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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽りの姿編
51/210

嘘も方便とは申しますけれど



アンリ(・・・)、仕事には慣れて?」

「はい、お嬢様。御温情には本当に感謝申し上げます」


 いま、わたくしの目の前には短身痩躯の若々しい従僕(・・)が1人。

 あの貧民街の1日以来、わたくしとクレイ付きの従僕となった若者。

 年齢にして十代後半くらいの青少年に見えるのですが…


 その正体は、ヴィヴィアン・アンブロシア。

 男装はお手の物とはいえ、その肉体は立派な女性の物です。


 目を離すのも危険、貧民街に置いておくのも危険。

 そう判断したわたくしやピートが話し合った結果、伯爵様には申し訳ありませんがブランシェイド伯爵家に連れていくことに致しました。

 ヴィヴィアンさんとしての姿そのままも子爵や兄に変装した姿も既に彼女を狙う者達には知れ渡っているでしょう。

 そこで、より低年齢でタイプの違う男装で姿を変えていただきました。

 名目としては、幼いクレイやわたくしの子守を専任して行う従者として。

 わたくしの手元に置き、目を離さぬ為に。


「ロンバトル・サディアとの生活はどうです? 無体な目には遭っておりませんか? あの者に酷使されたり、邪険にされたりは…」

「ご安心ください。ろんろんさんには良くしていただいていますから」


 正体を隠しているのですから、他の使用人達と同室にする訳には参りません。

 だからとて、個室は使用人の中でも限られた者のみに与えられる特権…それを与える資格は、わたくしにはありません。

 そこで仕方がないとはいえ、ある程度の事情を承知しているロンバトル・サディアに身柄を託すこととしたのですが………

 相手が人間性に信用のおけない殿方なので、仕方がないとはいえヴィヴィアンさんの身が案じられてなりません。仕方がないとはいえ。


「おいちょっとー。ミレーゼ嬢ちゃん、アンタが謀って俺の部屋に押し込んだんじゃん。やっといてその信用のなさ!」

「普段日頃の行いというのは、得てしてこういう時に物を言いますわね」

「だからって毎日毎日、当てつけがましく俺の前でアンちゃんに尋ねるのやめてくれない!? そんな超☆真顔で!」


 いつもの飄々とした態度を取り繕いながらも、ロンバトル・サディアは何処となし余裕のない様子です。

 やはり事前に何の説明もなく、妙齢の女性と同室という倫理観に欠ける事態に追いやられ、それなりに追い詰められているのでしょう。

 わたくしとてヴィヴィアンさんの女性としての立場を思うと、踏み切るのに幾許かの苦悩を得ましたが…

 最終的にロンバトル・サディアの人柄を顧みて、決断に及びました。

 高をくくったとも言います。


 そう、この男であればわたくしやアレン様の目が光っているか弱い、社会的弱者にあたる女性に無体な態度に及ぶなど出来るまいと。

 それはわたくしの過信かも知れませんし、知って日数の少ないロンバトル・サディアへの認識も間違っているかもしれません。

 もしかすればわたくしの信用など紙切れ程度の扱いを受け、ヴィヴィアンさんに非道な行いに出るかもしれませんが…

 そこは賭けだったとしか、言いようがありません。 

 ですが、分のある賭けではありました。

 わたくし以上にロンバトル・サディアを見知っているでしょうアレン様が、自信を持って保証して下さったのですもの。

 ロンバトル・サディアは弱者に非情な真似が出来る心ない大人ではない、と。

 わたくしは、アレン様のその言葉を何より信じることとしたのです。

 …ですが信用の有無と、心配の有無は別問題ですわよね?


「アンリ…心が辛いようでしたら、いつでも相談して下さって構いませんからね。わたくしだけでなく、メイド長が相手でも構いませんわよ」

「お嬢様、温かい心遣いに感謝致します。でも、大丈夫ですから…」

「言ってる傍から、俺ってば超信用ないね~…」

「あら、この上なく信用していますわよ? ロンバトル・サディアであればアンリに非情な振る舞いは出来るまいと」

「それって信用という名のへたれ認定に相違ないよね!?」


 ロンバトル・サディアが何かを喚いていますが…

 本当に信用していますのに、何が不満なのでしょうか?

 わたくしはよくわからずに、首を傾げました。

 この2人を同室にして、生活にだらしなさそうなロンバトル・サディアにヴィヴィアンさんがこき使われたりしないかと不安に思っていましたが…そのようなことも本当にないようで、これでもわたくしは、心の底から安堵していますのに。

