黒いバンダナ…とてもお似合いですわ
怒りに目が眩み、後先を考えない奴はどこにでもいる。
極限まで怒りの高まった、彼は…
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ボスー!」
第一声でピートを名指し、飛び込んできたのはミモザの声………ですがそのお姿は、先ほど紹介していただいた時とはがらりと印象を変えたものでした。
「あら…? ミモザ、ですわよね?」
「そう、ミモザだよ。お嬢さん」
ぱちりとウィンク。
その瞬間、ミモザの印象は華やかに花開きます。
紹介していただいた、その時のように。
一瞬で、その立ち居振る舞い、仕草で。
たったそれだけで色鮮やかに変わる印象。
顔も髪の色も、姿は同じはずですのに…
まるで、手妻でも見ているよう。
本当に不思議ですわね。
わたくしとクレイは2人そろって同じ角度で首を傾げてしまいました。
「ねぇしゃまー、ふしぎねぇー」
「ええ…どうなっていますの?」
「うぅん? ミレーゼ嬢さん、クレイ坊ちゃんも、かなり目敏い子?」
「どういうことでしょうか」
「いや、鈍い子は目の前でやっても気付かないんだよ? 印象操作なんて」
「操作…やはり、故意になさっているのですね」
「まあ、これから潜入するし。いつも通りの僕だと、すぐにばれちゃうでしょ。
印象のまるで違う別人として振舞わないと」
「潜入…?」
にこりと微笑む、ミモザ。
そのお姿を、よく見ると…
『青いランタン』の構成メンバーは、掲げる『青』の名への愛着から青い色の布を巻くなどする者が多いと聞きます。
それは他の集団でもそうであるようで、『赤い星』は赤い布を、『黒い蝋燭』は黒い布を目立つように大きく身につけているそうです。
ですが現在のミモザは、どこにも青い色を身につけてはおりません。
代わりに、その頭に巻かれているのは『黒』いバンダナ。
女の子のような顔を、きりりと引き締めております。
「『黒い蝋燭』に、潜りこむおつもりですの?」
「まあね。直接出張って来てる奴らより、ねぐらに残ってる奴らの方が握ってる情報ってのもあるだろうし。折角出向いてくれたんだから、この隙にちょちょいと入れ替わっても不自然はないでしょう」
「いえ、だいぶん不自然だと思いますわ」
仲間が別人になって、気付かないなどということがあり得るのでしょうか…。
「そこをカバーするのが、僕の実力の発揮しどころでしょう。『黒』の奴等、個人主義拗らせてるから仲間だろうと他人の顔には興味ないし。知らない顔でもわからないって。いけるいける」
「……ミモザは、何を本領となさっているのでしょう?」
自信満々に自分だからこそ可能だと主張するミモザ。
あまりにも得意げなそのお顔に、問いかけずにはいられません。
果たして、ミモザはわたくしから目を逸らすことなく言ったのです。
「演技力には自信があるんだ。演じることなら任してよ」
ぱちりと、再びウィンク。
その眼尻に滲む、得意げな色。
………少年とは思えない色気を、ここで出していかがなさるのでしょうか。
「ミレーゼ、ミモザは街角で率いる仲間と小劇やって稼いでんだ。俺でもよく見知った顔なのにたまに『演技実験』だとかで騙される。ちょっとやそっとじゃばれねぇよ」
「親に虐げられてマッチを売り歩く女の子のふりをした時なんか、ノーメイクなのにボスが10回中10回とも騙されてマッチ買ってくれてさ……ボスは本当に優しいなって実感したよ」
「てめぇに「ボス! あれ実は僕だったんだ!」って告白された時、うっかり殺しそうになったけどな」
「ああ、うん。僕もあの時は死を覚悟したよ。ボス本気だったし」
「けど「顔は止めて! それ以外ならどこ殴っても良いから!」って叫び聞いて、此奴…本物だって思ったわ」
「ふふ…それは光栄だね」
「褒めてねーよ!」
日々の暮らしを共にし、近しい間柄のピートまでをも騙す。
