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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
89/210

退路を断たれる訳には参りません


 翌日、日中のことです。

 わたくしは、王宮の中庭におりました。

 どれだけ部屋が広かろうと、室内というだけで閉塞感からは免れません。

 幼児には酷な環境であることをしおらしい顔で侍女に訴え、何とか客間からの外出許可をもぎ取った次第です。

 8名ほど、侍女という余計な方々がいらっしゃいますけれど。

 王宮内の一部へ足を運べる機会をいただけたのは重畳です。

 やはり軟禁されているとは言っても、10歳にもならぬ子供が2人。

 健康を損ねるような事態はなるべく避けたいのかもしれません。

 王妃様の親戚筋という素情も、きっと好待遇の理由でしょう。


 侍女や護衛という名の監視は過剰なほど付きましたけれど、限られた範囲内での自由を阻害されることはありませんでした。

 わたくし達が足を運べるのは、王宮内の本当に限られた一画でしたけれど。

 それでも部屋から出してもらえないのと、少しの間でも出歩かせてもらえるのとでは大きな差があります。

 例え外出時間も範囲も制限されていたとて、完全に閉じ込められるよりは随分と優遇されていると申せましょう。

 齢10歳にも満たぬ子供を部屋から一歩も出さずに軟禁したなど、外聞が悪過ぎますものね。事実はどうあれ、表面上に言い繕う余地は必要ですものね。

 そうでなければ、今後他の貴族の子女にも同じことを繰り返すのではないかと貴族の紳士淑女方が警戒するでしょう。

 他者とのバランス感覚を重要とする貴族社会。

 無用な反感を買っては、王家といえどもそのままでは済みませんもの。


 ピートはどうにかすると仰いましたが、具体的にどうするおつもりなのか、窺っておりません。流れから見て、わたくしのことを王宮から脱出させる気なのではないかと考えているのですけれど。

 ですが全てをピートに頼りきりではいけないと思うのです。

 ピートに頼らざるを得ない事態ではあっても、わたくしは自身の運命を他人に委ねきる気にはなれません。

 わたくし自身の責任も、運命も。

 自分の手で掴む為に、わたくしは生きているのですもの。

 どんな状況であろうと、自分の取るべき道を誤りなく生きていく為にも。

 それにいざピートの脱出計画を実行したとして、途中でピートとはぐれるなどの非常事態に陥った時……なす術を失い、立ち往生するような醜態をさらす訳には参りません。

 わたくしはわたくしで、逃走経路の下見くらいはしておくべきでしょう。

 完璧でなくても構いません。

 いざという時、身を隠せるような場所を。

 追手の目を眩ませることの出来るような場所を。

 何らかの事情で単独脱出となっても、弟と2人無事にいられる為です。

 わたくしは退路の確認を兼ねて、クレイとともに散策に精を出しました。


「――お花が綺麗ですわね、クレイ」

「おはにゃー! あぅ、ねえしゃま、ちょーちょしゃん!」

「まあ、うふふ……ひらひらと飛んでいますわねぇ」


 花から花へ、蝶のように跳ね回るクレイ。

 微笑ましい思いで弟を見守りながら、わたくしは素早く周囲へ目を配ります。

 中庭に面したテラスが彼処で、噴水に水を供給する管が……


 周囲に見える建物の構造を照らし合わせる為、わたくしは脳内から埃を被りつつあった記憶を引き出しました。

 以前、一度見た覚えのある図面を脳内で展開させます。

 我が家の禁帯出隠し書架に、何故そんなものがあったのかは存じませんけれど。


 本当に何故、我が家に『200年前の王宮見取り図』があったのでしょうか。


 はっきり申しまして、門外不出の情報だと思うのですけれど。

 王族以外の者が持っていてはいけないような書類が見つかった事実を、わたくしはどう受け止めればよろしいのでしょうね?

 確かに200年前の年号が記されておりましたけれど。

 ですが王宮など、早々手を加えられるような建築物ではありませんし。

 老朽化した一画を改装した、ということはあっても……丸ごと建て直したという記録は見た覚えがありません。

 そうして、先程から脳内の記憶と照らし合わせているのですが……。

 基本的な構造どころか、ほとんどが200年前と変わっていないようです。

 脳内に記憶した図面との差異が見つかりません。

 わたくしの先祖は、本当にあんなものを何処で入手したのでしょうか。

 ……保持していたというだけで、罪人にされてもおかしくないように思えるのですけれど。

 謎多きエルレイク家の血脈の、暗部を垣間見てしまったような気が致します。


 先祖が一体どのようなおつもりで、あのように流出すれば危険な情報を保持していたのかは存じませんけれど。

 ……子孫(わたくし)の境遇を、予見していたなどということは有り得ないと思いますけれど。

 ですが、御先祖様の犯した危険のお陰で、わたくしも何とかなりそうだという光明を見つけることが出来ました。

 現在でも実用に足る王宮見取り図など、危険極まりませんけれど!


