さあ、甘えましょう
そもそも、王城からのお招きには最初から不安が付き纏っていましたの。
お話をいただいたのは、紳士倶楽部の本拠地を後にした翌日のこと。
偽物(?)と摩り替えたチェス盤の存在が、どう作用するか…ことはもう相手に露見してしまったのではないかと、わたくしは気を揉んでおりました。
現物を押さえた方が良いという意見には賛成できますのよ?
ですがどれ程に巧妙な偽物でも…やはりアダマンタイトのような希少性の高いモノとなると………生半可な偽物では、用意に騙されては下さいませんわよね。
わたくしの胸は、懸念と付随する不安でいっぱいになっておりました。
色々と成果も多かったはずですのに…。
ええ、わたくしの知らない間に、フィニア・フィニーが随分と頑張って下さいましたから。
「ミレーゼ様、怪しい人物のリスト化終わったよ。私、頑張ったんだから…お礼がほしいな」
「ありがとうございます」
「あ、うん…お礼だね」
「それで、『怪しい』と判断した基準からまずは説明していただけます?」
「………えーと、それじゃまずはこっちが歴代の大会優勝者…例の指輪を授受された人のリストで、それぞれの詳細な資料がこっち」
「生存している方、御不幸に遭われた方、合わせて42人…随分と減りましたわね。今も生きていらっしゃる方は更に少なく、31人ですか…。ですがこの短期間で、よく詳細な資料など手に入りましたわね?」
「ああ、そこはもう、ピート頼りの組織力で☆」
「…つまり、『青いランタン』を総動員なさったのね。ですがそれでも、昨日の今日ですわよ?」
「……………伝手とコネを出し惜しみさせなければ凄いのがいるから☆」
「ミモザ、ですわね?」
「あとルッコラが、どこからともなく何故か後ろ暗い情報中心で掻き集めてきたんだよ?」
「貴方がたは…謎めいた方々ですけれど、有能さは折り紙つきですわね」
果たしてその言葉で済ませて良いものか、と。
レナお姉様のいらっしゃる辺りから呟きめいた声が聞こえてきた気が致しましたが…きっと気のせいですわね?
わたくしは気にせず、フィニア・フィニーの説明に聞き入ろうと致しました。
ですがフィニア・フィニーの説明を遮る形で。
鋭く、ノックの音がわたくしの耳を刺しましたの。
「ミレーゼちゃま、良い子にしておるかいのぅ」
「伯sy…おじいちゃま!」
「お友達と歓談中、すまんの。じゃが、急ぎお返事を書かねばならないお招きをいただいてしもうてのぅ。それもミレーゼちゃまと、クレイちゃま当てにの」
「わたくし達に、お招きのお手紙ですの…?」
わたくしは前日より、この手に余るかもしれない大きな謀の気配にどうするべきかと、わたくし自身の行動の指針について悩んでおりました。
その折りにいただいたのが、今回のお話です。
あまりのタイミングの良さに、逆に不安を感じても致し方ありませんわよね…?
そして、その不安はどうやら的中してしまったようです。
わたくしの油断を突く形で、鋭く指摘の声を頂いてしまいました。
王妃様…。
この方にわたくしはどう接するべきなのか。どのような態度が正解なのか。
取るべき行動に、選び取るべき判断に。
未だわたくしは思い悩み、決断力を必要とされていますのに、決断しきれずにおりました。
全てを打ち明けてしまえば、心に圧し掛かる鉛の如き錘を外し、心労から解き放たれ、穏やかな安息を得ることが出来るのでしょうけれど…
ですが、それでよろしいのでしょうか?
確かにことは大きくなり、この問題は国家に奏上すべき事態となっております。
ですがそれでも、これは我が家の問題。
我がエルレイク家が対処すべき内容を過分に含んでいるのです。
その状態で国家に問題に対処する権利を明け渡しても良いのでしょうか?
