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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
紳士倶楽部攻略編
69/210

虎穴にいらずんば虎児を得ずと申します




 常に泰然自若と折れぬ自分である為にも。

 何よりわたくしの姿を常に見ているでしょう弟に、無様を見せぬ為にも。

 わたくしは、怯む姿を曝す訳には参りません。

 ですから、わたくしは堂々と胸を張り、宣言致しましょう。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですわ――」


 例え誰に無謀と罵られても。

 わたくしはわたくしとして、信念を持って事に当たりましょう。

 むしろ逆境を逆手に取るくらいでなくては、弟を守ることなど出来ましょうか!


「え、虎穴? …エルレイク家?」

「アレン様? 誰が虎子ですの」

「えーと、クレイかな………」

「それではわたくしが虎なのでしょうか…?」

「え、他の何………ううん、なんでもないや」

「アレン様…?」


 アレン様は、わたくしのことを一体どのような目で見ておられるのでしょうか。

 年端もいかぬ幼女を捕まえて、虎などと…。

 わたくしのような小娘では、弟1人守ることさえ難しい。

 本当に、わたくしにも虎のような強さがあればよろしいのに…。


「いや、もう充分だよ」

「アレン様…?」

「ううん、なんでもない」

「……………一度、じっくりと話し合う必要がありそうですわね」

「え゛…っ!?」


 是非ともアレン様の所見を窺いたいところですが…何故でしょうね。

 アレン様が固まってしまわれました。


「ミレーゼ様、結構余裕だよね。うん、焦っても仕方ないし良いと思う。

………だけど本当に良いの? 危険に、自ら飛び込むような真似して」

「フィニア・フィニー、貴方のお気遣いは有難く思います。ですが、むしろこれを逆手に此方が利を得るくらいの攻めの姿勢でなくては、社会的に弱者へ分類されるわたくし達には打つ手がありませんわ」

「………弱者、かあ」

「ええ、弱者です」

「断言しちゃったよ、このお嬢様」

「わたくし、か弱い8歳の女児ですのよ?」

「いや、うん、間違ってはないけどさぁ…なんだろう、この微妙な気持ち」

「………ということですので、戦う術を持たないか弱きわたくし達の身柄はあなた方の手腕にかかっています。お任せ致しますわよ、ロンバトル・サディア」

「え、そこでこっちに飛び火しちゃった!?」


 ちろりと視線を流し見れば、そこには狼狽えるロンバトル・サディアの姿。

 …何故、狼狽致しますの?

 護衛として同行する以上、危険を退けるのは貴方の仕事でしょうに。


 勿論、彼はエルレイク家(わたくし)の家臣ではなく、ブランシェイド家の騎士ですもの。

 わたくしのことを最優先で守って下さるとは、最初から思っておりません。

 ですがブランシェイド家に身を置くようになってからコツコツと(『青いランタン』が)集めた情報その他がある限り、ギリギリの許容範囲内でしたら身を呈してくださるのではないかと期待しております。

 ………本当に『青いランタン』の方々は有能で。

 以前の襲撃戦以降も、中々興味深いお話を沢山仕入れて来て下さいました。


「サディア家はブランシェイド家の分家だそうですけれど…素敵な火種を沢山燻らせていますのね。主家の手を煩わせまいとしてのことでしょうけれど、火消しも大変そうですわね?」

「嬢ちゃん、アンタは何を知っている…っ!?」

「ああ、それからアンリからも面白い報告を受けていますのよ? 貴方の私生活について…」

「アンちゃん、何を喋った…っ!」

「済みません、何度か新生活の様子を聞かれたので、当たり障りのないことを…」

「当たり障りがなかったら、なんで嬢ちゃんがあんな黒い笑み浮かべてんの?」

「………………………」

「おぉーい…こっち見ような、アンちゃん」

「……………ついでに、ろんろんさんのパジャマの柄とか、印象深かったことを」

「俺の尊厳皆無!!」

「楽しそうなところ失礼ですけれど、勿論わたくしが指しているのは、そのような毒にも薬にもならぬ情報のことではありませんわよ?」

「え、他に何かお嬢様に話したことがありました…?」

「ええ、貴女は瑣末事と思ったのでしょうけれど」

「えぇー………取り返しがつかないぞ、俺。何の情報握られたの!?」


 実は、私生活に関しては大した情報を得ていません。

 ただこう口にしておけば、勝手に此方に都合よく想像を巡らして下さるかと…

 ええ、実は只の単なる出来心です。

 ですが、この様子では何事かありそうですわね…?

 今日を無事に乗り切ることが出来ましたら、本格的に探ることに致しましょう。

 あまりお願いしすぎて、どさくさ紛れに口封じを検討されては本末転倒です。

 『お願い』を通す為の材料(・・)は多いに越したことはありませんが、度を越しては逆に此方が危うくなってしまうので加減の難しさに苦心致します。


「今日の外出を無事に乗り切ることが出来ましたら、ロンバトル・サディアに関する情報も幾つか忘れてしまうかもしれませんわ。もしかすると証拠も消えてしまうかもしれませんわね?」

