狼藉者はこの一撃で沈めてみせましょう
ミレーゼちゃまピーンチ! → からの、今回。
狭い、逃げ場など何処にもない部屋の中。
唯一の出入り口は、バルコニーに通じていた窓の隣…
つまりは、侵入者達の後方にあるのみ。
わたくし達の背後にあるのは、ただただ壁ばかりで。
相対するのは3人の、わたくしより体格も年齢も上位に位置する少年達。
退く場所は、何処にもありません。
異様な空気を察したのでしょう。
クレイが、わたくしの腕にしがみ付いて小さく震えています。
わたくし達は追い詰められておりました。
「おい、見ろよ。やっぱ窓から中探って正解だろ?」
「亜麻色の髪、青灰色の目。手入れも行き届いていて、薄汚れたところなし!
所作といい、完璧貴族のお嬢に間違いねーな」
「だろだろ。コイツに間違いねーだろ」
「うし。そんじゃさっさと捕獲して連れて帰っか」
「協定通り、協力はした。その上で獲物は早い者勝ち…ま、『赤』の馬鹿どもはみーんなもう捕まってっから意味ねーけどな」
「此奴等を連れてけば、将来の幹部候補に取り立ててもらえんだろ?」
「そういう話……けど、まあそれが嘘でも褒賞に旨味充分だし問題ねぇな」
じりじりと、わたくし達に迫る3人の少年。
自分勝手な彼らの主張は、嫌でも耳に届いて不快な気持にさせて下さいます。
自分達の優位を確信しているのでしょう。
彼らの動きには、どこか嬲るような印象すらあったのですもの。
勿体ぶった接近にわたくしの身体は震え、無意識に逃げ道を探してしまいます。
それでもわたくしの身よりも、優先して守るべきものがおります。
元より、逃げることなど敵わないでしょう。
彷徨いそうになる目に力を入れて、わたくしは3人の少年に集中しなければならないのです。
わたくしの幼い体では、庇うにも限界がありましょうが…
幼い弟を守れるのは、今、わたくしだけなのです。
背後には行き止まりしかありません。
ですがそれは、逆に背後に回られる心配もないということ。
わたくしは弟を背後にやると、背中で庇うように3人を睨みつけました。
――お父様、お母様、わたくし達にお力添えを。
どうぞ、人を睨むなど淑女としてはしたないというお叱りは、今ばかりはお許しくださいませ…。
わたくしと、小さく震えるクレイと。
そんなわたくし達姉弟に、ゆっくりと先頭にいた少年の手が伸ばされて…
「……さ、て。そんな訳だ。アンタにゃ何の恨みもねーけど悪いな、嬢ちゃん」
「これも俺らが面白おかしく生きるため――ってね」
「そんな理由で人生を不意にされることを、大人しく甘受するとお思いですか?」
「お前の感情は関係ねーんだよ」
「そうそ、弱者が強者に食い散らかされるのが、目に見えない掟…ってやつ」
「食われたくなきゃ、自分が強くなんなきゃ仕方ねーぜ?」
「………そうですか。わかりましたわ」
「ん? 諦め早いな。助かるわ」
「誰が諦めたと、申しましたの?」
「………あ?」
「わたくしは、貴方がたの主張を理解したと申しましたのよ?」
――貴方がたは、仰いましたわね。
食われたくなければ、強くあれ――と。
彼らの、緩慢な動き。
それが事実緩慢なものであったのか、わたくしの目に遅く映っていたのかは存じませんけれど…どちらであっても、同じこと。
いま、今であれば。
わたくしを無力な子供と侮り、油断している今であれば。
そう、わたくしとてただで御馳走して差し上げる訳には参りません。
それはわたくしの、エルレイク家の矜持が許さない。
散り際とて、一矢報いるのが貴族の流儀。
いいえ、建国の以前から戦場であろうと王家に付き従ってきた、エルレイク家の意地。目に物を見せてやらねば、それこそ御先祖様にお叱りを受けます。
ですので、はしたないことをしてしまいますこと…どうかお許しくださいませ、お父様。お母様。
わたくしは、懐に。
5歳の誕生日から肌身離さず、ずっと持ち続けている扇に手を伸ばしました。
こんな時にこれを頼りにするのかと、口惜しい気持ちは誤魔化すことも出来ませんが…これは、3年前お兄様から贈られたもの。
人間、最後に頼れるのは自分のみ。
そして己を守るためには手間を惜しむなと。
寝室に慮外者が忍び込んできた際には、これで撃退しろと。
そう言って、話が10年早いとお父様にお叱りを受けていましたわね…。
白木で作られたそれを、わたくしはぎゅっと握りしめ…覚悟を決めましょう。
「行きます…!」
今こそ、封印を破って見せる時。
未だお兄様に対して素直だった頃(3年前/5歳)に教えていただいて以来、眠るに任せて封印していた秘儀をいざ…!