それをしてしまえば、わたくしは二度とこの問題に関わることも、自らの判断で対処することもできなくなってしまいます。
王家に問題を預けるということは、そういうこと。
わたくしが関わる余地…その権利を献上するということ。
我が家の、そしてわたくしの問題ですのに。
結果だけを知らされ、一切の関与を許されない。
知らぬ間に全ては解決し、わたくしはただお茶を飲みながら座して待つのみ。
その状況に甘んじろと。
そう突き付けられているのも同然の、現状。
臣下として、淑女の卵として。
どのように振舞うべきか…
問題の全てを王妃様に預け、わたくしは安息の中で大人しくているべきなのでしょう。きっと、貴族としてはそちらの方が正しい。
それはわかっています。
わかっています、のに…。
ソレは嫌だと、心のどこかに駄々をこねる幼いわたくしがいます。
承服できかねると、意地を張る頑固なわたくしがいます。
わたくしの家の問題だからこそ、わたくしが自分で向き合いたいのだと…結果だけを知らされ、何も出来ずに終わるのは嫌だと思ってしまうのです。
それは、感情の問題でした。
そしてわたくしの、矜持の。
問題の大きさを思えば、把握している状況を王家にご報告しないのも叛意を疑われようと仕方のない状況だとわかっている筈ですのに。
何をどうするべきか。
何が最善か。
わかっているはずですのに、従順にその道を選び取ることが出来ない。
心の中のわだかまりが、否と叫ぶ声が聞こえます。
これが、理屈ではないと。
感情の問題なのだと、そういうことなのでしょうか…
「ミレーゼ? わたくしの質問に答えてはいただけませんの?」
「王妃様…わたくし、は………」
「うふふ? わたくしは、何かしら」
「わたくしは…!」
………わたくしも、所詮は子供。
わたくし自身は己の心も整理し、把握できているつもりでしたのに…
やはり、子供は子供で。
わたくしも未熟な自身の感情を完全に制御など出来はしないということなのでしょうか。感情に振り回される時代は、とっくに終わりを告げたものと思っていましたのに…。
理屈では、ありませんのね。
…感情論など、子供の理屈ですのに。
感情に振り回され、理性的に振舞いきることのできないわたくしの未熟さが恥ずかしく、居た堪れない思いが致しました。
素直に無邪気に、我儘に。
自分の心だけを見て好きに振舞えるほど、分別の付かない子供のつもりはありませんでしたのにね。
誰よりクレイを守る為、わたくしはもっとしっかりせねばなりません。
感情に振り回され、戸惑うような甘い人間でいて良い筈がありません。
このような甘さは、捨て去らなくては…。
「――ミレーゼ? あの、ミレーゼ~? 深く考えることも結構だけれど、結論は出そうかしら?」
「…いえ、悩んでいてもどうにもなりそうにありませんわ」
「そう。ではどうするのかしら」
「結論を出す、その前に………王妃様のお心を問いたく思います」
「あら、わたくしの?」
「はい。王妃様の心づもりを、どうかわたくしにお教え下さい」
「………少し、不敬ではないかしら。貴女、わたくしを何だと思っていますの? 王妃…この国の、母ですわよ」
「相手が母なればこそ、わたくしは幼子として母に甘えさせていただきとうございます。王妃様が親戚だと、そう仰って下さるのであれば尚のこと。大目に見てほしいなど厚かましい願いだとは心得ておりますが…何分、わたくしはまだ8歳の幼子ですので。両親を亡くしたばかりですし、きっと気が動転しているのでしょう。そのせいか、少しばかり礼儀を弁えていない部分がありますの。王妃様はそんなわたくしを、礼儀知らずの不作法者と処罰なさいますか?」
「ミレーゼ…貴女、随分と口が達者なのね」
ひたと見上げ、決して目線を逸らさずに。
真っ直ぐな視線は、それだけで誠意を演出します。
わたくしの思いの丈を全て込めるくらいの気持ちで。
ですが肝心の部分は覆い隠すような気持で。
わたくしはただただじっと王妃様の顔を見上げました。
目を直接見るのはそれこそ不敬ですので、王妃様の口元をひたすらにじっと。
――あら、小皺発見。
