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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
91/210

王宮には『開かずの間』がありました

ミレーゼ様、かつてなく必死。



「それではいよいよ、本日の任務内宮殿案内(あない)のメインイベントである!」


 セドリック殿下が大仰に、芝居がかったようにも思える仕草で右腕を振り上げられました。

 彼の御方が振り仰ぐ先……わたくし達の前に示されたのは1枚の扉。

 此方の扉を指して、メインイベントと申されますの?

 示された扉は、一体どのようなものなのか……

 メインと仰せになられるからには、きっと重要な場所なのでしょう。

 わたくしは、こくりと小さく音を鳴らして唾液を呑み下しました。

 ……音を立ててしまうなど、はしたない限りですわ。




 頭の中まで、きっと極彩色に違いありませんわね?

 そう思わせて下さる、目にも眩しいセドリック殿下。

 内宮殿をご案内下さった殿下が最後にわたくし達を通した場所は……固く閉ざされた、堅固にして華美な扉。

 ……貴人の私室に見えるのは、気のせいでしょうか。

 ですがセドリック殿下は扉のことをメインだと仰います。


「とりしゃん、こりぇなぁに?」


 輝く笑顔で扉を示し、胸を張るセドリック殿下。

 わたくし達を焦らそうとなさっておいでなのでしょうか?

 扉の前で動きを止められた殿下に、クレイが首を傾げています。

 ……凄まじい身長差ですから、仕方ないのですけれど。

 セドリック殿下のご尊顔を仰ぎ見るクレイは、首を痛めてしまいそうですわね。人と話をする時は相手の顔を見るよう教育した成果が出ているのは結構ですけれど、仰け反り過ぎて後ろに転んでしまわないか心配になります。

 わたくしはクレイが転んでしまわないよう背中側に回り、そっとクレイの両肩に手を置いて支えます。

 これで、大丈夫ですわね。

 不思議そうに下からわたくしを見上げてくるクレイに小さく微笑み、わたくしは殿下の説明を拝聴する体制を整えました。

 直ぐ様に、拍子抜けしてしまうのですけれど。


 果たして、殿下は仰いました。


「うむ。これなる室はな・な・な、なんと!」

「なんどー?」

「なんと、我が唯一の弟にしてちょっぴりシャイな恥ずかしがり屋さん、ウェズライン王家の末弟アルフレッドの私室なるぞ!」

「だ、第5王子殿下の私室……」


 ど、どのような重要施設かと思いましたのに!

 勿体ぶって仰せなので何かと思いましたら、個人の私的空間!

 メインイベントというお言葉に対して、言い様のない肩すかし感が漂います。

 わたくしはきっと、幼いながらに微妙な顔をしていたことでしょう。

 筆舌に尽くし難い、言い様のない感情がどうしても顔に出てしまいます。

 感情を隠し、抑え込めないのは恥ずかしいことですけれど……仕方ありませんわよね?


「はずゅかしがりゃしゃーん?」

「有無。物凄く恥ずかしがり屋でな。どのくらい恥ずかしがり屋さんかというと、実の兄であるこの私にも滅多に顔を見せてくれぬほどだ。最後にまともに室より()でよったのはいつだったことか…………はて、いつだったか?」

「考えても咄嗟に思い出せないほど昔……ですの?」

「数えて思い当たるのは……おお、4年ほど前に見たきりやもしれぬ」

「そ、それは……誰も見ておりませんの?」

「有無。使用人が部屋に入るのも嫌がるでな。常時この扉には内側から鍵がかかっておる。ノックをしても応答はないのが(つね)か」


 ……室内で孤独死しては、おりませんわよね……?


