『アンドロメダの悲劇』は盛況だったようです
11/17 山藍摺さまが『没落メルトダウン』のレビューを書いて下さいました。
有難うございます!
子供達だけで、気兼ねなく交流を…と。
大人の方々のは、そう思っていらっしゃったのかも知れませんけれど。
正直を申しまして、お茶会よりも精神的な疲労感が高い気が致します…。
隙あらば将来をもぎ取ろうとする、貴族社会の刺客がこんなに手強いとは…。
同じ年頃ですのに、論理も理屈も通じないこともしばしばありました。
最終的に疲れ果て、クレイと共にアレン様の元へと逃亡致しました。
………ですが、いつの間にアレン様とオスカー様は仲良くなられたのでしょう?
親好を深めてよしみを結ばれたのでしたら、この時間も有益なものでしたわね。
わたくしも、出来ますれば親しくさせていただきたい方が幾人かいらっしゃいましたが…弟を守って言葉の防衛線を展開している間に、気の強い娘、はしたない娘と思われたのかも知れません。
気が付いた時には、慎ましやかな方々に敬遠される空気が完成しておりました。
無念ですわ……。
がっかりと肩を落としたわたくしを、アレン様やオスカー様が慰めて下さって。
何とか気を取り直そうと立ち直りかけた矢先。
わたくしの待ち望んだ知らせが、ようよう届けられました。
「皆様、お茶の席にいらっしゃる方々からお声がかかっています」
粛々と進み出たメイドの知らせは、お茶会に出席したご婦人方…つまりは子供達の保護者が、子供達を呼んでいるというもので。
ああ、やっと…
短くも長く、長くも……やはり長く感じられましたが。
どうやら、ようやっと…、ええ、ようやっと。
少年達による青春群像劇(?)、『アンドロメダの悲劇』が幕を閉じたようです。
子供に見せてはいけない問題の余興が、やっと終わりましたのね…
やはりその時間は、長かったのではないかと思います。
先にも申しましたが、本日はわたくしのお披露目も兼ねております。
クレイは人前に出すには幼すぎるのではないかという懸念の声もありますが…近くから離すには、わたくしの胸が不安でおかしくなりそうで。
無理を言う形で、わたくしはクレイを伴う許しを得ました。
そうして、今。
わたくしは改めて呼んでいただけるのを待ちかねております。
お披露目にはお披露目らしく、相応の演出が必要だと申します。
他の子供達が保護者の元へ戻り、場が整うのをお待ちすることになりました。
場が静まるのを待ち、改めてわたくしとクレイが連れ立って姿を現す演出だと。
余計な注目を浴びるのは危険ではありますが…時には敢えて衆目を引き、その存在を誇示することが効果的な時もあります。
今日いらしているお客様方は打算もありますが、基本的にはわたくしと弟の身の上に同情的な、『お優しい』方々ばかりだと聞いております。
女性が強いのはどこの世界も同じ。
どの社会の中でも、一定数の指示を得ることが適えば、大概の勢力は手を出しかねる状態に陥るものです。
堂々と隠さずに己の存在を曝し、女性の一大勢力を味方につける。
そうやって存在感を示した相手に迂闊に手を出せば…大多数の方は吊るし上げを受ける状況に身を落とすことになります。
迂闊な、大胆な相手の動きを封じる。
その為にも同情票を集めるのは大事なことです。
今日は、噂の『悲劇の令嬢』らしく殊勝な態度で臨むことといたしましょう。
儚げな微笑みの指導を、後でミモザかアンリにしていただこうと思います。
幸い、今日はオスカー様の母方のお母様…
大派閥の頂点に君臨する公爵家の、夫人の実母に当たる方も参加しています。
わたくしの後ろ盾に王家の存在が透けて見え、公爵夫人を味方に引きずり込む。
それが適えばオスカー様のお家…グゼネレイド公爵家を味方につけた同然です。
………あそこのお家は、さり気無く力関係が公爵夫人に傾いていますもの。
わたくしも同情を獲得できるように頑張りますが…ここはミモザ達に協力いただいてもよろしいですわよね?
