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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
貴族社会へ殴りこみ編
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笑顔の仮面



 ………わたくし、いま少々動揺しているようです。


 それでは先程、素晴らしい劇を熱演して下さった方々をお招きして、と。

 そういう流れに持っていくことには成功致しましたし、皆様からも提案を歓迎していただけました。

 そこでレナお姉様に、彼らの控室まで迎えに行っていただいたのですが…。

 お戻りになられたレナお姉様は、何やら悄然となさっていて。

 それを心配に思っても、気遣うことの出来る状況ではなかったので壁際に下がっていただきましたが…

 改めてわたくしからご紹介させていただきました『青いランタン』の少年達。


「皆様、はじめまして。僕は今日の主役を務めさせていただいた、ミモザです。本日は()たちの拙ない劇を見ていただいてありがとうございます。熱心に見ていただけて感激です」


 そういったミモザは、先ほど見せた顔とは全く違う顔をしていました。

 あのスレた、皮肉っぽくシビアな眼差しはどこへ行ってしまわれたのかしら?

 演劇評論家も苛烈に撃退しそうな、ギラつく演劇への熱意と執念は?

 どことなく酷薄そうな、物事を分析するのに長けてそうな冷めた目は?

 それら全てが形を潜め、そこにいるのは純情そうな少年でした。


 自分達の晴れ姿を見ていただけて嬉しいと、全身に現れるよう。

 頬は紅潮し、目尻や耳は照れて赤く、瞳は潤んでキラキラと輝いています。

 はにかんだ、笑み。

 情けなく垂れた眉。

 明るく上ずった声が、緊張と感激を耳に訴えます。

 これ、誰ですの?


 本性を見ているはずのわたくしも、危うく騙されるかと思いました。

 そんなものを装着してはいないのに、垂れた犬耳と茶色く短い尻尾を幻視しそうになりました。勿論、全力で振られている尻尾を。

 わたくしは今、実力派少年演技者の…その本気を見ている!

 思わずぞっとするくらい、鳥肌が立つくらいの見事な猫を頭上に飼っていらっしゃるようです…。

 

「ああ、クリストファー様…先程はあんなに妖艶に、妖しい魅力を魅せてくださったクリストファー様が、あんなに初々しく…」

「可愛い…」


 そして案の定、海千山千にて他人の裏も政治闘争の裏も御存知のはずの情報通な貴族女性の方々も騙されたようです。

 彼女達は本性を御存じありませんものね…。

 ですが、他人の裏を疑って生きるのこそ人生と悟っていらっしゃる貴族女性達をも騙してみせるなんて…流石としか言いようがありません。

 ですが奥様方?

 こんな、10代前半の少年達に陥落されかけて…いえ、陥落されて大丈夫ですの?


「げ、劇のことは言わないでください…恥ずかしぃです……」

「まあ、クリストファー様! 首筋まで真っ赤ですわよ」

「本当に、初々しい方…」

「ぼっ僕達も、あの劇、は、は、はずかしくって…ね、みんな」

「う、うん…いえ、はい。いっしょけんめい、がんばったけど…」

「ぼ、僕ら頑張ったから、褒めていただけるのはうれしぃです」


 凄まじいですわ…。

 誰1人、お腹の中ではそんなことを欠片も思っていなさそうですのに。

 声の上ずり方にも不自然さは欠片もなく、少年達は肩を縮めて恥ずかしいと身悶えすらしてみせます。

 涙がこぼれるのかしら、と。

 そう思えるくらいに、目を潤ませて。


「でも、本当に嬉しいです。僕らの劇、どうでしたか?」

「それはもう、素晴らしいものでしたわ! 倒錯的…いえ、瑞々しくも甘酸っぱい青春時代を見事に表現していましたもの」

「皆さん、普段から劇の中の方々の様に仲良くしておいでですの?」

「それは、はい…だって僕らみんな、一緒に暮らす仲間ですから」

「きゃあっ! み、み、皆様! 現実でも本当に一緒に生活なさっているの!?」

「え、ええ…世間は厳しくって……似たような境遇同士、身を寄せ合って助けあって今まで生きてきましたから」

「まあ…っ おいたわしい……」

「御苦労、なさったのね…」

「でも、大丈夫です! だって、みんなが一緒にいますから」

「はい! 仲間が一緒にいてくれたら、こんなに心強いことはありません!」

「皆さん……本当に、仲がよろしいのね」


 好奇心的な興味から持って行き、境遇について軽く触れることで好意から同情を引きずり出す。

 流石、お見事ですわ…。


「僕等は、ずっと前からこうして劇を見てもらえたらなって…皆様のようなお優しいお姉様達に褒めていただけて、本当にミレーゼお嬢様には素敵な機会をいただけたんだなって感激しています」

