フィニア・フィニーにはお説教せねばなりませんわね
今日はフィニア・フィニーの特殊性の話(爆)
若干名の凝り性な方が、自分だけでなくお仲間の身なりにも力を入れた結果。
女性ほどではありませんけれど男性にしてはかけられた時間の後、ようやく『青いランタン』から派遣された方々の準備は整ったようでした。
「ミレーゼ様、貴族の目から見ておかしい部分がないか確認してくれないか?」
潜入先の浮浪児組織を配下に任せてお戻りになった凝り性者の1人、ミモザがそう言って、わたくし達に扉を開いて下さいました。
彼らの用意を整える為に用意された、控室。
身内でもない殿方の控室に入ると思えば、憚られるものはありましたけれど…これも子供の特権と、わたくしは遠慮せずに入室させていただくことにしました。
「まあ、思った以上に素晴らしいですわ!」
「ほんと? 良かった。貴族のお嬢様にそう言ってもらえると胸も撫で下ろすよ」
「皆様、用意された服をただ身に纏うだけの、判を押したような印象になるのではないかと勝手ながら想像していたのですけれど…良い意味で想像を裏切られたようですわね。まさか着衣した上で個人の雰囲気に合わせたアレンジまで加えられているとは思いませんでしたわ」
「そこらへんは、やっぱセンスが光るよねー。ミモザが居て良かった良かった」
「何言ってんだか。フィーは自分でしてたじゃん。皆の半分は、お前の作品だろ」
「……………あら? どうしてフィニア・フィニーがいらっしゃいますの?」
今日は、貴族女性の集まり。
子供は大人に一定以上愛でられるものですけれど…
相手が女性層という点に狙いを定め、本日は『青いランタン』の殿方だけをお呼びしたはずでしたのに。
何故、フィニア・フィニーがいらっしゃいますの?
それも他の少年達と同じ、殿方用の礼装をぱりっと着こなして。
………男性の姿が意表を突き過ぎて、声を聞くまでフィニア・フィニーだとは気付きませんでしたわ。
ですがその格好…。
女性らしい柔らかな印象でしたので、可愛らしい女性の格好をしていらっしゃる姿しか思い浮かびませんでしたけれど。
意外にも、殿方の衣装も良く似合いますわね。
違和感なく、着こなしている姿が本当に予想外です。
以前お会いした時とは、心なしか受ける印象も雰囲気も違うような…
「男装してまでお茶会に参加を? そうと言って下されば…」
まさか、そんなにお茶会に出席したかったなんて…。
言いだせずにいらしたのでしょうか。
言って下されば、一席くらいは融通していただけるように交渉しましたのに。
「あー…ミレーゼ様、何か勘違いしてない? してるよね?」
「何をもってして勘違いと仰いますの? フィニア・フィニー」
「取り敢えず、その同情の目はやめよ? 別に私は、この姿でも間違いってわけじゃないんだからさ」
「……………え? 何と仰いましたの?」
問いかける眼差しの先には、気まずげなフィニア・フィニーの姿。
男装でも間違いではない……………え、と…もしや?
「うん、変態を見るような目もやめよっか! 地味にこっちの胸が痛むから!」
「いいえ、仰らないで。わたくし、ちゃんとわかっていますわ」
「困ったように言いながらも、誤解が解けてないよね…。もう、ルッコラ!
ミレーゼ様に言ってあげて!」
「ん? なにを?」
「私の性別のこと。ちょっと自分の口で言っても信じてもらえなさそうだし」
「ん? ああ…わかった。それじゃミレーゼ様、ちょっと僕とこっち行こうか」
「な、なんですの…?」
何が何だかわかりませんわ…?
わたくしはそっとルッコラに肩を押され、片隅に連れていかれました。
ルッコラの背中越しに、此方をチラチラ気にするフィニア・フィニーが見えます。一体、なんだというのでしょう。
「ミレーゼ様、あのね…」
「はい」
勿体ぶったルッコラの物言いに、わたくしも自然と息を詰めます。
何故こうも、ルッコラが神妙にしていると緊張感が高まるのでしょうか。
新しい犬種でしょうか?
先日わたくし達がいただいたのともまた違う、初めて見る特徴の犬(仮)がルッコラの足下からじっと視線を注いでいます。
彼の頭上、頭の上に乗った子犬(?)が、「ほきょっ」と鳴きました。
……………「ほきょ」?
え、なんですの。
その鳴き声………
哺乳類の口から初めて耳にする類の声は、何だか鳥の声のように聞こえました。
ルッコラの頭上に気を取られている、わたくし。
気付かず、わたくしの両肩に手を置くルッコラ。
向かい合うわたくしと、ルッコラと子犬(?)。
肩に手を置かれていては、逃げられませんわね…。
ですが次の瞬間、わたくしの意識は再度ルッコラに全て浚われてしまいました。
「あのね、ミレーゼ様。
フィニアは男でも女でもあるんだ。両性具有ってやつ 」
「……………は?」
「それが理由で母親には隠して育てられ、それが理由で父親には罪の子だの異端の子だの罵られて捨てられたから。不義を働いて、子供作って勝手な父親だね。
だからフィニアには父親の話題は禁句。わかる?」
「え、ええ………と、え…?」
「フィニアに父親のことを出すと面白いことになるから、気をつけた方が良い」
「あ、はい。わかりましたわ…」
口は勝手に受け答えの言葉を口にしますけれど、わたくしの頭は真っ白に固まっておりました。
え、と………物凄く驚きましたわ。
ですが同時に、とても捨て置けない問題に直面してしまいました。
ええ、と………
それでは女性と男性、どちらの扱いをした方がよろしいのでしょうか…?