公爵夫人への影響力の強いご婦人から援助をいただければ、『青いランタン』にとっても悪い話ではないでしょうし。
「あ、ミレーゼ。そろそろ呼んでるみたいよ」
「ええ…それでは参りましょうか。クレイ、行きますよ」
「あい!」
――そうして、わたくし達は新たな戦場へと向かったのです。
貴族の社交場と言う、悪鬼羅刹の潜む優雅な戦場に。
………今回は大勢のお子様も同席しているので、本格的な戦場とは空気が違うでしょうけれど。
将来の為にも、ここで経験しておくことは糧となるでしょう。
「――皆様、本日はお会いできて嬉しく思います。エルレイク家長女ミレーゼ並びに、末子クレイです」
「くれぇ、でしゅ!」
そう言って、わたくしは微笑みます。
笑うだけならば、何の労もいりません。
それで大人の好感を得られるのであれば、いくらでもふりまきましょう。
わたくしのおっとりとした容姿に合わせ、柔らかな微笑を。
ふわりと笑むことで、愛らしいと感じていただける。
小動物めいた己の容姿に首を傾げることもありますが…
大人受けする容姿に産んで下さった天の両親に、今こそ感謝の時です。
わたくしが笑めば、クレイも嬉しそうに笑う。
弟は、本当に良い子です。
姉弟2人とびきりの愛想をまいて、茶席への登場を果たしました。
「………アンリさん、あの子のアレ計算なのよ?」
「あ、あんなに可愛いのに…っ」
「幼女があんなに腹黒いなんて、世も末よねぇ…」
「……………レナちゃんも、まだ12歳だよね?」
「あたしは良いのよ。こすっからい育ちしかしてないんだから。それよりあの子、あんな強かで本当に貴族のおじょーさま?」
「いえ……ある意味、とても貴族らしいと」
「あたし、時々あの子の背後に虎が見える気がするのよねぇ…」
「………見た目は、子栗鼠か子犬みたいなのに」
「アンリさん、油断してると喉笛食い千切られるわよ?」
「トラ!?」
「あたしのあの子に対するイメージ、そんな感じね」
…壁際に待機している何方かが、何かを言っているような気が致しましたが。
他家の方々がいらっしゃっている前で、私語に励むなんて…。
使用人への教育が、こういったところから知れてしまいますのに。
これは後で、メイド長にお説教をしてもらわねばなりませんわね。
「ねえしゃま?」
「うふふ…クレイ、今夜はロンバトル・サディアがエキノと遊びたいそうよ?
明日の朝まで貸してあげてはどうかしら」
「…? ろんろー、えきゅのとあしょびちゃいの?」
「ええ、遊びたいのですって。レナお姉様も遊んでもらいたいのでしょうね。
今夜、レナお姉様はロンバトル・サディアのお部屋にお泊りですって」
「ぼきゅも! ぼきゅもいっしょしちゃい…っ」
「まあ、クレイ? 今夜はお姉様と一緒にはいてくれないの?」
「あ、あうー……」
「今夜は沢山の話をしてあげましょうね。お気に入りのお歌も歌ってあげるわ」
「あい! ぼきゅ、ねえしゃまといっしょ!」
「うふふっ クレイは良い子ね…」
「…っ い、いまなんか悪寒が…!」
「そ、それよりレナちゃん!? 今まさにお嬢様の背後に虎が見える…っ」
「げ、本当…って、本当ね……虎がいるわ」
「他の方の様子を見るに、たぶん見えているのは私達だけみたいだけど…」
「………っしまった! この距離なら聞こえないと思ったのに!」
「き、聞こえちゃったんでしょうかね…」
「わかんないけど…でも、確実に後で酷い目に遭いそうな気がするわ」
「あ、あはは…」
あら? あらあら…
壁際に待機しているお2人に、何があったのでしょう?
がっくりと肩を落としていらっしゃいますけれど?
姿勢、態度、共に他家の方の前に出られる様ではありませんわね?
「うふふ………エキノには、後でたっぷりと遊んであげてもらいましょう」
「ねえしゃま?」
「何でもありませんよ、クレイ」
「うゆ?」
わたくしは首を傾げるクレイの頭を優しく撫でて、そっと促しました。
お茶会の方へ、意識を戻してもらわねばなりませんもの。
まずクレイを椅子に座らせていただいて、わたくしも使用人に引いてもらった椅子へと腰掛けます。
大人のご婦人方がずらりと並ぶ前に、こうして見世物の様に出るのはいささか緊張致しますが…
まずはここが、正念場。
これから何度も訪れるであろう、山場の1つと心得ます。
「――ミレーゼ様、お久しゅうございます」
「――御機嫌はいかがですか、ミレーゼ様」
「――初めてお目にかかりますわ、ミレーゼ様」
「――ミレーゼ様、クレイ様、お目にかかれて光栄ですわ」
「――亡きエルレイク前侯爵に、かように立派なお子様が…」
「――ご両親のことは残念でしたわね」
「――まあ、クレイ様も利発そうなお顔で。お姉様の教育がよろしいのね」
「――大人しく座っている姿はとても愛らしいですわね」
「――ミレーゼ様、クレイ様」
「――ほほほ…今日はとても良き日ですわね」
貴族の言葉は耳に心地よいように響きますが、内容が薄いモノも多く、気をつけていないと耳を滑って聞き流してしまいます。
内容の重い物でも、軽やかな会話に偽装して流すので本当に欲しい情報を得るには忍耐が必要です。
そして、そういった会話を華麗にこなせなければ、貴族として落伍者のレッテルを張られかねない。
こうして衆目の前に出て来たのであれば、わたくしの様な子供とて同じこと。
それが出来ない者は出来るようになるまで人前に出る資格はありません。
迂闊に外に出ないよう、屋敷に閉じ込められて育つもの。
それをこうして人前に出て来たのですから…
大人と同程度とは申しませんが、それなりの社交能力を求められる。
それが出来なければ、本当に稚いだけのただの子供と侮られてしまいます。
ですがただの子供というレッテルを張られ、侮られる訳には参りません。
わたくしの、目的の為に。
重要ではないと判断した者には、欠片も重要な情報を渡しては下さらない。
それが、貴族ですもの。
欲するもの、欲する情報があるのであれば。
それを引き出し、渡すに相応しいと相手に思わせるには…
そう、それだけの『貴族としての格』を示さなければ……。
………今更ですが、8歳児には少々難易度が高くはありませんか?
