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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
95/210

明日の朝を思うと……胸が高鳴りますわ

洒落にならない子供の悪戯。



 したっという音を、闇夜の静けさに響かせて。

 危うげなく着地したピートの身体は、揺るぐことはありませんでした。

 わたくしやクレイはピートに抱えられていた為、怪我の1つもありませんでしたけれど……飛び降りたのはピートご自身の判断ですので、感謝は不要ですわよね?


「あ、あぅぅ……? にぇぇーしゃみゃあー……っ」

「はっ クレイ?」


 ピートの右肩に担がれていた、わたくし。

 淑女に対する扱いではありませんが、苦情を申立てるよりも先に飛び降りられてしまいましたので、不満はうやむやとなってしまっておりました。

 飛び降りという、過去のトラウマをも擽る行為へのあまりの衝撃で、二の句が継げなくなっていたということもあります。

 ですが言葉を失っていたわたくしとは裏腹に、ピートの左肩から声が上がりました。

 飛び降りる前までは、すやすやと安らかに眠っていた、わたくしの弟。

 どうやらクレイも飛び降りの余波で目が覚めてしまったようです。

 それも穏やかな目覚めではありません。

 衝撃による目覚めであり、本人の意思に反した目覚めです。

 加えて、この闇。

 眠りにつく前とはあまりに違う景色。

 部屋で目覚めるはずという予想を裏切る状況に、混乱してしまったのでしょう。

 ピートの左肩から上がったのは、弱々しい混乱の泣き声でした。 

 何より側にわたくしの姿が見当たらないこと。

 そのことが、より一層クレイの混乱を煽りたてているのでしょう。

 わたくしはピートの首を挟んだ、反対の右肩におりますのに。

 ピートの頭が邪魔で、わたくしのことを見つけきれずにいますのね。


「にぇっねえしゃまぁ……どこぉ? ふえぇぇ……んっ」

「……おいこらチビ、泣くな。お前の姉ちゃんなら隣にいるだろ」

「うぅぅー……ねえしゃ、まぁ……!」

「だから泣くなよ」

 

 耳の近くで涙をこぼす3歳児に、うんざりしたのでしょうか。

 困り果てた様子で、ピートがわたくしに横目を流します。


「おい、お前の弟だろ。宥めねーのか?」

「まあ、わたくしと弟の間に立ちはだかる壁はどなただと? 何よりもまず姿が見えねば状況は改善致しませんわよ?」

「邪魔だから俺の首引っこ抜けとか無茶言うなよ?」

「引っこ抜けとは申しません。弟とわたくしを肩から降ろして下さいませ」

「…………お前らの足だと、遅いから嫌なんだけど」

「婦女子は急がず、騒がないものですのよ」

「足がとろいのはわざとか、こら」

「淑女とは、しとやかにあらねばならないのです」

「……淑女って言葉にゃ程遠い癖にな」

「人聞きの悪いことを仰らないでくださいませ!」


 確かに最近、粗野な方々の悪影響を受けてか……我ながら、はしたない真似が増えてきたように思いますけれど。

 それらは不可抗力でしてよ?

 決して、わたくし自ら進んで、己で望んだ訳ではありません。

 ですので、疑惑の目でわたくしを見るのは止めて下さいませ!

 

 クレイは暗闇の中でわたくしのことを探して泣き喚き。

 結局、途方に暮れたピートはわたくしと弟を地面へと降ろして下さいました。

 どうにも不安定で、ピートが身動ぎする度に震動を受けていた肩の上から、やっとの解放です。

 地面との感動の再会ですわ!

