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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
40/210

交渉のカードに必要なのは、両者の納得できる利益です

ミレーゼ嬢、大ぴーんち…からの!?



 死なば諸共。

 わたくしは錯乱した頭で、討ち死にを覚悟しつつありました。

 そんな状況に光明が差したのは、ある意味で必然だったのでしょう。


 こんなに騒がしくしていれば、それも当然ですが。


 侵入者の少年達の、後方。

 彼らが侵入口とした窓や、隠し部屋の扉がある方向。

 そちらから光が薄く刺し貫いたのです。

 現実に、扉の隙間の形をして。


「お嬢さーん? なぁに騒がしくしてんの。大人しく静かに、し…て………」


 隠し部屋の入り口を、『院長室』側から見守っていたはずの、騎士。

 ロンバトル・サディアが、扉を開いた格好で硬直致しました。

 その目は、室内の状況を見て取ってまぁるく見開かれております。


「………」

「………」


「「……………」」


 気まずい沈黙が、場に落ちました。

 改めて、現状を再確認するために状況を整理してみましょう。


 騎士として、護衛として同行を命じられていたロンバトル・サディア。

 その彼がほんの少し目を離した僅かな時間で、危機に陥っているのは傍目にも明らかな、わたくし達。

 ええ、明らかにロンバトル・サディアの怠慢ですわね。

 これはもう減棒どころか、懲罰ものの失態だと思われます。


 まさか大人が…それも見るからに戦闘職が介入してくるとは考えてもいなかったでしょう、『黒』の少年お2人。

 それからわたくしの暴力をまともに浴びて、未だ昏倒している『黒』の少年。

 良い具合に顎に命中したからでしょうね…人体の急所の1つでもある顎は、上手に衝撃を加えて差し上げれば脳震盪を引き起こすと耳にしたことがあります。


 そしてわたくしの背中にぴったりと身を寄せているクレイ。

 わたくしの背中に隠れながら、ようやっと少年達の害意に気付いたのか、常にない険しい目でじっと少年達を睨みつけております。

 クレイが、こんな目をするなんて…。


 それぞれの状況が醸し出す、何とも言えないこの空気。


「あー………取り敢えず」


 無造作に、ひょいっという気軽さで。

 ロンバトル・サディアが動きました。

 その太い指で、己のこめかみを掻きながら。

 まるで花壇で寝ていた野良猫を移動させるような気安さを感じる動作でした。

 無造作としか言様のない呆気なさで、少年2人の襟首を摘みあげたのです。

 まあ、本当に猫の子のよう…。

 少年達が反応するような隙もなく、彼らの足は床を離れておりました。


「にゃ、にゃーっ!?」

「お、おいぃぃぃっ! 離せ、離せよ!」

「んー……餓鬼共、ここで何してんのかなぁ?」


 心底面倒そうなロンバトル・サディアのお顔…。

 助けられた身ではありますが、何故か釈然と致しません。


「なー、お嬢さん」


 わたくしの無意味な腹立たしさを存じているのか、否か…

 ロンバトル・サディアは気の抜けた顔で、へらりと笑いかけてきました。

 まるで癇癪持ちの子供の、ご機嫌でも取ろうとするような笑顔で。

 ………わたくしの、腹立たしさが増えた気が致します。


「あのさぁ、ここでこの坊主共から守ってやっからさ、おじちゃんの勤務態度をエラル坊ちゃんに密告(チク)んのやめない?」

「まあ…何を仰るのかと思いましたわ」

「ん、んー?」

「ロンバトル・サディア、貴方はまだ小父様と呼ばれるような御歳ではありませんでしょう? 小父様と呼ばれたいのでしたら、もう少し呼称に相応の威厳と所作を身につけてから仰って下さいませ」

「え、そっち!?」


 …この方、わたくしが勤務態度についてエラル様に上申しようとしていることに気付いていましたのね………。

 いえ、当然の帰結として思い至ったのかもしれませんが。

 推測を立てられるのであれば、勤務態度を改めればよろしいのに…。


「っていうか、最初におじちゃん扱いしたのってお嬢さんの方じゃ?

てぃるるんのことおっさん扱いしてたじゃーん」

「あら、そうでしたかしら…」

「そらっとぼけてもわざとらしいって」


 ………無理そうですわね。

 この方が勤勉に振舞う、そのお姿が想像できません。


「それで、嬢ちゃんどうすんの? この餓鬼共ともうちょっと遊んじゃう?」

「おっさん、いい加減に離せ…!」

「にゃーっ!」

「黙んなさいな、お餓鬼共」


 ロンバトル・サディアに摘み上げられた時には、驚きで手足が硬直しているようでしたが…その強張りが、解けたのでしょう。

 どこか茫然としていた顔には負けん気が戻り、少年達がじたばたと暴れます。

 しかしそれも、体格の立派な戦う大人には意に留めない程度の抵抗でしかないのでしょうか。暴れる少年を2人とも摘み上げたまま、がくがくと揺すってロンバトル・サディアは2人を黙らせてしまいました。

 そのまま、己が優位だと思わせるような余裕をどこかに匂わせる顔で、わたくしのことを見下ろしてくるのです。

 そんなことをされても、わたくしの負けん気が顔を出すだけなのですが。

 

 ロンバトル・サディアは主張します。

 わたくしの窮地を救った、その見返りに怠慢な勤務態度を主家に報告するのを思い止まれと。

 そう思うのでしたら、何故もっと真っ当な勤務態度を心がけないのでしょう…?

