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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
92/210

極楽色なのは衣装だけにしていただきたいのですけれど

極楽鳥殿下、超イキイキ……。


 極彩色の衣装に身を包んだ、第4王子殿下セドリック様。

 もう軽く数年引籠って部屋から出てこないと仰った第5王子殿下の私室へと繋がる扉の配膳口から……あろうことか、セドリック殿下は由来からして怪しげなことこの上ない『煙玉』を全力で投げいれてしまわれました。


 中から、混沌の悲鳴が聞こえてきました。


 か細く、儚く。

 それでもしっかりと、確かに聞こえてきます。

 悲鳴が。


 ――あ、本当に生きていらっしゃる。

 わたくしがまず思ったことはそれでしたので……

 わたくしが如何に混乱していたか、わかりますわよね?


 わたくしはいきなりの事態に唖然としてしまっていて、身動きも忘れて硬直してしまいました。そのような暴挙を躊躇いもなく敢行するような、危険な方に抱えられている事実も、一瞬ですが脳裏より忘れ果てて。

 ですが、一瞬とはいえ意識を飛ばすべきではなかったのです。

 例え抵抗が無駄なモノであったとしても。


 気を逸らした、僅かな時間に。

 セドリック殿下は、既に次の動きに移っていらしたのですもの。


 煙玉が投げ込まれた室内からは、ナニかが身悶えするような……

 ……もがき苦しむ様な気配が致します。

 右往左往と、七転八倒されていらっしゃるのかもしれません。

 激しい物音が致しました。

 部屋の中は、きっと暴風雨に荒らされたが如き惨状を呈していることでしょう。


 がしゃん、ぐしゃ、どんがらがっしゃーん。


 げほっがはごほごほぐふっげーっほごほごほごほっ


 騒々しい物音と、激しく咳き込む様子が扉越しに伝わって参ります。

 耳にするだけで、とても苦しそうな様子が伝わって参りました。

 ですが耳に突き刺さるような大きな物音も、次第に遠ざかります。

 それも、流れるような速さで。

 何故か、ですって?

 

 極楽鳥殿下が、全力疾走で駆け去っていかれているからですわ。

 わたくしと、クレイを抱えたまま。


 ――なぜ、抱えたまま?

 わたくしはセドリック殿下が何をしたいのか…… 

 何を目的とされて、このような脈絡もない行為に出られるのか理解も出来ません。

 理解不能の突発的な出来事の数々。

 次々と襲いかかるそれらに、わたくしは思考も乱れて頭がぐらぐらと致しました。

 主に、物理的に。

 ……小脇にわたくしや弟を抱えたまま、走っていかれるのですもの。

 こんなに甚だしく揺れ、揺さぶられては……思考も纏まりようがありませんわ!

 

 王宮内の地の利に疎いわたくしです。

 簡単な案内はしていただけたとはいえ……それも、貴人がしずしずと歩くような普通の場所(・・・・・)ばかり。

 案内して下さった方が、盛大に無視して行かれるのはどんなお考えがあってのことでしょうか……?

 第4王子殿下が突き抜けて行かれる場所は、とても『王子殿下』があるかれるような状況を想定していない場所ばかりでした。

 ずるずると引きずるような、明らかに行動を制限するお衣装をまとっていらっしゃいますのに。

 セドリック殿下の、この足の速さは何なのでしょう?

 あまりにも急速に景色が流れていくので、どこをどのように通ったかまではしっかりと認識しかねるのですが……。

 何やら花壇の真ん中を突っ切ったり、塀の上を飛び越えたり、窓から窓へと移動していらっしゃるのは気のせいでしょうか。

 気のせいだと仰って下さい、誰か。

 あまりの悪路に……()

 ……いえ、路ではありませんわね。

 あまりの悪走ぶりに、護衛の姿も最早見えません。

 侍女に至っては言うまでもないでしょう。

 とても王子殿下の走りぶりとは思えぬ速度と道を選ばぬ奔放ぶりに、わたくし達姉弟や王子殿下の御身をお守りすべく側に控えていた護衛達は早々に振り切られてしまっています。

