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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
貴族社会へ殴りこみ編
60/210

見事な決意と信念、ですわ………(※ただし演技)




 『青いランタン』の方々による掌握…心情支配が粗方完了した頃。

 彼らの班長とも言うべきミモザが、こんなことを言い出しました。

 それはそれは繊細そうな、健気な、純真そうな顔で。


「………実は僕達がこうして、尊き方々の前に図々しくも劇の披露をさせていただいたことには、理由があります」


 今にも涙でも落としそうな、儚い風情。

 庇護欲だとか、保護欲だとか母性本能等を擽るような、弱々しさ。

 …普段のあの漲る生命力はどこに消えたのでしょう?

 本当に、演技力という面では彼に感服せざるを得ません。

 わたくしにはとても、現時点であの域の演技は不可能ですもの。

 ………ミモザに演技力の指南を依頼した方が良いかしら。


 思わずはっと胸を掴まれたように、息をつめてご婦人方が彼に注目致します。

 他の少年を贔屓にしていた方まで、1人残らず。

 弱々しげに笑むミモザは、しっかりと全員の顔を見渡した後、ぽつりぽつりと1人語りを始めました。

 台本があり、それが演技であるなどと思わせない1人語りを。


「皆様ももう御存知かもしれませんが、僕等は賤しい下層区に住む孤児です。こうして立派な衣装を着せていただいて、身奇麗にさせていただけても…僕らの素情は変わらない。でも僕達にだって、感じる心も忠義を誓う信念も、恩義を忘れない律儀さだってあるんです………」


 そう言いながらミモザが取り出しましたのは、1枚の紙。

 何度も何度も書き直して汚くなったような、そんな演出(・・)のなされた紙。


 そこには、1つの紋章が描かれていました。

 稚拙な手が、一所懸命思い出しながら描き込んだような紋章が。

 …もちろん、懸命に作成したように見えるのはそう『細工』してあるだけで、実際はここまで必死さを感じさせる紙ではありませんでしたが。


 その紙に描かれているのは、 蛇の尾を生やした狼。

 打ち伏せるそれを、踏みつけにした雄々しい角の雄山羊。

 その背後に後光を現わす光環が三重に重ねられ、三本の剣が交差する。


 アンリ…ヴィヴィアンさんが見たという、我が家を陥れて下さった何方かの指にあったという紋章です。

 誇り高き貴族が、何の縁もなき紋章を身に付ける筈がありません。

 紋章は、アクセサリーではないのですから。

 だとすると、この紋章こそが唯一『敵』に辿り着く為の道(しるべ)

 当然ながら、探していればその事実が当人の耳に入るもの…

 こちらも相手を探しているのだと、気取られる可能性もありますが…それでもやはり、この紋章を用いねば相手が不透明すぎてなにも調べることが出来ません。

 本日の隠された主目的…わたくしの『敵』を調べる為の下地作り。

 それをここで、聞いてしまうおつもりなのですか?


 果たして、ミモザはわたくしの目の前で声高に言い放ちました。

 わたくしと致しますと白々しいことこの上ありませんが、そんなことは全く衆目に感じさせない神妙さで。

 それはまるで、感動秘話を作り出すかのように。


「僕等は、この紋章を身につけた方を探しています。僕らの大恩人である、貴族の男性を…僕らが今ここに生きているのも、あの方のお陰。僕等は、あの方に御恩返しをしたい」

 

 はっきりと言い切る少年の、語気に含まれた決意と信念。

 大人も子供も関係なく、全員がそれに気を呑まれたのです。

 ………その決意も信念も、ミモザの演技なのですが。

 やはり、見事と言う他にありません。

 ミモザ…貴方、立派な詐欺師になれてよ?


 彼が演技者という道を選び、詐欺師にならなかったことにわたくしは心底安堵いたしました。

 ………やっていることは、どちらも似たようなものですが。


 演技達者なミモザの芝居に気付くことなく。

 ご婦人の1人…ミモザ演じた『クリストファー』様の熱狂的なシンパと化していた若い奥方が、恐る恐るとミモザに質問を致します。


「クリス…いえ、ミモザ様。その、助けられたとはどのような…?」

「――あの頃、僕等は食べる物にさえ困窮していて…そこを救って下さったんです」

「食べ物にさえ…?」

「奥様、民の下層にはそれもよくあることなんですよ。何とかして糧を得ようと、僕等は毎日必死でした。でも子供に出来ることなんて、なくって…」

「まあ…」

「皆様、苦労なさったのね…」

「ふふ…僕等は覚えたての芸で飢えを凌ごうと街角小劇を日々重ねていました。でも僕らの稚拙な演技如き、誰もお金なんてくれなくって……そうこうする内に、僕の親友が過労と栄養失調で倒れました」

「そんな…っ」

「お可哀想…」


 さわさわと、ミモザの語りに皆様は憂慮に満ちたお顔で。

 完全に、ミモザの言葉に引き込まれておいででした。

 それからも、ミモザのでっち上げ感動譚に皆様は一喜一憂。

 ミモザは素晴らしくそれらしい話を作り上げて披露して下さったのです。


 要点をまとめると、このようなお話でした。


 幼い頃、ミモザとその仲間は食料を得ることが出来ずに困窮していた。

 →働く術がなかったので演劇で糧を得ようとした。

 →しかし技術が低かったため、誰からも見向きもされなかった。

 →そうこうする内に、栄養が足りずに親友が倒れる。

 →次々と倒れていく仲間達。

 →助けるには『幻惑の森』に住む仙人『羅刹』の薬草が必要。

 →噂を頼りに旅立つミモザ。


 ……………気のせい、でしょうか。

 ミモザ? 全然別の話になっているのではなくて?


