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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
紳士倶楽部攻略編
71/210

わたくしの弟は、やはり大物なのかもしれません




 無事………無事? 敵の潜むと目される紳士倶楽部へと突入することに成功したわたくし達なのですが、周囲への警戒を怠ることが出来ません。

 ですがどなたが敵で、どなたが味方か不明のまま。

 入り込みはしましたものの、わたくしの身の安全に関しては保証も出来ない状況下にあります。

 それでもなお収穫を得る為、わたくしは身を案じて下さる方々の心配を振り切って建物へと足を踏み入れました………の、ですが。


 現在、わたくしは(クレイ)の連戦撃破をまったりと鑑賞するのみ。

 やることも見当たらず、手持無沙汰の危機に陥っております。

 なんとか主催者であるバスローマ伯爵と歓談に専念することで、渉外役の位置を得ることは出来ましたが。

 …基本、チェス好きの集まりですものね。


 弟の快進撃を見ながら、わたくしもチェスに気力を費やしておりました。

 クレイの常勝ぶりを見物しながら、わたくしの相手をして下さっているバスローマ伯爵共々、感心してしまいます。

 …わたくしには、どうあっても弟の様な無敗ぶりを誇るのは難しそうですもの。


 わたくしのチェスの腕は、取り立てて弱いというほどでもありませんけれど、驚くほど強いという訳でもなく。

 10人と戦えば、6人か7人ほど征すことの出来る実力を持っております。

 わかりやすく言ってしまえば、『普通』でしょうか…。

 普通よりも若干強いのかも知れませんけれど、周囲は皆チェスの腕を競い、磨き合っている大人ばかり。

 この中では埋没してしまっても仕方ありませんわ。


 逆に、そんな中でさえ輝ける弟が誇らしくなります。


「ちぇっくめぇとー!」

「そんな…っ まさか、この私が負けた!?」


 予想外に倶楽部に参加する紳士様方が大勢いらっしゃったので、指輪の確認作業はフィニア・フィニーが仕切っていらっしゃいます。


「はい、後が閊えてるので! 敗者の方はこちらにお願いします」


 ………フィニア・フィニー、その言い方は紳士のプライドを絶妙に傷つけるものですわよ。まさか逆上する方はいらっしゃらないと思いますけれど…気をつけられた方がよろしいのでは。

 


 『天才チェス少年』。

 クレイの噂は、わたくしの予想以上に人々の注目を受けていたようです。

 特にチェスに目のない、方々は…


 今回は見学、またはクレイのチェス修行という名目で訪わせていただきました。

 紳士倶楽部の方々に、真正面から挑戦状を叩きつけたようなもの…と思われる方も多くいらしたのでしょう。

 そも趣味人の集まりである紳士倶楽部に、見学…それも低年齢者の訪れなど例外もいいところです。

 それが敢えて修行の為に来た『天才少年』となれば…

 ええ、ええ、やはり挑戦だと思われた方々ばかりで。

 本日の趣旨をバスローマ伯爵は話していらっしゃらなかったようですし。

 バスローマ伯爵は、恐らくサプライズの気持ちでいらっしゃったのでしょう。

 いきなり挑戦状を叩き付けられたと思われた方々がいきり立つ展開も、勿論わかった上での行動なのでお人が悪いとしか言い様がありません。

 

 そうして、クレイとの勝負を望む方々が長蛇の列を形成してしまわれました。

 本日、お集まりいただけた方々の人数は140名余り。

 ………少々、多すぎませんこと?


 バスローマ伯爵主催の紳士倶楽部は、どうやら貴族社会の中でも指折りの大規模倶楽部だったようです。

 そのような中で、次々とクレイに勝負を望む方々…

 皆様? わたくしの弟は、未だ齢3つの幼子(おさなご)ですのよ?

 あまり心身を疲弊させるような真似は…


「きゃーい! ねえしゃまぁ、またかっちゃよー!」


 ………わたくしの弟は、どうやら逞しく、タフな精神を有しているようです。

 

 それでも140名等という数を、1人で捌ききれる筈もなく。

 ………クレイが3名の紳士と同時に駒を交わしているのは、きっとわたくしの目の錯覚ですわね。ええ、気のせいです。きっと。

 