 正直に申しますと、若干見直しましたのに…。

 ロンバトル・サディアは、一体何が不服なのでしょうか。

 喚き疲れたのか、壁に懐いて頭を抱えているロンバトル・サディアは、何やら重大な悩みにさらされているように見えました。


「ロンバトル、大丈夫か…?」

「ああ、アレン坊ちゃん! 俺の心を癒してくれんのは坊ちゃんくらいだよ~」

「そうだ。この機にもっとしっかりして、身辺を改めるのはどうかな。

折角お嫁さんが来たんだし」

「言った端から裏切られた! 坊ちゃんまで! 坊ちゃんまで!」

「アレン様、嫁というのは口実ですわよ。そういう名目でメイド長や家令に許可をいただいたというだけで実のない方便ですわ」

「そうよねー。こんな甲斐性のない男にいきなり選択権なしで嫁がせられたら軽く世界に絶望するわ。あたしなら」

「く…っ レナ嬢ちゃんまでろんろんの敵なのね!」

「あたし、長い物に巻かれる主義なの。あたしを味方につけたかったら心付けをはずんでくれる?」

「12歳児に賄賂を要求された!?」


 流石に無断で新たに人を雇うということは、わたくしには出来ません。

 そこで抱き込んだ相手が、ブランシェイド家のメイド長と家令の2人。

 使用人達の実権を握る、敵に回すと恐ろしい方々です。

 気風の良いメイド長は人情家。

 そして礼儀正しい家令は亡き奥方と熱烈な恋愛結婚だったとアレン様からの助言を得て、わたくしは表向きの設定と偽の設定を考えました。

 つまりヴィヴィアンさんことアンリは、ロンバトル・サディアとの若い情熱に身を任せて駆け落ちしてきた女性だ、と。

 いい加減に見えるロンバトル・サディアが厳格な父君に蛇蝎の如く毛嫌いされ、結婚を猛反対されていると言い添えましたら、すんなりと信じていただけました。

 それはもう、驚くほどにすんなりと。

 やはり、日頃の行いとはとても大事なものですわね。

 使用人頭のお2人には、全く疑う素振りすらなく信じていただけました。

 そうして、更に説明という名の口から出まかせは加熱していきます。

 ――あわや別の殿方と結婚させられそうになった、アンリ。

 ロンバトル・サディア以外に夫となる殿方はいないと思いつめた彼女は結婚式の当日、婚礼の場に駆け付けたロンバトル・サディアに自ら略奪され、2人手に手を取って逃避行に及んだのだ…と。

 大分、話を盛ってしまった気は致しますが。

 要約するとそんな感じの話を捏造致しました。

 語り終えた後で、やり過ぎたかと思いましたが…


 ですがメイド長は仰いました。

 ロンバトル・サディアのことを見直した…と。

 そして家令は目頭を押さえ、亡き奥方の名を呟いていらっしゃいました。

 それに説明の場で演技派女優ヴィヴィアンさんの即興演技に熱が入り、素晴らしいことになったのも信じていただけた要因だと思われます。


 結婚式を逃亡した花嫁を、もしかしたら父親が探しているかもしれない。

 不安げに語るヴィヴィアンさんに、お2人は心からの熱い言葉で、「心配するな!」と請け負って下さったのです。

 これは捏造した話が余程お2人の心の琴線を掻き鳴らしたのか、それともヴィヴィアンさんの演技が素晴らし過ぎたのか…。

 お2人は、ヴィヴィアンさんの味方だと確約してくださいました。

 

 そのお2人とも相談し、彼女は現在『アンリ』としてわたくし達の前にいます。

 他の使用人方には、ロンバトル・サディアが仕事を世話した弟分という偽りの説明がされているのですが。

 そういった由縁で、部屋の方もロンバトル・サディアの同室となったのです。

 名実ともに、匿うという理由で。


 ここまでの流れで、ロンバトル・サディアには一切説明がされていません。

 それどころか意見すら聞かず、完全なる事後承諾です。


 完全に使用人の2トップを味方につけたヴィヴィアンさんは、今日も活き活きと仕事に…わたくし達の世話に励んでおいでです。

 日常的に演技をしながら生活しつつ、後ろ暗いところがないという環境が彼女の精神を軽くしたのでしょう。

 日々、魅力的になっていく様子が子供のわたくしでも分かります。

 …同時に、偽りの姿であるにも関わらず、魅力が磨かれていく『アンリ』に男性使用人が何人も苦悩の眼差しを注いでいる姿を目にするようになってきました。

 ………罪な方ですわね、ヴィヴィアンさん。



 こうしてヴィヴィアンさんを完全に取り込むことは成功致しました。

 罪悪感と騙していた事実を下地に、既にほぼ取り込んでいたも同然ではありましたが…共犯意識というものは、雪いでも雪ぎきれるものではありません。

 小さくはない精神的な隙を突かれ、『敵』に取り込まれる…あるいは口封じに消される心配は常にありました。

 ですがブランシェイド家の陰の2トップに庇護を受け、環境を整えられたことでヴィヴィアンさんの気持ちは完全に此方に傾いています。

 彼女の懐柔が済み、わたくしの手元への囲い込みは完了と言えるでしょう。


 ……………そろそろ、次の段階へと進む頃合い…ですわね。


 『青いランタン』との調整も、必要ですが。

 ピート達と立てた計画を、そろそろ実行に移すには良い頃合いかもしれません。

 目的は、『敵』の調査と焙り出し。

 上手に焙り出せるかは、賭けの色合いが大きいのですけれど。

 少なくとも『敵』が誰なのか、特定する為に調査が必要です。


 その為には、ブランシェイド伯爵家の協力が必要なのですけれど。

 …なんとか、なりますかしら?






次回、『青いランタン』幹部(少年の部)のターン


あ、そういえば活動報告にも書きましたが、11/1、「みてみん」にルッコラ、ミモザ、フィニア・フィニー、セルカ&セルマーの絵を投稿しています。

興味ないね!という方もいらっしゃるかと思いますが、興味のある方はどうぞ!

「没落メルトダウン」のタグをつけているので、作品名で検索したら出てくると思います。

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