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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
陰謀の手がかり編
73/210

助けてとの声は、彼の方の元まで届きません



「僕は十分な食料を調達する為に郊外の森に狩りへ行くことが多い。そして森の中には様々な魑魅魍魎、妖精の類がいてね………妖物の相手は慣れてる方だと思う。


   だから任せて?   」


 ………と、ルッコラ本人が自らそう提案して下さった訳なのですけれど。

 わたくし達の潜む、廊下の角、柱の裏。

 ルッコラが「アレは人外だ」と断言した幼子(おさなご)は、未だ『犬(???)』に気を引かれているご様子で。

 素性が人間で無いとしても、不審で怪しいことに変わりはありませんものね?

 よくよく話し合わずとも、幼子の身柄を押さえることは、わたくし達の間で決定と化しておりました。


 そこで、ルッコラの提案です。

 彼は人ならぬモノを容易く捕まえられるとでも言うのでしょうか……

 ………ルッコラの肩には、エキノとはまた別の『犬(?)』の姿。

 ………………………わたくしは、何を案じているのでしょう。

 ルッコラの姿を見ていると、何故か心配するまでも無いような気がしてくるのですから、不思議ですわね…?

 

「ロンバトル・サディア、これも今後の参考です。ルッコラの手腕をよく見ておいでなさい?」

「え゛…ろんろん、そんな技能習得しなくちゃなんねーの?」

「心外そうなお顔ですわね?」

「いや~…俺のお仕事は、怪しい不審人物だとか敵だとか襲撃だとかに物理的に対応することなんよ? わかる、嬢ちゃん」

「ふふ…ロンバトル・サディアったら、何を仰いますの?」


 わたくしは、ぴっと幼子を指差しました。


「『怪しい、不審人物』………ですわよね?」

「え、いやいや…嬢ちゃん、アレ人外なんだろ? 人物じゃねーわ」

「人に見えることは確かですわ。物理的に対応するのが貴方のお仕事なのでしょう? さ、豪語したからには行かれますわよね?」

「……………ろんろん、今日は大人しく見学しとくわ」

「不甲斐ない騎士ですわね」

「あーあーあー…何も聞こえない。何も聞こえなーい」


 わたくし、呆れてモノも言えませんわ。

 ロンバトル・サディアの子供のような物言いときたら、どう頑張っても褒め様がありませんもの。

 わたくしは溜息を噛み殺し、これはもうルッコラの雄姿に集中しようと視線を動かして………ルッコラを目に留め、固まりました。


「………その、ルッコラ? それはなんですの?」

「ああ、少し準備しようと思って」


 そう言いながら、何気ない仕草でルッコラが何処からとも無くずるる、ずるりと引きずり出したもの。

 それは、どこからどう見ても…そう、どう見ても、『荒縄』で。

 更に言うのでありましたら、その至る所に謎めいた不思議な長方形の紙切れが織り込まれたり強引に結び付けられたりと、無数に接着された荒縄。

 あの紙切れは、何なのでしょうか…?

 端の方は鍵裂きになっているものもありますし、装飾にも思えませんけれど…黒いインク? いえ、インクにしては力強く奔放な何かで、縦横無尽に何かが記されているようですが………この国の文字ではありませんわね?

 図形の方は何となくわかりますけれど、文字は余程遠方のものなのか、わたくしも知らない文字です。

 何と記されているのでしょうか………


「ルッコラ、この縄は?」

「ああ、これですか? これはほら、僕の元には沢山の犬がいますから。好き勝手に行動したり、ふらふら脱走したりしないように用意しているものですよ」

「脱走防止? それはつまり、この縄は…」

「お察しの通り、僕の犬用です」


 ………ルッコラの『犬(?)』捕獲用の、縄。

 何でしょうか、その無敵のアイテムのように聞こえる響きは。


 微妙な顔をするわたくしに気付いているのか、いないのか。

 ルッコラは照れたような、恥ずかしそうな苦笑を浮かべています。


「こう言うと、まるで自分の犬を制御できていないみたいな聞こえ方をしちゃいますか? まあ、いわばリードのようなものとでもお考え下さい」

「り、リード………随分と奇抜なリードですわね…。縄の質感も、あまり見ない光沢を放っていますし、変わった品なのではありません?」

「材料は僕の髪の毛と、うちの犬の毛ですよ。換毛期になったらもうわっさり取れますけど、気になるなら差し上げましょうか?」

「いえ、結構です」

「沢山取れるから、遠慮はいりませんけど」

「本当に、結構です…!」


 ルッコラの『犬(?)』の毛で作られた荒縄…それを当然のように、人外の方を捕縛するという時に取り出すのは何か意図してのことなのでしょうか。それとも手近にそれしかなかったというのでしょうか。

 こうなると変わった装飾?である紙片に何が書かれているのかを尋ねることも(はばか)られます。

 あの『犬(?)』を押さえ込める縄だというのでしたら、それはきっと『そういうもの』と心得ることが賢明なのでしょうね。

 わたくしは何も見なかったことにして、そっとルッコラから目を逸らしました。




 ……………3分後。

 例の人外疑惑が出てきた幼子は、ルッコラの鮮やか過ぎる手腕で縛り上げられておりました。

 外見がわたくしと同年代の幼児であるだけに、胸が痛みます。

 幼子は自分が何をされているのか、理解が追いつかないのでしょうか。

 今にも恐慌を起こしそうな青い顔で、かたかたと震えています。

 客観的に見て、ルッコラはどう考えても悪役のようですわね。

 …それにしても妙に手馴れていますけれど、ルッコラ。

 貴方、人間の形をしたナニ(・・)かをそんなに頻繁に縛り上げる機会がありますの…?

