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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
陰謀の手がかり編
76/210

予想以上に大変なことになりつつあるようです

 

 迷子になった無能のふりは疲れるわ…。

 実際には狂った方向感覚してたら、貧民街では3日と生きられないんだけど。

 方向音痴扱いは業腹だけど、迷子が一番違和感ないってなんなのかしら。

 疲労感一杯に、うんざりとした気分。

 使用人の控室に使用人が来たって不思議はないでしょう?

 でも長時間引き止めるとなったら、それなりの理由がいるし。

 室内の注意を引くため、わざと困った駄目使用人を装う必要があった訳だけど。


「だから、厨房は右の廊下を左に曲がって、3つ目の扉から中庭に…」

「えー? もちっとゆっくり言って。ろんろん、頭混乱しちまうよー?」

「ああもう! 良いから、この部屋を出てからメモ通りに進んでだな…!」

「メモって超細かいこれー? 歩数まで書き入れるとかマメ子ちゃんじゃん☆」

「ぐ…っくそ! 何なんだ、このオッサンは…!!」

 

 今、大体の使用人達の相手を引き受けてるのは騎士のおっさん。

 いい加減な空気を発散しているせいか、駄目っぷりに違和感がない。

 このおっさんが騎士ってホント?


「………うざいけど、こういう時には役に立つわね、おっさん。うざいけど」

 

 苛立った様子の、使用人たち。

 真面目な相手を煙に巻くのがこんなに上手い騎士って大丈夫なの?

 こんなのが騎士を名乗ってて良いの?

 はっきりいって疑問だけれど、面倒臭いから丸投げ放置。

 おっさんはおっさんで、大してこちらの助勢を頼むでなく、平然とミッションこなしちゃってるし………これって有能な部類に入るの? 使用人を翻弄する才能なんてあったら、蛇蝎のごとく嫌っちゃいそうだけど。


「おっさん、早くしなさいよ。うちのお嬢様や坊ちゃんがお腹すかすでしょ」

「そうは言ってもレナ嬢ちゃんさぁ…こっちの兄ちゃん達の説明、超☆解り辛いんだもん」

「うわ、気持ち悪ぃ。いい歳したおっさんが「だもん」とか舐めてるの?」

「嬢ちゃん超辛辣!」

「やっぱりさっきの左の廊下が正しい道だったんじゃない? ほら、天使像の」

「だから! 右の廊下だって言ってるのに…もう何なんだ、お前達は!」


 傍聴していた懇切丁寧な説明を理解していながら敢えて外してやる。

 すると、品の良い使用人の兄ちゃんが発狂しそうな勢いで見悶えする。

 どうやら、頭を掻き毟りたい衝動を頑張って堪えてるみたい。

 理解力のない馬鹿(おっさん)を前にして、身を捩ってイライラ、イライラ。


「もう嫌だ、エルレイク家の使用人はいつからこんなに質が落ちたんだ…!?」

「勘違いしないでよね。馬鹿はそこのおっさん1人よ」

「嬢ちゃん、せめてフォローは入れよう!?」

「あとお嬢様(ミレーゼ)の世話をしてるけど、雇い主はあくまでブランシェイドだから」

「しかもここでお館様の外聞叩き売り! 主家の名前落とされてる!?」


 家名に誇りを持ってるミレーゼのことだもの。

 ここで貶したり、汚名を被せたりしてソレが発覚したらと思うと怖気が走るわ。

 あたしはまだ、命が惜しいのよ。

 庇うところは拾っとくに限るでしょ。

 それにしてもどのくらいの時間、足止めしてれば良いのかわからないわね?

