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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽りの姿編
52/210

少年達はいま、準備をして下さっているようです

 色々と準備に忙殺されは致しましたが…

 本日、わたくし達は新たな局面を迎えようとしておりました。

 そう…我がエルレイク家に仇成す敵を燻り出……

 いえ、調査する為に新たな活動を始める算段がようやっと整ったのです。

 ブランシェイド伯爵には随分と助けていただいたものです。

 伯爵様と『青いランタン』の協力がなければ、出来ないことでした。

 独力で成立たないところが、エルレイク家の娘として不甲斐無くありますが…

 それでも、誰の力を当てにしてでも、わたくしはやり遂げねばなりません。

 我がエルレイク家の敵を、放置など出来ないのですから。

 その者達が我が家の没落…それ以外の不幸にどの程度関わり、何をしたのか。

 疑惑をそのままになど、どうして出来ましょうか。

 最早、我が家にはわたくしとクレイの2人だけ。(兄は物の数に数えない)

 ですから、わたくしがやり遂げねばならないのです。

 こんなに幼いクレイの、わたくしは保護者なのですから…!

 

 ………他者の力を借りねば何も出来ない、情けない保護者ではありますけれど。

 それでも人脈もまた、わたくしの力ということにさせていただきましょう。

 この世知辛い世の中で、無力な8歳児に何が出来ますでしょう。

 わたくし自身が力を付けるまで、見逃す訳には参りませんもの。

 


 わたくしは改めて強く決意を固め、静かに覚悟を整えました。

 クレイの手を引き、目的の部屋へと歩みを進めます。


「レナお姉様、此方の部屋ですの?」

「御大が嘘を言ってなければね」

「今日は『青いランタン』のお兄様方を中心に売り出す予定でしたわよね」

「まあ、女性の集まりだしねー。伯爵夫人の主催だし。女の子でもウケは取れるだろうけど、可愛い少年ってヤツの方が食いつくんじゃない?」

「…少し、心配ですわ」


 ブランシェイド伯爵に多くを融通していただきました。

 今回も、善意(・・)で様々な協力を得ています。

 温情に感謝しつつ、それにはそれ相応の返礼を…

 そう、利益を返すことで、きっと御恩返しして見せましょう。

 確かに目的の第一は情報です。

 ですがそれを除いても、足りるだけの結果は出せると信じています。

 わたくしは、『青いランタン』の方々を信じていますもの。

 あの廃病院で見た、その有能ぶり。

 そして臨機応変な機知に富んだ、子供とは思えない振る舞いの数々。

 あの方々であれば、きっと情報を集める以上の結果を出して下さるでしょう。

 きっと皆様、あの方々に注目せずにはいられない筈です。

 それだけの華を持ち合わせた、人の視線を集める少年方でしたし。


「社交界に正式にデビューしていないわたくしでは、精々でお茶会程度にしか参加できませんもの。気軽な会だということを考慮して、大目に見てもらえるかしら」

「大丈夫じゃない? 子供相手に大人げない態度取ったら、それこそ恥って感じでしょ。体面気にするお貴族様が、衆人環視の中で露骨に余裕やらおおらかさやらの感じられない態度は取らないでしょ」

「それはその通りなのですけれど…」


 何分、貴族のご婦人方にぶつける相手は浮浪児集団ですもの。

 それを知って露骨に態度を変えるような相手がいては空気に差し障ります。

 そういった方は伯爵夫人も除外して下さっているとは思いますけれど…

 人のお腹の底はわからない分、不安要素があるように思えて仕方ありません。

 貴族女性は自分の利益に敏感ですから、利になる、あるいは親切にして損はない相手だとわかればそれなりに友好的に接していただけるとは思いますが。


 不安に顔が曇ってしまうわたくし。

 考えに耽って動きの止まってしまうわたくしに代わってのことでしょう。

 レナお姉様はそもそもの用事を済ませようと訪ねてきた部屋に近づかれました。

 そうして、躊躇なくドアを開けられたのです。


「ちょっとアンタたち、準備はできたの?」


 レナお姉様が、ドアをあっさりと開けられた瞬間。



「「「きゃーっ!!?」」」



 部屋の中から物凄い悲鳴が聞こえ、騒々しい物音が響きました。

 レナお姉様は慌てることも騒ぐこともせず、なんとも言えない微妙なお顔で。

 ただ勢いを込めて開けたドアをバンっと閉めます。

 直後、ドアに何かがぶつかる音がしました。

 …部屋の中から、ドアに向けて何かを投げられたのかしら。

 部屋の中からは苛立ちや困惑交じりの罵倒が響いていますが、厚いドアを挟んでいる為か具体的に何と叫んでいるのかは分かりません。また、聞こえてもわたくしの知らない、意味のわからない単語ばかりでした。

 ………言葉遣いも、指導した方がよろしいでしょうか。


「………レナお姉様、せめてノックを…」

「あいつ等にはそんな気遣い無駄よ、無駄」

「お姉様は殿方の着替えを気にされないかも知れませんけれど、わたくしは…」

「殿方って、あいつ等なんてまだガキじゃない。子供が気にし過ぎじゃないの?」

「いえ、子供でもそう言った分別をそろそろつけねばならない頃合いですわよ?」

「大人の女に野郎との同室勧めるアンタに言われても、ね…」

「? あのお2人は、それこそ分別の付いた大人ですもの。恥じらうことはあるかもしれませんけれど、敢えて揉めるような感じでもありませんでしたわよね?」

「…ミレーゼ? ちょっと聞くけどアンタ、子供ってどうやって出来ると思う?」

「??? キャベツ畑ですわよね?」

「……………」


 何故か、レナお姉様が絶句してしまわれました。

 …? わたくし、何かおかしなことを口にしたかしら。

 首を傾げて見上げるわたくし。

 見上げる視線に、レナお姉様がさっと目を逸らして遠い目をされていました。


「えーと………それじゃ男女の同室はなんでまずいと思うわけ?」

「それはそれぞれの性別でコミュニティの形成方式が異なるからですわよね? 男女の別で社会性のあり方が違いますもの。軋轢を軽減するため、親密な関係にない男女は生活環境も自室という形で別個に整える必要がある…と、わたくし達の家庭教師をして下さった学者の先生が申しておりましたけれど」