「そして旅立った僕は、旅の途上でキビーの食堂に差し掛かりました。そこで名物『ダン・GO』を巡りヘルハウンド、イエローモンキー、極楽鳥が骨肉の争いを…」

「ミモザ様、頑張って…!」

「それから、どうなりますの!?」

「僕は店を破壊されて嘆く店主の依頼を受け、一晩の宿(食事付き)を得る代わりに彼らの争いを仲裁することとなったのです」

「そんな! まだお小さいミモザ様には荷が勝ち過ぎますわ…!」

「なんて忌々しいイエローモンキーかしら! 森に帰ればよろしいのに!」

「ミモザ様、どうやって気性の荒いその3匹を仲裁なさったのです!?」


 ………老若男女、アレン様まで全員が話に食いついておりました。

 どうして、そうなりますの…?


 その後も、ミモザの冒険譚は続き。

 それに呑まれるようにして、拝聴していた方々も疑う様子すら見せません。

 えっと、明らかにおかしな話だと思うのはわたくしだけなのでしょうか。


「あと一歩で、僕はヘルハウンドを手懐けることが出来ず…困っていたところに、ルッコラが現れたんです。『お腹が減っているのなら、これをお食べよ!』ルッコラがそう言うと、ヘルハウンドは僕らを背に乗せて…」


 いきなり話に、ルッコラが出演致しました。

 わたくしはちらりと、ブランシェイド家の番犬達を引張り出して芸をさせていたルッコラのことを見上げます。


「……………そうなんですの?」

「いま、そう言うことになったみたいだ。初耳だがまあ、何も言うまい」

「何を聞かれても、口は固く閉ざしておいた方がよろしいでしょうね」

「ミモザから、困ったら曖昧に微笑んで口を閉ざせば良いと…」

「ミモザ…あの方、目的を見失って遊んでいますわよね?」

「事前の打ち合わせじゃ、お涙ちょうだいの感動話で纏める予定だって言っていたんだけどな…」

「冒険活劇にいつシフトチェンジ致しましたの?」

「ちょっと気分屋なところがあるから、ミモザ」


 いくら気分屋だとしましても、わたくしとしてはもう少し真面目にしていただきたいのですけれど…


 それからもミモザの話は、二転三転………45回転程したような気が致します。

 わたくしと致しましては、結局どのような結論になったのか…

 お話の行方が目まぐるしく、それほど真剣に耳を傾けていた訳ではないわたくしは、気付けば話がわからなくなっておりました。

 ただ膝の上のクレイが目をキラキラと輝かせ、ミモザを尊敬の眼差しで仰いで…

 ………後で、アレは法螺話だとよく言い含めねばなりませんわね。


「――…と、そういった訳で僕は指輪の持ち主を探し続けているのです」


 そうこうする内に、ようやっと話は終わったようです。

 何が「そういった訳」なのでしょうか。

 結局、どうしてあの話から指輪の持ち主を探す、という流れになったのかわたくしには不明のまま。

 ただ体よく理由を誤魔化し、はぐらかしただけのように聞こえるのですが…。


 で す が 。


「そんな理由があったのですね…!」

「ああ、お小さい身でそんなに思いつめられるなんて…わたくしがミモザ様の憂いを払って差し上げたい…」

「ミモザ様、僕、感動しました!」

「私もです! ああ、どうかご協力させて下さい…!!」


 ……………これは何事ですの?


 わたくしにはどう聞いても、適当な話でお茶を濁しながら話を逸らしているようにしか聞こえなかったのですが…

 目の前に視線をやれば、席から立ち上がってミモザ様と口々に叫び、協力させて欲しいと訴える、本日のお客様方………

 えぇと、このように感動されるようなお話でしたかしら…

 もしかすると、わたくしの耳に聞こえていたのとは別の話を聞いていらしたのでは?と真剣に考えてしまいます。

 どうしてあの話で、こうも崇拝を捧げられますの…?


 疑問を込めてよくよく観察してみると、何やらお客様達の目の色がどんよりと暗く感じられるような…目の奥が、何だかぐるぐるしているような………?


「話の内容は、そこまで重要じゃない。ただ必要な時間分、喋っていた(・・・・・)という事実が必要なんだよね。改良の余地あり、かな…」

「え、ルッコラ? それはどういうことですの…?」

「………いいえ、何でもないですよ」


 ルッコラは何かを知っているのでしょうか。

 やはりこの異常な現象には、何かカラクリが…?

 首を傾げるわたくしを、余所目に。

 ルッコラの肩の上で、小さな獣が「にゃーん」と鳴き声を上げました。


 

 それに呼応するように、ミモザの身につけている狐の襟巻きからも、「にゃー」と聞こえてきたような気が致しましたけれど…


 これは、わたくしの気のせいですわよね…?






その時、遠くに頭を抱えるレナお姉様が見られたという…


 ルッコラのわんわん(仮)、大活躍(爆)

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