 なんという自由奔放な方でしょう。

 お願いですから殿下、せめて最低限、人間用の道を通って下さいませ……。


 抗議を上げたくとも、この状況です。

 口を開き、喋ることを試みようものなら……わたくしはたちまち、舌を噛んで痛い思いをしてしまうことでしょう。

 よって、口を噤んで扱いを甘んじて受け入れるよりありません。

 少なくとも、今は。


 ここまで来ると、わたくしや弟への扱いの酷さに抗議文を奏上致したくて仕方ありません。

 王妃様は、受け付けて下さるでしょうか。


 わたくしが頭痛のするような思いに耐えていると、セドリック殿下の疾走に変化が訪れました。

 緊急制動とでも申せばよろしいのでしょうか。

 急にぴたりと、どうやら目的地点らしきポイントで立ち止まると言う更なる暴挙。

 ……自然と運動のベクトルに逆らう形に、わたくしの小さな体へと少なくない過負荷がかかります。

 せめて前もって速度を落とすなり、停止準備をしていただけないものでしょうか。

 わたくしとてこのように苦しい思いをするのです。

 わたくしよりも更に小さな、わたくしの弟は……


「きゃー♪ あはははは!」


 ……心配は無用だったようですわね。

 たいへん楽しそうに笑っております。

 そうですか、楽しかったのですね……。

 きっと将来は大物になりますわ、クレイ……。


 弟はやはり遊びか何かだと思っているのでしょう。

 弾けるような笑顔が、とても眩しく感じられてなりません。

 クレイはこんなに、無邪気で無垢ですのに。

 わたくしはセドリック殿下の振舞い様にも『王子殿下』として相応しくない、もう少し身を慎むべく、等と思ってしまいます。

 ……どう考えても、セドリック殿下の行いは『王子』として相応しいモノとは到底言えそうにありませんけれど。

 ですがこのような状況下で、まずそこが気になるわたくしには……やはりセドリック殿下の仰せの『若さ』が足りてはいないように感じます。

 殿下が何をなさりたいのか理解できそうにはありませんけれど。

 それでも、わたくしが必要だと仰いますの……?

 わたくしとしては、もう既に開放していただきたくて仕方がないのですけれど。


 キキッと音を立て、両足をそろえて立ち止まった殿下。

 わたくしの開放していただきたい心など、微塵たりとも意にも止めず……ある意味で王族らしい傲慢さと強引さだと言えなくもありませんけれど、確実に間違って身についてしまっただろうソレを振りかざし、彼の御方は仰せられたのです。


「リリース、であるぞーっ!!」

「なにごとですのー!?」


 次の瞬間。

 セドリック殿下の目の高さまで抱え上げられたわたくしは、どことも知れぬ小窓から何処かの室内に投げ入れられようとしておりました。


 本日最大の暴挙です。


 淑女の卵を無造作に投げ捨てるなんて!

 ぜ、絶対に王妃様に奏上させていただきます……っ!! 

 わたくしは固く決意をするも、今はそれも虚しく。

 いくら決意を固めようとも、この状況で効果はありません。

 抵抗しようにも、抵抗の糸口すらなく。

 わたくしの小さな体は、小さな窓からするりと投げ込まれてしまっていたのです。


「せ、セドリック殿下―っ!?」

「そおれ、忘れものである!」

「きゃあっ! ねえしゃまー」


 次いで、クレイまで投げ込みましたわよ! あの駄王子!!


 ウェズライン王家の第4王子、セドリック。

 わたくしはきっと、一生涯この御名を忘れることはないでしょう。

 ……怨みと共に、死ぬまで胸に刻みつけさせていただきます。


 わたくし自身と、何より大事な小さい弟。

 無造作に、いとも容易く躊躇いすらなく。

 わたくし達は、小さな子供でなければ通り抜けることも出来そうにない小窓より、何処とも知れない場所へ突き落されてしまったのです。

 文字通りの意味で。


 お、幼く脆い体は、少しのことでも容易に怪我を負いますのに!

 これで高さがあれば、わたくし達の怪我は必至。

 わたくしの弟に何か後遺症でも残ろうものなら……っ

 一生、いいえ死んでも許しは致しませんわよ! セドリック殿下!!


 わたくし達が突き落された先は、白い靄……判然としない闇の中。

 最後に見えた、満足げなセドリック殿下のお顔。

 日の光に晒されて目に焼きつく光景を、わたくしは出来得る限りの殺気を込めて睨みつけながら。

 小さなクレイをギュッと抱きしめ、地面に激突する時の衝撃に備えようと致しました。

 頭を抱え込むように、体を小さく丸めて、縮こまらせて。

 わたくしは少々の怪我を負おうとも構いません。

 せめて、弟は……っ

 クレイだけは、わたくしの身体を犠牲にしてでも……!


 咄嗟の時に、どのような対応を取るかで人間性を分析できると耳にしたことがあります。

 わたくしは自分の身に追う責任からも、決して自己犠牲に走るような人間ではないつもりですが……相手が弟となれば話は別ですわ。

 わたくしの身体は砕けても構いません。

 覚悟を決めて、衝撃と痛みに耐える為、体に力を入れたのですけれど……

 

   ぽわっ


「ぎゅむっ!?」


 ………………なんですの、今の感触は。

 痛みと衝撃が来るものと覚悟しておりましたのに。

 わたくしにやって来たのは、得体の知れない柔らかな感触だけ。

 ……わたくしは、固い床に投げ出されたのではありませんの?