 幼子の怯えた眼差しへの罪悪感から、今はどうでもいい疑問にばかり目を向けてしまいます。

 ルッコラは動揺するわたくしなど気にもかけず、早々に尋問を開始する始末。


「人間の領域にいるってだけでも珍しいのに…君、金属か何かの精霊だね?」

「な、なんでわかるんですかぁー! この縄、解いてください…っ」

「うん、君の害意の有無がわかったら開放するから」

「害意なんて、そんな…っ僕は、僕は助けてほしいだけなのにー!」

「………助け?」

「う、ううぅ…」


 縛られたとはいえ、人外。

 迂闊に近づきすぎて障りがあってもいけないと、わたくしは相変わらず柱の影に身を潜めるように指示を受けていたのですけれど。

 ルッコラに見下ろされて唸る幼子の眼差しが、わたくしの潜む場に向けられたのがわかりました。


 そしてあろうことか幼子は、思ってもみない言葉を口にしたのです。



「アロイヒ様―!」



 わたくしの、行方知れずの兄の名を。


「気配がします。アロイヒ様、いらっしゃるんでしょ!? 助けてください…!」


 ………幼子の眼差しは、変わらずわたくしの潜む場に向けられたまま。

 あの言葉…わたくしに言っていますわよね?

 叫ぶ言葉は偶然というには出来すぎた…わたくしの、兄の名前。


「……………お兄様の関係ですの?」


 予想外に過ぎる符号に、微かに頭痛を感じたような心地が致しました。




 流石に、あれ以上の尋問を廊下でしては嫌でも目立ってしまいます。 

 ロンバトル・サディアからの進言もあり、人目を避けるべきという当然の結論に至り、わたくし達は場所を移すことに致しました。

 何故か、ルッコラの案内で。

 ………何故、人気の無いルートや人のいない部屋の場所がわかりますの?

 疑問に満ちたルッコラ。

 ですがその謎は、追求してはいけないような気が致します。


 やがて辿り着いたのは、物置に使われている納戸の中。

 納戸とは言いましても、それなりの広さがあるようです。

 荷物も大して入れられてはいないようで、5、6人でも充分に息をつけるスペースが確保されておりました。

 先程までは全身を縛られていた不審な精霊(?)も、今は両手首への拘束に変わっております。

 ですが手首を縛られただけでも、拘束から逃げ出すことは出来ないようで…落ち着かない様子で、きょろきょろと首を巡らし、周囲に視線を走らせる様は外敵を警戒する子鼠のようです。


「それで、精霊さん。貴方はわたくしの兄をご存知ですの?」

「うわぁ、はい!」

「うわぁってなんですの、うわぁって…」

「人間の血族は気配が似るって本当なんですねー。アロイヒ様に似た気配がするのに、見た目ちっちゃな女の子で凄い変! 不気味!」

「好きに言ってくださいますわね…」


 動揺しているのでしょうけれど、この精霊(?)はどうにも失言が多そうな気配が致します。

 尋問に成功したとしても、わたくし達の情報を幾らか握った状態で放置して良いものでしょうっか…。

 悩ましい思いで見つめてみるも、精霊(?)は平和そうな顔で首を傾げるのみ。

 ………これは、本当に頭痛がしてしまうかもしれません。

 ですが、とにかくこれだけは聞いてしまわねばなりませんわね。


「貴方は、わたくしの兄に何か用がありましたの?」

「あ……………っ」


 わたくしが尋ねた途端に、押し黙ってしまう精霊(?)。

 悲しげな顔には、深刻なものを感じてしまいます。


「実は僕、ぼく…アロイヒ様に、助けてほしくて」

「まあ、兄に…?」


 ………『竜殺貴公子』と呼ばれる、わたくしのお兄様。

 ですが一方で『破滅のエルレイク』とも呼ばれる洒落にならない相手でもあります。あの兄に助けを求めようだなどと………

 それほどに切羽詰っているというのでしょうか。

 わたくしは困惑を隠すことも出来ずにおりましたが、それでも話を進めるためには話を聞く他にすることも無く。

 わたくしは、精霊(?)の話に耳を傾けることしか出来ませんでした。

 

 ただ………いざ意気込んで声をかけるという状況で、何故か助命嘆願を請われる機会が多いような気が致しましたから。

 わたくしは今度こそ深く、深く溜息を吐いてしまうのでした。





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