普段の様子を見ていると、少女にしか見えません。
あの姿を見ると女性として扱った方がよろしいかと思います。
ですが、今の姿。
男装もしっくりくる今の姿は、誰がどう見ても少年でしょう。
今のフィニア・フィニーを少女扱いする方はいないはずです。
どちらの姿も自然体で、不自然などなくて。
だからこそ、わたくしの混乱の度合いも深い…。
男でも女でもある方など、初めて見ましたもの…!
ある意味で、わたくしの兄と同じくらいに珍しい人種ではないでしょうか。
…いえ、そのような考え方は差別の第一歩ですわね。
いくらなんでも、兄を引き合いにするのは間違いでした。
兄の方が、ずっと珍種でしたわ。
あの兄と比べるなど、心の中だけとはいえフィニア・フィニーに失礼でしたわ。
「あの、ルッコラ。フィニア・フィニーにはどう接するのがよろしいのでしょう」
考えてもわからないことは、聞かねばなりません。
無知、無思慮を曝すようで恥ずかしいのですが…
未熟なわたくしは、わからないことは聞かねば理解できませんもの。
………人とどう接するかなど、答えなど出そうにもありませんけれど。
ですがルッコラ達は、フィニア・フィニーのお仲間です。
彼らが仲間として、フィニア・フィニーにどう接しているか…
前例を聞くことも、きっとよい参考になるでしょう。
「どう接する? フィニアとして接しているけど」
「予想以上に参考になりませんでしたわ…! それはそうですし、一考するに深いお答えではありますけれど、わたくしは女性として扱うべきか男性として扱うべきか思案しておりますの」
「ああ、そういう…。どっちでも良いんじゃないかな? どっちでもあるし。
ミレーゼ様が思う方の性別で接してやれば、フィニアの方がそれに合わせるよ」
「そうではなくて、わたくしはフィニアの心の性別をお聞きしたいのです。
あの方の精神は、男女どちらなのです…!?」
「あー………どっちだろう? フィニアも自分の都合でころころ態度を変えるし。『青いランタン』じゃ、文字通り性別を超越した存在として扱ってるよ。子供ってほら、その辺の性差が曖昧なところあるし」
「………ルッコラ、貴方フィニアと同年代ですわよね?」
「僕は1歳違いの11歳」
うむ、と。
重々しく頷くルッコラの前でわたくしは途方に暮れてしまいました。
ですが精神的性別がどちらかは重要なことだと思うのです。
繊細な問題ですし、対応次第ではフィニア・フィニーの心に傷をつけて離反されてしまうかもしれません。
………それに1つ。
フィニア・フィニーの心次第によっては、放置しておけないことがあります。
不満を込めて、わたくしはルッコラを睨みあげました。
「何か、参考になる情報はありませんの?」
「そうだね…小さい頃は女として育てられたってことと、あと父親のことで男嫌いを患ってるせいか基本は女の格好で過ごしてるけど」
「…では、今までのように女性として扱って大丈夫かしら」
「けど男嫌いだから、アイツの恋愛対象は女だけど」
その辺りは結構下種な話も平気で混じるし、完璧に無節操な男の視点だよ、と。
ルッコラが静かに言いきる言葉が、機能停止を起こした頭で空虚に響きました。
「ああ、あと、アイツ微妙にマザコン入ってるから女の好みは年の離れた『お姉さん』が一番好きだって言ってた気がする。可愛くて容姿が気に入れば、年齢も割とどうでも良いとも言ってたけどね。うん、割と節操なし」
そう、そう聞いたのが、トドメでした。
ルッコラの淡々と静かな物言いを脳が受け入れた瞬間、わたくしは叫ばずにはいられなかったのです。
「フィニア・フィニーっ!!」
こんなに怒りを混ぜた大声で叫ぶなど、はしたないのですけれど。
ええ、今度ばかりは仕方ないと大目に見ていただければ幸いですわ。
だって、わたくし、覚えていたのですもの。
フィニア・フィニーの性別を聞いて、気にせずにいられなかったのですもの。
あの日。
『青いランタン』で、ヴィヴィアンさんと顔を合わせた日。
彼女の事情を聴く流れで、起こった出来事。
フィニア・フィニー………あの方、上半身の服を脱いで肌を曝した、ヴィヴィアンさんの姿を何食わぬ顔で見ていたのですもの!!
噂に聞く悲惨な刺青を目にして、それに釘付けなのかと思いました。
食い入るようにフィニア・フィニーが見ていても、気になりませんでした。
わたくしもまた、ヴィヴィアンさんの刺青に気を取られていたからです。
ですが、ですが…です。
何も言わず、己の性別を明かさず、許諾を得ずに凝視するのはマナー違反ではありませんの!?
あの時、ヴィヴィアンさんは上半身裸でしたのよ!
子供であれば許されると、フィニア・フィニーは思ったのかもしれません。
事実、クレイのような低年齢者であれば寛容な心で許しもあったでしょう。
ですが、フィニア・フィニーはもう12歳だといいます。
貴族であっても庶民であっても、男女の別を理解し、分別をつけねばならない頃合いです!
何よりあの時、フィニア・フィニー自身がロンバトル・サディアとピートを追い出していたではありませんか。
ピートとフィニア・フィニーの年齢差は、1歳だそうです。
「何か心当たりがあるみたいだけど………あんな形でも、フィニアは油断できない相手だし、姿に惑わされると泣きを見ると思うけど?」
「………もう重々、実感していますわ」
改めて、わたくしは思いました。
貧民街の子供………『青いランタン』の方は、油断ならないと。
男とか、女とか。
そういったモノを超越した侮れないイキモノ「フィニア・フィニー」。
レナお姉様
「……『青いランタン』って、まともな奴いないわよね」




