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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
42/210

騒ぎの沈静化は、呆気ないものでした

 ピートの傘が、くるりくるりと回る。

 傘の繰り出す一撃に警戒していた襲撃者は、思わず傘の動きを目で追った。


 瞬間。

 逸れた目の死角になる位置から、ピートの前蹴りが繰り出される。


 襲撃者の鳩尾にしっかりと食い込んだ、足。

 衝撃に息を吐く、襲撃者。

 崩れ落ちる少年の身体を見下ろし、傘を肩に担いだ少年はにまりと笑う。


「油断大敵、前方注意。子供でも知ってなきゃヤバい訓戒だぜ?」


 ――気を張って、傘以外にも注意しとかなきゃ食っちまうぜ?

 せせら笑う『青いランタン』の長は、目だけが笑っていなかった。

 

「ピートの笑みは、いつも奥深い」

「フィー」


 倒れ咳き込む襲撃者の肩を踏みつけ、動きを封じ。

 次なる愚者に牽制を、と。

 顔を上げたピートの目に入って来たのは、見慣れた顔。

 亜麻色の髪の不義の子、フィニア・フィニーが彼を見ている。

 襲撃者の撃退…否、捕獲とは別の仕事を与えられていたフィニア・フィニー。

 長い髪を揺らし、桜桃の唇を歪めて笑った。


「粗方の情報は引き出せた。やはり実作業に出る下っ端は知っていることが少ない。実入りが少なくて申し訳なくなるよ」

「…尋問、御苦労さん。それで?」

「ああ、やっぱりミレーゼ様狙いで来たのは確実だと思っていたけれど…面白いね? 弟の方は捕まえても捕まえなくてもいいから、ミレーゼ様だけは確実に捕まえて連れて来いって指示だったそうだよ」

「あ? 姉の方(ミレーゼ)だけ? どっちも前エルレイク侯の遺児にゃ違いねーだろうに。男と女で違うっていっても、あの年頃じゃどっちも変わらねーだろうに」

「そうだね、あの年頃に『男』も『女』もない。なのにミレーゼ様だけを確実に、と…年齢の問題なのか、他に何があるのか。きな臭過ぎて興味深いね?」

「裏稼業の奴らがきな臭いのはいつものことだろ。………けど、あいつ等はまだ10歳にもならねぇ餓鬼だぞ? 碌な見解は見えてこねぇな」

「ふん…子供を食い物にするクズは、どこにだっているものさ。それこそ聖職者にだっていたんだからね」


 わだかまりがあり、手厳しい。

 聖職者に関わる時、フィニア・フィニーは良い顔をしない。

 常に眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。

 両親ともに聖職者であり、禁忌に触れた象徴として父親に捨てられた。

 その事実が、フィニア・フィニーの人格形成に大きな影響を及ぼし…

 そして、歪めた。


「ごめんね、ピート」

「…なにやった?」

「尋問部屋に連れてこられたのの、10人くらい、さあ…」

「まさか………またか?」

「ふふ…………………責任持って、面倒見るよ。最期(・・)まで」

「やめとけ、逆に可哀想だ」


 此奴にだけは、絶対に恨まれたくない。

 恨まれた上で、2人きりにだけは絶対にならない。

 フィニア・フィニーがやらかしたと聞く度に、ピートは思いを新たにしていた。

 今日もまた、空恐ろしく感じてしまう。


「せめて哀れな犠牲者の身の振りくらいは、面倒見とくか………見舞い代りに」


 いらない面倒が増えたことに、ピートは盛大に顔を引き攣らせていた。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 うだうだと、抵抗なさっていたけれど。

 最終的には、結局わたくしの軍門と下ることになりました。

 どなたが?

