表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
白き蕾の硝子城編
82/210

振り返ってみれば、色々なことがありました。ええ、色々なことが…。

話がややこしくなってきたので、状況の再確認および情報の整理回です。



 人生を左右させるのは、いつだって大人の思惑に揺さぶられてしまうから…。

 王妃様と重大な話し合いをすることになってしまった、わたくし。


 ですが相手は海千山千の魑魅魍魎が跳梁跋扈する王宮にて、わたくしが生まれるよりずっと以前から『王妃』として君臨してきた御方(35歳)。

 経験の差は、明らかとしか言いようがないでしょう。

 頼りになる知恵者と相談することも許されない状況で、8歳児が単身立ち向かうには荷の勝ち過ぎるお相手です。


 わたくしに、王妃様を相手に勝機はあるでしょうか…。

 親戚として大目に、甘く見て下さっている部分は確かにありますけれど…親戚の子供だからと、手心を加えて下さる方には見えないのが最大の難です。

 このような大物を相手に立ち向かうとなれば…

 なんにせよ、作戦と共に何らかの方針、考えを念頭に置くべきでしょう。

 譲れないもの、譲っても構わないもの。

 その線引きをしっかりとしておく必要があります。

 そして、王妃様が何をどこまで御存知なのか…確認を取らねばなりません。



 情報を整理致しましょう。

 今現在、わたくしが把握している情報を。

 そして、王妃様になるべく隠しておきたい情報は何かを。

 

 まずは、わたくしとクレイの置かれた状況です。

 表面的に、今のわたくし達はどういう状況でしたか…

 ええ、思い返してみましょう。


 わたくしは王国内で一大派閥に君臨していた高位貴族、エルレイク侯爵家の娘。

 両親亡き今、新しい当主であるはずの兄がわたくしと弟を庇護する保護者です。

 ………が、しかし。兄はここにはおりません。

 侯爵位を継いだ兄は、爵位も官位もそのままに職を辞しもせず、失踪。現在の居場所はいずことも知れません。


 この時点で、兄を崖から突き落としたくなっても致し方ありませんわよね…?

 改めて考えると、どうしましょう。

 兄の非人道的な非道ぶりに、大人への不信感が燃え盛りそうになります。

 加えて、どれだけ経営手腕が壊滅していたものか…


 家は両親の死後3日にして没落。


 王家より拝領していた領地も、財産も全て消えうせておりました…。



 ………これが、ここまでが衆目の知るところ。

 わたくしの身に起きたとされる、全容の表向き(・・・)の姿。

 お陰様で、社交界で多大なる同情を集めさせていただいております。

 こうして改めて思い返すと…同情も当然のように思えてきます。


 これらの情報は既に王宮に仕える若手官吏たるエラル様にもご報告済みですので、王妃様も既に御存知のことでしょう。

 それこそ『親戚の特権』として確かな情報を掴んでいらっしゃるはずです。

 きっとエラル様も王家にご報告していらっしゃるでしょうし。


 ですが、わたくしの身に起きている事態はこれが全てではありません。

 足りない情報を補填すると、表向きの情報もがらりと姿を変えてしまいます。

 『青いランタン』に集めていただいた『新事実』を伏せたわたくしの状況。


 問題は、ここから先にあります。

 これ以上の情報を王妃様が…王家が、どこまで掴んでいらっしゃるのか。

 わたくしが『青いランタン』の協力を得て入手した情報の、どこまでを。

 わたくしの全てを掴んでいらっしゃるのか、いらっしゃらないのか。

 どこまでを御存知で、何を御存知でないのか。

 その見極め次第で、取るべき対応が変わってしまいますわ。

 

 わたくしに『青いランタン』という有能な協力者がいること。

 これは既に王妃様もご存知のようです。

 『青いランタン』という組織の全貌を御存知なのか、わたくしの元に出向して下さっている方々…社交界で噂になりつつある一部の方のみをご存知なのかはわかりませんが、少なくとも協力者の存在は知られていると見て確かでしょう。

 先ほども協力者の存在を仄めかすようなお言葉を下さいましたから。


 わたくしが『青いランタン』の方々と何事かしていることも御存知のはず。

 ですが、彼らの集めた情報はどうでしょう?


 わたくしが裏社会の何者かに、身柄の確保を狙われていること。

 …これは少し情報を当たる伝手があれば、わかることでしょう。

 王妃様の動かせるような方が掴めない情報とは思えません。

 大体的に探されているとまでは申しませんが、裏社会の末端に位置する浮浪児童の方々にまで情報が出回るくらいですもの。

 わたくしを狙った方がここまで大っぴらに探すおつもりだったのかは存じませんが、確実にこの情報は王妃様にも掴まれているはずです。


 では、アンリのことはいかがでしょうか?