↑↑↓↓←→←→△□○!
意味は全く分かりませんが、心の中で唱えることがコツだと兄は言っていたような気が致します。
忠実に従うのは癪に触りますが、戦いに際した兄の助言ですもの。
どれだけ癪であろうと、今は従っておくべきだとわかっております。
此方へと踏み出した、少年。
向かってくる相手へと、わたくしは逆に大きく一歩を踏み出して。
そう、小柄な体を活かし、少年の懐へと。
回転の勢いを乗せて、扇を持った手を振り上げ抜きます!
膝の屈伸運動から繋げ、全身のバネを用いて。
わたくしの扇は、少年の顎に命中。
その頭を、大きく揺らしました。
勢いが脳天の方まで突き抜けたのでしょう。
ゆらり、彼の体は後方へと傾き…
抵抗する動きもなく、背後にいた2人の少年へと倒れ込みました。
倒れ込んだ少年は、ぴくりとも動きません。
咄嗟に仲間を受け止めた、『黒』のお2人。
彼らが一気に此方へ飛びかかってきたら、わたくしは一溜りもないでしょう。
特に今、生まれて初めて人に手をあげ、心臓が煩わしい程に脈動しています。
やった後で緊張するのもおかしな話ですが、わたくしの小さな心臓の音が、わたくしを責め立ててくるようです。
どうしてもぎこちなくなってしまう動きに、苦い思いが込み上げました。
わたくしは、それでも。
それでも背後に、弟がいるのですもの。
弱気な姿を見せる訳には参りません。
姉たる者、弟の保護者たる者、このような瑣末事で狼狽してどうするのです…!
己に叱咤しながらも、手足が震えました。
慎重に、これほどに転ばないように足運びに気を使ったのは初めてです。
後ろに小さく下がり、何とか少年達の全身が視界に入る様に距離を確保します。
それも彼らが飛びかかってくれば、意味をなくすほどでしかありませんけれど。
わたくしの、緊張を余所事に。
暴力を振るう姉という、とてもショッキングな姿を見せてしまったというのに。
何故かわたくしの弟は、目をキラキラと興奮に輝かせて飛びついてきました。
「ね、ねえしゃま! しゅごーい! つよーい! きゃっこいー!!」
何故でしょう…クレイが、大喜びです。
クレイも、男の子ですものね…。
ですが暴力に心ときめかせるような様子を見せられては、不安しか感じることができないのです。
お願いですから、兄のように暴力にしか能のない大人にはなりませんように…!
「く、くそ…やりやがったな!?」
「っていうか、あの扇めちゃめちゃ堅そうな音がしたんだけど…」
「これは、白皇木…木刀の素材として名高い、マニア垂涎の珍しい木材から削りだされた品ですわ! 堅過ぎて細かな加工は困難といわれる逸品です!」
「なんでそんなもんで扇作った!?」
「わたくしの兄に聞いて下さいませ…!」
樵でも切り倒せず、手に入る木材は自然倒木のみ。
細かい細工は困難といわれる白皇木…この扇の値段はわたくしも存じません。
兄はどなたか、魔女と呼ばれる女性にいただいたと仰っていましたが…そんな物を、幼い妹に横流しするのはいかがなものでしょうか。
お兄様はどうやら、女性用の武器だからとわたくしに流したようですが…その女性は、一体どういったおつもりで兄に扇を渡したのでしょうか。
とても貴重なものだと思いますが………
…いただいたんですわよね? その方にいただいたんですわよね、お兄様?