…しかも素顔で、なんて。
ミモザの演技がどれほどなのか、目にしていない身としては言及致しかねますけれど…目端の利くピートまでをも騙すとなれば余程の演技だったのでしょう。
ですが敵地に潜入して…果たして、彼は生還できるのでしょうか。
それが心配でなりません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
鉤付きロープ。
手には手袋。
それがあるなら、やることは1つ。
「………ふんっ」
『黒』のバンダナを頭に巻いた少年は、全力で勢いをつけて…
そうして、鉤付きロープを投げつけた。
熟練というにはまだ粗削りながら、それなりに場数を踏んだ投擲の技。
狙い過たず飛んだロープの鉤は、狙い通り。
真っ直ぐに飛んで、目をつけていた壁の飾りに巻き付いた。
遥か高みから、地上を見下ろす魔除けの石像。
その首に、ロープはぐるりと巻きついて。
何だか傍目には、石像が首吊りに失敗したままロープを付けているようだ。
首は石像全体から見ると細い部分で、折れたりしないかと心配にもなるが…
それでも成長途上の、少年1人。
無駄な肉も脂肪もない少年の軽い体重くらい、余裕で支え切るに違いない。
バルコニーの上にせり出した、廂の上にガーゴイルはいる。
その位置であれば、双子以下『青いランタン』の子供達も手は届くまい。
長いロープの端を、打ち捨てられて崩れた塀の鉄柵に結びつければ準備完了。
『黒』の少年は身軽な体を活かし、するするとロープを伝い始め…
彼の身体が落ちたら洒落では済まない地点まで登りきった頃、異変は起きた。
どしゅっ
どこからともなく、投げナイフ。
身動きもままならない少年の、胆が冷える。
しかしナイフは彼ではなく……
………彼の侵入手段であり、命綱ともいえるロープを狙っていた。
それは少年が念入りに縛りあげた、鉄柵に固定されたロープの結び目に的中し…
ロープの結び目は千切れ、鉄柵からガーゴイルまでを斜めに渡していたロープが、だらりと垂れた。
その中程よりも上の位置に、少年をしがみ付かせたまま。
並の少年であれば、驚きと衝撃に手を放してもおかしくなかった。
しかしそれをやると、命が危うい。
無意識にそれをちゃんと分かっていたのだろう。
しっかりとロープを握る少年の手は、より強く。
結果、ロープにしがみついたまま廃病院の壁に熱烈な接吻をかますことになる。
もうめり込みそうな勢いだ。顔面が痛い。
だが、彼の受難はこれからが本番だ。
ずる………
ずる、ずる、ずる……
ずるずるずる……………
「、、、!?」
体が、不意に浮くような…引っ張られるような感覚。
少年が見上げた時、見てしまったものは。
何故か、自分を引っ張り上げようと縄を2人がかりで引く双子。
顔は能面のように無表情だ。
「!!」
少年がロープを張った時。
その時は斜めの角度が付いていたので、双子の手はロープに届きもしなかったが…力を失い、垂れたロープなら容易く手が届く。
しかし双子が歌えば、決着は容易に付いたはずなのに。
両手が塞がって耳を塞げず、悶絶した最後に気を失うか。
ロープから手を離し、落下を余儀なくされても耳をふさぐか。
そういった2択が、あっただろうに。
なのに威力抜群確実の攻撃手段(音楽?)を捨て置き、彼らが少年を引きずりあげようとする理由。
そんなもの、当然わかる筈もなくて少年は混乱した。
混乱していても、お構いなしに。
まるで底引き網漁でもするように。
双子がずるずると、少年の全体重がかけられた縄を引っ張る。
手を離せば、死なないまでも無事では済まない。
そして命がけのその日暮らしを行う浮浪児童にとって、動けなくなるほどの怪我は文字通り命取り…
身動きのできない少年は。
やがて、双子の君臨するバルコニーの奥に引きずり込まれていった。
抵抗する、有無もなく。
そして。
――にゃーんにゃーんにゃーん
――ふげろぴょっ!?