 

「騎士ロンバトル・サディア……貴方は御存知かしら」

「お?」

「取引というものは、双方の合意が…それでよしとする、双方への旨味がなければ成立致しませんのよ?」

「………えー…だから、この餓鬼共が……」


「それは貴方に課せられた正式な責務ではありませんの? 護衛、ですわよね?」


「あー………」

「貴方はわたくしの護衛、でしょう?」

「うーわー…このお嬢、すっごい面倒なにおいがする」

「あら、光栄ですわ?」


 にっこりと笑うわたくしに、気まずそうなロンバトル・サディア。

 ここは相手に反撃の余地を与えず、畳みかけて差し上げましょう。


「そもそも、ええ、そもそもです。わたくしや弟が怪我をしたり、攫われたりした場合、その責任を負い、最も叱責されるのはどなたです?」

「………あー…俺、かな」

「ですわよね? わたくし達につけられた騎士お2人で、ロンバトル・サディア、貴方の方が御年配(・・・)ですものね?」

「嬢ちゃん、今あえてわざわざ『年長』じゃなくて『年配』っつった?」

「貴方が伯爵に与えられた命によって、わたくしやクレイを守るのはむしろ当然のことですもの。窮地を助けられたからと、恩を気にする必要はありません」

「わお、俺の言葉軽やかにスルー?」

「ですがその上で、わたくしの方には貴方の取引に応じる準備がありますわ」

「……………ん? え? これ、完全に断られる流れじゃねーの?」


 拍子抜けしたと、そう緩んだ顔をさらすロンバトル・サディア。

 ですが…まだまだ、気を緩めるのは早すぎですわよ。


「わたくしは、今日の貴方の怠慢について口を噤みましょう。…いえ、そもそもなかったこと(・・・・・・)にさせていただきます」


 わたくしのはっきりとした宣言に、騎士の口が徐々に引き攣っていきます。

 まるで笑っているような、ぎこちないお顔で。

 見下ろすわたくしに、空笑い気味の声が降り注がれました。


「………それって、つまり、なあ」

「ええ、その通りですわ。わたくしは口を噤みます。ですのでロンバトル・サディア…そしてもう1人の騎士。貴方がたにも、口を噤んでいただきましょう」


 喋らないでほしいと要求するのであれば、口を閉ざしましょう。

 引き換えに貴方達にも口を閉ざしていただく…これは、公平な取引ですわよね?


 わたくしはさもそれが当然の様な口調で、ロンバトル・サディアに口止めの要求を突き付けます。

 わたくしは、彼らの主ではありません。

 彼らの本来の主は、ブランシェイド伯爵様ですもの。

 こうしてわたくし達の護衛として付添ながらも、その行動を逐一監視しているようなものです。何故なら、お屋敷に帰り着けばその足で、きっと彼らは己の見聞きした全てを伯爵に報告に行くのでしょうから。

 ですが彼らは、子供の集団を前にあってはならない醜態をいくつか晒しました。

 真に高潔な騎士であれば、真実をそのまま、ありのまま語るでしょう。

 彼らがどこまで騎士道精神に忠実であるのかは存じませんが…わたくしが付け込める僅かな隙があるとすれば、そこを突く他にありませんもの。

 内心での不安など華麗に押し殺し、この交渉をまとめてみせなくては。

 でなくては、わたくしと『青いランタン』の絆が途絶えてしまうことでしょう。

 きっとわたくしは、もう二度とこうして彼らの元を訪れることが出来ない。

 彼らへの支援も、断ち切られてしまう。

 それを易々と、ただ見ているだけで終わらせる訳にはいかないのです。

 そう、わたくしを交渉相手として信じ、対等な約定を交わして下さった、『青いランタン』の信頼を守る為にも。

 彼らを裏切らず、今後も関係を繋いでいく為にも…!


 笑え。

 笑いましょう。

 笑顔は武装。貴族の娘にとって、この上ない鎧。

 わたくしの鎧はまだまだ綻びの目立つ、一級品とは呼べない粗末なものですが…

 それでも、武装は武装。

 貴族の家に生まれた娘として、終世この鎧を纏って戦い続ける。

 わたくしはまだまだ未熟者ですが…未熟なりに、世を渡る第一歩として。

 さあ、笑いましょう。

 相手を、怯ませる為に…!


 余裕を込めて微笑みながら、わたくしは騎士をはっきりと見上げました。

 ブランシェイド家に、わたくしの行動を逐一報告する義務のある、この騎士に。


「貴方にとって、有利になる様に報告して差し上げても構いませんのよ? そう、貴方が如何に真摯で立派な振舞いを見せて下さったのかと、伯爵にどのような報告をするのかはわたくし次第。貴方の(社会的な)首と、お給金を賭けて…さあ、如何(いかが)なさいます?」


 悠然とした態度を心がけながらの、その言葉に。

 騎士の口元が、はっきりと引き攣りました。







 襲撃者:32人(赤19人/黒13人)

     正面玄関からの襲撃:22人(赤14人/黒8人)

     西側入口からの襲撃:7人(赤5人/黒2人)

     その他からの襲撃 :3人(黒3人)

     内、27人脱落。

     残り、5人(黒5人)。


 内なる敵:騎士2人

      (内1人、現在笑い死寸前)




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