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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
貴族社会へ殴りこみ編
57/210

予想以上…ですわ

11/21 誤記訂正



 いま最も、彼女達の欲する情報、人材。会話のタネ。


 『青いランタン』――。

 きっとその名など、彼女達は知らない。

 知ることも、ないでしょうけれど。


 きっとブランシェイド夫人から聞き出すか、邸宅にお戻りになってから調べようとされていますわね?

 ですが無駄ですわ。

 貴女方が欲する情報、『彼ら』の行動権…

 その全てを握っているのは、わたくしですもの。

 伯爵夫人に問い合せようとも無駄です。

 場を作り、機会を提供して下さったのは伯爵夫人ですが…

 彼女は、何もご存じではありません。

 本当に、わたくしが持ちかけた余興を受け入れて下さっただけ。

 『彼ら』の素情や人品にかけては伯爵の調査や面接が入っていますが…

 それでも、伯爵夫人には未だ情報が伝わっていない筈です。

 ただ夫が問題ないと判断した。

 その判断に全幅の信頼を寄せ、受け入れて下さった。

 伯爵夫人は本当に素敵な方ですわ………わたくしに、とっても。


 だから微笑みましょう。

 わたくしは頬笑みと共に、彼女達に告げましょう。


「今日の余興、演じて下さった方々はわたくしのお友達ですの」


 この言葉に対して、彼女達がどう反応するのか…

 さあ、結果をこの目に刻みつけさせて下さいませ。




 動揺する、方々。

 わたくしは見ていませんが、劇は大層盛況だったそうですもの。

 きっと今ならば最大の効果を、影響を得られるはず。

 そう思っての演出でしたが…


 結果は、その効力は。

 ………わたくしの想像以上と、言わざるを得ません。


「い、今なんとおっしゃいましたの…!?」


 最も動揺を露にして立ちあがってしまわれたのは、昨年、ブランシェイドと友誼を結ぶ伯爵家にお輿入れをしたという若奥様で。

 顕著な反応に目を丸くしてしまいましたが…

 誰もが止める無作法の筈ですのに、何故か何方も制止なさらない。

 怪訝な目で見回すと…あら?


 貴族のご婦人方は頬を紅潮させ、潤んだ目でわたくしに食い入るような視線を送っていらっしゃいます。

 脇に座る、子供達の疑問に満ちた視線にも気付かずに。

 …明らかに普段と様子の違う母や姉の姿に、子供達が困惑しておいでですわよ?


「ミレーゼ様、本当ですの? クリストファー様と親しくされていますの!?」

「…くりすとふぁー、さま?」

 

 ………それは何方でしょうか。

 身に覚えのない名前を出されて、困惑するわたくし。

 ですがわたくしの事情に斟酌する余裕もなくされたのでしょうか。

 余裕と鷹揚さが貴族女性の心情でしょうに。

 皆様、ご婦人としての心得など忘れたかのように…

 …流石に詰め寄られはしませんでしたけれど、精神的圧迫を覚えるほどの強さでぐいぐいと興味関心が寄せられています。

 こ、効果が強すぎません!?

 『青いランタン』の演技達者な方々は、どれほど強く皆様の心を掴みましたの?

 あまりに恐ろしい求心力…。

 予想以上の反応に、咄嗟に対応へ一歩の遅れが生じます。

 その間にも、畳みかける様に口々に告げられるのは身に覚えのない名前の羅列。


「アンディ様はっ アンディ様ともお友達なのですか、ミレーゼ様!」

「アンディ様? それより苦難多き級長を務められたフレデリック様がお労しい」

「まあ、貴女、フレデリック様贔屓? それよりもやはり断然、クリストファー様がお素敵ですわ」

「クリストファー様だなんて…安直ではありません? 主役の方達も確かに素敵でしたけれど…やはり暗黒仮面様の危険な魅力には抗い難いものがありますわ」

「わたくしは断然、ロラン様です。不良めいた魅力のロラン様にときめいて仕方ありませんわ」

「…きゃあ、アランナ様ったら! アランナ様ったらときめくなんて!」

「あら、まあ不躾でしたわね。主人には内緒にしていてくださいませね?」


 物凄い食いつきの、大歓声。

 まるでわたくしごと食べられてしまうのでは、と錯覚するほどの驚喜。


 怒涛の如き、勢いでした。

 水を得た魚のように、口々におしゃべりへと精を出すご婦人たち。

 話題は賛美と少年の名の羅列。

 ………この段階になると、嫌でも察せられました。

 名前に覚えがなくとも、当然です。

 彼女達は………役者の名ではなく、役柄を指して讃えているのですから。

 考えてみれば役者達の紹介を未だ行っていないので、役名しかしらなくて当然なのですけれど。


 ミモザ、フィニア・フィニー……他の、皆々様も。

 貴方がたは一体、何をなさったの?

