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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
陰謀の手がかり編
77/210

流石はお兄様と言うべきなのでしょうか…



 まさか国家の宝とすべき、伝説の希少金属の密売だなんて…

 話が大きくなり過ぎてきたような気が致します。

 わたくしの手には少々余ってしまう、と。

 そう考えても致し方ありませんわよね…?


 大きな勢力を持っていた我がエルレイク侯爵家を陥れるような者がいるのです。

 生半可ではない陰謀が出てきてもおかしくはありませんけれど。

 これは…情報の隠匿、盗掘、密売………特例を作って王家が直々に管理してもおかしくはない鉱脈に関してとなると、それ以上の意味をもった重罪となるでしょう。それこそ、国家反逆罪に値します。

 エルレイク家に管理を任せようと一時的にでも話が決まったとすれば、それは我が家だったから…王家の信任厚い忠臣の家柄として信頼頂いていたからでしょう。

 これは、その信頼に泥を塗られたようなものです。

 我が家の威信を穢し、地の底までも貶める行為です。


「………わたくしの家を陥れた仇の手掛りを手繰り、足を運んだ先でエルレイク家の管轄領地から利を掠め取ろうと行われていた犯罪の片鱗を目にする。これは果たして偶然なのでしょうか…いいえ、そんなことは有り得ませんわよね……?」

「有り得たとして、同じ家をはめた犯罪が一堂に揃う確率ってどのくらいだろう」

「………貴方もそう思いまして? ルッコラ」

「不自然なくらいに符丁が揃う不自然さくらいはわかるよ」

「そう…」


 この盗掘、密売という過ちを犯して下さった愚か者が、我がエルレイク家に手を出した不届き者と同一犯とは限りません。

 けれど…確証はないといいますのに………

 重なり合う幾つかの符合と、この計ったようなタイミングの良さ。

 ただの勘に過ぎなくとも、同一犯なのではないか…違ったとしても協力関係にあるのではないかと疑ってしまいます。

 その辺りは追々、証拠固めをしていかねばならないでしょうけれど。


「どちらにしろ、我がエルレイク家を相手取ったことを後悔していただかねばならないようですわね…」

「……………ミレーゼ様の家を舐めると大変なことになりそうだね」

「当然ですわ。これは我がエルレイク家の威信がかかっておりますのよ」

「そんなミレーゼ様に追加情報があるんだけど…」

「………なんですの?」


 口ごもり、言い淀むルッコラ。

 あまり見ない彼のそのような態度に、何やら嫌な予感が…


「このチェスセットの、盤の方はアダマンタイト密売の隠れ蓑。じゃあ駒の方は何だと思う…?」

「なんですの。思わせぶりですわね」

「ついでにもう1つ言うと、この精霊(アダ)を繋いで縛っているのは盤に隠されたアダマンタイトじゃなくて駒の方なんだよね」

「………ただの駒ではないということですわね」

「うん、そうなる。あんまり良い話じゃないけど、聞いておかないと大変なことになりそうだ」

「貴方がそこまで言うなんて…どういう意味ですの」


「精霊は物質的な意味で『生物』じゃないから、物理的な干渉によって死ぬことはない。それは知ってる?」


 唐突に話が変わったと、流れが遮られたと。

 咄嗟にそう思ってしまって、わたくしは少々面食らいました。

 ですが完全に無関係な話など、この流れですることはないでしょう。

 わたくしは向けられた言葉の意味を咀嚼し、それがわたくしの知識と合致するものだったので、アダの顔を見ながら頷きました。

 物理的な攻撃手段しか有さない普通の人間にとって、精霊ほど何の干渉もさせてくれない無敵生物はいません。

 彼らが本当の意味で生物なのかどうかは物議を醸すところですけれど。

 人間には殺せないという意味では、確かにその通りなのです。


 その、精霊を。

 こんなちっぽけな駒に縛り付け、定着させているという。

 アダマンタイトの精霊を縛りつけているというからには、何か特別な処置の施された駒なのでしょうけれど…

 改めて考えると、その異常性には嫌でも気付かずにいられません。

 何やら不穏な気配は色を濃く増し、わたくし達のすぐ傍で大きく口を開けているような…暗い錯覚に、眉をひそめてしまいます。


「ルッコラ、貴方の口ぶりでは…既に何かしら理解しているのでしょう? わたくしにも理解できるよう、結論を述べていただけませんか」

「それじゃあご要望にお応えするけどこの駒、傀儡の術が施されているみたいだ」

「………ただの『犬使い』を自称する貴方に、何故それがわかるのかは追及しない方が良いのでしょうね。それで、傀儡とは?」

「付属の盤面…この箱から取り外しても、チェスの盤面自体はそのままチェス盤として仕えるよね。この上に駒を並べて、動かすと…」


 実演しようというのでしょうか。

 ルッコラが己の発言に合わせ、本体から離して卓上に置かれていた盤面に駒を並べ始めます。

 話が円滑に進む様、わたくしも対面側から駒に手を出して並べていきました。

 やがて対立する2つの軍勢が盤上に配置を整え…


 並べきった時、全ての駒の目が一瞬輝いたように見えました。

 