 

「う、うぅ……いたい」


 加えて、もう一つ。

 

「な、な、なんなの? なにがおきたのっ?」


 この混乱も露な、初めて聞くお声は……何方(どなた)のお声なのでしょう?

 そろり、と。

 わたくしは視線を動かしました。

 恐れ(おのの)くように、ひとつひとつ確かめるような慎重さで。

 結果を確かめることが、確かに恐ろしかったのです。


 聞き知れぬお声は……わたくしの、体の下から聞こえてきたのですもの。


 体の下からの、声

 状況が意味するところは……ひとつですわよね?

 先程の感触が何なのか、察しがついてしまいました。

 この襲いくる頭痛……王妃様は責任を取って下さるでしょうか?




 信じられないという言葉を使うことは、まるで現実から目を逸らしているような……逃避しているようで、あまり好きではないのですけれど。

 わたくしは今、その言葉を使わせていただきたく思っております。


 信じられません。


 あの、体(衣装)も極彩色なら、きっと頭の中まで極彩色なのでしょう突拍子のない御方……第4王子殿下セドリック様。

 例え国内でも確実に上から数えられる貴人であろうとも、許されることと許されないことがあるのではないでしょうか。

 臣下の娘という立場上、わたくしには強く進言することは許されておりませんけれど。

 おりません、けれど。

 それでも敢えて、言わせていただきたいと耐え難い思いをしております。


 第1の暴挙は、きっと弟君であらせられる引籠りの第5王子殿下が立て篭もっていらっしゃるお部屋に、『煙玉』を投げ入れられたこと。

 第2の暴挙は、わたくしと弟を抱えて道無き悪路を全力疾走なさったこと。

 そして最大の暴挙。

 それはわたくしとクレイを、放りこ……突き落としなさったことです。

 

 堅固な扉に閉ざされた、第5王子殿下の居室へ。




 ――煙玉を投げいれられても、第5王子殿下は扉を開けることはないのだそうです。

 後にそれを聞いて、第4王子殿下が常習犯であることを確信致しました。

 変な所に根気があらせられることですけれど、第5王子殿下は何が何でも扉を開けようとはなさらないので、燻り出す作戦は通用しないのだそうです。

 ……ナニを放り込んでも、ばたばたと狼狽も明らかな騒音を立てつつ、部屋の中に籠られた御1人きりで対処なさるのだとか。

 ………………極楽鳥殿下は、今までに一体ナニを放り込まれたのでしょうね。

 煙玉以外の、ナニを。

 ……種々様々に第5王子殿下へ襲いかかったのであろう災難の数々に、目頭が少々熱くなりました。

 常習犯セドリック殿下は、様々なモノを放り込みつつ、その度に弟殿下がどのように反応なさるのかを多角的に観察なさったそうです。……その熱意を、臣民としては他に注いでいただきたい限りなのですが。

 結果として極楽鳥殿下はお気づきになったそう。


 煙玉を投げ込んだ場合、第5王子アルフレッド殿下が奥宮の中庭に面した、小さな通気窓を開けて換気を行うことに。


 ………………その窓はとても小さく、大人では通れない大きさで。

 

 具体的に申し上げますと、10歳に満たない幼児でなければ通り抜けることは不可能な大きさで。

 16歳のセドリック殿下には、到底突破できない大きさでした。


 だからと申しまして、わたくし達を巻き込んだ挙句、中に放りこむのは絶対に間違っています。

 間違っていると、わたくしは申し上げたいのですが。

 

 ――窓の外から、声が致しました。


「それでは後は、若い衆でよしなにっ!」


 …………よしなに、ではありませんわよ。

 殿下は脳内まで極彩色におめでたく塗り分けられているようですわね……?

 

 床に投げ出された衝撃……驚きや、恐怖で強張った体。

 強張って身動きもままならないわたくしの下で、じたばたと藻掻かれる何方かの体温を感じながら……


 わたくしは、セドリック殿下への報復を心に決めておりました。


 それよりも先に、することがありましたのにね。

 わたくしと同じく驚きで硬直している、弟の安否を確認するという最重要事項が。





ミレーゼ・エルレイク(8)

 装備:武器 曰くつきの扇

     防具 耳栓

     アクセサリ 七宝のイヤリング

     その他 クレイ・エルレイク(弟)


 そんな彼女の前に現れたのは……? 

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