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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
44/210

闇深い場所へと誘われ、見つけたのは疑惑の種でした



 何とか、騎士のお2人を丸めこむことに成功した、わたくし達。

 やり遂げた感が何ともいえず、心地よいですわね。

 ですがわたくしの目的は、未だに達せられておりません。

 襲撃や騎士の説得など、色々とありましたけれど…


「ピート、もうそろそろ落ち着いたのではないかしら」

「ん? そーだなぁ…」


 ちらり、と。

 ピートが目配せをする先には・ティルゼル・カープ。

 やはり未だ信頼には足りぬ相手です。

 今は何とか誤魔化している状態ですもの。

 これ以上不穏な状況に直面することとなったら…

 ティルゼル・カープであれば、きっとこう言うでしょうね。


 ――身命に賭してでも、伯爵様に報告する…と。


 それはどう考えても、遠慮させていただきたい展開です。

 どうにかして、遠ざけなくてはなりませんわね。


「ミレーゼ、ここは僕に任せてくれ」


 任務に忠実な騎士をどう貶めるべきかと思案していましたら、アレン様が名乗りを上げて下さいました。

 先程まではわたくしに思考を投げていらっしゃいましたのに…

 ご自分の家に仕える騎士のことです。

 ここは自分が、とそう思って下さったのでしょうか。

 ティルゼル・カープはアレン様につけられた護衛。

 その点を踏まえると、確かにアレン様が足止めには適任です。

 …アレン様が頼もしく見えます。


「ピート、ブルグドーラ先生はどうしてるかな?」

「あん? ああ、あの女先生ね。流石に頭の堅そうな女の人に襲撃沙汰は刺激が強過ぎだろ? ちびっ子どもがうまく引きつけて誤魔化してるはずだぜ」

「ということは、まだ屋上にあるっていうサンルームに?」

「おう。そこで平和~に和やか~にチビ向け授業やってもらってんじゃねーかな」

「じゃあ、そこに様子を見に行こう」

「…アレン様?」


 驚いた様子で目を丸くするティルゼル・カープに、アレン様は子供らしい気遣いに満ちた心配顔を向けます。


「離れた所にいたとはいっても、何の影響もなかったなんて限らないし、先生だって不安に思ってるかもしれない………ティルゼルは心配じゃないのか?」

「それは…」

「先生はか弱い女の人だし、男の僕やティルゼルがいたわってやらないと、駄目だ。女の人は守るものなんだろう、騎士ティルゼル」

「ええ……ええ、そうです。その通りです。アレン様の決意は、男としてとても御立派です。…分かりました、様子を見に行きましょう。お伴させていただきます」

「ああ、ありがとう!」


 晴れやかな笑顔を向けるアレン様に、誇らしげに胸を張りながら、アレン様へと頬笑みを向けるティルゼル・カープ。

 何と申しましょうか……とても、呆気なく決まりましたわね。


「………ちょろっ」

「ちょろ? 何のことですの、ピート」

「ちょろいっつってんだよ。アレンの奴、あいつの操縦方法心得てやがんな…騎士としての誇りとか、男としての責任とか、その辺の言葉に弱そうだもんなぁ」


 感心したように頷くピートと、共に。

 わたくしもまた、ティルゼル・カープの動かし方を学ぼうとアレン様の振る舞いにじっと目を向けるのでした。


 ブルグドーラ女史の様子を見に行くという、大義名分。

 それを携え、アレン様はまんまとティルゼル・カープを連れ出すことに成功致しました。お見事です。




 アレン様の背中を、見送り。

 わたくし達はわたくし達で、やることがあります。

 そう、本来の目的をいよいよ果たす時がやって参りました。

 

