我が家を襲う悲劇は、もう充分過ぎるほどなのですけれど…?
精霊の正体発覚!
そしてアホイヒお兄様の謎の資金源の一角が…
――アロイヒ・エルレイク。
決して良い兄とは申せません、15歳離れたわたくしの兄。
兄のことは、奇人変人の類だとわたくしは思っております。
兄の実態を知る方々の間に置いて、真正の阿呆として名を馳せている愚兄。
大体において頼まれたことには否を唱えぬ素直な人といえば聞こえはよろしいのですけれど…天賦の才というよりも災害として認識される剣の腕を持つ危険人物という認識が何よりも正しいような気が致します。
これで阿呆でなければ…阿呆であっても、せめてもう少し常識があれば、と。
何度ご友人方を悩ませたことでしょう。
その、兄の名を。
目の前の『精霊(?)』は、確かに口にしましたわよね…?
「貴方、兄のことを知っていらっしゃるの?」
「あ、あに………? え、アロイヒ様の妹しゃん!?」
………噛みましたわね。
怯えているのは見るからにわかりますけれど、動転し過ぎではないかしら。
………怯えるなと言う方が、無理なのかも知れません。
『精霊(?)』の周囲を、ルッコラの『犬(?)』が取り囲んでいるのですもの。
『精霊(?)』を中心に据えて、5匹の『犬(?)』は等間隔に周囲を取り巻いております。5匹ともが5匹とも、真中の『精霊(?)』にしっかりと瞬きのない眼差しを注いでいるのですけれど。
…何故、どの『犬(?)』も身動き一つなさいませんの?
全ての『犬(?)』が、背筋を伸ばして彫像のように同一の姿勢を保っています。
「これは、一体どういう意味のある行為ですの…?」
「ミレーゼ様、霊感ないでしょう」
「…確かに、あると実感できるような体験をした覚えはありませんけれど」
「そんな人間にも人にそっくりな質感と存在感を持って姿を見せることが出来ているんだから、この精霊って相当強い存在なんだけど。そこまではわかる?」
「………とても強そうには見えませんわね」
現状、その強い『精霊(?)』は5匹の『犬(?)』に怯えて身を縮こまらせているのですけれど…
隠しようのない恐怖の眼差しを、『犬(?)』に注いでいるのですけれど。
「だから、警戒するに越したことはないよ。その為の緊急配置、かな。一応、緊縛しているから逃げられはしないと思うけれど」
「『精霊』を縛りあげるなんて、凄まじい縄と技術ですわね…」
「フィーには負けるよ? 縄の縛り方は、フィーが師匠だし」
「フィニア・フィニー、侮れませんわね………」
『青いランタン』の方々は、一体何を目指しているのでしょうか。
それともごく一部の方が特殊なだけなのでしょうか。
わたくしには判断のつかぬ事柄ですので、今度ピートに問いかけてみましょう。
答え如何では、今後の彼らとの付き合いを考え直す必要があるかもしれません。
わたくしはそっと、『犬(?)』の姿を目に入れぬように心掛けながら膝をつき、背を屈めました。
そうして、正面から『精霊(?)』に目を合わせます。
…どこからどう見ても、人間の子供にしか見えません。
この子が、本当に『精霊』なのでしょうか…。
「わたくしの名前は、ミレーゼ・エルレイク。貴方も御存知の、アロイヒ・エルレイクの実妹に当たります」
「………ぼくは、アダver.0.03」
「……………………………ver.0.03?」
「うん。ver.0.03」
何語ですの、それ。
「ええ、と…それでは、アダと呼びますわね?」
「アダはいっぱいいるよ? ver.02とか、ver.1とか」
「わたくしは、貴方のことをアダと呼ばせていただきますわ。他の方は他の方で、その方にお会いすることがあればその時に決めます」
「そもそも、人間が精霊に会うなんてそうそうあることじゃないよ」
「……………何故かしら、ルッコラの口から聞くと複雑な言葉に思えます」
「それは不思議だね?」
………本当に、心底不思議そうな顔で首を傾げられてしまいました。
本気で言っていますのね、ルッコラ…。
わたくしは深く気にすることは止め、改めて『精霊』に向かい合いました。
「――それで、アダ? 貴方はわたくしのお兄様とどのような関係なのかしら」
「え、えっとその、えっと……っ! アロイヒ様には前、僕ら…僕と、僕の兄弟達と、僕の家を守ってもらったことがあって!」
「お兄様、大活躍ですわね…相変わらず」
「それでそれでそれで、えっと! 今回も助けてほしいなって…なんかよくわかんないけど、家を荒らされるし、兄弟は攫われるし、今度は僕が攫われるし………打ちひしがれていたら、アロイヒ様の気配がしたから! だから、アロイヒ様がいるーって思ったら、居ても立ってもいられなくって! 助けて下さいって嘆願に…出たら、なんでかアロイヒ様の気配が分裂を………っ!」
はっきり申しましょう。
支離滅裂で、意味がよくわかりません。
ええ、と…今の情報を整理しますと?