 …ともかく、幼子には無茶だと言う他ありません。

 状況を慮って、アレン様とオスカー様も紳士倶楽部の方々と勝負をして下さっておりますけれど…やはり、未だ少年の身では荷が勝ち過ぎるのでしょう。

 結果は華々しいとは言えないモノも多く出てしまっているようです。

 ………3歳児のわたくしの弟が前戦全勝なのは、きっとアレですわよね。亡き両親の加護か、奇跡か何かです。きっと。

 いつしかクレイとの勝負には時間制限がかけられ、限られた時間の中でどのような結果を残せるかが命題となっております。

 また人の波が押し寄せ、混乱が起きないように人員整理としてフィニア・フィニーやレナお姉様、アンリが立ち働いて下さっています。

 フィニア・フィニーの思惑は、恐らくそれ以外にもあるのでしょうけれど。


 今でしたら、紳士の皆様の注意関心はクレイに集中しておりますもの。

 誰も、使用人にまで注意は払っていらっしゃらないようです。

 そのような中に、入り混じっているアンリ。

 …彼女は、僅かな時間とは言え『敵』と目される方の顔を見ております。

 服装で印象を変えようと、一度会った相手ならば目につくものがあるはず、と。

 アンリは紳士の方々に接近することで目に焼き付けた顔を探しているようです。

 フィニア・フィニーも、また。

 独自の情報網と、その素晴らしい記憶力を駆使して何かを分析しているのでしょう。時折、その鋭い眼差しが敗者の顔や、指輪など、注意すべき場所へと走らされております。

 もしかすると、データでしか知らない方の実際を目に焼き付けることで別視点からのアプローチを検討されているのかも知れません。

 そして、レナお姉様。

 今の会場で、もっとも注目を集めているのはクレイです。

 その次が、皆様の相手をして下さっているアレン様やオスカー様でしょう。

 目新しい相手というだけでも注目を受けますのに、挑戦者とあっては注目するのが当然というもの。

 そんな、中で。

 レナお姉様に与えられた役目は、俯瞰すること。

 クレイ以外に注目を向ける者のいない中、わたくしやアンリに注意を向ける方がいないのか用心深く見定めるお役目です。

 目端の利く、注意深いレナお姉様に適任ともいえるお役目でしょう。

 わたくしはこうしてクレイの勝負ぶりを眺めながら駒遊びをしているだけですけれど…こうして悠然と座っているだけで、わたくしのこの身は『囮』となる。

 垂らされた釣り糸に引っ掛かる者がいないか…

 …慎重に、見定めなくてはなりませんわね。

 わたくしはこうして見回しながら時折目が合う方を数え、覚えるだけです。

 なんと退屈なお役目でしょう。

 それもまた、仕方ないことなのですけれど。


「それにしても、やはりこうして活動なさっている方々だからなのでしょうね。皆様とても巧みな方々ばかりで…」

「ははは…その巧みな紳士方を、弟君は完膚なきまでに叩きのめしていますがね」

「お陰様で様々な方々と駒を交えることがで、弟もとても楽しそうですわ」

「はっはっは………反撃の余地もないまま、皆が敗れ去っているが」

「沢山の方と関わることができ、これも弟のよい経験となりますわ。このような機会を設けて下さって、本当に有難うございます」

「なに、我らが倶楽部メンバーにも良い刺激となる。こちらこそ感謝の言葉もない。これで今後も皆、死に物狂いで切磋琢磨し合うようになるだろう………レベルが上がれば、私も今まで以上にチェスを楽しめそうだからね」

「まあ、ではバスローマ伯爵様にも得る物がありますのね。今後もよいお付き合いをさせていただけたら、弟もどれだけ喜ぶでしょう」

「謙遜のお上手なお嬢さんだね。君の弟は我らなど歯牙にもかけまいよ……」


 まあ、バスローマ伯爵様が遠い目をしてしまわれましたわ。

 なんだか哀愁が漂っていると言いましょうか、裏寂れていると言いましょうか。

 バスローマ伯爵は、どことなしか草臥れた様なご様子です。

 

「そんなことはございませんわ、伯爵様。弟のあの、楽しそうな顔をご覧下さい」

「………無邪気な良いお顔だ。笑顔でラドリガー准将を一網打尽にしておられる」

「弟のあの笑顔を引きだしたのは、皆様ですのよ? お強い方々との戦いが、弟の心に喜びをもたらしたのです」

「よろこび…」

「強敵と渡り合う、神経研ぎ澄まされる喜び…伯爵様も覚えがおありなのでは?」

「…そうですね。確かに難敵との戦いは胸躍るものです。どうやら私はつまらないことを言っていたようだ。ミレーゼ嬢、大人の男の不甲斐無い姿など、愚かと笑ってどうか忘れて下さい」

「伯爵様………ようよう、決心をつけられたのですね」

「ええ。次は、私がリベンジといきましょう…!」


 気力を取り戻されたバスローマ伯爵はそう仰ると、意気揚揚と胸を逸らし、クレイへと挑む方々の列に消えていかれました。

 ………これでわたくし、1人ですわね。

 接待役の方が勝負に行かれてしまった為、現在のわたくしは野ばn…限りなく自由に近い状態です。

 今の内に、この状態を最大利用致しましょうか。

 それとも他の方々のお邪魔にならないよう、大人しくしていましょうか。

 どちらが良いとも判断するには材料が足りず、迷ってしまいます。


 …………………。

 ……………私には、エキノがいますし。

 ロンバトル・サディアも…少々の不安は残りますが、付いて下さるし。

 やはり『囮』というもの、少々迂闊に思える程度の無防備な面は演出しなければ、どんな餌もかかりません…わよ、ね?

 襲わせて、現行犯で捕まえる。

 それが今の私にとっては、1番簡単な身柄確保の方法で。


「……………ロンバトル・サディア」

「なにかな、嬢ちゃん☆」

「少々、抜けます。ついておいでなさい」

「あらえっさっさー☆」


 ……………ロンバトル・サディアもいるとは申しましたが。

 何故でしょうね…?

 この騎士が付いてくることに、言い知れない不安を感じたのですが。

 わたくしの気のせ、い………です、わよね…?





ろんろん

 未だに頭がらりぱっぱ。

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