 おっさんが茶化して煙に巻くのも、そろそろ限界っぽいけど…。


「もう良い。私は一先ず戻るから、おっさんは無限回廊の如く彷徨い続ければ?」

「おい待て、こんな鬱陶しい奴を置いていくな! 忘れて帰るな! 回収しろ」

「えー………」

「嬢ちゃん…その露骨に嫌そうな顔は照れ隠しだよね。照れ隠しなんだよね!? ろんろん、ちゃんとわかってる☆」

「…チッ」

「わー…舌打ちされちゃったよ。ろんろんショック!」

「本当にうざいわね、このおっさん。草刈り鎌で首掻き切って果てれば良いのにもしくは人格改造を施されて真人間になれば良いのに」

「嬢ちゃん…? それは殺意? それともろんろんの全否定?」

「両方よ」

「マジで手厳しいぜ、嬢ちゃん…」


 こんな調子で、30分くらいは粘ったわね。

 流石にこれ以上は不審だというおっさんの判断。←不本意。

 そこで仕方なしに、あたし達は話をなし崩しにして撤退することにしたわ。

 でも廊下に出て、驚いたことは………


「あれ? 俺ら……………置いてきぼり?」

「…そうみたいね」

 

 ………あたしまでおっさんと一緒くたに置き去り?

 何よりおっさんと同等の扱いを受けたことに、しっかりと嫌な顔しちゃったわ。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 一先ず身辺を落ち着ける必要のあったわたくし達が自然と身を寄せたのは、レナお姉様がクレイの為に確保して下さったという客間でした。

 先行して工作を行って下さっていたアンリは、1人の状況に不安を感じていたのでしょう。わたくし達を見て、ほっとしたように息を吐きます。


「1人で行動なんて荷が勝ち過ぎるんですよ~…私の状況からすると」

「ごめんなさいね、アンリ。貴女の身も守らねばならないのですもの」

「1人で放置される方が、刺客でも来るんじゃないかって心臓バクバクです!」

「そうね、次からはもう少し考慮して貴女の動かし方を考えるとしましょう」

「そうして下さると助かります」


 そう言いながら何くれとなくわたくしやクレイの世話を焼くアンリの姿は世を忍ぶ姿であるはずですのに、すっかりと使用人ぶりが板についてきたようです。

 

「大分お疲れでしょう。さ、寝所のご用意はできておりますので、暫し休息を…」

「お待ちなさい、アンリ。わたくしはまだやることがありますので、午睡は遠慮いたしますわ。クレイだけ寝かしつけてもらえるかしら」

「えぅ? やぁー! ぼきゅ、まだねえしゃまといるー…!」

「まあ、困りましたわね…クレイ、貴方は疲れているのではなくて? チェスは精神を磨耗させそうですもの。ここで頭と体を休めておかねば保ちませんわよ?」

「ねぇしゃまといっしょがいい…」

「まあ、駄々をこねないで、クレイ」


 少しの間、離れていたためかしら?

 それとも単に一緒に寝ようとしないことが不服だったのでしょうか。

 いつもは聞き分けの良い弟が、頬を膨らませていやいやと首を振ります。

 その様が可愛らしいなどと言えば、クレイのご機嫌も曲がってしまうかしら?


