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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
漂浪編
9/210

大人の交渉力、ですわね

作中、若干どころでなく某貴族が黒い言動を取ります。

ご不快に思われたら申し訳ありません。

 わたくしは王妃殿下の従姉に当たる女性の娘。

 王太子殿下とは恐れ多くも再従兄妹同士に当たる………と。

 何だか、そんな恐れ多い空事を耳にしたような気が致します。

 う、うふふ………う、嘘ですわよね?


「いやいや、嘘じゃないから」

「う、嘘ですわ…! 幼少時から叩きこまれた家系図にも、そのような情報は記載されていませんでしたわよ!?」

「ああ、妃殿下の父君は養子だったそうだから…それでじゃないかな?」

「…他家に籍を移したから、家系図から消えたと仰いますの?」

「消えたんじゃなくて、家系図で追跡しなくなっただけじゃないかな」

「そんな………」

「妃殿下と侯爵夫人は姉妹のように仲の良い従姉妹同士だったそうだよ。今でも妃殿下は侯爵夫人のことを「お姉様」と呼んでいるんだから間違いなく。ミレーゼちゃんは殿下方にお会いしたことはないのかい?」

「わたくし、まだ登城は許されていない身ですもの。社交を伴う行楽でも、お留守番が基本です。屋敷からは出ませんわ」

「ああ………そういえばミレーゼちゃん、まだ8歳だったね」


 ? 今日はよく年齢を確認される日のようです。

 ですが言われてみれば確かに、お母様は王妃殿下や王太子殿下のお話を、よく………楽しそうになさっていたような。

 それもやはり敬称を崩すことなく行われていたので、よもや血縁とは。


「本当に、本当ですの?」

「本当なんだよ。4日前の事故があって、王妃殿下の嘆きは下々にまで届いている。それに侯爵夫人の遺児である、君達のことも気にされていたはずだ」

「そういえば、丁寧な弔辞のお手紙をいただきましたわ。随分と力が入っていて、とても良くしていただいていたのですわねー…と」

「そう思って流しちゃったのか。流しちゃったんだね?」

「何分、顔の広い家柄ですので………お悔やみ状、沢山いただきましたの。整理だけで1日が終わりましたわ」

「そして何で悔やみ状の整理をミレーゼちゃんがやっているんだ…。あの阿呆の仕事だろうに…!」

「お兄様は3分で投げ出されましたの。執事に丸投げでしたわ。溜まる一方だったので、つい見かねて…」


 わたくしもお父様達の死が信じられなくて、実感が持てなくて。

 何も考えず、没頭できる作業を求めていました。

 なので手紙の整理に手を出し、その中で見つけた特に印象的だった一通。

 王家からの物で無碍には出来ない、一際熱の入ったお悔やみ状。

 あれは、親戚故だったのですね…。

 ところどころ涙でインクが滲んでいたり、字が震えていたり、紙に皺が寄っていたりしましたが…

 まさに全身で弔意を示すお手紙でした。

 まさかそんな事情があろうとは…。


「そう言う訳だから、私を助けてくれないか? ここで見捨てたら、殿下方に睨まれてしまうよ?」

「事情は分かりましたけど、ですけど…」

「こちらが準備を整え、殿下方に窮状を訴えるまでの間、暫定的にでも構わないから我が家に引き取られてくれないか」


 熱心な口調で言い募る、エラル様。

 切実な目は、わたくしから逸らされることがありません。

 保身の為、外聞の為と口にはなさいますが…

 本当はわたくしも、わかっています。

 エラル様の眼差しには、精一杯の心配が見えました。


 先程からの、熱心な説得。

 元から知らぬ方ではありませんでしたし、人柄は存じております。

 更にそこに伝家の宝刀「王家の威信」「殿下の意向」を重ねられては、わたくしも太刀打ちしようがないではないですか…。

 わたくしの思考回路の中で、ぴょこんと。 

 地面からモグラが顔を出すように、一つの声が囁きます。


『――もう良いでしょう? ここまで言って下さっているのですから、世話になればいいじゃありませんか。その方が、弟の為にもなりますわよ』


 正直、物凄くぐらぐらと信念の揺れる音が聞こえております。


 ですが、本当に。

 わたくしは意固地な娘だったのですね…

 意地を張り過ぎて、未だに落としどころが見つけられませぬ。

 折れようかと思うのですが、どこで折れたものか………


 迷うわたくしの様子が目に付いたのでしょう。

 ここまで言ってもまだ折れないのか、と。

 困ったエラル様が、最後の切り札をお切りになりました。

 それは、エラル様の抱える隠し玉…という類の切り札でしょうか?