 ええ、勿論、ロンバトル・サディアが…ですわ。

 彼は今後も遠出の際には護衛をして下さると、そう申し出て下さって……

 ふふ…わたくしもそう言っていただけて、とても心安く思っておりますの。


「隣のお部屋も、大分静かになりましたわね」

「襲撃が一段落したのかねー」

「あら、ロンバトル・サディア? 目が虚ろに遠くなっていてよ?」

「HAHAHA…嬢ちゃんに言われたかねー………」

「みゅ? ぼくがゆーの?」

「ええ、そうね。貴方を指名しているようですわよ、クレイ」

「みゅー! ろんヴゃーちょる、しゃん!」

「いや、それもう別の名前だからー」

「あう? にょんびゃーとりゅ?」

「更に遠ざかった!」

「貴方のお名前が、クレイにとって言い辛いお名前なのがいけないのです。

もう少しクレイの舌に優しいお名前であるべきですわ」

「そして嬢ちゃん理不尽!」

「貴族とは、時として理不尽なものなのです…」

「少なくとも、これに関してはそんなことないよねー…? たかが名前の呼び方で、大げさじゃね?」

「うぅ…ねえしゃまぁ」

「まあ、クレイ…()の子がそのように泣いてはなりません。紳士が泣いてもよろしいのは、強敵を討ち果たした時と親の死に目だけですわよ」

「でも、でもー…あのおじちゃんのおにゃまぇ、よくわかんにゃい……」


「改名させましょう」


「嬢ちゃん超理不尽!」

「それで騎士、何某(なにがし)・サディア? 新しいお名前は『ろんヴぁーちょる』と『にょんびゃーとりゅ』のどちらがよろしいかしら?」

「本気で変えさせる気!? しかもその二択! ………も、ろんろんでいーよ…」

「ろんろ? ろんろー! ねんころろー!」

「子守唄じゃなくってねー、坊ちゃん?」

「ロン………犬の名前のようですわね」

「嬢ちゃんは全国のロンさんに謝ろっか!」

「まあ…わたくしを額づかせたいのであれば、それ相応の礼を尽くしていただきませんと。見返りを要求いたしますわよ?」

「え? 逆に報酬さえちゃんとあったら土下座すんの?」

「わたくしは高くつきますわよ? いくら積まれようとも、ロンバトル・サディアに額づくつもりは一切ありませんが…考えるだけは、してもよろしくてよ?」

「俺、完・全・に嘗められてる…!」

「何を今更のことを」

「しかも肯定されちゃったー…やったね!」


 そう呟いたきり、ロンバトル・サディアは床に膝をつき…

 到底、その姿は「やった」と言えるものではないようですが。

 ロンバトル・サディアは、複雑な感情表現をするのですね……。


「おーい、じゃれ合いはもう良いか? お三方」


 興味深い思いで這いつくばるロンバトル・サディアを見下ろしていますと、わたくし達に呆れを帯びた声がかけられました。

 声の発生源を探ろうと顔を上げてみると、入口に呆れた顔のピートがいます。

 こちらに半眼の目を向けて、顔色が「何をしてるんだ」と言っていました。


「なんか、ちょーっと見ねー間に随分と仲良くなったようで…」

 

