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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
陰謀の手がかり編
79/210

孔雀緑に青の煌きは、美しいだけではないようです

その頃、主役(クレイ)不在の紳士たちの戦場にて。



2/27 加筆しました。




 何度も何度も繰り返される勝負。

 何度も何度も同じ道を踏む。

 記憶力のページをめくり、打たれた手を照らし合わせて分析する。

 パターンを覚え、状況に応じた有効打で相手にトドメを刺す。

 ああ、このまま。

 この爽快感のまま。

 これだけ思い切り、完膚なきまでに。

 あの男にも、トドメを刺せたら良いのに。

 こんな簡単なゲームでも、あの男を殺す妄想の切欠にはなる。

 『血』なんて余計な繋がりごと、切り捨ててしまえればいいのに。

 私の、この手で。


 そう願うけれど、未だ私の手に本物の力はなくって。

 やりたいとどれだけ猛るように狂うように切望しても、望みを叶えるにはまだまだ足りない。

 ああ、なんて不足の多い自分。

 ――嫌になる。



「フィニア・フィニー、なんかどんどん強くなってない…?」

「鬼気迫る様子は寒気がするようだな。何があそこまで彼を掻きたてるんだ?」

「……………彼?」

「ん? 違うのか?」

「えっと………どうだろ?」


 チェスの猛者と一般に呼ばれる紳士達を前にアップアップしていた少年達。

 しかしクレイが消えてからその異常性を発揮し始めたフィニア・フィニーが気になってしまい、いつしか彼らの気はそぞろとなっていて…

 見かねた護衛ティルゼル・カープが声をかけたときには、盤面は取り返しのつかない事態になりつつあった。


「……………アレン様、オスカー様、余所事を考える余裕がおありなんですか」

「「え?」」

「………キングが追い詰められておりますが」

「ああ…っ!」

「しまった…」


 せめて気を抜ける局面か否か、少しでも思考に上って入れば。

 その判断をつけられるほど、少年達は未だ大人にはなりきれていなかった。



 少年達を追い込まれる事態に追いやりつつ。

 フィニア・フィニーの方は全く少年達に注意を払ってはいなかった。

 彼とも彼女とも言い切れないフィニア・フィニー。

 冴え渡る脳に直結した目は、盤面を支配下に置きつつも忙しなく働いている。

 今回、フィニア・フィニーに与えられた仕事。

 …情報収集を全うするために。

 勿論、優先度もある。

 しかしその頭脳はどの情報を得るのか、取捨選択を必要としない。

 何でも片端から、目に付いた端から。

 全てを克明に記憶してしまう、その頭脳。

 覚えるものと覚えないで良いものをわざわざ選り分けずとも、この子供は『全て』を覚えてしまう。

 覚えるべき記憶の志向性を念頭に置いておきつつも、フィニア・フィニーは経験から知っていた。

 どのような情報であろうと、摘み取っておいて損はないのだと。

 一見何の役にも立たなさそうな、誰も見向きもしないような、必要の無いような情報はこの世に煩雑に溢れている。

 しかしそれらの1つ1つを積み重ねていくと、馬鹿に出来ない大きな情報に繋がることがあると知っている。

 今は必要が無かったとしても、後々に釣りの餌の如く別の機会で役に立つことがあると知っている。

 だからフィニア・フィニーの頭脳は選り好みせずに全てを飲み込んだ。

 この場にいる…この日、紳士倶楽部に参加していた者全ての顔を、名前を、身なりを…身につけた装飾品、紋章、身元を示す視覚情報に、生まれ持った身分によって刻み込まれただろう仕草を。

 そのチェスの癖に至るまで、全て。

 壁にかけられた数々の絵。

 飾られた調度品。

 飾られた品々の法則性まで。

 