 一瞬、物凄く嫌な想像をしてしまいました。

 扉をこじ開けたら、そこには子供の木乃伊が……などという展開にならなければ良いのですけれど。


「おっと案ずるでない! 生存確認はちゃんと出来ておるぞ!? 何しろ毎食きちんと食事を取っているのは確かであるしな」

「……よく見ましたら、扉の下部に受け渡し用と思わしき小窓がありますわね。まるで囚人のような環境を自ら好まれておいでなのでしょうか」

「あと(まれ)に、手紙もくれるでな! 個人的な要望の類を書いた紙が、人知れず要望箱(第5王子専用)に投函されておるらしい」

「ああ、状況に応じて王家の方々も第5王子殿下の望む様に取り計らっておいでなのですね。要望箱をわざわざご用意されるということは……そういうことですわよね」


 何と言いましょうか……民草の労力の上に、税金で生きる方々が……国家の全権に責任のある王家の方が、このようなお暮らしを送っておいでとは。

 ……とてもではありませんけれど、民衆には打ち明けられませんわね。

 第5王子殿下のお人柄は存じませんけれど、極楽殿下の仰せぶりに対応の仕方……


 どう考えても、引籠りではありませんか。


 少々甘やかしすぎではありませんの? 

 時として心を鬼にしてでも、厳しく当たらねばならない案件ではありませんの?

 わざわざ要望箱など設置してしまえば、ますます会話の機会が減ってしまいますわよ。引籠りの症状が増長致します。

 わたくしの弟が……クレイがこのような不甲斐無い成長を遂げれば、わたくしでしたら問答無用で部屋から引きずり出しますわよ?

 どれほど周囲からの重圧に苦しもうとも、それが侯爵家に生まれおち、民草に支えられ、他者の犠牲の上に生きている者の義務ですもの。

 部屋の中に閉じこもることは、きっと許さないことでしょう。

 いざその時になってみなければ、わからないことかもしれませんけれど。


「……あの、セドリック殿下?」

「なんであろうか、妹よ!」

「いえ、わたくしは殿下の妹になった覚えもないのですけれど。それよりも先程、メインイベントと仰せになっておいでだったように思うのですけれど……ここにご案内いただいて、わたくし達はどのように振舞えばよろしいのでしょうか」

「おうおう、そうであったな! うむうむ、実はな?」

「はい。実は……?」

「我が弟の齢は13。そなたは8つであったな」

「はい……?」

「近かろ。年齢層」

「……御歳16になられます、セドリック殿下の方が近しいのではないかと思うのですけれど」

「いやいや、若さというものは往々にして失った後にはもう再び手にすることは叶わぬでな? こう……私にはフレッシュさが足りぬのだよ。フレッシュさが!」

「いえ、絶対に、充分に足りておいでだと思いますわ。具体的に申し上げますと、我が身も周囲も顧みず、己が信念を貫き通す姿勢は若さ故のことではないのでしょうか」


 ……わたくしにはとても、若さを失って落ち着いた方が、目の前の御方の如き服装や振舞いを甘んじて取られるようには思えません。

 お口ぶりには若干……ええ、若干、実年齢以上の落ち着きをお持ちのように思いますけれど、言動の内容を鑑みればセドリック殿下が若さ(・・)に満ち溢れていることは一目瞭然ですもの。

 第5王子殿下と5歳年の離れたわたくしよりも、3歳差であり、若いお身内の方であるセドリック殿下の方がよほど第5王子殿下のお近くにいらっしゃるのではないでしょうか。

 セドリック殿下がわたくしに何をお望みなのかは知れませんけれど……殿下のお言葉を肯定してしまえば最後、とてつもない面倒事に巻き込まれるような気がしてなりません。

 きっと、これは錯覚などでは有り得ませんわ。


「きっとそなたであればアルフレッドも打ち解けられると思うのだよ。我が弟はもう、何年も何年もな~んね~んも! 友達の1人すらなく孤独の1人部屋に閉じこもりきっておる」

「わたくし、閉じこもりたい方はそっとしておいて差し上げるのが優しさではないかと愚考致しますわ。ええ、是が非でもそうっとしておいて差し上げるべきです。精神的苦痛に(まみ)れるような状況をもたらすのは本意ではありませんもの」


 ……引き籠っているのがわたくしの弟であれば、当然ながら放ってはおけませんけれど。

 思うところが僅かもないとは申しませんけれど。

 ですけれど、他人の……それもこのように至極ややこしそうな尊いお方を相手に、わたくしの手に負えるとは到底思えません。

 いえ、手に負えたとしましても、わたくしが手を指し伸ばすのはどうかと思いますの。

 まだ8歳の身で、年長者の厄介そうな事情に首を突っ込むほど、わたくしはお人好しでも好奇心旺盛でもありませんのよ?