 わたくしは自分の足で地に立てることに感動しながら、弟へと手を伸ばしました。


「クレイ、お姉様はここにいてよ」

「あうっ あうぅ……ねえしゃま?」

「良い子ね、クレイ。ですが()の子が泣いてはなりません。お姉様の姿が見えないからと涙していては、皆に笑われてよ?」

「ねえしゃまぁー……」


 余程、心細い思いをしたのでしょうか。

 それでなくとも両親が亡くなって以来、以前と比してわたくしにべったりとなっていた弟です。

 毎夜、共に寝ていた筈のわたくしが見えず、どれほど心細い思いをしたことでしょう……


「……ピート、この埋め合わせはしていただけますのよね?」

「お、おお……怖いぞ、ミレーゼ? まるで鬼女みてぇだ」

「淑女の卵に失礼でしてよ」


 悪びれない様子の、ピート。

 これは……きつくお灸をすえる必要があるようですわね?

 わたくしはそっと、懐に手を伸ばしました。

 兄の薫陶に従うのは癪で仕方がありませんけれど……かつて、幼く小さかったわたくしに、お兄様の仰られた言葉を今こそ実行すべきでしょうか。

 即ち……寝室に潜んでくる不埒者あれば、これで一撃のもとに沈めてしまえというお言葉を。

 わたくしは弟を抱きよせ、宥めながら……しっかりと懐の扇を握りしめました。


「待て、落ち着け」

「あらどうかして、ピート?」

「お前から何かいやに不穏な気配を感じんだよ。何するつもりだ」

「まあ……わたくしが何をすると仰いますの? 気のせいではなくて?」

「そう言いつつ、その右手で何を握ってんのか……ちょい、見せてみろ?」

「何の変哲もない、淑女の必需品ですわ。ピートの気にするようなものではありませんのよ?」

「そう言いながら、じりじり俺との距離を測ってねぇか。おい」

「ピート?」

「……あんだよ」


「大人しく、お眠りあそばせ?」


「まった! ほんと、待った!! わかった、わかったからちょい待て……!」

「あらあら、何をわかりましたと仰いますの?」

「チッ……お前の気の済むように償や良いんだろ? 何したら納まんのか知らねぇけどよ!」

「ふふ……物わかりのよろしいこと。話のお早い方は嫌いではありませんわよ?」

「それで何させる気だよ、お前」

「そうですわね?」


 わたくしは少し考えるふりで、視線を空へと流しますけれど。

 考える素振りを見せながらも、実はもう既に何をお願いするのかわたくしの中では考えも固まっておりました。

 こんなことをお願いすると、突拍子もないと思われるかもしれませんが……

 いま、城内は『青いランタン』の音源兵器のお陰で眠りの底。

 誰も彼もが深い眠りにつき、この上なく警備は手薄な状態となっております。

 ……となれば、わたくしのすることは1つですわよね?


「ピート、決めましたわ」

「碌でもないことじゃねーだろうな?」

「そんな、ピート……貴方がどうやらわたくし達をどこかへ案内したい様子には、気付いています。貴方の都合や計画に狂いを生じさせてしまうのは少々心苦しいのですけれど……です、けれど」


 疑いの目を向けてくる、ピート。

 わたくしは彼に向って、それはそれは無邪気に愛らしく、嬉しそうな笑みを返したことと思います。

 だって、嬉しかったのですもの。

 

 ……失礼なことですけれど。

 何故かピートは、わたくしの満面の笑みを見て、びくっと肩を震えさせて後退さっておいででしたけれど……

 わたくしは敢えてピートの様子に頓着することなく、要求を告げたのです。


「ピート、よろしければ第4王子殿下のご寝室に寄り道させて下さいませ」


 深く、深く鮮明に。

 笑みを刻んだ、わたくしの顔。

 引くつもりは一歩たりともなく、わたくしは無意識に全身で譲らない考えであることを強調しておりました。


 第4王子殿下のご寝室、と告げた時。

 第4王子という単語を耳にした瞬間のピートの表情は……何やら、今まで見たことのない類の、複雑な表情を刻んでおりました。



 幸いにして、ですけれど。

 昼間の案内で、何故か第4王子殿下のお部屋へはご本人によって1度案内をいただいた身です。

 確かに複雑怪奇な王城の中、1度前へと行ったきりで再び道を辿るのは難しいかと思われましたけれど……


 どうやら王城内部の地理をどういった手段によってか把握しているらしいピートにより、思った以上にスムーズに目的地へと到達することが出来ました。

 つまり、第4王子殿下のご寝室です。

 

 わたくしの隣で、案内した当人であるピートが頭を抱えていらっしゃいました。

 このようなピートのお姿も、とても珍しいものですわね?


