子供であろうと、時に戦わねばならないことがあるのです
青春群像劇『アンドロメダの悲劇』………
『青いランタン』の、若干13歳の少女が脚本を書いたという劇は、演じる少年達の演技力もあってか大盛況に終わったそうです。
少年が演じたこともあり、倒錯した世界観と背徳を煽る脚本が斬新だったとか。
目の肥えた女性達の眼鏡に適ったのであれば、それは本当に凄いことです。
わたくし達、年少者は見てはいませんけれど。
わたくしとクレイ、アレン様だけではなく、年少者全てが。
本日のお茶会に参加して下さったお客様方が連れていらした子供達、全てが別室に移動させられました。
その上で、ブルグドーラ女史による絵本の読み聞かせとアンリのパントマイム、腹話術といった芸により、保護者と引き離された子供達の気を引きつける…ある意味では、戦場でした。
「………なんかお楽しみ会みたい」
子供の相手に疲れ果てたアンリが何かを言っていましたが…
お楽しみ会とは、一体何なのでしょう?
本日は『青いランタン』による、才能誇示を目的としたお披露目日。
ですが同時に、わたくしのお披露目という意味合いもあります。
勿論、正式な社交界へのデビューは年頃を待たねばなりませんけれど。
わたくしは存じませんでしたが、今、わたくしは社交界で注目の『悲劇の令嬢』なのだそうです。
社交界の派閥の1つに君臨するエルレイク家の名前はとても大きく、どうしても人々の関心を集めてしまうものですが…
その家の遺児となれば、注目もひとしおなのでしょう。
世の中には幼くして家や親を失う子も珍しくないといいますのに…
わたくしは家名の力だけで、必要以上に哀れまれ、目をかけられる。
世の多くの孤児達に比べて、なんと生温い扱いを受けていることでしょう。
好奇心旺盛にして『憐れみ深い御立派な自分』という自己陶酔の大好きな貴族達にとって、今のわたくし達は幼さも合間って絶好の話の種。まさに旬の素材です。
想像だけで噂をするのが貴族。
今のところは好意的で同情的な噂ばかりだというのが唯一の救いでしょうか。
貴族の社交界に正式にデビューしていない身としては、届く噂にも限りがあるので絶対にそればかりだとは断言できませんけれど。
………この情報遮断状態も、一刻も早く何とか致しませんと。
人々の関心を一身に受けているわたくし。
方々からの問い詰めもあり、わたくしの身柄をブランシェイド家が預かっていることは公然と知れ渡っているようです。
堂々と、エラル様がわたくしの保護宣言を宮廷でして下さったそうなので、それも当然といえば当然ですが………
つまり、わたくしの所在が『敵方』にも知れているということですわよね?
エラル様が責任の在処を明確化しようとしての宣言だとは理解できますが…此方の事情としては、薄く「余計なことを」と思ってしまう苛立ちも抑えきれません。
何しろ『敵』は、エルレイク家の当主の証を押さえています。
アレはエルレイク家の者が持たなければ意味のない物。
エルレイクの手になければ、ただ高価なだけの指輪と成り果てます。
…わざわざ押さえたということは、真価を利用しようとしてのことでしょう。
その為にはわたくしなり、クレイなりを手に入れる必要があるのですもの。
得体のしれない、何をするかわからない相手。
他家に手の者を潜入させ、滅ぼすことも厭わない相手です。
………所在を明かされてしまったことで、自衛のための警戒をより一層必要とさせられてしまいました。
ブランシェイドのお屋敷にいれば絶対に大丈夫だと言いきれないのが、何と言いましょうか………とても、疲れます。
神経をずっと張っていては、子供など疲労でふらふらになってしまいますわ。