この精霊の、家が荒らされ。
精霊の兄弟…つまり、それも精霊ですわよね?
精霊が、住処から攫われていき?
こうして偶然、攫われた精霊の1人が目の前にいる…と。
…あら? 精霊の単位、人で良いのかしら。1精霊?
それで…攫われて住処から遠ざけられたものの、かつて精霊の窮地を救ったことのある兄の気配を感じ取り、助けを求めようとして………
………兄が、分裂した?
「お兄様…とうとう、人間の領域を超えてしまわれたのですね。まさか、分裂だなんて、そんな………ですが、兄ならば」
我が兄は、プラナリアの親戚か何かだったのでしょうか。
いえ、それでしたらわたくしもプラナリアの親戚になってしまいますわね。
きっと兄が単独で超進化を遂げたのです。そうに違いありません。
わたくしは、きっと。
自分でも気付かぬうちに混乱状態に陥っていたのでしょう。
冷静に考えれば、わかりきっていた事実に目がいきませんでした。
それを指摘して下さったのは、納得のいかないことに、ルッコラで。
「単純に、血族故に気配の似ていたミレーゼ様やクレイ様と間違えて同一視してしまっていただけじゃないの?」
「「え」」
「先程まではミレーゼ様、クレイ様は一つ所にいたから気配が2つあることに気付かなかった。だけどミレーゼ様がクレイ様から離れたことで、気配が2つに分裂したような気がした。それで戸惑ったんじゃないかな」
「え…? えー?」
「そういうこと、でしたのね………そう、わたくしやクレイの気配は、そんなにお兄様に似ていますの」
正直を申しますと、複雑です。
わたくしやクレイは、顔はともかく内面は兄に1つも似るところなどない…と思いますのに。←ミレーゼ様の主観
「ルッコラ、貴方、精霊について詳しいのかしら。もしも事情が呑み込めているのでしたら、先程のアダの言葉を翻訳していただけて?」
「そうですね…精霊の住処というのは、往々にしてその精霊が司る物質の宿る場所と相場が決まっているんだけど」
「アダ、貴方は何の精霊ですの?」
ほんの気軽な、質問のつもりでした。
このように泣き伏し、怯えるばかりの精霊。
ルッコラは強い精霊だと申しましたが、見た目の弱々しさも含めてそれ程に強い精霊だとは思えませんでしたから。
何気ない質問、だったのですが…
果たして、精霊本人からの答えは。
「ぼく? 【アダマンタイト】 だけど…」
「…………………………………」
「そりゃ強いはずだね」
呑気なルッコラの声が、空虚に響いて耳を上滑り致しました。
あまりに驚き過ぎると、言葉等と陳腐な表現方法は頭にも浮かばないのですね。
喉の奥に空気が詰まったような感覚がして、声が出せません。
アダマンタイト。
それは………聞き覚えが、物凄くあるのですけれど。
架空の金属ではありませんが、希少価値が高すぎて伝説と呼ばれる類の金属。
至高とも言われるほどに硬く、鋭く。
古の時代から伝わる伝承に歌われる、英雄の武器や宝に名を連ねる素材。
……………その、精霊。
いま、わたくしの目の前に伝説の上に更に伝説を重ねたような存在がいるのですね…こんなに簡単に『伝説』とお会いできてよろしいのかしら。
………兄は、どこでそのような存在と縁を結んだというのでしょう。
前々から謎多き兄だとは思っていましたけれど、まさかここまでとは思いませんでしたわ。
「ええと、つまり兄が救った貴方がたの住処というのは…」
「アダマンタイトの鉱床、になるんじゃないかな」
「そうなります、わよね…」
そういえば何年か前に兄が「自分の剣はアダマンタイト製」だと言っていたような気が致します。
虹色に輝く見たこともない金属だったので、幼心に興味を引かれ、確かわたくしから兄に質問をした時でした。
あの時は戯言を、と一笑に付した記憶があるのですが…
………俄然、信憑性が増してしまいました。
もう、アダマンタイトの剣と言われても笑うことは叶いそうにありません。