 エラル様は可能な限り声を潜め、周囲を警戒しながら。

 そっとわたくし達の耳に爆弾を落とされたのです。



「これは他言無用、ここだけの話にして貰いたいんだが………実は近いうち、それこそ明日にでも、この店は 強 制 捜 査 によって 一 斉 摘 発 、検挙される予定なんだ。それこそ関係者諸共、一網打尽に」


「「……………」」


 わたくしの脳裏を、先程の会話が過りました。

 そう、それはエラル様と再会する前。

 レナお姉様に聞かされた、『しかばね屋』のお話が。

 わたくしとレナお姉様は、思わず顔を見合わせてしまいました。

 思い当たるところが多いのか、レナお姉様の唇が震えています。


「そ、それってガサ入れ…?」

「庶民流に言えば、そうとも言うかな」

「ちなみに、どのような容疑かお聞きしても…?」

「違法薬物の所持及び売買、それから非合法の人身売買。あと細かいところがいくつか…というところか」

「そ、そ、それって、あたしみたいな下っ端も…っ?」

「いや、君の様な従業員は事情も知らされずに働かされているだけだろう? …まあ、それでも留置されて事情聴取などあるだろうが」

「…それは、再就職に不利な疑いを招くのではありません?」

「こちらとしても保護という形で、最大限の便宜は図るつもりだ。そもそも私がこちらに通っているのも上司の使い…を装った、事前調査と証言してくれる手筈の従業員達との打ち合わせで」

「まあ………それ、わたくし達に言ってはいけないんじゃありませんの?」

「ああ、そうだよ。言っちゃいけなかったんだ…! だから出来れば言わずに済ませようと思ったのに、君が強情だから……」

「あらあら…」


 言わずに済ませ、事前にわたくし達を保護するおつもりだったのでしょうね。

 これはきっと、わたくしが言わせてしまったのでしょう。

 少し、悪いことをしてしまいましたわ。

 でも困りました。

 限りなくブラックだったとはいえ、まさか雇用先が就職1日にして消滅(予定)してしまうとは。

 ですがエラル様が…お城のお役人が動いているとなれば、それは確定した未来。

 ………むしろ此処にいては巻き込まれてしまいます。

 どうやらエラル様の望み通り、これはどうあっても『しろがね屋』から離れなければならないようです。

 そしてその為には、エラル様という伯爵家の方が後ろ盾になって下さった方が格段に安全ですわね。

 既に、雇用契約という契約書を交わしてしまった後なのですもの。

 このままわたくしの力だけで退職しようとしても、禍根を残すか…力尽くでも留めようとされてしまうかもしれません。

 そうなると、一斉摘発の巻き添えは確定ですわね。

 巻き込まれただけとはいえ、一時でも契約を結び、摘発されてしまったことは事実として残ります。

 ………わたくしだけでなく、弟の瑕となってしまいますわ。

 没落したとは言え、エルレイクの家名にも傷が付きます。


 これは…エラル様の思惑通りですが。

 わたくし達は、選ぶ余地もなくエラル様のお世話にならねばならないようです。

 …この場合、心苦しく思うべきなのでしょうか。


「…あ、エラル様! わたくしはともかく、レナお姉様はどうなりますの!?」

「うん、それは私も考えていた。私が漏らしたこととはいえ、重大な情報を知ってしまったからね…」

「え、何アンタら。勝手に聞かせておいて、まさか口封じ!? 言っておくけど、言われないでも黙っとくわよ?!」

「いや、黙っていたとしても捕縛される時の様子で事前に知っていたことが周囲の被疑者に知れてしまうかもしれない。そうすると知っていて黙っていた、裏切り者として後々背後を狙われ…」