 何を披露した上での、この状態ですの…?


 若干、気圧される物を感じながら。

 わたくしは強張りそうになる笑顔を至急修復しながら、言葉を重ねます。


「ええ、わたくしが彼らと親しくさせていただいているのは本当ですのよ? わたくしが困っている時、最初に手を差し伸べて下さった大事なお友達たちですわ」


 より正確にいうのであれば、手を差し伸べたというよりも固く握手を交わして盟友としての契りを結んだ方々です。

 そもそもわたくしが約定を交わした相手はピート1人ですが、その配下に所属している彼らもピートに帰属するものとして、しっかりと数に数えております。


「今回も、わたくしの我儘で(・・・)無理を言って来ていただきましたの。いつだってわたくしのお願いを聞いて下さる、お優しい方々ですのよ」


 さりげなく、わたくしが彼らを動かせる人間だとアピールしておきます。

 彼女達の興味関心が、再びわたくし(こちら)に戻ってくる。

 その計算高い眼差しは、わたくしからどうやって己の利にするか…欲求を満たす為にどう立ちまわるのか。

 それを計算し、わたくしから欲しい言葉を引き出す為に算段を立てている冷静さが欲望や興奮といった熱い感情の奥底に込められているのを、確かにわたくしは感じ取ったのです。

 どのような状況にも冷静に対応し、己の欲するところを満たそうとする姿勢……先程は取り乱しておいででしたが、ああ、やはり。

 やはり彼女達もまた『貴族』なのだと。

 己の役割に覚悟を決めて、わたくしは深く微笑みを顔に刻みました。

 決して、顔色を変えて本音を察されてしまうことのないように。


 この驚喜を見るに『青いランタン』は、彼女達の心を動かす人材としての役割を十二分に達成して下さったようです。

 彼ら自身の有能さを印象付けるついでに役に立てば、という程度ではありましたけれど…わたくしの予想以上の成果を出して下さった彼らには、何としても報いなければ。

 その為にも、良質な後援者(パトロン)候補ともいえる彼女達の手綱をしっかりと握り込まなくては…

 これは、わたくしにしか出来ないこと。

 同じ貴族であり、彼らを食い物にするかもしれない魑魅魍魎を蹴散らしながら、此方の要求とあちらの欲求の兼ね合いを上手く取り持ち、両者の納得できるだけの取引を成立させる。

 それは貴族であり、一定の社会的地位を有したわたくしにしか出来ないこと。

 彼らは良くも悪くも、貴族。

 貴族が本当の意味で対等に、その話に耳を傾け、取引を重視してくれる相手は自分と同等以上の相手…同じ、貴族のみ。


 『青いランタン』は浮浪児という背景からして既に、社会的弱者ですもの。

 その素情を知れば、貴族の者達は彼らを良い様に扱おうとするでしょう。

 『青いランタン』では、対等に取引なんて出来ません。 

 それが出来るのは貴族の肩書を有したわたくしのみ…

 これが、わたくしにしか出来ないこと。

 そして『青いランタン』がわたくしと手を組んだ1番の理由。

 ですからここで、期待に応えましょう。

 『青いランタン』は、既に何度もわたくしの為に働いて下さいましたもの。

 その労に報い、ねぎらう手段をわたくしはこれしか持ちません。

 彼らの自由を保証しながら、貴族の後援者候補たちとの間を取り持ち、連絡・交渉役を受け持って不得手を一手に引き受けてこそ恩も返せるというもの。。

 海千山千の貴族たちを相手に、わたくしのような未熟者1人では荷が勝ち過ぎるかもしれませんけれど………

 助けていただいていながら、素知らぬ顔で恩に仇を返すことなど、家名の誇りに賭けても出来ません。

 どれほど分の悪い勝負でも、不利な局面でも。

 それがわたくしの戦う場所だと覚悟を決めたのであれば。

 決して引かぬ覚悟で足を張り、立ち向かって見せましょう…!






 15分後。

 わたくし達は…わたくしと、貴族のご婦人方は。

 …ええ、とっても仲良く(・・・)なることが出来ました。


「ほ、本当に…っ? 本当に他にもあんなに素敵な方々がいらっしゃると?」

「ええ、そうですの…。皆、不遇な環境でも前を向き、強く生きていらっしゃいますのよ。本当に素敵で…わたくしのお友達にはそういった方が多いのですけれど、今日の方々のお仲間がまだ何人もいらっしゃいます」