「本当に、此方ですの?」

「ああ。隠した俺が言うんだから間違いねーよ」


 わたくしはピートの導きで、再度隠し部屋に…『院長室』の隣にある、小部屋へと足を運びます。

 クレイと繋いだ手を引きながら、また窓から誰か踊りかかってくるのではないかという意味のない不安を感じてしまいました。

 そんなこと、あり得るはずはありませんのにね。


「ここのな、これをこうすると………こうなる」


 とても抽象的としか言えない説明を口にしながら、しかしピートは動く手を休めることがありませんでした。

 壁にかかっていた小さなポートレートを外し、絵によって隠されていた色の違う壁をこんここんこんこんと5回ノック。

 すると反対側の壁の足下で、がこんと音がして。

 足が引っ掛かりそうな低い位置に、レバーが出現していました。

 ですがピート達はレバーには見向きもせず…


「ピート、こちらのレバーは…?」

「あ、それダミーだから触んなよ?」

「ダミー…」

「本物はこっち」


 フィニア・フィニーが笑いながら、また別の壁の絵を外すと…

 ………そこには、あからさまな隠し金庫が。


「あ、間違えちゃった。こっちこっち」

「いまのなぁにー?」

「んんー♪ お坊ちゃんにはまだ早いから気にしないで☆ 中身は夢も希望もないヤツだから。大人が信じられなくなるよ?」

「え、本当に何が入っちゃってんの?」


 ロンバトル・サディアの疑問は、黙殺され。

 ピートが幾らかの作業を終えると、部屋のバルコニー部分に隠し階段への入口が出現しておりました。

 どこまで続いているのか先が見えない、真っ暗な螺旋階段が。


「きゃーっ たんけん? たんけん?」

「これは…アレン様がお好みになりそうな展開ですわね」

「凄ぇだろ。これ、この廃病院の地下まで続いてんだぜ」

「………ここ、4階でしたわよね?」

「おう。心躍るだろ」

「血沸き肉踊るよね♪」

「……………」


 どうやら探検だの冒険だのがお好きな方は、わたくしの想像以上にこの世に大勢いらっしゃるようです。

 その事実に、ほんの少し、微妙な気分を味わいながら。

 わたくしは、暗く深い階段を降りていったのです。




 

 螺旋に下る階段は、どこまでもどこまでも下っていくような錯覚を感じます。

 それも一番下に到着するまでですが、随分と長く感じてしまいました。

 まさか途中でツイストがかかっていようとは…

 この階段を設計した方は、とても遊び心に満ちた方だったのだと思います。

 もしも会うことが敵うのであれば、わたくしはきっと冷たい目を向けたことでしょう。


「――さて、目的地に到着だ」

「ピート、本当にここにいらっしゃいますの?」

「生半可な場所じゃ、匿っても意味ねーだろ。『青いランタン』でも一握りの奴しか知らねー隠れ場所だぞ」

「つまり、ここはとっておきの場所ですのね…」

「そういう訳だ」


 階段の下には、広い空間が確保されているようでした。

 小さなホールのように開けた空間の壁沿いに、幾つかの扉。

 あの向こうには、きっと部屋があるのでしょう。

 小ホールのどこにも、目的の人物は見出すことが出来ません。

 …となれば、あの扉のいずれかの向こう側にいると考えるのが自明の理。

 どの扉の向こうに、件の男性がいますの…?

 我がエルレイク家の家紋が刻まれた釦を持ち、何者かに口封じ目的で追われているらしいという、黄色い髪の男性は…


 それは、お兄様ではないと、思いますけれど…

 ですが万が一を思い、わたくしの胸が急速な鼓動を訴えかけてきます。

 ピートが扉に手をかけるのを、眩しい気持ちで見守りました。

 果たして、そこにいたのは。



「お、お、お嬢様…っ!?」



 ……………なにやら、どこかで見たお顔の方でした。

 一つ言うとするのであれば…兄では、ありません。

 ですが、知っている方です。


「貴方は…」

「お嬢様、お坊ちゃま…申し訳ありませんっ 申し訳、ありません……っ」

「う? おじちゃんだれー?」

「………Oh」


 …彼のことを、クレイはすっかり忘れ果てているようでした。



 彼の名はスフォルツァ・ディアマンド。

 歳は24、爵位は子爵。

 お兄様に負けず劣らぬ低身長、童顔の青年。

 我がエルレイク家に仕えていたディアマンド前子爵の引退に際し、後を引き継ぐ形で仕えていた方。

 …主に財産管理を担当していた、会計係の青年でした。


 彼は柔和な顔立ちながら、それに見合わぬ強かさを持っていたように記憶しているのですが…今の彼は暗闇の中、光に怯えるように縮こまり震えるばかり。

 まるで、光に姿を曝した途端、何者かに捕まるのではないかと。

 そのような怯えが、傍にいるだけで伝わってきます。

 わたくしやクレイにも油断せず、抜け目無く振舞う方でした。

 主家に対し敬いながらも慇懃に接し、隙を決して見せようとしない方でした。

 決して、無様に怯える様を見せて、それをよしとする方ではなかった筈です。


 このみすぼらしい有様。

 衣服はどう見ても着たきりで、ところどころに泥が跳ねています。

 あんなに身なりに気を使い、伊達男を気取っていた方ですのに…

 この変貌ぶりは、一体どういうことなのでしょうか。


 そして、気になることがもう一つあります。

 彼の身に纏った、この衣装………無残にも襤褸寸前となってしまっておりますが、元々の質はとても良いものなのでしょう。

 ………とても、仕える身では手に届くことのなさそうな豪奢さの名残。

 質もセンスも高く…子爵位の方が所有することなど敵わない物に見受けます。


 この衣装に、見覚えがあります。

 宝石の飾り釦に刻まれた刻印が、来歴を如実に証立てしています。

 …それも当然でしょう。


 何故なら彼の纏った衣装は、わたくしの兄の衣装(モノ)なのですから。


 それを何故、ディアマンド子爵が着ていらっしゃるの?

 その答えは、このような場所に子爵が隠れている事実から考えても…

 到底、真っ当なものとは思えないのですけれど…?


「………ディアマンド子爵?」

「ひっ……」

「これは、どういうことなのかしら…」


 わたくしの目はきっと今、据わっていることでしょう。

 我ながら余裕のないことですが。

 この時、わたくしは…きっと目だけが冷たい笑みを浮かべていたことでしょう。

 子爵に対し、深い疑惑と燃え上がる不審の波に浚われつつありました。





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