「いやぁっ やめてよ!」

「………という訳で、エラル様。よろしいですわよね?」

「うん、まあ、幾らか知らないが手持ちで足りなければ後で届けさせよう」

「…え?」

「何でしたらわたくしが侯爵家(跡)から持ち出した物品で払いますわ。親切にしていただいた御恩がありますもの。わたくし、一方的な貸し借りは耐えられませぬ」

「お金になる物があったのに、こんなところで働こうとしていたのかい!?」

「あら、だってわたくし、8歳なんですもの。こんな幼さで換金しようとしても足下を見られて買叩かれてしまいます。だから、大きくなるまで取っておこうと思いましたの」

「君は本当に………その賢さが、あの阿呆にあればっ」


 なんとも言えない顔で嘆くエラル様と、困惑に固まっているレナお姉様。

 わたくし達が何を言っているのか、理解されていないお顔です。

 そんなレナお姉様が可愛らしくて。

 わたくしはレナお姉様の手を握り、優しく見えるように微笑みました。


「レナお姉様」

「………え?」

「レナお姉様も、一緒に行きましょう?」

「えっ」

「お金は心配いりませんわ。わたくしとエラル様が折半いたしますもの」

「折半なんて言葉、どこで覚えたんだか…まあ、まだ12歳のお嬢さんなら、そう大きな金額でもないだろうけど」

「え、え、え…!?」


 一度決めてしまえば…

 わたくしが決断してしまえば、後はとんとん拍子に進みました。

 わたくしは元より、知ってはいけない事情を知ってしまったレナお姉様を、ここに置いて行く訳にはいきませんものね?


「ああ、ミレーゼちゃんの身請けはどれくらい必要かな…」

「必要ありませんわ。幸いわたくし、借金はありませんもの。契約でこれから支給していただく筈だった衣食住の世話にも、まだなっておりませんし。強いて言えば、今着用しているこのお仕着せくらいですわね」

「それなら契約書の破棄さえしてしまえば後腐れないね」

「ええ、今日雇用していただいたばかりなので、すんなりいくかは不明ですが。でもわたくし、契約書にサインしたのは偽名なんですの。それでも法的効力があるのかしら…?」

「ミレーゼちゃん、契約に虚偽は感心しないけれど…今ばかりはでかした!」

「うふふ……わたくしとて、此処を真っ向から信用した訳ではありませんもの」

「これでいざという時は踏み倒せるね。だけどレナちゃんのこともあるし、理想は穏便な解決…かな」

「それでもいざという時は…伯爵家(エラルさま)の威光に縋ってもよろしいですか?」

「まあ、こんな時に盾になるのは大人の役目だよね。任せてくれて良いよ。こういうお店はちょっと強引な交渉も問題にならないのがいいところだよね」



 そうして、エラル様は素敵な手腕を見せてくださいました。

 契約破棄を渋るのは置屋の女将さん。

 丁度ご主人がお留守だとかで取り合おうともして下さいませんでした。



 …ですが、そこで、エラル様が大人の対応を見せてくださいましたの。



「契約のことなら、主人に言っとくれ! あたしの一存じゃ決めかねるよぅ」

「それは困った。ことによっては、この店もお取り潰しになるのだが…」

「はあ!?」

「知らず契約したとすれば不憫なことだが…このご令嬢が、王家に縁のある方だと知ってのことか?」

「お、王家…!? 何の冗談だい! あ、あたしゃ知らないよぅ!」

「もし知らなかったとしても、やんごとなき方を酷使しようとした事実は事実。その契約書が証になるだろう。その紙切れが一枚存在するだけで、この店は国王陛下に睨まれることになる訳だな…終わったな」

「何言ってんのか知らないけどねぇ! この契約はそっちの、その娘が! その娘が言いだしたんだよぅ!? こっちの言い分も聞かずになんだい!? あ、あたし達ゃ悪くないからね! こっちは雇ってほしいってもんを雇っただけなんだから!!」

「その言い分、どこまで通用するか……見なさい、このご令嬢のあどけなさを。彼女はまだ8歳、判断能力も未発達で保護者を必要とする幼いご令嬢だ。その言い分をまともに呑んだと、貴女方は言う訳だが……『しろがね屋』さんは8歳の小さな彼女が、全て悪いと。彼女の言葉通りにししただけで、全責任は彼女にあると?」


 穏やかながらも、強い口調で畳み掛けるエラル様。

 あら…?

 その目が、わたくしに目配せを………


 ……………。

 ………今の目配せ、多分こういう指示で合っていますわよね?