「まあ、まあぁぁ……あんなに素敵な方々が不遇を囲っていらっしゃるなんて! 才能をお持ちなのに日の目を見ないなんて!! そんなの社会の損失ですわ!」

「ま、コリンズ子爵夫人ったら。あなた『社会』という言葉の意味を知ってらっしゃったの?」

「馬鹿にしないで。わたくしとてその程度の知識は持ち合わせておりましてよ?」

「そう言われる割には、御夫君の手綱を緩め過ぎじゃありませんこと?」

「旦那様のことは言わないで! ああ、本当に…クリストファー様はあんなに素敵でしたのに、どうしてわたくしの旦那様は………」

「結婚後の悩みは尽きないと申しますけれど…コリンズ子爵夫人、心安く落ち着いて下さいませ。そう言う時こそ、楽しいことを考えられてはいかがです? わたくしのお友達に協力をお願いしてもかまいませんわ。そうですわ! 2週間後くらいに、朗読会を致しません? わたくしの友人達は朗読も素晴らしいので、彼らの声で穏やかな愛の詩集でも読んで頂けば…」

「きゃーっっ!! 愛の! 愛の、詩集…! 嫌ですわ、ミレーゼ様ったら…っ あの方々…とりわけクリストファー様のお声で愛の詩なんて読まれては…わたくしを見つめながら、読まれた時には……はうぅっ」

「コリンズ子爵夫人!? コリンズ子爵夫人様、しっかりなさって!」

「お気を確かに!………でも、わ、わたくしだってアンディ様に愛の(コトバ)を囁かれては死んでしまいますわーっ!」

「きゃー! きゃあぁぁ…!!」


 ………大狂乱、です。

 これはもう、次の企画は詩集の朗読会で決まったようなものですわね。

 きっと今日の話を出席者から聞いた方々の、参加申し込みが殺到することでしょう…。貴族は好奇心も強く、新しいものや話題のものには執着致しますもの。

 招待形式ではなく、参加申し込みの形式をとった方がより多くの情報と後ろ盾を集められそうですわ。 

 何事も『特別な配慮』による優越感を好まれる貴族の方々ですから、やはり心情を集めるには招待形式の方がよろしいでしょうけれど。

 出し惜しみしなくては、劇を演じた彼らの価値も下がってしまいますし。

 いくらか敷居を高くしておかなくては、嘗められてしまいますもの。


「そうですわ。皆様、『彼ら』の意見も聞いてみたくはございませんこと?

例えばどんな愛の囁き方が理想…ですとか」

「「「「「きゃぁぁあああああああっ」」」」」


 とりあえずご婦人方が喜びそうなことを言ってみますと、案の定絶叫じみた黄色い悲鳴で歓喜を表現してくださいました。

 ………わたくしの予想以上で、いっそ恐怖すら感じます。

 わたくしと同じような濁った目をして、引き攣った顔のオスカー様がわたくしの袖を引いてこっそりと耳打ちをしていらっしゃいました。


「み、ミレーゼ嬢…何の話題か、正直よくわからないんだが………その、祖母の興奮ぶりが心配だ。年だし。何の狙いがあるのか知らないが、煽りたてるのはそろそろ止めてくれないか?」

「まあ、酷いですわ…オスカー様。わたくし、ただ皆様に喜んでいただきたいだけですのに………わたくし等を気にかけて下さった、お礼のつもりでしたのよ?」

「す、すまない…っ そんなつもりじゃっ?」

「ねえしゃま、ないちゃやー…っ」

「クレイ…お姉様は泣いている訳ではありませんわ。悲しくて胸が痛むだけ……」

「ね、ねぇしゃまぁ………やぁ! ねえしゃまをいじめちゃ、めっ!」

「う、い、いじめた訳じゃ…!」

「そうよ、クレイ…。オスカー様はお祖母様をご心配なさっていただけ。わたくしの配慮が足りなかったのです。責めてはいけません」

「ミレーゼ嬢っ? 何故か、君が喋れば喋るだけ、僕が悪いような空気になっていくんだが!」

「まあ、オスカー様………被害妄想がお強いのですね?」

「………そんな、はず、ないよな? ないよな、僕…気のせいだよな」


 老いも若きも、『アンドロメダの悲劇』をご覧になった方々の反応は、顕著で。

 わたくしには、とても真似できない入れ込みよう。

 あの短時間で『青いランタン』の方々は、本当にどれだけ心を鷲掴みにしたまま奪い去っていったのでしょうか…

 劇を目にしていない、実際の人物も見ていない子供達は皆、ひとしく信じられないモノを見る目を保護者の方々に注いでおいでです。

 レナお姉様やピートであれば『ドン引き』と表現なさるのでしょうね…。


「皆様、わたくしの友人達に興味をお持ちのようですし…親交を深めるついでに、彼らともお話をしてみませんこと?」


 頃合いを見計らってわたくしが提案を述べる頃には………

 何故かわたくしに対して、崇拝の眼差しと思わしき視線を捧げて下さる方が何人かいらっしゃいました。

 ……………6人、ですか。


 本気になった『青いランタン』の凄まじさ。

 わたくしは、今日それをこれ以上にないほど強く実感した気が致しました。

 








 ミレーゼは貴族女性(の、一部)の懐柔に成功した!

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