 含みのある口調、目はちらりとロンバトル・サディアを窺って。

 それでも問いかけるような仕草は、わたくしに向けられたもの。

 事情を説明しろと言われている訳ではありませんが…

 こんな時に何をやっている、と。

 悠長な具合を咎めるような色が、仄かに感じ取れました。

 それでもわたくしの足下…転がる少年達を見て、ピートの片眉が跳ねました。

 どことなしか気まずそうに、ピートが己の後頭部を掻きます。


「あー、ああー……いねぇと思ったら、残りはこんなとこにいやがったのかよ。

悪かったな、ミレーゼ」

「あら、何に対しての謝罪なのかしら」

「こっちは安全だなんて言っといて、危険に晒したことに決まってんだろ。

言わせんなよ」

「わたくし、とても怖かった…」

「ねえしゃまぁ…」

「クレイ、貴方も怖かったわね…」

「ふえぇーん」


 言葉にしたことで、先程の怖かった思いを思い出したのでしょう。

 小さな手を伸ばし、わたくしに全身で縋りついてくるクレイ。

 わたくしはそんな小さな弟の身体をぎゅっと…


 ピートに よ く 見 え る よ う に、抱きしめました。


「あ、当てつけるつもりか…そんな恐怖アピールに、俺は屈しねぇからな?」

「そう言いつつも、動揺してねーか? この坊主」

「無能騎士は黙ってろ」

「いやん、この坊主酷ぇ」

「ミレーゼ、このオッサン気持ち悪ぃ。眉毛のところまで埋めても良いか?」

「あらあら…わたくしは構いませんけれど」

「構おうね、嬢ちゃん!? 眉毛まで埋められたら、おじさん窒息しちゃう!」

「仕方ねーな…情けをかけてやる。おい、誰か水中呼吸用の竹筒用意してやれ」

「埋めるのは確定済みなのん!?」


 嫌ですわ。どうしてロンバトル・サディアは話を茶化してしまうのかしら…茶々を入れられたせいで、話が脱線してしまいましたわ。

 ピートが来たということは、侵入者が鎮圧済みということでしょう。

 もしくは切羽詰った危機に、逃亡を促しに…ですが、逃亡するというのに、このように悠長に構えている筈はありませんわね。

 やはり、『院長室』の安全が確保できたと呼びに来て下さったのでしょう。

 

 騎士と浮浪児童の首領は、お忙しそうに会話を弾ませておいでです。

 他のことは眼中に入らないのかも知れません。

 会話に熱中する2人のことは、構わないことに致しましょう。

 

 わたくしは2人を放置し、弟の手を引いて『院長室』へと戻りました。

 そんなわたくしを、待っていたのは…


 亜麻色の髪を、肩に垂らした少女。

 余裕に構え、どことなく太々しい笑みを浮かべた…


「あ! ミレーゼ嬢ー!」


 わたくしに、彼女は人懐っこい笑みを向けてきました。


「大丈夫かな? どこも怪我とか…危ない目に遭わなかった!?」

「窓から乱入してきた、3人の少年に吊るし上げられそうになりましたわ」

「――ちょっとピート! てめぇお嬢様に危険近づけてんじゃねぇぞ、ごるぁ!!」


 わたくしが正直にあったことを告げた刹那、彼女の口から飛び出したのはドスの利いた巻き舌混じりのお言葉で。

 本気で憤慨した、と全身で表現しています。

 そのまま彼女はピートの襟首を両手で掴み、吠える小型犬の様に文句を言い連ねておいでです。

 ………わたくしの、ことですわよ?

 何故、彼女は他人事ですのに、ああも憤慨して下さるのでしょう。

 わたくしは小首を傾げ、彼女の名前を呼びとめました。


「フィニア・フィニー、どうしてそんなに怒っていらっしゃるの?」

「――! み、ミレーゼ様…私の名前、覚えていて…!?」


 覚えても何も、ほんの1、2時間前に紹介していただいたばかりなのですが…。

 わたくしは、そこまで記憶力が低いように見えるのでしょうか……


 小さく首を傾げるわたくしに、細かいことなどお構いなしのようで。

 その白い頬が、一瞬で薔薇のように艶やかな色に染まり。

 そうして、わたくしを潤んだ瞳で見下ろして………


 ………何なのでしょうか、この反応は。


 よくわからない状況に、わたくしの瞬きが回数を増しました。

 彼女は身長差がありますのに、わたくしのことをぐいっと強い力で抱きしめ…


「っ! 私、ミレーゼ様に覚えていただけたなんて感激だよ…!!」

「……………もう少々、お、落ち着かれては如何かしら…」

「はぁう…っ ミレーゼ様…!」

「………聞こえていないようですわね。どう致しましょうか」


 ………わたくしの足が、完全に床と離れ(さよならし)ているのですが。

 ですが興奮著しい彼女は、宙吊りになったわたくしの状況には中々気付いて下さいませんでした。







 襲撃者:32人(赤19人/黒13人)

     32人脱落。

     残り、0人。




ちび虎姫(ミレーゼ)は都合のよい手下「ろんろん」を手に入れた!

(カルマ)が少し深くなった!

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