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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
86/210

絢爛豪華な宮廷の、影で牛耳るお妃様




 負けた、という王妃様のお言葉。

 まさか敗北宣言が……それすらも王妃様の手の内だとは思いもよりませんでした。

 そうして。


「ミレーゼ……貴女がエルレイク家没落の原因を……貴女達を貶めた相手を調べていることは知っています。

その上で言いましょう、手をお引きなさい」


 私は肩を震わせ、戦慄きそうになる口元を押さえました。

 王妃様のお口から、さらりと放たれた言葉の故に……。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 わたくしの譲らぬ意思と窮地に追い詰められても足掻き、結果として有効打を打ち出してきた姿に観念なされたのでしょうか。

 王妃様はそれまでとは改めた様子で、わたくしに神妙な目を向けられました。

 今から語ることが重要なことだと、仕草だけで如実に示しながら。

 ですが前振りがくどいのは、やはり王族の威厳なのでしょうか?


「――貴女は黙っていても此方の思い通りに動いてくれる子ではなさそうだから、ちゃんと話した方がよろしいですわね。むしろ話さなければ此方の事情も顧みず、独自の判断で勝手に動いてしまいそうですもの」

「まあ、王妃様。それはどなたのことを仰っているのでしょう?」

「……わかっていますわよね? 空とぼけても無駄です。情報には、情報を対価に。それが望めなければ、貴女はわたくしの持つ情報など意にも止めず、必要ですらないと切り捨てそうですもの。得るための代償が、己の許容範囲を超えたら無用と切り捨てる。その潔過(いさぎよす)ぎるほどの潔さはエルレイクの血ですわね」

「『エルレイクの血』で済まされるほどの、一体何を我が一族の先祖は成したのでしょうか……?」


 大変興味深い情報の片鱗が、一瞬だけ垣間見えたような……

 ですが横に逸れかけた意識も、王妃様が本題へと至る切り口に差し掛かるとふっと霧散してしまいました。

 わたくしの能力には限りがあります。

 もっとも重要で必要な情報に比べれば、先祖の所業など瑣末事。

 今はそちらに意識を裂いている余裕などありませんもの。


「賢い子だから、話せばわかってくれる子だと信じましょう。貴女の信念に、反さない場合に限るのでしょうけれど」

「王妃様、わたくしのことを信じて下さるのは嬉しいのですけれど……8歳の幼子は、信頼するに足る精神性を有しているのか大いに疑わしいと思いますの。信頼を寄せるのは考え直されては……」

「その辺りは、わたくしが勝手に賭けるだけ。貴女の反応に望みをかけてはいけないのでしょうけれど、大人の勝手な願望だと思って甘んじて下さらない?」

「………………王妃様が納得された上で、そう仰せなのでしたら」


 王家の方にご信頼いただけるなど、光栄すぎて畏れ多いことです。

 この上は精々、王妃様が失望されたり思惑を裏切られたりすることのないよう祈りましょう。天に。

 わたくし自身は当事者ですので、それが絶対にあり得ないなどとは…保障出来かねますけれど。


「さて、わたくしの思うところを知ってもらった上で、ミレーゼ? 貴女に見てもらいたいものがありますの」

「わたくしに、ですか?」

「ええ」


 悠然と微笑みをたたえ、頷かれる王妃様。

 その余裕に満ちた笑顔を見ると……何やら後ろ暗いところもない筈なのに不都合な未来を予感してしまいます。

 ですがわたくしに見せたいものとは……エルレイク家にゆかりの何か、それとももしくは兄に関係するものでしょうか?