暗殺されることだけはないとしても、それ以外の全てが有り得るのですから。
アンリの身とて、危険です。
その素情が知れてしまえば……何しろ、エルレイク家の屋敷に潜入するような手練の存在が予想されますもの。
…やはりアンリをロンバトル・サディアの同室にしたのは正解ですわね。
考えれば考えるほど、不安は尽きませんが…
………ロンバトル・サディアへの不安も若干ありますが。
少なくともあの戦闘職と一緒にしておけば、夜の内にアンリが冷たくなっているということはないでしょう。
言葉にしてお願いしたことはありませんけれど…
ロンバトル・サディア、どうかアンリを重々守って下さいませ。
――そして、『敵』の特定を急ぎませんと。
今回のお茶会は、好奇心旺盛にして情報の発信源である女性陣がわたくしに目通りを、と…伯爵夫人に押し迫っての開催となっていたようです。
………丁度よい頃合いの時に、ブランシェイド家でお茶会があるので都合が良いと思っておりましたが…何のことはありません。
わたくしが、餌でした。
誰からも尊敬を集めた立派な両親を失い、失意の日々。
放浪癖のある兄はどこかへ行ってしまい、子供だけ。
寄る辺なき子供を、一時的に兄から親友のエラル様が委託される形でブランシェイド家が預かっている。
………というのが、貴族社会へと対外的に説明された事情のようです。
様々な問題と後始末の事情から、でしょうか。
我が家が3日で全ての権威と財産を失った事実は、どうやら王家とエラル様によって秘匿されているようです。
後で我が家の権威を復活させて下さるおつもりなのかもしれません。
エルレイク侯爵家という力ある家の没落によってもたらされる、各界への影響を恐れての秘匿かも知れませんけれど。
どのような裏があろうと、影響力が凄まじかろうと。
事情通でありながら政治への介入に制限のかかるご婦人方は興味の赴くままに動かれる時があります。
今がその時のようです。
わたくしの失意を慰める為という名目から、子連れでいらしている方もいらっしゃいます。
今までコネも伝手もなかったが為に引き合わせることのできなかった子供をわたくしやクレイに引きあわせ、あわよくば将来の保証を…という思惑が薄く透けているのがとても残念ですけれど。
幼い内に、ある程度の将来が決まってしまうのも貴族の習い。
両親亡き今、わたくし達の身辺にかかる制限はとても緩んでしまっています。
今までは両親が吟味を重ね、付き合う子供も少数に限られていましたけれど…
今日はたくさんいらしてますわね…
お茶会の招待客は、10人少しといったところ。
ですが、何故か子供が18人もいらしているのですが。
思わず、遠い目もしようというもの。
………中には顔見知りの方もいらして、そのことが僅かな救いでしょうか。
「ミレーゼ嬢、お久しぶりだ。このようなことになって何と言うべきかわからないが………ご両親は、残念だったな」
「まあ、オスカー様。ここでお会いできるとは思っておりませんでしたわ。ですが、ありがとうございます。オスカー様に悼んでいただけるとなれば、両親も心安くいられるでしょう」
「そう言っていただけると、こちらも心が軽くなる。ミレーゼ嬢の方が年下だというのに、気遣わせてしまったようで済まないな」
「オスカー様は相変わらず律儀なお方ですわね……。ですがオスカー様が此処にいらっしゃるということは、本日は公爵夫人様の?」
「いや、今日は母方の祖母の付き添いだ。ミレーゼ嬢とも親しいようだから、慰めになるだろうと仰っていたな。祖母はブランシェイド伯爵夫人とは幼馴染の仲らしい。家格も同規模の伯爵家なので、気兼ねが要らないんだろう」