 我がエルレイク家を陥れる協力をさせられ、ついには口封じの為に消される危機感を察知して逃亡したアンリ。

 今ではわたくしが身柄を確h…いえ、保護しております。

 その上で、彼女の存在を王妃様は掴んでいらっしゃる…?

 ………そのことについては確証が持てませんわね。

 証人としてのアンリの重要性についても、存じていらっしゃるかは不透明です。


 アンリはわたくしに重要な事実を教えて下さいました。

 わたくしの家…エルレイク家を陥れたい何者かがいること。

 その者が、わたくしの両親の死に際しても何か関与している疑いがあること。

 また、わたくしの兄…アロイヒお兄様が、実は両親のなくなる2ヶ月前から既に行方知れずであったこと。

 ………我が家を没落させ、わたくし達を見捨てた『お兄様』は、演技者であるアンリが化けたモノであったこと。

 アンリの変装を『お兄様』だと思い込んでいた1人としては心苦しいのですけれど、実の血を分けた家族をも欺くアンリは凄まじい演技力をお持ちですわね。

 2ヶ月間、誰にもお兄様の存在を疑わせることなく過ごしたのですから。

 実の両親でさえも欺かれたのですから、徹底した演技には感服の一言です。


 ヴィヴィアンさんをエルレイク家に潜り込ませた何者かは、他にも何人もの細作を当家に潜り込ませていたと、ヴィヴィアンさんの証言があります。

 以前より当家に潜み、何ごとかの工作を行っていた…と。 

 我が家が没落したことも、その運びの一環。

 そうして両親がなくなった後、兄に譲り渡されたはずの指輪は…エルレイク家の者が持ってこそ意味のある、当主の証たる指輪が、我が家を貶めた者の手に渡っているということ。

 我が家の仇敵がわたくしの身柄を欲する者と同一だと考えた時、この指輪が仇敵の手に渡っていることの意味が変わってきます。

 年幼いわたくしを得ようとすることに意味があるのであれば、それはこの指輪に由来するのではないか…と、わたくしは近頃そう考えてしまうのです。



 情報をもたらしたヴィヴィアンさんは、重要な手掛かりでもありました。

 アンリ……ヴィヴィアンさんは、わたくし達を苦境に叩き落とした黒幕について、その身元を突き止める手掛かりを有していたのですもの。


 考えれば考えるほど、アンリ…ヴィヴィアンさんは渡す訳には参りません。

 彼女の存在を王妃様が知っていたとしても、なるべく隠して匿いたいと考えてしまうのは…わたくしが自分のこの手で、わたくしの全てを滅茶苦茶にした『どなたか』に報いを受けさせたいと少しでも思ってしまうから…でしょうか。

 ヴィヴィアンさんを王妃様が確保なされば、彼女の身の安全性は高まります。

 ですがその代りに、わたくしは確実にエルレイク家を貶めた『どなたか』に一矢報いる機会を奪われてしまうことでしょう。

 きっとわたくしには何も悟らせぬうちに、全てを終えられてしまう筈です。


 それでは、わたくしの気が済みません。


 ただ何もせず、当家に仇なした者を見逃すなど…

 ………それこそ、エルレイクの名折れとなりましょう。

 これは感情の、そして矜持の問題なのです。

 わたくしの心が屈服しない限り、きっとわたくしはヴィヴィアンさんの存在を隠そうとするでしょう。

 ……………ブランシェイドの邸宅に置いて来て正解でしたわね。

 万が一、身柄を押さえられる事態になっては…と。

 今回のご招待に同行させなかったことに、心底ほっとしてしまいました。


 ここまでで考えて、わたくしが保持すべき情報は大きく3つ。

 1つはわたくしの家を掻き回し、両親を殺害した何者かの存在。

 1つはそれらの証言をしてくださったヴィヴィアンさんのこと。

 そしてわたくしが、我が家の(かたき)とも言える方の調査をしていること。

 こえらの情報は、潜めることが出来るのであれば隠し通したい情報です。

 我が家の威信と、矜持に賭けて。

 何より情報を流出させて、子供を案じた大人(・・)の良識に邪魔立てされたくはありませんもの。

 相手は我が両親の、家門の敵。

 わたくし自身のこの手で雪辱を願っても、なんらおかしくはありませんわよね?