「え、えらく迂遠かつ、微妙な説明をしたものね、その学者…。肝心な事実から意識を遠ざけようって抵抗を感じるわ」

「肝心な事実? 抵抗?」

「あー…アンタは気にしない方が良いわ。まだ8歳だし、知らないで良いでしょ」

「レナお姉様、そんな意味ありげな言葉では、気にせずにいるなど無理です」

「えっと、じゃあ男女の恥じらいとかわかる?」

「でしたら、面白い話を知っていますわ。先ほど申しました家庭教師が教えてくれましたの。旧王国時代に遡るお話ですけれど、文化人類学的に見た男女間の…」

「あ、ごめん。やっぱ良いわ」

「よろしいんですの? このお話は、これから面白くなりますのに」

「取り敢えず、アンタがなんか偏った教育受けてきたことは分かったわ。あと、男女間の機微に関しては年齢相応ってことも…」

「?」


 常に気風が良く、はきはきしていらっしゃいますのに…

 何となく歯切れの悪い口ぶりですのね。

 なんだかレナお姉様らしからぬように見えました。




 わたくしとクレイ、レナお姉様は廊下に佇んだまま。

 廊下で立ち話など、落ち着きがないと叱られても仕方ありませんわね。

 ですが目的の部屋に入ることも出来ず、わたくし達は待つしかありません。

 先程の反応を見るに、中にいらっしゃる方々は準備が整っていないのでしょう。

 レナお姉様を間に挟んでいましたので、室内の様子を目にはしませんでしたが…


「レナお姉様、先程は室内を見られたのでしょう? まだ準備に時間がかかりそうでしたか」

「そうね、肌色だったわ」

「はだい………服の着方がわからないということでしょうか」

「いや、あれは凝り性のごく一部が衣装に煩く口出しした結果の遅れだと思うわ」


 本日は『青いランタン』の少年幹部の方々に足を運んでいただきました。

 この、ブランシェイド家の王都邸宅まで。

 本来は警備上の観点から、彼らのような子供は立入るなど出来ないのですが…

 今回はわたくしの紹介として、我儘になってしまいますが無理を通しました。

 計画の提案後、彼らの身元や働きぶり、背後関係や人品を確認する必要があるということで、ブランシェイド家に使える密偵の方々が『青いランタン』に属する子供達の徹底的な身上調査が行われたそうです。

 何分、裏側で行われたことですから、どのような規模でどのくらい大変なことだったのか、わたくしは想像することしかできないのですけれど。

 ですがきっと、大変な大仕事だったのではないでしょうか。

 それでも、彼らの身上調査はわたくしの予想以上に早く終了いたしました。

 ピートの掲げる『皆を真っ当に生きさせたい』という方針のお陰でしょうね。

 浮浪児童としては比較的クリーンに生きていたことが功を奏したのでしょう。

 

 実際にかかった調査期間は、わずか2週間。


 それを経て、彼らは見事「警備上は問題なし」と判断していただけました。

 貴族の邸宅に招かれるには、それだけでは足りないのですけれど。

 わたくしが人物を保証したとして、わたくし自身は影響力の低い8歳児。

 様々な人を巻き込み、多くを大目に見ていただきながら説得を重ねました。

 ようやっと『青いランタン』をブランシェイド家邸宅内に堂々と引き込めるようになったのは、彼らの身上調査が終わりを告げてから更に1ヵ月後。

 わたくしの我儘から定期的に『青いランタン』の子供達に授業を行う為に出向していたブルグドーラ女史や、その護衛として付き添った某騎士2名。

 彼らが『青いランタン』の子供達の人格を保証してくれたお陰です。

 

 ………騎士2名に関しましては、ちょっとした取引の結果でしたけれど。

 手痛い取引になってしまいましたが、保証を引出せただけの価値はありました。



 そうして、今日のこの日。

 有能にして多才、多芸の子供達であると推した結果を見ていただけます。

 伯爵夫人が主催し、その人脈の一部が集められるお茶会。

 そこにて、余興という名の芸披露……つまりは売込の機会を獲得できたのです。


 ご婦人方の前に出す為に、身なりを整える。

 身奇麗にするため時間より早く彼らは集められ、準備をしていただいています。

 見られる格好をしていただかなくては、ご婦人方に見てもいただけませんもの。

 本日、お屋敷に呼ばれたのは幹部の少年達。

 ルッコラやミモザ、セルマー達と彼らが選んだ生抜きの優秀な者達です。


 わたくしも、彼らの人となりや実力の一端を知っているつもりです。

 目の肥えた貴族に余興を披露すると思えばハードルは高くなりますが…

 ですが有能にして多芸な彼らのこと。

 きっとやってくれると、わたくしはそう思います。

 ご婦人方に顔を名前を覚えていただき、会話の糸口を掴むことが出来ると。

 引いては売込と情報収集を抜かりなくやっていただけるでしょうと。

 わたくしは、彼らに大きな信頼を寄せておりました。


 



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