 本当はこの紳士倶楽部で取られている記録…何らかの書類から、文字情報という形で必要な情報を得られれば良かった。

 どうせフィニア・フィニーの頭脳は文字の1つ、言い回しの特徴すら忘れない。

 だが子供に、重要な書類を見せてくれるはずが無い。

 例え、『侯爵令嬢(ミレーゼ)』の後ろ盾があったとしても。

 それをわかっているからこそ、フィニア・フィニーは必要な情報を補うに足る全てと、いつか役に立つかもしれない諸々を脳に刻み込む。

 この子供にとっては、大した労力にもならないことだ。


「へえ、それじゃあ…あの壁に等間隔に飾られてる細密画って歴代大会優勝者のものなんだ? やっぱり皆さん、威厳のある方が多いですね」

「ええ、そうですよ。思いがけない強敵のおチビさん。まあ、かくいう私もそうなのですが…ほら、あちらの左から13番目が私です」

「あ、その指輪、さっきの人もしてたよ。もしかして、それが?」

「そうです。この指輪こそが名誉ある栄光…大会優勝者に送られる品なのです」

「綺麗な指輪だねぇ。これだけ綺麗ならレプリカで良いからほしくなりそう」

「ははは…でしたら次の大会で優勝するしかありませんな。この指輪は主宰者であるバスローマ伯爵家秘伝の製法によって作られた合金製なのですよ。用いられた金属、その配分を知るのはバスローマ伯爵家の方だけですから」

「…ってことは、だったらそれと同じ金属の物は他に出回らない?」

「この特殊な合金の製法で財を成したのがバスローマ伯爵家の家業だというのは有名な話ですよ。門外不出のレシピは、そうそう教えてもらえるものではないでしょう。ですがほら、このように美しい…実用性も高く、この金属で作られた製品の完成度・商品性は確かですよ」

「デザインも素敵だけど、この不思議な金属…ピーコックグリーンの深みに青味がかった光沢がとても不思議。綺麗だもんねぇ」

「どういった配合をすればこのような金属が生まれるのか、本当に専門家が頭を捻っても未だ解析が出来ないそうですよ。この金属で作られた品は全てバスローマ家謹製の品で、市場に出ると高値がつくものばかりです」

「珍しい金属、ってだけじゃそんなお値段つかないよね…だって流行って一時のものじゃない?」

「ふふ…おチビさんは目端が利きますねぇ。将来は目端のよさを生かして投資でもしてみますか。きっと成功しますよ」

「何をするにも、まずは軍資金がねぇ…ま、いざとなったら『親』から毟り取っても良いけど。でも投資するにしても、事前に確たる情報がほしいな。成功するって確信できなきゃ、危ない橋も渡れやしないでしょう」

「その心がけは大人になっても是非忘れずにいた方が良いですよ。まあ、バスローマ家の品に限っては確実で安全性も高いでしょう」

「それってやっぱり何か特性があるってこと?」

「………この程度の情報でしたら有名な話ですし、どれ、おチビさんの疑問を晴らして差し上げましょうか。実はですね、知られた話なのですが…この金属には魔除の高い効果があるそうですよ」

「魔除? それって世に沢山出回ってる眉唾物の品と何か違うの? 保証がないと、目に見えない効果は計りにくいんだけど」

「実際に、過去の大会優勝者の1人がこの指輪の魔除効果で窮地を救われたというのが我々の間では有名なエピソードですが、似たような話はごろごろしていますよ。その話に肖り、幸運の一助にしようと求める者は多いとか」

「ジンクスって、気にする人は気にするしねぇ」

「それに、魔除としての効能から大きな取引相手と常に一定の商売をしているそうですからね。バスローマ家の繁栄は途切れることがないでしょう」

「え、なにそれ。大きな取引相手…?」

「教会ですよ。魔除の品を最も必要とするのは、やはり宗教でしょう」

「…教会」


 その単語に、フィニア・フィニーの指がぴくりと動く。

 だけど些細な反応は、誰の目にも留まらなかった。

 フィニア・フィニーの内心で蠢く感情にも、誰も気付かない。


「………そっか。参考になったかな、うん。確かに教会と取引してるんなら、安定した取引口があるってことだし凄いことなんでしょうね」

「おや、何から歯に挟まったような物言いですね」

「ううん。なんでもないよ。言われてみれば昔、修道女さんの護符(アミュレット)でこんな色の金属を見たことがあるかも」

「そうですねぇ。小さく安価な物も作っているようですから、聖職者の方ならお持ちかもしれません。それほど魔除として有名な金属なんですよ」

「色々と参考になったよ、ありがとう。物知りだね、おじいさん」

「ですが私の口から聞いたばかりでは信じられないでしょうから、ご自分で裏を取って御覧なさい」

「それもそうかも。今此処で貴方に全部聞いても、やっぱり自分で1度は調べないと落ち着かない気がする」

「ええ、それが良いでしょうねぇ」


 にこり微笑みながら、世間話のついでと情報を得ていく。

 先程から本日のお目当てである、過去の大会優勝者達の情報を得る。

 直接本人達に確認を取ろうとするのは危険極まりない。

 だが直接的な情報ではなく、本当に世間話のついでのような話であれば?

