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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
43/210

子供の遊び、その一言で万事解決致しましょう

てぃるるん、笑い地獄からようやっと生還。



 襲撃者の撃退に成功した、ということで。

 お戻りになられたアレン様は、何故か騎士ティルゼル・カープの身体を横合いから支えておいででした。

 …何故、主家の子息に当たるアレン様が、騎士の身体を支えているのでしょう?

 これは逆の立場ではないかしら、と。

 そう思いながらもよく観察してみると、ティルゼル・カープの体は全体的に震えておいででした。特に膝がどうやらガタガタのようです。

 …何がありましたの?


「アレン様…その、騎士ティルゼル・カープは……」

「どうか聞かないであげて、ミレーゼ。あまりに可哀想だから」

「な、情けは無用です、アレン様……この身の不甲斐無さ、いくら言葉で取り繕おうと覆せるものでは…」

「いやでも、縛りあげられた末に寄ってたかって子供達からくすぐり地獄の刑に処せられたなんて…うん、不名誉だろう」

「ぐ…っ」

「………くすぐり地獄」


 わたくしの存じない場所で、何やら楽しげな催しが行われていましたのね。

 ですが屈強な殿方がこんな惨状に至るまでくすぐるというのは…どう?

 疑問に首を傾げるわたくしに、アレン様は遠い目で…

 そっと、ふかふかふさふさの鳥の羽根を渡して下さいました。

 まあ、ふわふわ…。

 ほにょ、と風もないのにそよぐ軽やかさが、何ともいえず愛らしい羽根です。


「ねえしゃま、ねえしゃま! ぼくもみゆー」

「はい、クレイ。姉様は存分に見ましたから、後は好きに見てよろしいですわよ」

「きゃあい♪」


 ぴょいぴょいと跳ねて羽根を欲しがるクレイ。

 そんな弟に、そのふわふわの羽根を渡してあげます。

 受け渡しの瞬間、ふわっと手の甲を羽根が掠めたのですが…

 ほんの少々、撫でるよりも軽く掠めただけで込み上げるものがあります。

 腹筋を総動員で固めて、何とか耐えましたが。

 ですが、この威力。

 …ティルゼル・カープの惨状に、察するものがあります。


「この羽根で、ティルゼルは首筋・背筋・脇腹・手の甲・二の腕・足の裏・脛と全身をくまなくやられたんだ……下着一枚という姿で」

「まあ……なんという」


 滑稽な。 

 その一言を、咄嗟の自制心でぐっと飲み下しました。


 沈鬱な面持ちでアレン様が説明してくださいますが…

 その光景は、想像したくはありませんわね。

 足腰がガタガタらしいティルゼル・カープを、アレン様と共に支えてきた子供達が…何だか、「やりきった!」というお顔をしているのですが。

 ひい、ふう……ざっと数えても、10人近くいますわね。

 騎士がぐったりと萎びるのも、わかる気が致します…。

 

「騎士ティルゼル・カープ……子供達に弄ばれた感想は、如何ですか?」

「敢えてわざわざ聞かないでください………最悪の気分ですよ」


 律儀に答えた若い騎士は、どうやら自力では直立不動を保つことすらままならないようでした。

 あんなにぴしっと姿勢の良かった背筋も、今ではよろよろしていますもの。

 ですがその姿に、こう…胸のすく思いが致しますのは、どうしてでしょう?


「いい気味……いえ、ご愁傷様ですわね」

「ミレーゼ様、本音まったく隠す気ゼロですね…」

「そんなにお顔を引き攣らせないで下さいませ。変形したお顔がとても笑え…怖い、ですわ」

「もう何とでも言って下さい…」


 ………どうにも、わたくしは彼とは相性が悪いようです。

 我が家には、お兄様がいましたもの。

 四角四面な人間はお兄様の言動が気になる為か、わたくしが生まれる前に我が家での雇用を辞退する者が続出したと聞きます。

 故に、わたくしはティルゼル・カープのように真面目一徹といった方との接触経験が少ないのですが…不慣れ故に、苦手意識を抱いてしまうようです。

 そう思いながらも、ついつい憎まれごとを口にしてしまいます。

 こんなわたくしは、きっと淑女失格ですわね。

 ですが今だけは、淑女失格でも構わないような気が致しました。





「――とにかく、今日のことは御屋形様にご報告いたしますからね」


 憮然とした面持ちで、ティルゼル・カープはっきりと言い切りました。

 そのお顔には内面の苛立ち、不満、羞恥がしっかりと表れていて、まだまだ面の皮…ではなく、ポーカーフェイスの甘さが目立ちます。

 戦闘職の者がそのようなことでは、護衛対象が委縮してしまいますわよ?