「ふっぅ、ぅぅ………う、うぁあああああんっ」


「「!!?」」


 いきなり顔を覆って泣き伏したわたくしに、女将さんとレナお姉様のお二人が息を詰めます。

 驚きに満ちた顔と、隠しようのない焦り。

 まさか泣くとは思っていなかった、そういう顔ですわね。

 そうしてわたくしの手を握って成り行きを見ているだけだった弟が、私の涙に反応しました。

 驚いたのでしょうね。そして不安になったのでしょう。

 弟の反応は、とても素直といえるもの。

 そう、釣られて泣く、という反応を。


「うぇっくひぃっう、ううぅう………ああぁぁぁあああああんっ」

「えぐ、えぐ、ひぃ、うぅ…えええええぇぇん…!」

「ほら見なさい、こんなに泣いて…可哀想じゃないか! 大人に全てお前が悪いなんていわれて!」

「ちょ、なっ…泣くんじゃないよ! なんだってぇんだい!?」

「えぅ、えぅ……うあぁああああああんっ」

「こわいよぅっこわぁぁああああいいぃぃっ」

「ええぇぇぇんっ えぇぇええんっ」


 わたくし、がんばりましたわ!

 弟はまだ訳も分からない理由で泣ける年齢ですもの。

 泣いている子供の片方は本気で泣いているので、迫真に迫っています。


「な、泣いたからってなんだってぇんだい! それで動じると思うのかい!?」


 動じてますわよね?


「こちとら、こういう商売なんだよ! 今更女子供の1人2人、泣いたからってなんだってぇのさ! こっちだって金出してんだよ! 金を払ってんだから、受け取ったもんは皆『しろがね屋』のもんさ!!」

「――ふむ。つまり、金銭のやり取りがあったからには、身柄の拘束力は『しろがね屋』さんにこそあると、そういうんだな。金を受け取ったからこそ、逆らうのは許さない…と」

「あ、ああそうさ! そういう取引なんだからね。あたしゃ何か間違ったこと言ったかい!?」

「いいえ? 全然間違っていませんよ」


 そう言って、その瞬間に。

 エラル様の浮かべた笑みは、飛び切り晴れ晴れとしたもので。


「つまるところ金銭のやり取りを契約の正当性だと訴える、女将にお伺いしましょう。彼女は…ミレーゼ嬢は未だ金銭を受け取っておらず、本来の契約において『しろがね屋』さんが負担すべき一切を未だ受けていないと。相違ありませんね?」

「………っ!?」


 その時のエラル様の微笑みは、とても満足そうなものでした。


「『しろがね屋』さんにも、相応の言い分があるでしょう。だがそれが国王陛下を相手に、どこまで通用するか。彼女のことは王妃殿下や王太子殿下も特別に目をかけておられる。『しろがね屋』は王家と全面戦争をなさるおつもりか?」

「ひっ……」


 そう言って、さり気無くちらりと。

 エラル様が女将さんに見えるよう、さり気無く見せたモノは…


 何故、そんな物をお持ちなのかは存じませんが。

 それは、わたくしの見間違いでなければ王家の信任を現わす銀朱の紋章。

 王家が製法を独占し、秘匿している金属で作られた王家の紋章。


 ……王位に近しい方の意を受けているという証ですわね。

 

 その紋章のお陰で、エラル様の言葉に信憑性が増したことでしょう。

 いえ、最初から嘘は仰っていませぬが。

 実質偽造不可能な証拠を目の前に突きつけられ。

 女将さんの体からはへなへなと力が抜け、すっかり座り込んでしまわれました。


 

 その後、交渉は最初の拒絶が嘘のように円滑に進みました。

 レナお姉様を身請けする段になって、再び女将さんが抵抗を見せましたが、


「おや、ところでその指にある指輪は? 随分と高価な物のようですが…」

「っ!! お、お母様の指輪ですわ! 4日前に亡くなられたお母様の!」

「なんと…証拠はありますか、ミレーゼ嬢?」

「指輪の裏に、母の名が刻んであるはずですわ…!」

「………女将、確認させていただいても?」

「~~~~~っ!!」


 予め目立つところに置いて、敢えて女将さんの手に取らせた指輪(ワナ)