「まあ…不思議な御縁ですわね? わたくしもブランシェイド伯爵夫人にはとても良くしていただいていますの。とても良い方ですのよ」
「ああ、祖母からも聞いている。ご両親が亡くなって、色々と大変だっただろう。心配していたが、良い方のお世話になっているようで安心した。後見人、ということではないようだが…」
「それが、わたくし達の後見に関しては未だ少し揉めているようですの…王家が」
「……………な、何があったんだ?」
「王妃様と王太子様が、それぞれ自分が後見すると言って割れているらしくて……どちらの方であっても、わたくしやクレイとしては有難いばかりなのですけれど」
「話の規模が大きいな…いや、小さいのか? とりあえず、王家の後見がつくのは確かか。心強いことじゃないか」
「今のわたくしは、後見もなく兄のご友人のお宅にお世話になっているだけの小娘ですけれどね。兄の友情に縋らなければならず、情けない気も致します」
「気落ちするのは良くないな、ミレーゼ嬢。兄君のご友人は立派な方だというじゃないか。宮廷でも足場を固めている方だと聞いている。そんな方に面倒を見ていただいているんだ。今の状況じゃないと学べないこともあるんじゃないか?」
「そうですわね。これも人生勉強の1つと考えて、弟ともに精進致しますわ………あら? クレイ?」
「弟君なら、僕と話している間に飲み物のコーナーへ向かったようだが…」
「まあ、大変! わたくし、弟から目を離してはならないのです。オスカー様、慌ただしくて申し訳ありませんけれど、わたくしはクレイの元にいかなくては……失礼いたしますわ」
「あ、ミレーゼ嬢…!」
兄が未婚であり、子のいない内はクレイが後継ぎとなります。
わたくしも女児である為、将来はどこぞかへお嫁入りするでしょうが…大身貴族エルレイク家とよしみを結びたい方は、こんなにいらっしゃるの。
これもまた氷山の一角、ほんの一部に過ぎないとはわかっていますけれど。
子供だからと、油断は出来ません。
目を離した隙に、弟が大家との縁を目論む方に捕まって…何か迂闊なお約束でもしてしまえば、大変なことになりますもの。
懐かしい知人との会話に気を取られ、弟から目を離してしまいました。
そのことを悔やみ、弟の後を追いますけれど………
「み、ミレーゼ様!」
「…はい、なんでしょうか」
声をかけられます。
わたくしと縁を結びたい方も大勢いらしていますもの。
わたくしも家名を背負う身…相応に隙のない振る舞いを見せねばなりません。
呼びかけられて無碍には出来ず、足止めをされる結果となってしまいます。
「ミレーゼさま、お初にお目もじつかまつり、ます?」
「………ご両親が何を言われたのか、薄々察せられますけれど。もう少し使い慣れた言葉遣いで喋られた方がよろしいのではないかしら。舌を噛みますわよ」
『青いランタン』が演劇に精を出している、間。
先にも申しましたが、わたくし達は別室に隔離されておりました。
年の近い子供達、だけで。
わたくし、クレイ、アレン様の他に18名の子供がいらしています。
隔離された空間の中、子供達の波状攻撃じみた挨拶の中。
わたくしは中々思うように前へと進むことが出来ません。
「ミレーゼ様、ごき、御機嫌い…っ」
「もう少し落ち着かれてはどうかしら? そんなに緊張なさっていてはこれから大変でしてよ」
「は、はうぅ…っ」
クレイへの3歳という年齢を考えたのか、下は2歳児…
………屋敷の外に連れ出す年齢ではありませんわね。
その低年齢ぶりが、親達の形振り構わなさを透かしているようです。
それからわたくしとの釣り合いを考えられたのか、上は13歳までと年齢に大きな幅のある子供達が18人も…。
お茶会は内輪の社交場という色合いがあるので、社交界へデビュー済みの方はご招待を受けているか、受けた方の付き添いという形以外での参加を忌避されます。