「ねえしゃまぁ…いっしょにねんねー、だめぇ?」

「………仕方がありませんわね」


 ぎゅっとわたくしのドレスを握りしめ、懇願してくるクレイ。

 わたくしは、この弟の頼みに弱いのです。

 ですがわたくしにはアダの証言を確認するという義務があります。

 クレイと2人、眠ってしまう訳には参りません。


「アンリはクッションと毛布を持ってきてくれるかしら?」

「はい、ただいま!」

「クレイ、こちらにいらっしゃい」

「あい! ねえしゃまー」


 わたくしは布張りのソファに座り、アンリに指示を出します。

 アンリも心得た様子で、すぐ行動に移る辺りは使用人教育の賜物でしょうか。

 わたくしは満足を感じて頷き、膝をぽんぽんと叩いて示します。

 クレイはすぐにわたくしの意を察し、嬉しそうにはにかみました。

 幼子には少々座高の高いソファに這い登り、慣れた仕草で身を横たえて…

 そう、膝枕ですわ。

 お母様の膝枕程の安心感や充足感、柔らかさを提供することは出来ませんが、それでもクレイは機嫌を良くしてわたくしの膝に擦り寄ります。

 しっかりと引き寄せたクレイを、アンリがブランケットで包みこみます。

 これで一緒にいながら、クレイに午睡させることが出来ますわね。


 さて、準備は整いました。

 わたくしは心の用意も出来ていることを確認し、ルッコラに目を向けます。

 目線でわたくしの意を察したのでしょう。

 時間をかけてしまいましたが、お待たせしたことは気にも留めない風で。

 わたくしの対面に座したルッコラは、間にある卓に問題の品を置いたのです。


 持ち出した時、そのままに。

 布袋に包まれていたのは、一抱えもありそうな何かで…

 ゆっくりとルッコラが袋の紐を緩め、その中身が姿を現します。


 艶めいて光る、黒い質感が何よりもまず目に付きました。

 丁寧に磨かれたのでしょう、品質の良さが窺える色艶。

 実用性よりも装飾性を重んじた、細やかな細工。


 姿を現したのは、感嘆の溜息を吐きそうな程に素晴らしい細工のチェス盤。

 一般的な物よりも大きく感じるのは、下部がキャビネット仕様になっているからでしょう。

 恐らく、駒をしまう為なのだと思うのですけれど…随分と高さがありますわね?

 

「それで、駒がこちら」

「あら?」


 …盤の中に仕舞われているものと思っていたのですけれど。

 ルッコラは小袋の中から駒を取り出し、盤に並べていきます。

 幼いクレイの小さな手では、掴み辛そうな立派な駒。

 盤と揃いだと一目でわかる作りをしています。


「駒は、此方に仕舞うのではありませんの?」


 盤に付いた引き出しを指差し、問うわたくし。

 ルッコラは緩く(かぶり)を振って否定の言葉を告げました。


「そっちは飾りらしいよ。重要なのは、こっち」

「いま、お見せします~」


 卓の上に身を乗り出すようにして、アダが盤の側面に指を走らせると…


  ばぐんっ


 ………何やら、耳慣れぬ音が聞こえたような気が致します。

 見ると、盤の本体から盤面が外れていました。

 膝にクレイがいて動けないわたくしが覗き込める様、アダが盤を傾けます。


「………あら? この光沢は…何やら、どこかで見たことがあるような」


 具体的に言うと、よく見知った方が腰に下げていた剣に似ていますわね…。


 黒く艶やかな、黒檀のチェス盤。

 ですが黒檀の外側は、ほんの僅かの厚みしかなく。

 内側にある硬質な何か…立方体に切り出された、鉱石が光を照り返しました。

 鉱石を覆うように、黒檀の板を張付けて形成されていたらしい、チェス盤。



 内側に隠されていた鉱石は、淡く甘く虹色に輝いておりました。



「チェスの愛好家を隠れ蓑にアダマンタイトの密売をしている誰かがいるみたい」

「やはり、そうですのね………密、売…」

「あと細かい説明は省くけど、駒の方が呪具になっていて…」

「………ルッコラ? 少々考える時間を下さいません?」


 話が大きくなりすぎて、わたくしの脳天をにわかに頭痛が襲います。

 この事態…わたくしの手に、負えますの?

 両親が亡くなって以来、幾度と無く不安と困惑に苛まれてきたわたくしですが…

 今回はそれに環をかけ、状況への強い不安を感じずにいられませんでした。





「………ところで、密かに持ち出しておいて今更かもしれませんけれど、チェス盤を持ってきて持ち主に悟られはしませんの?」

「ダミーを置いてきたから、暫くは平気だと思うけど?」

「………ダミー?」


 その頃、ルッコラが荷物を持ち出したクロークで。

 とある戸棚の奥の方から、「にゃーん」という声がした。



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