 事前にエラル様の用意した仕込みのお陰で、交渉も問題なく纏まりました。


「き、貴族って………アンタら、怖い」


 全てが片付いて『しろがね屋』を出た後に。

 それまで黙って成り行きを見守っていらっしゃったレナお姉さまが「性質(タチ)悪っ」と呟かれました。

 あらあら……わたくし、これでも優しく道理を弁えた方だと思っていますのに。

 わたくしの自惚れか、基準が違うのかしら…

 その真偽の程は、わたくしにはとても分かりそうにありませんでした。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 ミレーゼ達が去った後。

 『しろがね屋』に戻ってきた主人は、人相の悪い男達を連れていた。

 その男達こそ、店と裏で繋がりの有る組織の男達。

 わざわざ、『しろがね屋』の主人が呼んできた男達が。


「な、なんだって! 身請けされた…!?」

「あ、あんた……すまねぇよぅ」

「済まないで済まされるものか! あの娘は絶対に外に出すなって…!」


 顔を真っ青に染めて、主人は女将の胸倉に掴みかかる。

 がたがたと震える、その体の袂から。

 はらりと落ちたのは、組織から回されてきた申渡し書。



 ――王都市中にて、次の特徴に合致する者は身柄を確保せよ。

 名はミレーゼ。

 亜麻色の髪に青灰色の目の女児。8歳。

 貴族の生まれ育ちで、身なりや所作が良いことが推測される。

 3歳になる弟を連れており、2人組で行動している。

 これらの特徴に合う者がいれば、すぐさま報告するべし。


 『しろがね屋』の主人が、ミレーゼを雇用したことは決して偶然ではない。

 明らかな訳あり娘相手に、かつてなく親身に振舞ったのも理由あってのことだ。

 彼はミレーゼと接触する前に、この申渡し書に目を通していた。

 そうして、ミレーゼを確保するや女将に後を託し、組織へと自ら走ったのだが…


「『しろがね屋』…今更いねぇじゃ済まねぇよ」

「この始末、どうつけるんだ」

「ひ、ひぃぃっ…」


 顔面凶器に迫られ、悲鳴を上げる主人と女将。

 震えを抑えられないながら、女将が声を振り絞る。


「そ、そいつらならまだ店を出たばかりだよぅ…っ!」

「なに?」

「い、い、今からいけば!」

「チッ………どっちだ」

「あ、あ、あ……あ、あっちで!」

「おい、野郎ども」


 男達を率いていたスキンヘッドは、女将の言葉に舌打をするも。

 女将の提案が本当ならば、『しろがね屋』にかまけて逃す訳にはいかない。

 制裁も忘れ、男達は女将の指し示した方角へと走っていった。


 貴族達の屋敷が並び立つ、高級住宅地の方へと。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



「………ん?」


 怪訝な顔で、エラル様が足を止めました。

 どうしたのでしょうか。


「――若」


 …と、思いましたら。

 闇の中から湧く様にして、一瞬前まで誰もいなかった場所に、影。


「ひぇっ!?」

「急なことで驚かれましたのね、レナお姉様」

「な、なにあれ…」

「大丈夫ですわ…だから、しぃっ」


 影を引きずる何者かは、エラル様と密やかな密談中です。

 おそらく、エラル様のお家が抱える隠密でしょう。

 貴族の中でも大きな家となれば、度々こういう存在は目にするものです。


「……………」

「ふんふん…うぅん、『しろがね屋』の用心棒かな?」

「…………………」

「とにかく、此方には幼い子供が3人もいる。目に触れないうちに頼むよ」

「……」

「そうだね。そう、適当に痛めつけておけば充分だろう」


 それが作法なのでしょうか。

 隠密の方の言葉は、わたくし達には聞こえませぬ。

 しかし報告を受けるエラル様には聞こえている様子…

 目的の相手にのみ、音を届ける技術というものでしょうか。


 やがて報告が終わったのか、隠密の方が姿を消して。

 見えなくなってようやっと、レナお姉様が息をついておられます。


「な、なに今の…」

「ああ、我が家の密偵が怖がらせたかな。ごめんね」

「み、みってい………本当にそんなのいるんだ」


 レナお姉様が、顔を引き攣らせてわたくし達から一歩。

 一歩の距離を置いて、肩をすくめて仰いました。


「き、貴族こわ…っ」


 心底から恐怖を感じていらっしゃる顔に。

 ほんの少し申し訳なくなってしまったのは、仕方のないことでしょうか。




次回:エラル様のお屋敷。

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