それに今回は『ご婦人方のお茶会』ですもの。
付き添いとはいえ、男性はご遠慮下さいという空気が漂っております。
そんな中で、例外は子供でしょう。
ご婦人の集いだからこそ、子連れの方々も許されます。
社交界へとデビュー前であれば、子供扱いの枠で大目に見ていただけるのです。
…これがデビュー済みであれば、不躾で失礼な方という白眼視を受けますが。
そういった事情から、この場には社交界へとデビュー前の年齢の方が幅広く『子供枠』で参加していらっしゃるようで。
正直、18人もの子供達をわたくし1人で捌くなど無理です。
「アレン様、後はよろしくお願い致します…!」
「え、あ、ミレーゼ!?」
「わたくし、クレイが心配で…アレン様、皆様に良くしてあげて下さいませね!」
「す、すたこらさっさと逃げられた…!?」
ですので、恐らく親御さん達の本命であろう年齢枠…年回り的にわたくしと釣り合う男児は全てアレン様に相手を押しつけました。
同年代の男性同士、仲良くしていて下さいませ。
わたくしはクレイに近づこうとする、5~9歳の女性陣を弟から遠ざける為、目を光らせていなければなりませんの。
「おい、ブランシェイドの末子。貴様、ミレーゼ嬢とどういう関係だ」
「えっと…同居人?」
「そんなことはわかっている。ちゃんと節度ある距離を守ってるんだろうな!?」
「ええっと!? い、いきなり何ですか? 守って…は、いないかもしれませんが………いや、ちゃんと守ってます! 守ってますよ!?」
「………どうにも疑わしいな。貴様、そのようなふらついた態度で、それで紳士とは言えないぞ。男側がしっかりしないで間違いなどあっては、ミレーゼ嬢の名に傷がつく。そのあたりはちゃんと認識しているのだろうな!?」
「う、うわわ…詰め寄るのやめてもらえませんか!?」
「ふん…所詮は中位貴族の末っ子か。高位貴族の令嬢に対する振舞いや、身の程というものを教えてやるべきなようだな」
「オスカー様! (眼差しが凶悪過ぎて)かっこいい!」
「オスカー様! (年下相手に本気になるなんて)流石です!」
「オスカー様! 素敵すぎて僕らには真似できません!」
「…って、おい! 変なところで合いの手を入れるのは止めろと言っているだろう!? 変な追従される度、僕が恥ずかしい思いをしているのがわからないのか」
「「「わざとですが」」」
「おいこら、三つ子!? お前ら、僕のこと嫌いだろう!」
「え、そんな」
「ご本人にそんなこと」
「ちょっと僕らの口からは言えませんよね」
「「「ね~」」」
「ぐ…っ は、腹が立つ! ブランシェイドの末子より先に、お前達から身の程をわきまえさせてやらねばならんようだな…っ」
「え、えっと………グゼネレイド公爵子息様、大丈夫ですか?」
「……………オスカー、だ」
「はい?」
「オスカーで良い。ブランシェイドの末子」
「えーと、じゃあ僕のこともアレンで」
「わかった、アレンだな」
「はい。よろしくお願いします、オスカー様」
「………………………」
「お、オスカー…さま?」
「………何でも、ない(プイッ)」
「お、オスカー様ったら! 見た?」
「見た見た! くすくすくす…っ」
「ははっ 呼ぶ捨てにしてほしかったのにね、オスカー様!」
「見てよ、あれ! 様付けで返って来て超拗ねてる!」
「お友達が欲しかったら、そう言えば良いのに!」
「本当だよね、不器用なオスカー様!」
「「「あははははははははっ」」」
背を向けた、後方。
遥か後方から何やら賑々しく楽しそうな笑い声が聞こえてきましたが…
何だか小悪魔の笑いじみた印象を受けたのは、何故でしょう?
