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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
偽りの姿編
45/210

わたくしの目は、曇っていましたのね



「ディアマンド子爵…? これはどういった理由があってのことですの?

………当然、説明していただけますわよね?」


 にっこりと、無邪気に。

 警戒の緩みを促す笑みを浮かべ、わたくしは蹲る子爵に一歩近づきました。

 ………どうして、怯えますの?


 後日、ピートから聞いた話ですけれど。

 わたくしは獲物を呑みこまんとする蛇女(ラミア)の如き気迫を放っていたそうです。

 …失礼な。誰が蛇女です。


 怯える姿に、埒が明かぬと焦る思い。

 一瞬、クレイに子爵の気を緩めさせてもらおうかとも思いましたが…

 疑わしき者に、情けは無用ですわね。

 わたくしは相手が怯えていても、構わぬと。

 それでも強引にでも、口を割らせてみせようと。

 その思いで更に一歩踏み込み…

 近づく距離に耐えきれなくなったのか、子爵の方が動きました。


「もっ申し訳ありませんでしたーっ!!」


 ……………それは見事な、土下座でした。

 東洋の文化風習まで使いこなすとは…

 子爵は、わたくしの思うよりも異国の文化に精通した方でしたのね。


「………子爵?」

「あ、あ、謝って済む事じゃな、ない、ですが…っ」

「あの、子爵?」

「このた、たっ度は…っ!」


 土下座のまま、顔を上げることもなく。

 己の台詞を言うのに必死で、わたくしの声すら届いていないのでしょう。

 困りましたわ。


「――ピート、子爵の頭を踏んで差し上げて?」

「なんでそこで可愛らしく小首を傾げながら、俺に外道要求突き付けんのかね。

このお姫さんは」

「ですが、そうでもしなければ話ができそうにありませんわ?」

「お前がすりゃいーだろ。あんな謝ってんだから、お前の方がアイツも本望だろ」

「まあ! そんな、淑女がはしたない…」

「いや、今更取り繕われてもな? 淑女が頭踏めって指示出すか?」

「ピートでしたら、這いつくばる殿方も蹴散らせるのではなくて?」

「え、なに? 俺ってそんなイメージ?」


 釈然としない面持ちの、ピート。

 その脇から、ぴょこっと顔を出したのはフィニア・フィニー。


「もう、ピートってば! ミレーゼ様のお求めに応じないなんて愚図ね。

…ご安心を、ミレーゼ様? ミレーゼ様のご要望には、このフィニア・フィニーが全力を持ってお応え致します☆」


 人の頭を踏んでほしいという要求に対し、とても明るく前向きに軽く了承してしまわれますわね…?

 そう言うフィニア・フィニーの足元は、いつの間に履き替えたのでしょうか…


 彼女の靴は、いつの間にか凶悪ヒール(10㎝)の婦人靴に変わっていました。


 …流石に、それで踏めと申したつもりはありませんわよ?

 それで踏んでしまえば、子爵の頭に穴が開いてしまうのでは…

 踏む様に指示した身では今更かもしれませんが、わたくしも8つの幼子。

 目の前で血みどろの惨劇を目撃する趣味はありません。

 ………クレイの情操教育にも、とても悪い影響が出そうですわね。

 ピートも青い顔で、フィニア・フィニーを羽交い絞めにして諌めています。

 わたくしはこの隙に、改めて子爵に語りかけることに致しました。


「子爵、このまま貴方が対話に応じて下さらなければ…子爵が12歳の少女に赤いハイヒールで這いつくばった頭部を踏みにじられるというショッキング映像を…その、わたくしはこの目にしなければならなくなってしまうのですけれど………」

「えっ!?」

「あ、こちら側に戻って下さいましたわね」

「赤いハイヒール…」


 意気揚揚と足を踏み出そうとする、フィニア・フィニー。

 その足下を見て、子爵の顔が青ざめましたわね。無理もありませんが。

 わたくしは子爵の視線を遮るように身を屈め、慈愛を込めて問いかけました。


「それで、ディアマンド子爵? これは一体どういうことですの?」


 顔を引き攣らせた子爵は、わたくしのことを泣きそうな顔で見上げたのでした。







「……………え?」


 わたくしは、いま、信じ難いことを耳に致しました。

 言われてしまえば、納得できる点もあるのですが…。

 あまりに予想外でしたので、頭の動きが一瞬止まってしまいましたわ。


「………………………じょせい?」


 わたくしは、ディアマンド子爵…いえ、子爵ではありませんわね。

 子爵の名を騙っていた何方かの顔を、そして胸のあたりへとつい不躾な視線を送ってしまいました。

 わたくしの視線に、身を縮める様子は…

 ………どことなしか、恥じらいを滲ませたものでした。

 

 じょせい。


 助成でも、助勢でもありません。

 女性………、です。

 ………今までディアマンド子爵…だと思われていらした、彼女。

 お兄様と同程度の背丈で、お兄様と同程度の童顔。

 …うっかり、身近に似たような外見の兄がいたので、騙されてしまいましたが。

 言われてみれば、確かに………女性、に見えます。

 170㎝そこそこの、身長。

 柔らかそうな、白い頬。

 中性的な雰囲気が、若々しい青年のように錯覚させていましたが。

 改めてそう(・・)だと聞かされると、確かに殿方というのには無理が………

 いえ、それでは似たような外見をした、わたくしのお兄様は、一体……………


「一応、裏は取ってある。コイツの本名はヴィヴィアン・アンブロシア。貴族の傍系に当たるから外見は貴族的だが、実のとこ身分は平民だ。水上都市で商人やってた親父の元を飛び出して、王都の劇場で女優目指してたんだと。演劇馬鹿のミモザに確認取らせたから確実だぞ」