 記憶と照合して得られた確信に、わたくしは覚悟を決めました。

 いざとなれば、この記憶を用いて……


「――おや、見慣れない子だね」


 ……聞き慣れぬ、声。

 いえそれは、ええ、ここは数多くの管理が出仕する王宮なので、知らない声が聞こえるのは当然なのですけれど。

 それに加え、わたくしのような幼女の存在を不思議に思った方が声をかけていらっしゃるのも、不思議ではないのですけれど。


 ……此処は、官吏の方々が行きかう区画ではありません。

 幼女(わたくし)幼児(クレイ)が見咎められることのないよう配慮されているらしく、わたくし達は王宮の中でも奥まった、貴人用の庭にいたのですけれど。

 此方に足を踏み入れることができる者は、王宮勤めをしている者を除けば貴族の中でも高位に位置する上級貴族……そして、王族。

 礼を尽くさねばならない相手であるのは間違いありません。

 面倒なことにならなければ良い、の、です……が…………


 振り返り、声の主を見た瞬間。

 わたくしの思考は、見事に一瞬で凍り付きました。


 まあ、なんという格好でしょう。


 見慣れぬ奇抜な……南国の鳥を思わせる殿方が、1人。

 見事に記憶に焼き付き、一度見れば二度は忘れない類の方がそこにいらっしゃいました。


 一言で申しますと……いえ、なんと形容したものでしょうか。

 目に痛い殿方が、いらっしゃいました。


 長い髪は細かく何本もの三つ編みにされ、1本1本に色とりどりの金属質な光沢をもつリボンが編み込まれています。

 お化粧の力でしょう。

 殿方には珍しいほどに長い睫毛が、3色に塗り分けられております。

 ふわりと大きく膨らんだ帽子には、小粒の宝石が無数に縫い付けられ、金糸銀糸、錦糸の刺繍が気の遠くなりそうな密度で刺されております。最早、帽子の地色がわからぬ程です。

 お衣装も……ベースは、一般的な貴族男性と変わらぬのでしょうけれど。

 アレンジが奇抜で、斬新過ぎて……既に違う文化文明の中を生きているように見えてしまいます。

 何故、マントを3枚も付けていらっしゃるのかしら。

 何故、首元にリボンタイやスカーフ、立ち襟と……いくつも装飾を重ねていらっしゃるのかしら。

 そして、見過ごせないことが1つ。


 ……この方、何故、(ほこ)を背負っていらっしゃいますの?


 当然ながら、基本として王宮への許可なき武具の持ち込みは許されません。

 王宮に仕える兵士や騎士は職務上、武器を持っていても当然ですけれど。

 王宮勤めの武官という訳でもない中級以下の貴族はまず間違いなく、入城と同時に武器は預けることとなります。

 一部特権の許された上級貴族であれば持ち込みも許されましょう。

 ですが帯剣することが……武器をいつでも使えるよう、布袋などに包まず、剥き出しで装着していることが許されるのは上級貴族でもそうはいません。

 何でもない時でも、常時それが許されるのは……それこそ、王族くらいのものでしょう。

 ……何故かお兄様は許されていましたけれど。

 兄には規制しても無駄だと、諦められたのか……それとも功績故でしょうか。危険なこと極まりませんわね。

 ……ええと、思考が脱線しました。

 とにかく、目の前の極彩色の殿方は背に鉾を背負っていらっしゃいます。

 三又の、いわゆるトライデントに良く似た鉾を……。

 見たところ、儀礼的な品ではありません。

 実用に耐える、正しく武器を背負っていらっしゃるのです。

 それが許され、咎められていないと言うことは……


 ………………このような摩訶不思議な神経の方が、王族か、それに近しい位置にいらっしゃるということですの……?


 まず間違いなく、規律厳しい軍属の方には見えないので、そういうことなのでしょう。世も末という言葉が、脳裏に浮かびました。


 1つ1つを見ればどれも最上級の、極上な高級品ですのに。

 あまりに奇抜すぎて……随分と、先取されたセンス?ですのね???

 この先500年は流行することのなさそうなセンスを、そこに見ました。

 なるべく、ええなるべく……刺激したくない類の人種です。

 ですので、わたくしは即座に判断を下しました。


 このような方への対応など、やっていられません。

 幸い、あまりにも異端なお姿の方ですから。

 見慣れぬ風貌に怯えたふりをしても、侍女も不思議には思わないでしょう。

 面倒な質疑応答は侍女にお任せして、わたくしは一歩引いた態度を心がけよう、と。そう思ったのですが。

 ですので……ですので、ですね?

 クレイ……そのように、好奇心に目を輝かせるのは止めてもらえて?

 幼子故、好奇心を発揮するのは仕方ありません。

 ですが、あのような異常人物に関心を持つのは……お姉様は心配ですわ。


「ねえしゃま、とりしゃん! とりしゃんー!」

「く、クレイ……」


 ああ、何と言うことでしょう……。

 弟はしっかりと異常人物を指さし、鳥だと宣ったのです。


 ……確かに、全体的なイメージは南にある遠国の、赤くて大きな鳥に似ていますけれど。

 本人を前に、言っては駄目でしょう……?

 クレイがそのような態度を取ってしまえば、姉としてわたくしはクレイを指導せねばなりません。

 また姉として、どうやら身分は高いらしい奇抜な方に謝罪せねばなりません。

 ……正直を申しまして、とても気鬱です。


 ですが、どう切り出せば良いのでしょう?

 このような人種の方に遭遇するのは初めてで……

 どのように対処したものか、悩ましく思います。


 困りはてたわたくしの空気を察して下さったとは、思い難いのですが。

 悩んでいるわたくしの頭上から、再びの声。


「私は鳥みたいに鮮やかで美しいだって? ふふっ素直な良い子だねぇ」


 …………なんと、前向きな方でしょう。

 幸か不幸か、クレイの無礼を好意的に受け取って下さいました。

 思わず開きそうになった口を、咄嗟に引き締めます。

 いくら相手が鷹揚に受け取って下さったとは申しましても、無礼は無礼。

 わたくしや弟の育ちを疑われない為にも、礼を失した非礼を詫びなくては。


 一先ず、弟を後ろに下げ。

 わたくしは深く貴人に対する礼を取り、頭を下げます。

 とてもこの殿方の目は見られませんでした(色々な意味で)。





 → 極楽鳥があらわれた!

   ミレーゼ様は様子をうかがっている!


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