「このチェス駒の目の部分には、アダマンタイトの小さな欠片が埋め込まれていて…そこに駒の動きをトレースさせようと強制する呪術的な働きが…」


 それは何に?…と。

 問いかける必要もありませんでした。

 ルッコラが試しと駒を動かすと、それに明らかな反応を示したのです。

 精霊の、アダが。

 いつの間にかアダの眼差しは虚ろに、茫洋としたものになっています。

 意思の感じられない、硝子人形のような…


「これは、ルッコラ…?」

「良く見てね、ミレーゼ様。駒の動きに合わせて、アダが動くから」

「……………」


 ルッコラの言葉通り、でした。

 少年が駒を1つ、2つと動かすのに従い、アダが立ち上がって動きだし…

 それは、異様な光景でした。

 感情も思考も失くした、操り人形の如き精霊。

 不意に先程の、ルッコラの言葉が重く圧し掛かります。


 精霊は、只人の手では殺せない。

 殴ろうとも斬りかかろうとも、傷つくことはない。

 実力行使で止めることのできない、人知及ばざる領域のイキモノ。


「これは…」

「このチェスセットはね、アダマンタイトの密売だけじゃなくて、精霊を捕らえ、傀儡として遠隔操作する為の操作盤にもなってるんだ」

 

 ルッコラの声が、遠く聞こえます。

 あまりの事態に、何故ルッコラにそれらのことがわかるのでしょうか?という疑問すら浮かぶ余地を与えていただけません。

 もしや、楽観視出来ない事態が目の前で起きているのではないか。

 頭の中で警鐘が鳴り響くのです。

 ぞっと、背筋に冷たいモノが這い上がる感覚が致しました。

 人の手で殺せないのであれば、自在に操れる精霊とは…


「精霊は、本来目に見える物でも触れる物でもない。だから不可視にして不可侵………壁とかすり抜け放題だし、護衛とかも意味ないよね? 誘拐なんかには向かないけど…暗殺の駒としては、この上ない魅力があるんじゃない?」

「恐ろしいことを仰いますわね、ルッコラ…ですがこのような物を用意されては、否定など出来ません。密売だけでなく、決して行動を阻害出来ない駒まで付いているとなると…これはただの密売ではなくなりますわ」

「反逆罪に、国家転覆を企んだ国家騒乱罪も一緒にでっち上げられるかな」

「………あながち、でっち上げとも申せませんわ。判断をするのは政治と司法に携わる方々でしょうけれど、幼い8歳のわたくしでもわかります。これは、犯罪などという言葉では片づけようのない事態です」


 どうやらわたくしは、想像以上に厄介な事態に巻き込まれつつあるようです。

 下手に黙っておけば、そのことを後で突かれかねませんわね…。

 それに、わたくしは既に知ってしまった。

 知ってしまったということをどの程度隠せるかは、わかりませんけれど。

 秘密に触れてしまったということは、隠しておきたい何方かにとっては目障りな存在になってしまったということ。

 このまま口封じの刺客が来るのも、はや時間の問題…。

 そうして、警備の厳重な貴族を狙うとするのであれば。

 存在を知ってしまった以上、わたくしを狙って差し向けられる資格は高確率で………アダの仲間、精霊。

 もしもそれでわたくしの口封じを完遂することができれば、格好の宣伝材料にもなりますし、確実に警戒すべき事態でしょう。

 ですが精霊など、どうやって襲撃に備えればよいのか皆目見当もつきません。


 わたくしは、ルッコラとアダをじっくりと眺めました。

 もしも精霊に警戒すべきとなったら…当の精霊と、ルッコラに意見を聞いておいた方が良いような気が致します。

 話に信憑性を持たせるためとは言え、事前に何の説明もなく操ってしまったことを、ルッコラがアダに謝罪しています。

 今のアダは先程までの人形めいたところなど僅かにもなく、再び本来の表情を取り戻しております。

 どうやらチェス盤の洗脳も譲治発動し続けるという訳ではないようですわね。

 それがどれだけの安心材料となるのかは、不明ですけれど。


「2人とも、このような危険なモノが世に蔓延ったとして…自衛する為には、まず何をするべきでしょうか」

「………自衛策、確かに必要かな」

「精霊から人間を守る方法なんて、鉱脈に引きこもってた僕らには………」

「精霊には物理攻撃が利かないけれど、それ以外の攻撃手段を持っているモノなんてそれこそ魔女ぐらいっていうのが一般論だよね」

「……………あら?」

「ん、ミレーゼ様?」

「ルッコラ…触れない筈の精霊を、先ほど縛りあげて拘束していなかったかしら」

「誰にでも出来る事じゃないから、ミレーゼ様の参考にはならないよ?」

「へ、平然と仰いますわね…」


 ルッコラを『犬使い』というくくりに当て嵌めて、大丈夫なのでしょうか。

 肩を落とすわたくしに、アダが不思議そうな視線を注いでおります。

 気付いて眼差しを向ければ、アダは首を傾げて仰いました。


「………人間って、精霊に攻撃できないんですか?」

「少なくとも一般人には無理ですわね」

「でもアロイヒ様、僕らと敵対していた精霊の親分をずばぁって一刀のもとに切り捨てましたよ! 僕らがびっくりするくらい見事に、何の変哲もない鉄の剣で!」

「……………」


 お、お、おにいさまあぁぁあああああああああっ!!

 一体、何をなさっているの! あの方は!?


 予想外ながらも、何故か「兄なら」の一言で納得してしまいそうになりました。

 これは、流石はお兄様と言うべきなのでしょうか…。

 






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