「なあ……やっぱ行くの、やめね?」

「まあ、今更何を仰いますの? ピート?」

 

 わたくしは、引く気は一歩たりともございません。

 珍しく腰の引けた様子を見せるピートに、不安ならば扉の前で待っていらっしゃいますか?と尋ねたところ……


「……あれだな、野放しにする方が不安だ」


 そのような、何ともわたくしに対して失礼なお言葉とともに、やはり同行することに決められたようです。

 ですが、本当に失礼ですわ。

 わたくしを野放しにされた獣か何かの如く扱うような口ぶりで。

 少々の不満を抱えたまま、わたくしはそっと第4王子殿下のご寝室へと侵入を果たしました。

 施錠されていた鍵はピートが難なく解錠して下さったのですけれど、物騒な特技をお持ちですわよね。

 

「すよよよよ……ぴふぃ~……」


 …………寝室の、奥の間。

 寝台の上に、謎の寝息を立てる第4王子殿下。

 寝息は少々風変りですが、安らかな眠りについておられるのは間違いないようです。

 ……昼間、あれだけわたくし達を翻弄して下さったことを思い出すと、癪に感じて仕方がありませんわね。

 

 ですので。

 わたくしは己の思うところに逆らうことなく。

 ええ。昼間に誓った、あの決意を実行に移させていただこうと思います。


 セドリック殿下は……どうやらご自身の美意識に基づいた服飾を信念の如く貫いておられるようですし。

 独自のこだわりや強烈な好みがおありなのでしたら……


 姿や、美意識に障る事態はあまり嬉しくありませんわよね?


「さ、クレイ――」

 

 わたくしは此方に至るまで、ずっと手を引いていた弟に温かく微笑みかけました。

 クレイの背を、優しく前へと押し出します。

 優しく、春風のような心地でわたくしは弟に言いました。


「お絵描きの時間でしてよ?」

「あぅ?」

「さあ、此方の……」


 言いつつ、わたくしはいずれ巡ってくる機会を願って、クレイと2人で寝入ってしまう前に用意していた品をそっと差し出しました。


 それは、いわゆる『顔料』というもので。


 前もって6色分をご用意させていただきました。

 相手は王子殿下ですもの。

 敬うべき相手に、ご用意できる限りの品を尽くすのは当然ですわよね?

 わたくしは瓶を王子殿下の寝台脇に置き、クレイにお絵かきようの絵筆を渡しました。

 そうして、促すのです。


「――さあ、存分に楽しみなさい?」




 そういうことなら早く言えよ、と。

 にやにやと人の悪い笑みを浮かべたピートが途中から参戦致しました。

 わたくしはにこにこと微笑ましい思いで、側に立って弟のお絵かき遊び(・・・・・・)を見守っていただけでしたけれど。

 最終的に完成した、弟とピートの合作は……


「ぶふ……っ」

「えへへー」

「く、くく……っ ぷはっ」

「ねえしゃま、できちゃー!」

「く、くれい……じょ、うずに……か、かけました、わねっ」


 つい、声が震えてしまいます。

 ピートなどは潜める気もなく、声が明らかに笑っておいでで。

 クレイ1人は、自身が何をやったのか自覚も薄いのでしょう。

 きょとんと首を傾げながらも、褒めるわたくしに嬉しそうな顔を見せてくれました。

 わたくしは弟の柔らかな髪を撫でながら、改めて『殿下』の安らかなお顔を眺め下ろします。


「……~っ」


 ――ひとまず傑作でした、とだけ。

 それだけ言及させていただこうと思います。




 ミレーゼ様、復讐を果たす……の巻☆


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