「奥様、僕達のことを見てくれてありがとうございます」

「お優しい貴女がたに良くしていただけて…僕ら、今日のこと一生忘れません」


 自然な話運びで女性達に同情と慰め、いたわりの言葉を引き出した彼ら。

 すると今度は、それに対して親愛と感謝、真心のこもって聞こえる健気な言葉を自然な流れでするっと口にしておいでです。

 さりげなく何人かは殊更お優しそうな女性の手を両手で握って捧げ持っておいでですし…。

 恐らく、己に注がれる特に熱心な視線から判断したのでしょうね。

 それぞれの少年が、先程の劇を見て自身に最も熱心な興味関心を寄せたご婦人の手を握っておいでです。

 真っ直ぐ見つめる瞳には、切なそうな熱い眼差し。

 彼らは聞いていないはずなのですが…先程の会話で「~が素敵」と表明したご婦人方はお目当ての少年に手を握られ、熱心に見詰められて頬を朱に染めていらして…隣に座る、お子様に不審な目で見られているのに気付いてはいらっしゃらない様子です。

 少年の中にはお母様やお姉様方ではなく、小さなご令嬢方に狙いを絞った方もいました。先程の劇は見ていらっしゃらなかったけれど、少年達に強い興味を示していらっしゃった幾人かのお嬢様達。

 彼女達にふわりと温かな笑顔を向けて優しく話しかけておいでです。

 少年達は小さなお嬢様方にとって、丁度お兄さんくらいの年周りになります。

 そのくらいの年頃の少年に恭しく接されて、お嬢様方は表情を取り繕いきれずに照れと羞恥で頬を染めていますわね。

 …ファンの獲得、成功かしら?

 未来の信奉者(ファン)まで獲得しようとは、本当に抜け目のない方々…。


 彼らの少年とは思えない女性の扱い…いいえ、女あしらいに口を開けて間抜けな顔を晒しそうになってしまいました。

 勿論、気力で表情に動揺を現わすのは食い止めましたけれど。

 ですが、


「………アンタ等はどこのジゴロだ」

「あれが、世に聞くギャップ萌…退廃的、倒錯的な耽美の世界を見せた後で、純情少年に化けるなんて」

「アンリさんは騙されないでね。アイツ等のアレ、絶対に計算だから」

「それは、まあ…同じ演技者として、凄いと思うくらいは大丈夫だよね?」

「チッ…ここにも演技馬鹿が!」

「馬鹿は酷いなぁ…その通りだけど」


 壁際に控えたレナお姉様の眼差しから、みるみる生気が失われていきます…。

 アンリは逆に、熱心に少年達を観察していますけれど。

 もしやレナお姉様の不調は、これが原因なのでしょうか。


 一部の早熟な令嬢を除いて、胡乱な…不審物を見る目を少年達に注ぐ子供達。

 いつしか、わたくしもその一員となっていましたが。

 実情を知るアレン様も、顔にはしっかりと苦笑い。

 オスカー様は苦虫を噛み潰したような顔で、アレン様に「アレはなんだ」と不機嫌そうに尋ねていらっしゃいます。


「何だあいつら、怪しげな商売に従事していたりしないだろうな」

「それはないと断言するけど、私生活がちょっと怪しい人達なんだ…」

「何故、そんな輩とミレーゼ嬢が…」

「意外に、気があってたと思うけど」

「そんなはずはないだろう!? あの慎ましやかで、愛らしいミレーゼ嬢が…」

「……………確かにミレーゼは愛らしいけどさ。顔は」

「何か引っかかる言い方をするな…?」

「聞きますけど、オスカー様は今日より以前で最後にミレーゼに会ったのは?」

「………そうだな。前エルレイク伯爵夫妻の葬儀の折に、挨拶したが。ざっと2年ぶりの再会だったのに、葬儀の場というのが残念でならなかった」

「2年…。そっか、うん、そっかー…」


 ………どうやら、オスカー様の中ではわたくしの印象は6歳の頃で止まっているようですわね。

 敢えて壊さねばならない夢でもなさそうですし、誤解は誤解のままにしておいた方が得策かしら?


 オスカー様は、これで公爵家の跡取りに当たる方。

 まだ年少とあって人脈などは成人貴族に比べるとそう素晴らしいものではないのかもしれませんが……それでも、もし何かがあれば彼の肩書きに頼ることがあるかもしれません。

 あまり得意ではありませんが、わたくしもいたいけな令嬢の仮面を被っていた方がよろしいかしら?



 なんともいえない思惑を、笑顔という仮面の下にひた隠しながら。

 様々な思惑をそれぞれの仮面の下に隠し、腹の底の伺い知れないお茶会は着々と少年達の思惑の下、怪しげな空気を悟らせないうちに少年達の独壇場へと姿を変えつつありました。

 




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