 ですので、ここまでは最大限の死力を尽くして隠蔽させていただきますわ。


 

 ですが、数日前にわかった新たな事実に関しては…


 ………これは王家に奏上せざるをえない事態。


 これは我がエルレイク家に留まらず、王家の問題です。

 王家からの委託という形でエルレイク家が管理していたであろう、領内の鉱山。

 ――伝説の金属、アダマンタイト。

 アダマンタイトの希少性、貴重さは数字で測れるものではありません。

 ソレを発見したのが兄かと思うと…功績を素直に讃えるのは少々癪ですが。


 伝説の金属の、盗掘及び密売疑惑。

 相手がエルレイクを貶めた者と同一犯だとの確証はございません。

 ですが偶然にしては重なる接点に、関連性を疑わずにはいられないのも確か。


 名を穢されたのが、エルレイク家だということ。

 犯罪の露見した時期。

 そして紳士倶楽部に集ったチェス愛好家の者だという共通点。

 共通点が1つではない時点で怪しむのも当然です。

 少なくとも何らかの繋がりはあるのでは、と。

 わたくしがそう考えてしまうのも、仕方ありませんわよね…?


 例え犯人に接点が無かったとしても、見てみぬ振りは出来ません。

 姿の見えない暗殺の駒を斡旋していると取られてもおかしくはない仕掛け。

 精霊の存在を悪用するなど、ただの人間に思いつけることではありません。

 こんな悪質な手法…人道にもとる行いです。

 

 それらを踏まえて考えるに背後に横たわるのは大きな陰謀か、それとも………

 わたくしには、断言できませんけれど。

 断言はできずとも、王国史を紐解いても類を見ない事態であることは確かです。

 人の前には姿を現さない精霊を操るなど、初めて耳にしますもの。

 姿も見えず触れられない存在が襲いかかって来て、何人の方が抵抗出来るのか…


 ………今にして思うと、王家より拝領(・・)という形で貸し与えられていた領地を売却できるということ自体が既に不信でなりません。

 王国内のまともな業者が購入するとは思えませんし…

 爵位をつけて領地を売ったのではなく、爵位はそのままに領地だけを売却など、まともな手段では出来ませんわよね…?


 やはり、わたくしの家を陥れた何者かは、想像以上に危険な相手のようです。

 調べ始めても全貌は掴めず、むしろその影は明らかに大きくなっていっているように思えるのですもの。

 不気味、でした。

 

 不気味な敵の存在を、王家に訴えねばならない。

 それはわかっています。

 ですがどこまでを報告して良いものか…

 芋蔓式に他の情報を流出させずに済む、納得のいく妥協点を見つけなくてはなりません。


 ………それが本当に見つかれば、ですけれど。

 さて、一体どこまで譲歩致しましょうか。




 わたくしはクレイを膝に乗せ、王妃様と同じ卓に向かいます。

 何故か王妃様はわたくしと弟の様子を見て見悶えていらっしゃるようでしたけれど………どうされたのかしら?

 姉弟揃って同時に、同じ方向に首を傾げてしまいましたら、王妃様が今度は顔を押さえて何かを呟いていらっしゃいました。

 ………何かの持病でしょうか。

 王妃様に手ずから入れていただいた紅茶に口をつけるふりをして、わたくしはそっと目を逸らしました。

 伏し目がちとなるよう意図的に視線のやりどころに気をつけ、王妃様と目が合わないように調整します。

 いま王妃様と目を合わせてはいけないような気が、何故か。


「そんなに畏まらなくってよろしいのよ? わたくし達は親☆戚ですもの」

「いえ…目上の方は敬うように躾を受けていますので」

「まあ、流石はお従姉(ねえ)様…抜かりはありませんのね」

「お褒めいただき、光栄ですわ」

「そう………ところで、ねえ? ミレーゼ」

「はい、なんでしょうか。王妃様」

「堅苦しいのは禁物よ。是非、『おばさま❤』と呼んでちょうだい。それでなかったら、『おかあさま❤』――と」

「……………え…?」


 いま、何やら物凄く聞き捨てならないと言いましょうか…

 その、思ってもみない言葉をかけられたような………?

 意外な言葉に、わたくしは驚いてしまいました。

 腹芸などする余地もありません。

 わたくしは思わず顔を上げ…あんなに逸らそうとしていた目を、王妃様と合わせてしまいましたの。

 わたくしに注がれる王妃様の目は…真剣でした。

 真摯に、真面目に、厳しく見えるほど。

 わたくしを真っ直ぐに見詰めて、仰いましたの。


「――ミレーゼ、貴女はわたくしの………王家の、養女におなりなさい」


 その瞬間。

 わたくしの世界から、一切の音が消えうせたように感じられました。

 ただ膝の上にいる、弟が。

 クレイのぬくもりだけが、確かで。

 わたくしはたった1つの現実の様に感じられた弟の身体を抱きしめました。

 無意識に、まるで縋りつくように。

 そんなわたくしを案じる様に見上げる弟の眼差しにも気付かないほど、わたくしは確かに動揺してしまったのです。

 

 全ての音が、消えた世界で。

 王妃様の放ったお言葉が…『養女』という言葉が、いつまでも耳の奥に残り続けました。

 余韻すらも、容赦なくわたくしを打ちのめすように。








ミレーゼ様、ぴーんち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