肩書は人品の良し悪しを定めるものではありません
ミレーゼ様、試練の時間(精神的に)です。
何故、こんなことになってしまったのでしょうか?
……現在、場所は瀟洒なテーブルのセッティングされた東屋の下。
望んでもいない方とのお茶会は時に苦痛を及ぼすものですけれど……今回は、それもまた格別ですわね。
対峙するだけで強烈過ぎて精神力を消耗するような相手がいるなど、ほんの2時間前までは思いもよりませんでしたもの。
精神的苦痛とともに形容しがたいダメージを与えて下さる原因が1つ。
装いの方にばかり、そのインパクトから目線が行ってしまい……こうして場を改めるまで全く気付かなかったのですけれど。
――彼の方は目を疑うほど、わたくしの母と酷似した容姿をしておられました。
控え目だった母とよく似た面差しに、色取り取りの気でも狂ったかのような衣装が……わたくしを泣きたい気持ちにさせます。
ああ、辛い……。
これほど泣きたい気分になりますのも、本当に久しぶりですわね……。
両親から直接教えていただいた訳ではなく、あまり接点のない方々から教えられた事柄だからでしょうか。
幾度とお話をお聞きしても、わたくし達と王妃様が親戚関係にあるということが今一つ呑みこめないと言いましょうか、信じられないと言いましょうか……実感として得ることが、どこか出来ずにいたのですけれど。
目の前の方の顔を見ただけで理解せざるをえません。
あの顔立ちを見るだけで、悟らずにいられないのです。
ああ、この方は……噂に聞く、『王家の極楽鳥』様は、わたくしの親戚関係にある方なのだ、と……。
相対しているだけで、辛い気持ちになることもこの世にはありますのね……一言も言葉を交わさずとも、お顔を見るだけで苦いモノが込み上げます。
あまりに忌々しいインパクトに、いっそ卒倒してしまいたい。
そうすれば、この場を退けることが出来ますのにね?
ついでに申しますと、クレイの方はあまりの印象の違いに、『極楽鳥』様のお顔がお母様によく似ている事実に気付けないでいるようです。
何度か首を捻っていましたけれど、結論として全くの別モノと納得したのでしょう。
幼子は直感的に物事を判断致しますので、油断できません。
「さあさ、遠慮せずにたんと飲み食いすると良いよ。なに、遠慮はいらない。私のおごりだ」
「いえ、それ以前にこちらは飲食店では……」
「細かいことはノンノン。素直に最大限の感謝を持って頷きたまえ。嗚呼、なんと気前のいい方だろう……と」
「…………天国のお母様、これは一体何の試練なのでしょうか」
……母と同じ容姿で、この違い。
この方のことが、わたくし……生理的に受け付けないかもしれません。
まだわたくしは幼い身ですのに、何やら響くような頭痛が……
頭を押さえて痛みを堪えるわたくしに、すっと下方から差し出されるモノ。
それは、フォークに刺さったケーキの塊でした。
口を大きく膨らませ、もぐもぐと動かす。
クレイが、どうやらわたくしにもケーキを分けようとしているようです。
口に物を入れたまま喋るような教育はしておりません。
クレイも、口の中いっぱいに詰まったケーキを嚥下してから口を開きました。
「ねぇしゃま、おぃし?」
「ふ、ふふふ……この状況で何の疑いもなく出されたものを口にできるクレイは、きっと将来大物になりますわね。大きく育つ前に、警戒心と疑心についてとくと説いた方がよさそうですけれど」
「おや、毒などは入っていないよ? 私を崇め奉る魅了効果を発揮する、秘密のエッセンスなら入っているかもしれないけれど、ね」
「……聞きましたか、クレイ。あやしい薬物の入っているとも知れないモノを気軽に口にしてはなりません。洗脳されますわよ」
「あう?」
首を傾げるクレイは、やはり何もわかっていないのでしょう。
可愛らしいばかりで世の中を渡っていけるのは子供のうちのみです。
せめて自衛くらいはできるよう、わたくしが立派に育てなくては。
「ふ……そう警戒するものではないよ。全身の毛を奮い立たせ、まるで山嵐のようではないか」
「婦女子を野の獣に例えるなんて、随分と無粋ですのね」
「おっと、すまんの。しかし案じることはない。私にそなた達を苦しめるつもりはないのだから」
「……幼気な童女を苦しめる姿は、外聞が悪過ぎますものね」
「歪めて相手の真の姿が捉えられようか? どうか偏見なく私を見てはくれまいか」
「……偏見を厭うのでしたら、まず衣装のコーディネイトに関して王室付きの衣装係か何方かに相談なさるべきではないかと愚考致します」
「ふふ……本当に警戒しているようだね。何度も言うが、心配はいらない。
私はただ、そなたという妹を欲しているだけなのだ 」
「クレイ、変質者ですわ。近づいてはなりません」
「あい」
「待て待て、そう結論を急ぐことはなかろう。私はただ、『おにいたん』と呼んでほしいだけなのだ」
「……クレイ、相手は真性ですわ。最早一刻の猶予もなりません、この場を離れましょう」
「けーき……」
「後で姉様がお部屋に用意していただきますから」
「なに、後に回すことはあるまい。此処で食べていくがよい」
「安心して食べることが出来そうにありませんので、謹んで辞退致します」
