養女など、とんでもございませんわ
年度末、恐ろしいことに仕事が繁忙期…っです!
少々短かったり、感想の返信が遅れることもあるかもしれません。
ご容赦していただけると助かります。
――わたくしを、王家の養女に…?
それが王家からの正式な打診であれば、家臣の娘に過ぎぬわたくしには決して拒めないと知ってはいましたけれど。
王家からの正式な打診なのか、王妃様の親戚としての私的な打診なのか。
それを確認しようと気が急いて、わたくしは言葉が喉に詰まってしまいました。
驚き過ぎた為か、逆に声が出てきません。
焦り過ぎて、背を折り、膝の上のクレイに覆い被さるようにして咳き込んでしまいます。
「ねっ、ねえしゃま? らいじょうぶ!?」
「く、くれい…っ」
「ねえしゃま、ねぇしゃま!?」
ああ、いけない。
はやく気を鎮め、常のわたくしを取り戻さなくては。
冷静におなりなさい、ミレーゼ。
でなければクレイが泣いてしまう。
わたくしが取り乱せば、クレイが案じます。
この小さな弟を、不安にさせてはいけない。
この子の小さな弟を、苦しめてはいけない。
わたくしの元にいる時は、不安も恐怖も怯えも感じずにいてほしいのですもの。
だからわたくしは、この弟の前では『強い姉』でなくてはいけませんのよ。
「わ、わたくしは大丈夫よ、クレイ…。お姉様は少し驚き過ぎただけですわ」
「しょーにゃの? しょうなの、ねえしゃま? くるし、にゃい? いちゃいちゃい、ない…?」
「ええ、大丈夫です。男の子がそんな泣きそうな顔をしてはいけません。ほら、姉様はもういつもの姉様でしょう? 貴方が案じることは何もありません」
「あい、あい…っ」
………クレイ。
ああ、本当に良い子ですわね。
わたくしは大人が信用できないと悟った時に、全霊でもって弟だけはわたくしが守り抜くと…不安を与えるモノは全て退けてみせると誓ったのです。
例え相手が、何者であったとしても。
そう、それがわたくし自身の不安であっても。
己の怯懦に負けて弟の安心を脅かすなど、わたくしの矜持が許しませんわ!
わたくしは、クレイの保護者なのですもの。
何が相手でもわたくしは負けません。
エルレイクの屋敷を去る時に決意したことは、今でも強く胸にあります。
あの誓い通り、強引に強くなってでも弟は守ってみせましょう。
――その為には、王家になど入っている場合ではありません。
何故ならわたくしは、『エルレイク家のミレーゼ』なのですもの。
わたくしは自身の決意を思い出し、心が落ち着いていくのを…自分を持ち直せたことに気付きました。
もう、大丈夫です。
動揺のあまりに取り乱してしまいましたが、自分の中にある確かな芯を、その根幹を思い出せた気がします。
もう、わたくしは動揺にぶれたりなど致しません。
わたくしの矜持、わたくしの芯に賭けて…相手が王妃様だろうと立ち向かうことが出来ます。
その為の屁理屈でしたら、いくらでも捏ねて差し上げましょう?
動揺するわたくしを少し心配そうに見下ろしながらも、悠然とした態度を崩されない王妃様。どことなく余裕を感じるのは、大人の器量なのでしょうか。
…わたくしが動揺することを見越しておいでだったのでしょうね。
いきなり王家への養子入りを打診されれば、どなたであろうと動揺するような気は致しますが。
ですが、わたくしの全てを読んでいたと言わんばかりのお姿が…。
目上の方であることは確かですけれど、まるでわたくしに己の格の方が上だと見せつけるようではありませんか。
実際に身分も地位も経験も、わたくしよりずっと格上の方なのでしょうけれど。
大きく構えた姿を不快に思ってしまうわたくしの不遜さはどうにもなりません。だって子供特有の感情なのですもの?