 首を傾げてこれから起きそうな事態を想定しても、何が出てくるのか予想は付きません。

 そうこうする間に、王妃様は使用人を呼ぶ為のベルを鳴らされました。


「――アレを」

「ははっ」


 ……何故か入室してきたのは侍女や宮女ではなく、騎士で。

 その時点で奇妙と不思議を感じたのですけれど。

 ……ですけれど、わたくしが本当に驚いたのはその後の展開でした。


「お持ちいたしました」


 凛々しい声に動揺の欠片もなく。

 騎士が恭しく王妃様の前に掲げたモノは……


「……っ!?」

「ミレーゼ、コレが何かわかるかしら? コレは近頃王宮殿の中に紛れこみ、何らかの情報を集めようとしていた何者かの走狗……使い魔の類だとは王家の抱える魔法使いの(げん)

「お、王妃様……?」

「あら? 声が震えていてよ、ミレーゼ?」


 ――騎士の、手にあるモノ。

 それは一見小さく、ともすれば普通の獣のようにも見えるのですけれど。

 三角に尖った大きな耳。

 イヌ科を象徴するような細長い、突き出た口。

 小さな体躯にはいっそ不釣り合いな、細く長い足。

 極めつけに、その尾。

 わさわさと、一匹から何本生やす気なのですか……?

 騎士の手には、何匹かの哺乳類イヌ科によく似た形状の生物が握られていました。

 尾の根元を、こう、掴むようにして。

 ですが騎士の手からぶら下がった生物の本体よりも、明らかに掴まれている尾の数が多いように思えるのです。


 わたくしは、この生物に心当たりがありました。

 ……あり、過ぎました。


「あぅ、ねえしゃま! えきゅの! えきゅのー!」

「あ、あら、ふふふふふ……クレイ? エキノはお家でお留守番ですよ。ですので必然的に、アレはエキノではなくてよ?」

「う?」

 

 わたくしの膝の上で、クレイが大喜びです。

 興奮して手足をパタパタとさせています。

 衝動的にわたくしの膝から降りようとした弟を、わたくしは咄嗟にお腹に腕をしっかりと回して捕まえました。


「クレイ? 王妃様の御前で失礼ですよ?」


 果たして、わたくしにそれ以外に何と言えたでしょうか。

 いきなり騎士の方の足下に近寄るのは危ないですよ、などでしょうか。

 それとも不審な行いから疑いをかけられている獣に、そう気軽に近寄ってはなりません……などの言葉の方が良いのでしょうか。

 わたくしはあの生物を直視できず、目が泳いでしまいます。

 ああ、いけません。

 ……これでは関与を認めたようなものではありませんか。

 王妃様の前ですのに、この醜態。

 きっとわたくしへの不信感は今、王妃様のお心内で鰻昇りを披露していることでしょう。

 冷汗が、頬を伝いました。


 ――ルッコラ、新しい場所に犬(?)を使わす時は、事前に相談をお願いしますとあんなに何度も言いましたのに。

 いいえ、それより王宮殿によりにもよって、なんてモノを忍ばせているのです。

 確かに情報は重要で、いま最もわたくしが欲するモノ。

 ですが王国で最高の警備体制を敷く王宮に、得体の知れない生物を放つなど……無謀以外に何と言えば良いのでしょうか。


「ミレーゼ? 貴女、この動物を知っていて?」

「いいえ、王妃様。わたくし、このようなイキモノは、その……謎過ぎて知っているともいないともよくわかりませんわ」

「あらあら、随分と曖昧なお答えねぇ」


 王妃様が何を仰せられたとしても、わたくしの答えは変わりません。

 考えてみれば、わたくしにこのイキモノの何を知っていると言えるのでしょうか。

 このイキモノのことを把握し、十分に理解しているのはきっとこの世にルッコラただ1人です。

 ピートですら、詳細は知らないようでしたし。


「ミレーゼ、貴女は知らないと言いますけれど……見たことくらいはありますわよね?」

「それは……ええ、今流行りのマスコットですわよね? そのようなぬいぐるみをどこかで見た気が致しますわ」

「まあ、空とぼける姿も自然で素敵ね❤」

「な、何のことでしょう。卑小なわたくしにはわかりかねますわ」


 わたくしは、焦りました。

 そうまで念押しされて、違うと否定するにも……後々に関与が知られた際、今ここで嘘を吐くと将来的に不利になるかもしれませんし、だからと言って関与を認めるのも侵入先が王宮殿であるだけに、これもまた……ええ、誤魔化す以外にどんな手が取れるといいますの?