いえ、今はそのようなことに構っている時ではありませんわね。
「クレイ!」
「あい、ねえしゃま?」
「ああ、もう…わたくしから勝手に離れてはなりませんと、常日頃から言っていますのに」
「ねえしゃま、ここおうちの中だよ?」
「家の中でも、気を許せる人ばかりではないでしょう?」
「うゆ?」
「ああ…クレイにはまだ難し過ぎたかしら。でも姉様からは決して離れないで。そのことだけでも覚えていられますわね?」
「あい!」
わたくしは追いついた弟を腕の中に閉じ込め、ぎゅっと抱きしめました。
人前であれば恥ずかしい行為ですが、幸い此処にいるのは子供だけ。
口さがない噂を流し、他人の失態を嬉々として論うような方がいなかったことで良しと致しましょう。
わたくしがクレイを取りあげた形となり、クレイを取り囲んでいた女の子達には睨まれてしまいましたけれど。
……ふふ、相手を分かりやすく睨みつけるなど、まだまだ未熟ですわね。
どんなに苛立ちを覚えようとも、表面上はわからないように取り繕い、さも気にしていないように鷹揚に振舞えるようになってこそ一人前の淑女でしてよ。
「まあ、おねえさま…わたくし達、クレイ様と楽しくおはなししていましたのよ? いきなり失礼ですわ」
「そうですわ。クレイ様はお優しい方ですので怒りませんけれど、あまりにも急ではありませんの。わたくし達、残念ですわ」
「おねえさまも、弟様に構いすぎではないかしら。クレイ様ももう少し自由にお話ししたいですわよねぇ?」
「あい? んー……ぼく、ねえしゃまがいい!」
「まあ…っ!」
――クレイ、よく言いましたわ!
さわさわさわ、と。
わたくし達の周囲を取り囲んで抗議の声を上げる女児の集団。
それに対する大きな牽制となりました。
何より、ことの焦点たるクレイがわたくしの全面的な味方と示せましたもの。
このアドバンテージは、そうそう覆せるものではありませんわ。
わたくしは己の優位を見せつける様に、殊更優雅に微笑んで差し上げました。
「あら? わたくし、見ず知らずの方々にお姉様と呼ばれる覚えはありませんわよ。貴女方はわたくしのことをご存知のようですけれど…何方かしら」
「………失礼いたしました。コリンズ子爵家のクレアと申します」
「わたくしはクレメール伯爵家のエリーナです」
「ラップランド伯爵の姪、ハールメニーと申します」
粛々と、重ねて名乗りを上げていく女児達。
その数、11名。
そう、クレイは女子に囲まれていました。
愛らしい幼児に対する愛玩を目的とした囲みか、将来を見据えてのハンティング的な囲みかは存じませんけれど。
…ですけれど、向けられる視線を見れば、答えを聞いたも同然ですわね。
3歳児相手に良くも本気でこのようなことをと、呆れてしまいます。
それも、彼女達にしてみれば親に命じられてのことでしょうけれど。
素直さは美徳ですけれど、手段を選ばない無謀な命にも疑問を挟まず従うような『お人形』さんに、わたくしの可愛い弟は渡しませんわよ。
救いはクレイが何も理解していないことかしら。
弟にはまだ対人関係の煩わしさなど知らず、心安くいてほしいものです。
弟が社交界に早く出ることになったとしても、それは精々が10年後。
男性貴族が正式に婚姻を結ぶことが認められるのも、社交界へのデビューが目安となっております。
…一般的に考えて、早くても男性は17歳か18歳頃くらいだと思いますけれど、様々な利権が絡む貴族の『政略結婚』は、時に一般常識を遥かに凌駕致します。
周囲の思惑や、それこそ家の事情で早く結婚することがないとは申せません。
特にクレイは兄が未婚である限りは、跡取り扱い。
少し結婚が早くても、許容範囲とみなされるでしょう。
13歳の少年の相手と考えれば、年齢的な制限もあると思いますけれど。
女性貴族の体面を考えれば、20歳になる前には婚姻を結びたいところでしょう。
クレイが13歳で確実に社交界へ出るとは限りませんけれど…
女の子達の年齢は、2歳から9歳。
本当に本気で10年後を見越しているのではありませんの?