子供特有の生意気な態度を見せても、寛大な格上の方であればお許し下さいますわよね? 受け止めて下さいますわ、きっと。
わたくしは無邪気に見える様に微笑みを浮かべ、王妃様を見上げました。
王妃様がお姿以上に大きく見える気がするのは錯覚でしょうか、それともわたくしの畏れがそう見せているのでしょうか。
…錯覚だと思うことに致しましょう。
わたくしは自分を励まし、難敵に挑まねばならないのですもの。
自分を誤魔化すくらい、いくらでも。
相手が『王妃様』である限り、歯向かう訳には参りません。
ですから、わたくしは立ち向かわねばならないのです。
王妃様にお目溢していただける、許していただけるギリギリの境界線を読み取って立ちまわるなど…現実の綱渡りにも勝る緊張感。
しかしクレイを前にして、不安を表に出すなど許せるはずもありません。
わたくしは太々しくも、図々しくも振舞ってみせましょう。
大人が寛容に許さざるをえない子供のように。
我儘を押し通し、我を押し通す。
それこそまさに、『子供の特権』。
…特権を毟り取るような真似をするなど、心が痛みますわ。
「何故そのようなご提案をいただけたのか、お伺いしてもよろしいですか?」
「あら。保護者を失った子供に、親戚として手を差し伸べるのはおかしなことではありませんわよ?」
「…ですがわたくしはエルレイク家の娘、貴族の娘でございます。手を差し伸べるにも『引き取る』のではなく、『後見』に立って成人まで擁護する方が一般的ではありませんか?」
「まあ、王家に『一般的』だなんて…面白いことを言うのね、ミレーゼ。わたくし達は王の一族…王がこれと言えば貴族の慣例など関係なくてよ?」
「王妃様は『王妃殿下』ではありますが…『国王陛下』ではありませんのに、王のことを語るのですね?」
「うふふ…わたくしと陛下は夫婦。わたくしが王妃で陛下が国王である限り、地位に差はありますが…わたくし達は一心同体も同然ですのよ?」
「御夫婦仲がよろしいのですね。臣下に連なる者としてとても喜ばしいことだと思います」
「貴女が『はい』と一言いえば、その瞬間から『臣下』などというつまらぬ隔たりはなくなりますのよ?」
「まあ、ふふふ…王妃様の御冗談はとてもユーモアに富んでいて…矮小なわたくしでは、残念ながら理解力に欠けるようです。残念でなりませんわ」
「矮小だなんて、自分を卑下するものではありませんわよ。貴女はわたくしの娘にも成れるのですから」
「――率直に窺いますが、それは王家の総意でしょうか。それとも王妃様の私的な願望でしょうか」
「あら。本当に率直に聞いてきますのね」
「わたくしは未だ8歳ですもの。未熟な子供ですから…残念ながら腹芸の方には自信など全くないのですわ」
「……………そう? こう言っては何だけど…ミレーゼ、貴女の方が余程ユーモアに富んだ冗談を言っているように見えますわよ?」
「冗談? 何のことを仰っているのでしょうか…幼いわたくしにはわかりそうにありませんわ。わたくし、まだ世の中の道理もよく理解できない8歳児ですもの」
「貴女は面白い子ねぇ、ミレーゼ?」
「わたくしの存在が王妃様の御慰めになるのでしたら…臣下の娘として光栄なことですわ、王妃様」
「臣下。臣下、ねえ………?」
うふふ、ほほほ、と。
王妃様とわたくしの朗らかな笑い声が小鳥の囀りのように響きました。
きっと表面上はこの上もなく優雅に見えるのでしょうね。この状況。
わたくし達が微笑みを交わしているのを見て、わたくしの膝の上に座っているクレイも状況が理解できていないながらに笑っています。
にこにこと笑っていますけれど…クレイの頭上に?マークが飛び交っているような気が致しました。
………貴方はそのまま大きくなって下さいませね、クレイ。
腹黒賢妃vs.早熟小虎姫
王妃様の息子さんのラインナップ
真面目王太子、変人、脳筋、極楽鳥、引きこもり
できれば可愛い娘がほしい…