 それが目的の人物ならば反応せずにいられないような情報の中でも小さく不自然の無いものを会話に織り交ぜながら、反応を窺い、相手の顔に表れる感情を細かくフィニア・フィニーは記憶していく。

 その結果に、怪しいものの名前を脳裏に刻みつけながら。

 相手の方が上手であったとしても…フィニア・フィニーに尻尾を掴ませないような相手であったとしても、それはそれで注意する意識を一段階引き上げる必要性のある相手として怪しさの低い全ての者に用心を重ねるのみ。

 微笑の下に鷹のように鋭い眼差しを隠しながら、フィニア・フィニーは朗らかな様子で世間話に相手を誘っていく。

 そうやって全てを覚え、記憶力に情報を蓄えるのが、この子供の特技であり、役目であるのだから。





 ――それにしても、バスローマ家の有する特殊金属は魔除、か…


「それは是非、今後の為に1つ…ううん、ミレーゼ様とクレイ様、最低でも2人の分は確保しておきたいなぁ」


 危なっかしくて、何があるかわからない彼らだから。

 純粋な心配する気持ちから、子供はそう思う。 

 その頃、ミレーゼ様が遭遇している事態も知らずに。

 何となく直感めいたものがフィニア・フィニーにそう呟かせていた。


 魔除…目に見えない災いを防ぐ、特殊な効力。

 それを必要とするような事態を、想定していた訳ではないけれど。

 目に見えぬ危険性…精霊への備えが必要など、思ってもいなかったけれど。


 それこそ本当に気まぐれめいた思い付きのように本人だって思った。

 何故か、それこそ本当に必要なように思えたから。

 それはもしかしたら、神職に就く実の両親から受け継いだナニかがフィニア・フィニーに思わせたのかもしれない。


「へえ、それじゃあお土産を用意しようか。今日という日は、本当にこの倶楽部にとっても良い刺激になったようだし、記念に」

「え、良いんですか?」


 偶然、本当に偶然。

 試合の様子を見学していたバスローマ伯爵がフィニア・フィニーの呟きを拾い、そんなことを言い出すとは誰も思わなかった。

 もしかしたら展開として予想した者もいたかもしれなかったけれど。

 当の呟きを放ったフィニア・フィニー自身にとっては予想外そのもので。

 だけど渡りに船とばかり、貰える物は貰っておけと脳内でナニかが囁いた。

 それは浮浪児として執念深く図太く、意地汚く生き抜いてきた野生の本能が働いた結果だったのかもしれない。


「勿論、構わないよ。急な事だから本当に記念品程度の、小さく比較的安価な物になってしまうけれどね。だけどあまり高価なものじゃ親御さんも気にするだろうから、そっちの方が良いかな?」

「バスローマ伯爵様って素敵な方ですね! ミレーゼ様はご家族にご不幸があったばかりですから、そういうお守りになるような品が手元にあったらきっと心強いに違いありませんよ。お強請(ねだ)りするようで心苦しいんですけれど、でも、うちのお嬢様の為にも、是非!」


 いっそ図々しさすら漂わせながらも、このチャンスを逃してなるものかとばかりに食いつくフィニア・フィニー。

 伯爵はそんな子供にも大らかに接し、来訪した全員分(訪問を悟られていないルッコラ除く)の『お土産』を用意した。

 元々伯爵は自分の『商売』である魔除の特殊金属で作られた簡単な品を『土産』と称して訪問先に1度は持ち込むことにしている。

 それは今後の商売で取引を考えてもらう為の参考や、顧客になってもらう足がかりとして見てもらう為。

 今回の品は伯爵が子供のいる邸宅を訪問する際、お子さんへのお土産用として数を用意していたささやかな装飾品だった。

 目立たない大きさは普段使いに忍ばせるに丁度良く、まさに常に身に着けていて邪魔にならない品で。

 魔除として用いるのであれば、むしろそちらの方が好都合。

 

 自分達の些細な行動がミレーゼ達にとって、どれだけ願っても無いことか。

 それを知らぬまま、2人はフィニア・フィニーとチェスで対戦していた老紳士も交え、和やかにお土産の算段を相談するのだった。






聖職者の不義の子、フィニア・フィニー。

彼(彼女)の父親への恨みは根深く、暗い。

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