「………他ならぬ貴女に、貴女のいうところ分別の付かぬ8歳の子供にそう言われては、大目に見てあげるしかありませんわね」
やがて困ったように溜息を吐かれて、王妃様が緩く笑みを浮かべられます。
王妃様の眼差しには、母の如き大らかな慈愛を感じました。
「王妃様、わたくしも我ながら無茶なことを言っていたと思うのですけれど………本当によろしいのですか」
「そうせねばわたくしの度量が疑われますもの。ですが自分でそう念押ししてしまう態度はよろしくありませんわね。不安が透けて見えて、侮られますわよ」
「あら。だって王妃様はいま、わたくしに『親戚の子供』としての振る舞いを許して下さいましたもの。大目に見て下さるのでしょう?」
「それに…最初からこの室の人払いを行い、『親戚』としての振る舞いを許したのはわたくしですからね。お従姉様の子に愛らしくせがまれては、甘くなってしまうのが『親戚のおばさん』の性ですわ。それにわたくし、昔から可愛らしい女の子が欲しいと思っていましたの」
「まあ、ありがとうございます。我が祖国の『おかあさま』」
「………本当に、油断ならない子に育ちましたのね、ミレーゼ。流石お従姉様の御子ですけれど…貴女、本当に8歳なのかしら?」
「わたくし、正真正銘の8歳ですわよ?」
「本当かしら…」
疑わしいと、そういう目でわたくしをご覧になる王妃様…。
どうしてかしら?
以前から、時々わたくしのことを王妃様と同じような目で見つめる方がいらっしゃるのですけれど…わたくし、何かおかしな振舞いをしてしまったのかしら?
「それでは王妃様、十分に打ち解けられたところで…少々はしたない表現になってしまいますけれど」
「あら、何かしら?」
「ええ…わたくし達、相互理解の時間が必要だと思いますの。ですから『腹を割って』話し合いませんこと?」
ピート流の物の言い方ですけれど、わたくしの口からそのような言葉が出たことに本当に驚かれたのでしょうね。
少し目を見張った王妃様は、わたくしに丸くなった目を注がれて…
それから同意を示すように頷かれると、わたくしをティーテーブルに誘って下さいました。
未だわたくしの内面は悩み、葛藤にぐちゃぐちゃと乱れていましたけれど。
椅子を勧められた瞬間、その全てを忘れる勢いで、わたくしの内面は一時的に一気に晴れ渡りました。
――やっと、着せ替え人形役から解放されますのね!
どうやら精神的苦痛を感じていたらしき、着せ替えタイム。
そこからの解放を明確に示され、わたくしのテンションが上がった瞬間でした。
さて、これから王妃様とお話しさせていただく訳ですが…
王妃様は、侮ることをお許し下さらないでしょう。
わたくしも必要以上にぼろを出す訳には参りません。
よく、奏上すべき情報と隠匿すべき情報、漏らしても支障のない情報を吟味する必要があるようです。
アンリの身柄はこちらで押さえておきたいですし…判断も選別も、何方かと相談することができない以上、わたくし1人で判断しなくてはなりません。
さあ、王妃様にどこまでお話し致しましょう。
ですが、その前に…
王妃様がわたくしの行動の、どこまでを把握していらっしゃるのか。
そして何をどこまで御存知なのか…それを、何とか確認する必要があります。
会話の中で、迂闊に王妃様の知らない情報をお渡ししてしまうことのないよう、よく考えて言葉を選ばなくてはなりませんわね。
どうやらこれからさせていただく『お話合い』は、一筋縄ではいかないようで。
わたくし如き未熟者ではありますが…死力を尽くし、気を張って。
出し抜かれることのなきよう、気を引き締めねばなりませんわね。
わたくしが何かを決意したことを、感じ取ったのでしょうか。
どことなく不安そうにわたくしを見上げ、ぎゅっと手を握ってくるクレイ。
わたくしはそんな弟を安心させようと、緩やかに微笑み…
戦場に赴くような心持ちで、『お話合い』の席に着いたのです。
――『お話合い』という、化かし合いと交渉の席に。
ミレーゼ様
→未来の国母様から「油断のならない子」認定。
王妃様の見透かすような物言いに一瞬動揺したけれど、どうやら持ち直した模様。
この胆力…本当に8歳児ですか、ミレーゼ様(笑)