兄は、アダマンタイトの鉱床の場所を知っていた、ということになりますもの。
「それでは貴方がたご兄弟というのも、全員…?」
「アダマンタイトの精霊ですがー」
きょとんとした顔で首を傾げる精霊は、己の希少価値など知らぬ顔で。
わたくし達が何に驚愕しているのかも、不思議そうに見ているだけ。
絶対に、理解はしていませんわね…。
「アダマンタイトに、その精霊…アダマンタイトの鉱床を誰かが見つけ、荒らしているということですわよね」
「希少金属に限らず、貴金属の鉱床って発見次第に国に報告しなきゃいけないんじゃなかったかな…?」
「ええ、それから改めて採掘権の交渉など、煩雑で様々な手続きを経て国の管理下から管理権限を管理地の領主に委託、ということになる筈ですけれど…」
「アダマンタイトなんて貴重な金属の採掘が始まったら、噂くらいにはなるよね」
「噂どころではありませんわ。一大ビッグニュースとして国中を情報が駆け巡りますわよ。伝説の武器を作る素材に使われたとされる、あの金属ですもの。物語の好きな方でしたら、大はしゃぎですわよ。社交界も席捲する程でしょう」
「そんな噂、全然聞かないね?」
「ということは、つまり………」
………これは、情報の隠蔽及び盗掘ということになるのでは。
それだけでなく、精霊自らが『攫われた』と表現していることも気になります。
人間の目には見えず、触れられないのが本来の精霊ですもの。
それを攫うとなると…何やら尋常ならざる手法でもって、おかしな自体が引き起こされつつあるのでは………
何やらきな臭く、怪しい雲行きになってきたような気がします。
「…あら? ですがその鉱床が、我が国内のこととは限りませんわよね? 他国の領土であれば、希少価値から情報統制されていてもおかしくは………」
「ああ、成程。そういう考え方もあるね」
何度も言いますが、わたくしの兄は阿呆です。
領土侵犯、越権行為なんのその。
目を離した隙にふらふらと姿を消す、根っからの放浪癖持ちの上、自重という言葉も隠密行動という言葉も実践できない程に目立つ方です。
………渡航許可の下りない筈の国のお土産や、鎖国している筈の国のお土産などを笑顔で持ち帰る兄の姿は、中々に衝撃的なものがありました。
いつも何処に、何の為に足を向けているのかわからない方です。
うっかり他国の秘密鉱山にふらふら紛れこんでいても、おかしくは………
「精霊さん、人間の国の基準が通じるとは思えませんけれど…わたくし達にわかるよう、貴方の『住処』の住所は言えて?」
試しに尋ねてみたわたくしの言葉に、精霊はしゅぴっと手を上げて元気もよろしくお答え下さいました。
「はい! ウェズライン王国エルレイク侯爵領アラソルト山脈カルタゴ山です!」
「「………」」
「………ミレーゼ様」
「……………我が国どころか、思い切りわたくしの故郷ですわ…」
まさかの、エルレイク領ですのー!?
そういえば兄が領地の何処かで希少金属の鉱脈を見つけたと、耳にしたような…
数年前のことですけれど、それで家中が何やら騒がしくなったような?
国王陛下直々に兄へのお褒めの言葉があり、宝剣が下賜される程の手柄だったと、お父様が仰っていたような。
盗掘の恐れがあるので大々的に公表は出来ない、名前を伏せるべき金属なので公に採掘は出来ないとしか窺っていなかったのですが…
まさか、それのことですの………?
まさか、まさかの盗掘されているのはエルレイク領。
いえ、エラル様達がどのような手を打っているのかを存じないので、没落後のエルレイク領の扱いがどのようになっているのかは不明ですけれど…もしかすると、最早違う領主の名を冠しているのかもしれませんけれど。
ですが、まさかエルレイク領での、盗掘………。
あまりのことに、胸の奥を衝撃が駆け抜けました。
何故か衝撃的な悲運ばかりが我が身を襲うような、そんな錯覚を得てしまい…思わずふらりと眩暈を感じ、わたくしは両手で顔を覆ってしまいました。