 

 ですが、人の話を聞きいれては下さらない。

 いくら進言しても無駄とばかり、セドリック殿下は麗しき笑顔を振りまかれました。


「可愛い妹には旅をさせよと申すであろう!」

「いえ、わたくしの兄は根無し草の阿呆兄が1人いるばかりで……尊き王家のお血筋の方に、妹と呼んで可愛がっていただくことを甘んじて受け入れられるほど、わたくしは厚顔無恥では……」


 目を合わせては、きっとお終いとなりましょう。

 わたくしは不審に思われない範囲で精一杯に目を逸らし、さり気無くそろそろと足を引かせます。

 1歩、また1歩。

 ゆっくりと慎重に、さり気無く距離を取ろうと致しましたのに……


「そぉーれぃ!」

「!?」


 な、なんという暴挙……!

 じりじりと後退り、距離を取ろうとしたことにお気付きになったのでしょうか。

 もっさりとした服装のゆったりのんびりした印象とは裏腹に、毛金の如く鋭く、素早い動きをわたくしは目に致しました。

 いいえ、もしかするとそれは獲物に跳びかかる蛇の如き動作だったのかもしれません。

 正直を申しまして、何がどうなったのかが今一つ把握できておりません。

 あまりにも瞬間的な動きだったからでしょう。

 わたくしの認識が追いつかない手際の良さだったと言う他に、どう表現すればよろしいのでしょうか。

 

 気が付いた時には、わたくしはセドリック殿下に『捕獲』された状態にありました。

 クレイと一緒に。


 気が付けば襟首を吊りあげられ、抱え上げられた状態。

 瞬間的な状況の変化に、わたくしの弟はそれを『遊び』の一種だと思ったのでしょうか……弾けるような笑い声が響きます。


「きゃーあ! あははははっ」

「く、クレイ……!」

「うむ。たいへん元気でよろしい!」

 

 満足げに頷くセドリック殿下の笑顔は、大変腹立たしいモノでした。


 そうして、わたくしが我が身の状況に関して抗議を上げようとする暇も与えられぬ間に。

 セドリック殿下は更なる暴挙に出られたのです。


「世の衆目皆様ご覧じろ! これに取り出したりますモノは――」

「で、殿下……!? それは何なのですの!?」


「煙玉である」


 ――簡潔にして明瞭なそのお言葉に、軽く眩暈を覚えたのは何故でしょう。

 

 わたくしは思わず目を見張り、自由を制限されながらも両手を使ってセドリック殿下を何とかお諌めしようと……したのですけれど。


「建国の時代より我が王家に従いし、暗部集団『黒歌衆』謹製! 煙幕弾『悶え』の味を知るが良い……!」

「で、殿下! それはいけません。きっといけません。やらかしてはいけない部類の過ちに違いありません! きっと――!!」


 わたくしの制止は、しかし殿下との8つの年の差の前には虚しいばかりの効果しかなく。

 状況を理解していないクレイの笑い声が、弾む中。


「せぃやっ!」


 ……殿下は、何の躊躇いもなく。

 ええ、本当に何の躊躇いもなく。

 見るからに怪しげな『煙玉』をあろうことか……第5王子殿下の私室へと繋がる、扉の配膳口から中へと投げ入れてしまわれたのです!


 ………………それはもう、結構な勢いで。








どうやら口で言っても効果のない、問答無用で強引な様子の極楽鳥殿下。

ミレーゼ様は彼とあんまり相性よくなさそうです。

ほら、基本的に話を聞いてくれないから……



王家直属のお抱え暗部『黒歌衆』

 王家が抱える暗部。暗躍を得意とする、いわゆる諜報機関。

 存在は完璧に秘され、名すら知る者は限られる。

 

 ちなみにエルレイク家初代当主サージェスさんの吟遊詩人としての雅号は『黒歌鳥』だよ☆ ←

 隠すまでもなく、関与。

 むしろ創設者。


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