有効活用させていただいた身としては心苦しいものがありますが…今後、その女性に遭遇することがなければよいのですが。
わたくしの記念すべき初暴力の餌食となってしまわれた、哀れな方。
ぴくりとも動かない少年は、無事な少年2人の後方へと遠ざけられて。
改めてわたくしに向かうお2人の顔には、もう油断の色も見られません。
兄は一撃必殺!とわたくしに一撃だけ殴る方法を伝授してくださいましたが…連打や、繋げ技を教わった訳ではありません。
1人殴り倒すのが、わたくしの精一杯…嫌な精一杯ではありますが。
その後の隙も大きく、倒れた方が後方に…他のお2人の行動を阻害する位置に倒れ込んだのは僥倖でした。
ですがもう、後がありません。
もう1度暴力を振るおうと思っても、今更にやってきた暴力への怯えで手足が震えます。それに、もうそれを許す程の油断はして下さらないでしょう。
それでもそれが弟を守るためとあれば、わたくしは無理を押してでも…
「ちっ…チビだからって女は油断できねぇ」
「うん、それちょっと意味違わね?」
「どうでもいいだろ。おい、同時に行くぞ!」
「相手は実質1人みたいなもんだしな…どっちかが危なくなったら、手に余裕のある方が背後に回って弟の方人質にするぞ」
「よし、それでいこう」
じょ、冗談ではありませんわー!!
それでいかないで下さいませ………!
クレイを人質になど…許せる筈がありません!
「わたくしの弟に触れようという方は…覚悟、して下さいませ」
これはもう、息の根を止める覚悟で行くしか…!?
いえでも、それをやってしまえば、わたくしは犯罪者…ですが、それが弟を守るためでしたら…!?
わたくしは、弟を案ずるあまり錯乱しかけておりました。
襲撃者:32人(赤19人/黒13人)
正面玄関からの襲撃:22人(赤14人/黒8人)
西側入口からの襲撃:7人(赤5人/黒2人)
その他からの襲撃 :3人(黒3人)
内、25人脱落。
残り、7人(黒7人)。
ミレーゼの御先祖様(エルレイク侯爵家始祖)について考えてみたら、お話が一つ出来そうな設定になってしまいました。折角なのでここにざっと書いてみます。
本編には関係のない設定なので、興味のない方は飛ばして大丈夫です。
サージェス・エルレイク
旧王家を倒して建国した英雄王に、戦場までも付き従った(ただし吟遊詩人)。
ちなみに戦場にはいっても、戦いに参加した訳ではないらしい。
その本領は情報操作にあったとか何とか。
英雄王とは親子ほども年の差があったが、世代を超えた無二の親友だった…と、伝わっている。
当時の吟遊詩人は人々の情報源としての役割を担っており、自分が見聞きしたことを歌にして広く伝えることが求められていた。
その為、サージェスも戦場で見聞きした英雄王の活躍を多く歌に残している。
建国武勇伝を伝える歌の、実に9割が彼の歌。
当時の吟遊詩人は一人前と認められた時に鳥の名を号として与えられ、それを名として活動するのが一般的…なのだが、何故かサージェスの号は『黒歌鳥』という今では絶滅した鳥型魔物の名である。
朗らかで爽やかで、人当たりの良い穏やかな性格…だった、らしい。
だが人懐っこい好青年と周囲には思われているが、一部の知る人ぞ知る伝説の腹黒吟遊詩人。
英雄王曰く、「これほど恐ろしく、また頼もしい男もいない」という言葉が残っている。気づいてみたらサージェスによって玉座に押し上げられていたらしい。
建国後、まんまと英雄王(子煩悩)の美人な娘さんを嫁にしている。
次回:ミレーゼvs.ろんろん (なぜそうなった)