相手は社交界に出て長い、海千山千の魑魅魍魎。
わたくしの力不足は、勝負をする前から経験の差で明らかです。
無駄な駆け引きは最小限に抑えましょう。
元より駆け引きをしたとして、わたくしに提示できる見返りなど知れています。
わたくし自身には何もなく、何も持っていないのですから。
あの日。
家が没落し、全てを失った日。
あの日にわたくしは、己の差し出せるモノはこの身1つと最後の家族である弟以外、何もなくなってしまったのですもの。
そして、わたくしは最後に残されたソレを差し出す訳にはいかないのです。
何も渡さず、これ以上に何も失わず。
はったりと口車を多用したとしても、持てる手段も切れる札も誰より少ない。
そしてそれを、情報通な貴族のご婦人方ははじめから御存知のはず。
いくら王家が情報を規制しようとも、漏れ出る物は零れ落ちてしまいますもの。
そして零れ落ちた情報を拾い上げるのに、貴族のご婦人よりも長けた方はそうそういませんわ。
それこそ、殿方から情報を引き出すのに長けた色街のお姐様方くらいではないかしら。レナお姉様が語ってくださった武勇伝が、本当の話であれば…ですが。
隠しても、無駄。
わたくしの背景全ては知れていずとも、最低限の事情は知れているはず。
そう、わたくしに出せる見返りが、ほとんど何もないということを…!
………ですが、何もないと高をくくっているでしょうけれど。
――持ちモノって、増やせますわよね?
求め、得ようとすれば。
相手の欲するもの等、如何様にでも手に入れようはあります。
相手が欲しいモノを見返りに持たないのであれば、持ちモノを増やせば良い。
そう、そして。
――なければ、作れば良いのです。
わたくしに向けられる、好奇の目。
同情は確かにされているでしょう。
ですが憐れみの奥の好奇心と、興味は隠せていませんわね。
それに…貴族らしい残虐性も。
全てを失った、『哀れな令嬢』。
貴族の家名と血と、誇りばかりを身につけて。
それ以外を失ったと誰もが侮る、わたくし。
最後に残されたわたくしの持ち物ですら、剥ぎ取ろうと虎視眈々と狙っている方もこの場にはいますわね。
………鋭く算段を立てる目が、隠せていませんわ。
ふふ、うふふふふ…わたくしに御せる方ばかりではないと思いますけれど…わたくしでも御せそうな方も、確かにいますわね。
力として行使できる、権力も財も両親も失ったと、油断していらっしゃる。
わたくしが独力で手に入れたモノも、情報も、人脈も知らないのですもの。
知らないということ。
情報の不足。
それがこうして足下を掬うことになると…わたくしに学ばせて下さいませ?
それではまずは…
………勿体ぶっても意味はありませんわね。
相手がわたくしを侮っている内が最も効果的ですもの。
会話の中でぼろが出て、弱者の印象が薄れてしまう前に。
切り札を切らせていただきましょう。
今、皆様が、最も欲していらっしゃるはずの切り札を。
持てるものがないからこそ、作りだす。
そしてそれを提示する時は、余韻も印象も薄れぬ、効果的な時機を狙って。
今はまさに、先程の余韻が残っているでしょう。
直前までの興奮で、きっと身の内は熱く燃えているでしょう。
まさに直前、その無視できない存在を存分に見せつけられた後なのですもの。
だからその時機こそが、いまです。
「皆様、わたくしや弟への温かくもお優しいお言葉、過分にして身に沁みますわ。こんなに大勢の方にお心遣い頂けて、本当に有難いことです」
わたくしは心に含むところなどないような顔で、微笑みます。
これから切り出す札がどれだけ彼女達の心を掻き乱すか。
そんな想像をしていることなど、悟らせない微笑みを。
「そんな皆様へのお気遣いへのほんの心尽くしなのですけれど…本日はわたくし等の為に集まっていただけた、ということでしたので………感謝の気持ちを込めて、今日の余興はわたくしが御準備させていただきましたのよ」
ざわり。
空気の揺らめきとともに、ご婦人方の心の動き…
動揺を、感じ取りました。
ああ、確かな手応え。
彼女達の心を掴み、意表を突く。
それが達成されつつあることを感じ取り…
わたくしはより一層、柔らかな笑みを心がけました。
心の裏など、読ませないように。
頬笑みという仮面で、心に武装して。
「今日の余興、演じて下さった方々はわたくしのお友達ですの」
そんな、わたくしの言葉に。
淑女達の心がさざめいていく。
それを、わたくしは確かに感じ取れましたの。




