をとればいいのか、困惑してしまっていたのです。

 ピート、貴方……大胆不敵にも程がありますわよ?


 ですが。


 わたくしは今宵……酷く驚かされる羽目となりました。



 薄墨色の髪。

 黄水晶の目。

 年頃よりも、大人びた風貌。

 

 ですがその眼差しは頼りなく、眉尻を下げたお顔は弱々しい印象で。

 印象も、雰囲気も、身に纏う空気も。

 とても重なるものではありません。

 ……重なるものでは、ありませんのに。


 それでも尚、思ってしまいました。

 似ている、と……そう感じてしまったのです。

 そうして、それは事実。

 ……事実、誰よりも『彼』の風貌は近しく、似通ったモノでした。


「どういう、ことですの……?」


 表情が違おうと、印象が違おうと、覇気の欠片もなかろうと。

 どれほど情けなく弱々しい空気を纏っていても、容貌の造作自体が見間違えそうなほどに似ていたのです。


 わたくしの隣で、首を傾げるクレイ。

 物言いたげにわたくしの手を引く、弟。

 幼く素直な目と思考故に、クレイは率直に目の前の光景を言い表しました。


「ねえしゃま、ありぇ、ふちゃごしゃん?」

「……わたくしにも、わかりませんわ」


 気弱そうな顔で見上げる少年と、悪辣な顔で見下ろす少年。

 わたくしの目の前には、いま2人の少年が向かい合っているのですけれど……その表情や雰囲気に明確な違いがあるものの、彼らの相貌それ自体は……まるで、鏡映しの如く瓜二つのものでした。

 それこそクレイの様に、双子だと判断してもおかしくはありません。

 おかしくはないことが、何よりもおかしいのですけれど。


「う、うぅ……毛布、返してくださいぃ」

「あ? そしたらまた蓑虫状態になんだろうが。それじゃまともに話も出来ねぇだろ」

「もうちょっと此方の心情を労わってくれても……罰は当たらないよ?」

「俺はな? 無駄が嫌いなんだよ。お前を甘やかしたって話が進まねぇだけだ」

「うー……」


 そして、親密さの窺えるお2人の距離感が更に疑惑を高めるのですが。

 わたくしは顔の強張りを意識しながら、勇気を振り絞ってそっと問いかけました。


「あの、お2人とも、お知り合い……もしや、お身内の方ですか?」

 

 御二方の顔は、到底赤の他人とは思えぬもので。

 ともすればそれこそ、クレイの言葉通り双子だとしても不思議は無いほどの相似を示しているのですもの。

 ですがもし……もしも本当にピートがアルフレッド殿下のお身内だとすれば……即ちピートもまた王族、もしくはそれに近しい縁をお持ちということになってしまうのですけれど。


 ですが、ピーとはあっさりと言うのです。


「あ? 身内ぃ? 違ぇよ。双子でもねーし」

「そもそも赤の他人で……そっくりだけど、血は一滴だって繋がっていない」

「では、お2人は一体どういう関係で……」

「「関係?」」


 ……当のお2人に否定されてしまいましたわ。

 では、一体……なんだと仰るのでしょうか。

 気安い態度からも、『赤の他人』とのお言葉には承服しかねるのですけれど。


 どうにも気にしすぎとは、考えすぎだとは思えない、わたくしの懸念。

 それを突き刺したのは、ピートのざっくり過ぎる一言で。

 ピートは、彼と殿下の関係に首を捻るわたくしに、こう仰ったのです。


「俺とこいつの関係が何か、ねえ…………まあ、影武者だな」


 あっさりとした、その答え。

 わたくしは答えを頂いた瞬間、考えるまでも無いことでしょうに……咄嗟に、こう思いました。


 ――どちらが、どちらの……?


 

 ……相手が高貴な方だとしても、頓着せず。

 常に強気な態度を崩さない、『青いランタン』の首領ピート。

 一方、至高に近い王族という立場にありながら、常に弱腰。

 どうにも苦笑せざるを得ないような、不可思議なアルフレッド殿下。

 

 ですがどちらかが、どちらかの影武者とするのでしたら……


 果たして、影武者なのはどちらの殿方ですの?


 混乱を極めるわたくしの、小さな頭。

 難しく考え込み、眉間にはきっと皺が寄っていたことでしょう。

 そんなわたくしに対して……ピートはただただ、ニヤリと面白そうに笑むばかり。

 意味ありげな微笑みに、明確な答えを下さるつもりは無いのだろうと、わたくしは嫌でも察せずにはいられませんでした。






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