 どのような時でも、内面をしっかりと隠せる者でなくては護衛される側としても安心には至りません。その点だけを言うのであれば、常に一貫して軽薄かつ余裕の態度を崩さないロンバトル・サディアの方が優秀と言えるでしょう。

 まだ若さゆえの未熟と取るか、人間性の未熟と取るか…


「おい、ミレーゼ? 現実逃避している段か?」

「………いえ、そのような場合ではありませんでしたわね」

「それで、どうするのかな? ティルゼルは頑なになると、中々周囲の言葉に耳を貸さないんだけど…」

「アレン様、どうしてそのように意固地で融通の利かない者を、臨機応変性の求められる騎士になど登用していらっしゃいますの?」

「その辺りはお祖父様か兄上に言ってくれ。でもそれが有利に働く場合も、なくはないよ。他人の誘惑とか、詐欺とか、口車に引っ掛からないんだ。

そもそも、耳を貸さないんだから」

「どんな方にも、それなりの使いどころと取り柄がありますのね…やはり采配を振るう者次第で、何とでもなるのでしょう」

「今はこっちがお説教される危地に立たされてるけどね」

「お陰で、『青いランタン』の未来まで窮地に陥ってねーか、おい」


 わたくしとピートは、相互に利のある盟約を結ぶ身。

 その履行が難しくなるのではないかと、心配になったのでしょうね。

 ですが何故、どうして、わたくしよりも年長の殿方が二人してわたくしに今後の方針を尋ねられるのですか…?

 か弱い女の身に、何を期待していらっしゃいますの?

 ここは殿方が、頼りになるところを見せて下さってもよろしいのですよ?


 わたくしは釈然としない思いながらに、溜息をついてしまします。

 ですがわたくし自身の今後の趨勢を左右する場。

 元より、我が家が没落し頼る者を失くしたその瞬間から。

 わたくしはどなたにも頼らず、己が身で弟を守り、自分の力で生き抜く決意を固めております。

 そう、わたくしは庇護される身に、もう甘んじてはいられないのですから。

 思い出しましょう…わたくしが、弟の保護者になると決めた日を。

 初志貫徹、最初の自分が何を思っていたのか。

 先ほども初心に貫こうと思い定めたばかりなのですから。

 それを思えば、わたくし自身がアレン様やピートに頼る道を「ないな」と内心で下しておりました。

 お2人とも、どうにも頼りないのですもの。

 やはりここは、頼れるものは自分のみ。

 わたくしはにっこりと、安心感を与える余裕の笑みで2人に告げました。


「ここは、『子供の遊び』で押し切らせていただきましょう」

「「は? こどものあそび?」」


 どうにも頼りない2人の殿方の、その声が見事にぴったりと揃いました。

 まるで、その疑問まで重ねる様に。


「ええ、子供の遊びですわ。

――だってわたくし達、間違いようもなく『子供』なのですもの」


 子供の我を押し通すのに、これ以上に的確な言葉がありまして?


 顔を見合わせるお2人は、何やら納得されたようなお顔で。

 察しの良いピートが、にやりとあくどい悪巧み笑顔を浮かべました。


「つまりアレか? あの兄さんを、『子供の遊びに口を出す、無粋な大人』に仕立てるってことで。ただのお遊びごとにぐちゃぐちゃ言わず、引っ込んでろ…と」

「ええ、そうですわ」

「…えーと、あの騒動を『子供の遊び』で済ませるのは無理がないかな」

「大丈夫だろ。だってあいつ、ずっと隠し部屋に閉じ込められて笑いまくってただけだし。絶対ぇに実際の襲撃の様子は目にも耳にも入ってねーだろ」

「まあ、素敵ですわね! それでしたら、状況の詳細は掴めていない筈ですわよね? 騒がしかったことも、貧民街流の子供の遊びで片付けるのは難しくないのではないかしら」

「状況の把握があの惨状で出来てたら、あいつ人間じゃねーよ。その点はミモザが抜かりなくやってただろうし、大丈夫じゃねーか?」

「2人がそう言うのなら、大丈夫…なの、かな? アイツが納得するかはわからないけれど…証拠がなければ、根拠なく騒ぎ続けることは難しいだろうし」

「何より、実際に見聞きしていない伯爵に『子供の遊び』だと言い張れば…ええ、子供の行いに騒ぎ立てるティルゼルが、とても見苦しく見えますわね。狭量だと示すようなものです」

「よし、そんじゃ完璧だな?」

「完璧かはどうか……だけど、あの騒ぎを実際に目にしていないのは確かだし、怪我人もいない。これならあの襲撃を貧民街の浮浪児に独特な『襲撃ごっこ』とか、そんな感じの不穏な遊びだってことにしていける………の、かな?」

「ちょっと規模がでけぇが、いけるだろ」

「本当に、そうかな…?」

「アレン様、どうにも不安そうですわね…」

「それは、ね…。やっぱり上手くいくのか心配にはなるんじゃないかなー…」


 深夜徘徊など、あまり褒められた趣味はお持ちじゃありませんのに。

 それでも小心なところのあるアレン様が、ご心配なさる気持もよくわかります。

 ここはわたくしと、ピートだけでもやり遂げて見せましょう。

 ふふふ…さあ、わたくし達の腕の見せ所です…!


 こうして、わたくしはピートと再び手を組み。

 ティルゼル・カープの口を封じるために。

 目配せでロンバトル・サディアに社会的な生死を問い、味方に引き入れ。

 実質3人がかりで説得という名の話し合いを続けた結果。


「………もう、好きにして下さい」


 私達がティルゼル・カープからその言葉を引き出すことができましたのは、日がゆるゆると西へと傾き始めた頃のことでした。





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