「嬢ちゃん………アンタ、しっかりしてるよ。間違った方向に」

「貴族としては、これも1つの正しい姿だと心得ておりますわよ?」

「はは…俺、木っ端貴族でよかった。大貴族怖ぇ」

「まあ、今のわたくしは貴族とは名ばかりの孤児ですわよ?」

「いや、嬢ちゃんは…性根が大貴族まんまじゃん」

「生まれによるものが染み付いているのでしょうか…?」

「嬢ちゃん、きっと将来出世するぜ。それは良いけどさあ…あのな、嬢ちゃん?」

「ロンバトル・サディア? 何かありますの?」

「………俺もブランシェイドの騎士だからさぁ。いざって時はアレン様の方が優先な訳。そこは嬢ちゃんも了解してんだろ? 必ずしも嬢ちゃんとクレイ坊ちゃんばかり守ってはいられねぇんですけど」

「相変わらず、普段はいい加減ですのに最後の一線だけは守り通しますのね。わたくしもわかっています。そこを押して、と頼んでいるのですけれど」

「無茶言われても、ろんろん困っちゃう」

「その物言い…もっと困らせて差し上げたくなりますわね?」

「いや、困るんで」

「ですがわたくしとしても、警備に万全の備えがなくては不安で何をするか…もしかすると、ロンバトル・サディアのお家事情についてうっかり口を滑らせてしまうかもしれません」

「あれ、遠回しに脅されてる!?」

「いや、さっきからダイレクトに脅されまくってるでしょ。ミレーゼもその辺にしておきなさいよ。いつまで経っても堂々巡りで、全然話が進まないったら」

「レナお姉様」

「あの建物、訪問の約束時間迫ってるでしょ。いつまでも門前でうろちょろしているのも邪魔だし、そろそろ行くわよ」

「そうですわね…」


 身の安全を確約できないにしても、備えを整えておきたかったのですけれど。

 この身を餌に、何者かが喰らいつけば取り押さえ、確保できるだけの備え。

 ロンバトル・サディアのこの非協力的な様子では難しいでしょう…。

 ………諦めて、ひっそり物陰に潜みましょうか。


 潔く方針を転換しようかと、思案したのもつかの間。

 思い悩む空気を切裂くように、愛らしくも戦慄を覚えずにいられない声が…


「にゃーん」


 聞き覚えのある、この声。

 猫に聞こえて猫ではない、謎の生物『犬(?)』の…


「こっ、この声は…っ!?」

「………何故、ロンバトル・サディアが真っ先に反応致しますの…?」


 緊張に顔を強張らせ、ロンバトル・サディアが身構えました。

 何故に、こうも警戒するのでしょう…?


 そして、それは現れたのです。

 ぴょこっと、飛び出るように。


 ロンバトル・サディアの服の中から。


「!!!??」


 飛び退る、ロンバトル・サディア。

 あれはわたくしでも同じ反応をすることでしょう。

 悲しいことに見慣れてしまった、『犬(?)』が…

 ………自分の背中側…服の襟から飛び出して来たのですから。


 黄金色の獣は身軽に飛び跳ねてロンバトル・サディアの頭上に居座ると、お行儀よい仕草でもう一声………やはり、何処から聞いても猫の声で「にゃー」と声を上げました。


 『犬(?)』………あれは、エキノですわね。

 首にクレイの巻いた赤い首輪が目にも鮮やかです。

 ブランシェイドのお屋敷に置いて来たつもりだったのですが…

 もしや、お屋敷からずっと、ロンバトル・サディアの背中に………?


 わたくしと同じことに思い至ったのでしょうか。

 ロンバトル・サディアの顔色の青さは…哀れに思ってしまうほどです。


「み、ミレーゼ嬢…!? あの生き物は一体…っ」

「『犬(?)』です。わたくしの弟が飼育している『犬(?)』ですわ、オスカー様」

「いぬっ!?」


 オスカー様の、エキノを見ての反応になにやらしみじみとしてしまいます。

 ああ、わたくしもきっと初見の時はこのようなものだったのでしょうね。

 対し、オスカー様に言い含める自分の変化に気付いて戸惑ってしまいます。

 わたくしも、日々成長しているのですね………成長? これは成長でしょうか。

 もしや、諦念…?


「あ、エキノじゃない。丁度良い」 


 わたくしの疑念を断ち切る、フィニア・フィニーの声。

 

「この子、ルッコラの()でしょ。護衛犬『ベルクーダ』のエキノ」

「え、ええ…そうですけれど」

「元はチビ達が人攫いに連れて行かれないように()られた護衛だもの。警護はお手の物、守りの体勢に入った時の真価は軍人が相手でも重宝するよ」

「軍人を相手にしたことがあるのですか、物騒な。それに、いま、『つくる』という言葉のニュアンスがおかしかったような………」

「細かいことはさておき、犬を連れていれば、それなりに効果はあると思うよ」

「それほどに、護衛としての実力を備えていると…?」

「得体が知れないだけあって、ばっちり♪」

「全く安心できませんわね」


 ですが護衛に適任と聞いては、このタイミングですし。

 側におくのも(やぶさ)かではないのですけれど…

 なんと言いましょうか、精神的な圧迫感が。


「にー」

 

 しかし畜生はわたくしの葛藤を考慮してくれたりはしません。

 エキノは身軽にロンバトル・サディアの頭からわたくしの方へと身を翻し…

 自らわたくしの首を取り巻くように丸まってしまいました。

 あら…?

 その様は、さながら襟巻きのようで。


「………わたくしの気のせいかしら。何だか…エキノの尻尾が、3本あるような」


 2本だったはずのエキノの尻尾が、1本増えてふさふさと揺れていました。





ロンバトル・サディア

 状態異常:【???憑き】

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