「はて? 何やら警戒心が強まったような?」
「わたくし、亡き両親よりきつく言い含められておりますの。年端もいかぬ幼子を手中に収めんと欲するような方には、決してついて行ってはならないと……!」
「なんと、両親の遺言か!? しまった、それは難敵だ」
ううむと頭を抱える、極楽鳥さま。
そういえば、未だ名前すら伺っておりません。
……なんと申しましょうか。
とても残念な気配が致しました。
「あの……こうしてお茶の席に誘っていただけたことは、この上なく光栄なことなのですけれど」
「なんと、そう思ってもらえるか!」
……退席を切りだそうと思っただけですのに。
社交辞令に、食い付かれました。
ああ、いいえ、ですがここで挫けてはなりません。
「え、ええ、光栄なことと存じます。ですがわたくしは何分、その……こう申しては何なのですが、現在は王妃様の権限の元、王宮に滞在させていただいている身です。わたくし達姉弟のスケジュールは王妃様に管理していただいていますのよ。こうしてお庭を散策させていただいていることも、王妃様の立てて下さった予定の内ですの」
「ほほう。それでつまり、ずばり言いたいことは!?」
「え、ええと……やり辛い方ですわね」
「ん? いま、なんぞ申したか???」
「いいえ、何も申していませんわよ? ええと、それで、ですけれど……もうそろそろ、王妃様の設けて下さった散策の時間も終わりそうな頃合いですの。時間もよろしいことですし、わたくしと弟は退席させていただいてもよろしいかしら」
「ほーう…………ふむ、わかった」
わかってくださいましたの!
……と、一瞬でも信じそうになった、わたくしが愚かでした。
「では、そなたらの滞在する間に移動するとしよう。なに、母上には私の方から申しておくよ」
「ま、まあ……」
……どうやら、逃げ場はどこにもないようで。
わたくしは、否応なくこの方に対応しなくてはならないようです。
この上は、本当に部屋に押し掛けられては堪りません。
笑みが強張らないように気をつけつつ、わたくしは出来得る限りの愛らしい顔で極楽殿下を見上げました。
「殿下が王妃様に許可を取って下さるのでしたら、安心ですわね。でしたら折角こんなにお天気がよろしいのですもの。わたくしに王宮の中を案内して下さいませんか?」
無駄な足掻きと嗤われようと、構いません。
閉鎖空間に押し込められ、変化のない状況で延々と極楽殿下とお話をし続ける……そんな状況だけは、絶対に嫌でした。
「――それであちらが、【小鳥の間】。王家に生まれた子女が縫い取りを学ぶ為の場所で、刺繍の見本となる教本の類が――」
15分後のことです。
わたくし達は王宮の中でも秘奥とされる立ち入りに厳しい制限のある空間……王家の方々の私的な生活の場である、内宮殿の奥深くに入り込んでおりました。
図々しくも極楽殿下(改めて名乗られたところ、セドリック様と仰せられるそうです)に王宮の案内をお願いした訳ですけれど……
予想に反して、急場しのぎであった筈の王宮案内は予想以上に円滑に進んでおりました。
……生理的に受け付けない相手ではありますが、外見に抱く予想に反して、手際の捌ける御方でした。
皆が忙しく立ち働いているので、大なり小なり政に関わる外宮殿の中を案内する訳にはいかないと仰せになられた時、わたくしは話題逸らしには失敗したものと思いました。
ですが、セドリック殿下はこう続けられたのです。
「だけどさして重要な客人(他国の王族とか)も今は招いておらぬ由。手すきの内宮殿であれば案内も咎められるまいよ」
そちらの方が警備上の問題になりませんかしら。
己のことを不審人物と称するつもりはありませんけれど……
不用意に重要機密といえる内宮殿を道案内してしまってもよろしいのかしら……?
地の利を得る為、宮殿の構造を少しでも把握することを急務と考えていたわたくしと致しましては、好都合なので苦言を呈するつもりは微塵もありませんけれど。
……ですが、わたくし達を逃がすまいとしてか、無作為なのでしょうか。
「ほら、高いであろう。高いであろう!」
「きゃぁあっ きゃははははっ たきゃー!」
「………………」
…………わたくしの、弟。
クレイを肩の上に掻っ攫われてしまっています。
そのことだけが、唯一の不安……最大の不安です。
お、落されは致しませんわよね……!?
幼い故の、不条理。
言葉で抵抗は致しました。
ですが相手は、極楽殿下であろうと殿下は殿下。
残念臭が凄まじかろうと、王族です。
あまりに遠慮体勢が強すぎたためでしょうか。
……とうとう、周囲の侍従やら侍女やらに窘められ、わたくしは止めることが出来ませんでした。
弟は、わたくしの手の届かぬ所へ連れ攫われてしまったのです(物理)。
わたくしの背が、あと80cm高ければ……っ
このような悔しさを味わうことになるなんて……屈辱ですわ。
せめてもの救いは、他人の善意を疑うことのない弟の無邪気さでしょうか。
素直に喜び、怯えていないことのみがわたくしの救いです。
次回は道案内ついでに、『開かずの間』と『引き篭りの巣』がどこにあるのかミレーゼ様に位置確認していただく予定です。