「………ピート、知っていたのでしたら情報の開示はもう少しお早めに」

「そりゃ悪かったな。お前、頭に血が昇ってそうだったし」

「時機を計った、と…?」

「その通り」


 …確かに、わたくしはディアマンド子爵…と思っていたこの方を見て、軽く激昂しておりました。自覚はあります。

 ですが宥めようとする意思が、ピートには見られなかったような…


「この方が子爵ではないとすれば、本物のディアマンド子爵はどちらにいらっしゃいますの? ………いつから、何の目的で摩り替っていらっしゃいましたの…?」


 最早、怒る段ではありません。

 予想を超えた事態に、わたくしも困惑を隠せません。

 仮にも我が家は大身貴族。

 身分身形を偽って入り込むなど…常識的に考えて、不可能に近い事態です。

 ………ですが、不可能に近く(・・)とも、絶対に不可能とは言い切れません。

 この世に真に不可能と呼べることなど、どこにもないのですから。

 ………そのことを、わたくしのお兄様は日常的に証明して下さっていましたもの。

 

「――我がエルレイク家に入り込むのです。偽りをもってして入り込むとあれば…

生半可な小細工が通用するはずもありません。ましてや後ろ盾のない平民の方に、それができるとは………誰か手引きし、糸を引いた者が?」

「そ、そこまでお見通しで…っ!?」

「………語るに落ちましたわね」

「はっ!!」


 ……………思ったよりも、この女性はお馬鹿さんなのかもしれません。

 いえ、元より謀る気がないのでしょうか。

 ………わたくしの家に、偽りを持って入り込んでいながら?

 目の前のうっかりでお馬鹿さんの様子を見ると、どうも以前の『ディアマンド子爵』と重なりません。

 以前とは、随分と違う様子です。

 

「………女優と仰いましたわね」


 あれは、全て演技だった?

 それとも、今の此方が…?

 駄目ですわね。判断がつきません。


 まずは、それこそ話を聞いてみないことには………


「ここまで明らかとなっているのです。潔く話して下さいますわね?」

「う、うぅ……贖罪には、とてもなりませんけれど…元よりそのつもりです」

「そう、潔い方で助かります」


 さあ、貴女。

 ヴィヴィアンさん?

 わたくしに全てを語ってくださいませ。


「――私は、2年前まで王都の劇場で働いていました。端役しかもらえなかったけれど、女優を目指して」

「端役しかもらえなかった割には、ミモザが絶賛してたけどな。アンタの演技」

「あ、ありがとうございます…そう、演技力には自負するものがありました。

でも、劇場の支配人に顔は今一なのに変に実力があるのが生意気だって……」

「言いがかりですわね」

「言いがかりね。ヴィヴィちゃん可愛いのに、支配人クズね。見る目ないったら」

「ミモザの情報によると、その支配人。若い頃は役者を目指して挫折した経歴の持ち主らしーぞ。結局、親の後継いで支配人になったは良いが、以来劇場で抱える若い俳優に変に突っかかるのが常なんだと」

「まあ、所属した劇場が悪かったのですわね…」

「運が悪かったと思って、今では諦めてます………まさか、私も支配人が私を売るなんて思っていませんでしたけど」

「………まあ、売られましたの?」

「はい、売られたんです…商談相手の要望は、『青い目で色素の薄い、童顔低身長の優男』だったんですけど」

「ヴィヴィアンさんは、女性ですわよね…?」

「……………扁平な体してるから、ガキ臭い男でも通じるだろう、と。支配人が」

「女性の敵ですわね」

「その支配人(クズ)、わかってないわ。貧乳には貧乳の良さがあるのに」

「おい、フィー。トドメ刺してるぞ」


 ピートがフィニア・フィニーを諌めた時には、既に遅く。

 陰鬱な空気を背負ってどこまでも落ち込む女性が、そこにいらっしゃいました。


「私だって、私だって………」

「元気を出して下さいませ…大丈夫ですわ、女性は内面が物を言いましてよ?」

「ミルクをいっぱい飲んで、飲んで、飲んでも育たなかった…無駄なお肉すら、ついてくれなくてぇ……う、うっ…」

「ミルクって本当に効果あるの、オッサン? 迷信って聞くけど…」

「待って、お嬢ちゃん? なんで俺に聞く」

「悪意からに決まってるでしょ?」

「このお嬢ちゃん隠しもしねぇ!?」

「っつーか、男のいる前でそういう話止めろよ」

「あら、わたくしはしていませんわよ?」


 身体的劣等感(コンプレックス)により、ヴィヴィアンさんはどん底まで沈んでしまわれました。

 彼女の復活と、それに伴う話の続き。

 そこからわたくしが聞き捨てならない事実を知ることになるのは…

 この、約30分後のことでした。




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