本日、女児をつれてきたご婦人は本気で狙っている気がしてなりません。
連れてきている女児の年齢が、10年後を見越しているとしか思えませんもの。
中には、わたくしの『お友達』として連れてこられた子もいますけれど………
………女の子達の中に、明らかに親に何かを言い含められて行動している素直なお子さん達がいらっしゃるようです。
既成事実。
その言葉が大きな意味を持つ貴族社会の恐ろしさ…。
例え幼くとも、周囲を上手く煽って話を上手く運べば、口付け1つで婚約者の地位を掴むことが出来ます。
女の子の方が状況を見て「結婚前の身なのに傷物にされた!」と騒げば此方も責任を取って婚約を、と話を運ぶしかなくなります。
例え、口付けを迫ったのが女の子の方だとしても。
子供の戯れで済ませない、大人の本気が恐ろしい…。
そんな話を昔から時々耳にしていますので、わたくしも警戒せざるを得ません。
人懐っこく警戒心の薄いクレイの身は、わたくしが守らなくては…!
例え家が揺らいでいようとも、既に没落していようとも。
建国の頃から王家に付き従ってきた『エルレイク家』の名前だけでも欲しがる貴族は、一定数いるはずですもの。
没落しましたが、エルレイク家はそれだけの大きな力を持つ貴族家です。
…実を失おうとも、侯爵位にあるのは確かですし。
血縁関係を結んで上手く立ちまわれば、『侯爵位』を得ることができるかもしれないと夢想されている方もいらっしゃるでしょう。
2歳から4歳の女の子3人は、己の立ち位置を理解していないようなので警戒も緩く済みますけれど。
恐ろしく本気のご両親に様々なことを言い含められたらしい5歳から9歳の女児8名にはとても油断できません。
何しろ、数からして侮るにはわたくしの方が不利です。
まさか8歳の内から、こうも煩わしい人間関係の構築に頭を悩ませることになろうとは…『青いランタン』と接する時の気兼ねせずにすむ気安さに若干慣れてしまっていましたので、煩わしさも余計感じてしまいますわね。
嗚呼、早く劇が終わってお茶会の席に呼んでいただけませんかしら。
あちらであれば親同士の牽制もあり、子供の動きにも制限がかかるでしょうに…
それに、『青いランタン』の子達も頃合いを見計らって合流する予定です。
世慣れた、演技力と世知辛さと強かさの申し子のような方達。
あの方々なら、単純な女児など容易く手の平で転がして下さるのではありませんかしら? 世間知らずの幼女を操作するなど、彼らであれば容易なことでしょう。
協力関係にあるわたくしが困っていれば、きっと助けて下さるはずです。
結果的に防壁となる方々の助力を、願いながら。
わたくしはそれまでの短くない時間を、神経をすり減らしつつ過ごさねばなりませんでした。
オスカー様(12)
いじめっ子の様に見せかけて実はいじめられっ子疑惑。
大身貴族家の子供同士、ミレーゼとは以前から親交がある。
俺様傲慢キャラだが、個性の濃い三つ子に精神的圧迫を受けている。
家の跡取りとして育てられており、公平な精神と高潔な理想を持つが、やはり三つ子に唆されて精神の袋小路に彷徨いこむことしばしば。
アレンに突っかかったのも、どうも三つ子に唆されてのこと。
幼い頃から側にいた三つ子のお陰で対人関係の作り方が色々と拗れている。とりあえず最近、切実にまともな友達が欲しい。
最近、三つ子と遊んでいると時々胃が痛くなることがあるらしい。
三つ子(11)
髪の分け目が右側・テディウス
髪の分け目が左側・テーセウス
髪の分け目が真中・セオドア
いつでもどこでもいっしょの三つ子。
小憎たらしくも濃い個性の持ち主。
親がオスカーの父親の乳兄弟ということもあり、幼い頃からオスカーに付き従う形で一緒に過ごしている。
従順という言葉とは縁がなく、オスカーを振り回したり操縦したりしている。
「ひゅーひゅー! カッコイイよオスカー様!」
「素敵ですよ! オスカー様!」
「年下に凄むなんて、格好良すぎて僕らには真似できない!」
「「「そこに痺れる憧れる~!!」」」
「お前ら僕のことをおちょくってるだろう!!」
「「「え、今更?」」」
「………くっ殴りたい…!」