 ふと、騎士の手からぶら下げられている犬(?)と目が合いました。

 子首を傾げ、犬(?)が口を開きます。



「わんっ」



 …………わん?

 

「ミレーゼ、この生き物を貴女は知っていて……ね?」

「いいえ、王妃様。わたくしも全く見たことのないイキモノですわ」


 わたくしの発した声は、今度はとてもきっぱりとしたモノでした。

 だって、本当に心当たりがありませんもの?


 あの形状で「わん」と鳴く生物に、心当たりなどありません。

 ええ、これはきっと謎のイキモノ違いです。

 新種の生命体でしょう、ええ、きっと。

 こんなに似ていては、紛らわしいことこの上ありませんわよね。


 万が一にもアンリ……ヴィヴィアンさんの身柄を王家に奪われてはならないこと、それにレナお姉様の幼さでは令嬢付きの使用人になるなど本来であれば有り得ないこと。

 そういった理由で、いつものお2人にはブランシェイド伯爵のお屋敷にてお留守番をしていただいていたのですけれど。

 代替として年齢を誤魔化して完璧な使用人と化したミモザとフィニア・フィニーを連れてきておりました。 

 演技達者なこのお2人は、その気になれば25歳程の若者のようにも違和感なく振舞うことも可能です。

 ただし身長が足りないので、今回はメイドに扮していただいておりますが。

 ある意味では女装といえる恰好の2人は、王妃様が騎士を呼んで人払いを解いた時より、わたくしの背後の壁際に陣取っていました。

 そんなお2人の声が、微かに……


「――ひぃ、ふう、み、よ……6匹か。思ったより捕まるものだね」

「でも6匹しか捕まらなかったって方が驚きじゃない? まだ3倍近い数の犬が王宮の中に隠れ潜んでるってことだし」

「しっ……ここはどこに人の耳があるかわからないんだから、小声でも注意しなよ。具体的な数の話は止めよう」

「そっか、そうだよ。うん、私が不用心だったかな」


 …………わたくしは、なにもきかなかった。


 ええ、ええ…何も聞こえてなど来ませんでしたわ。

 わたくしの耳を微かな声が掠ったような気が致しましたが、きっと気のせいです。


 それよりミモザ、フィニア・フィニー……貴方がたは何を知っていますの?

 わたくしに秘匿していたことも含め、このような場で迂闊に噂することも捨て置けない事態です。

 後でしっかりとお話を聞かせていただく必要がありそうですわね。

 わたくしは怒りを隠すのにも苦労を重ねながら、表面上は優雅な令嬢然とした微笑みを意識して心がけます。

 微笑むのにこれほど苦労するのも滅多にない事態ですわ。

 苦労が無と消えない内に、わたくしは困り顔で首を傾げてみせました。


「王妃様、そのような生き物を前に、わたくしは……一体、どのような反応をすればよろしいのでしょうか」

「あら、ミレーゼ? 貴女は言わなければわからない子ではないと信じていますけれど……良いでしょう、意地悪はここまでにしますわ」

「まあ、意地悪だなんて酷いですわ、王妃様」

「――では、今度こそ単刀直入に言います」


 瞬間の出来事でした。

 王妃様の眼差しが鋭さを増し…その瞬間、室内の空気が確かに尖ったのです。

 真剣みを増し、緊迫感すら感じる空気。

 王妃様が真面目なことを仰ろうとしていることが、嫌でもわかります。

 そうして、王妃様が仰られた内容は。


「ミレーゼ、貴女……今回の件からは手を引きなさい。エルレイク家没落の真相究明は、わたくしが引き受けます」


 とても、わたくしには承服しかねる内容でした。





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