――ƢƔȣɴڠڳښܧޘޓआखধৣੴܔआऋौ☻♬♬♬☠
――にゃんにゃんにゃにゃん にゃんにゃにゃーん
バルコニーの奥から謎の怪しい鳴き声(複数)が聞こえ…
それまで抵抗しているのか、憤っているのか、しきりと聞こえていた少年の怒声は………不意に、聞こえなくなった。
しんと静まり返った静寂。
物音をたてるものは誰もなく。
身動ぎも許さないような、黙りこむ喉の奥に何かが詰まるような、そんな静寂。
それきり少年の存在を示すものは、何も建物の外まで届かなくなった。
たらり。
何となく無言で見守っていた襲撃者達の頬を、冷や汗が伝う。
なんとも言えない寒気を感じるのは、何故?
これは何に起因する悪寒?
汗をかいたから、それが冷えたからとは言い難い、不思議な寒気。
沈黙のまま、未だ立ちつくす少年少女達は顔を引き攣らせていた。
そんな彼らの背後に、今。
「かかれーっ!」
突如、鬨の声。
完全に不意を打たれた彼らが、狼狽える間も与えずに。
投網が投げつけられた。
「うわぁあ!?」
一網打尽とはいかないが、投げつけられた網は何人かを絡め取る。
しかし俊敏な動きで、網の脅威から辛くも逃れた者達がいる。
「待ってて、未来のダーリン……私が、今すぐ助けだしてあげる………」
その中には、あのヤンデレ少女もいた。
目をぎらぎらさせて、絶好調だった。
「私から、離れて行くなんて許さない……私以外が、あの人を縛るなんて許さない………許さ、ない…許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許、さ、ない…!!」
少女の目は、いっちゃっていた。
どこに?
常人にはたどり着けない、妖精さんの世界さ。はは。
「うわ……『赤』んとこのミザリーがいる」
「げ。平然と自爆技かます、危ねぇ奴じゃん」
『青』の少年達の顔が、心底嫌そうにしかめられた。
惚れられたらお終いだ。
社会的にお終いだ。
『青いランタン』の少年達は、完全にびびっていた。
そんな中、じりりと1人の女の子が動く。
それは、『青いランタン』に属する女の子で、
「大人しく投降したら、さっき捕まえた奴と軟禁先同室にしても良いけど…!?」
間。
その時、世界は時間を止めた。
ほんの僅か、一瞬ではあったけれど。
ヤンデレ少女の青白かった頬が、ぱぁっと染まる。
それは可憐な、薔薇色に。
「連れて行って…私を、彼のところに!」
『黒』の少年の、今年最大の災難ルートが確定した瞬間だった。
この後、尋問部屋で。
連行されてきた他の捕虜の顔を見るなり、『黒』いバンダナの少年は叫んだ。
「なんでもする! なんでも全面協力するから…!
だ か ら 、 こ の 女 は 隔 離 し て く れ ー !! 」
「それはお前の協力姿勢と、まあ交渉次第かな?」
「ホント何でもします…!!」
少年は、以来とても素直になったそうな。
襲撃者:32人(赤19人/黒13人)
正面玄関からの襲撃:22人(赤14人/黒8人)
西側入口からの襲撃:7人(赤5人/黒2人)
その他からの襲撃 :3人(黒3人)
内、18人脱落。
(正面『赤』全滅)
(西側『赤』3人、『黒』1人脱落)
残り、14人(赤2人/黒12人)。
セルカ&セルマー(14)
銀髪、灰色の目をした双子の姉弟。目が死んでいて無気力。
名門工房の楽器職人だった父の影響で音楽方面に才能を発揮する。
でも得手不得手がきっぱり分かれた。
姉は楽器演奏が上手く、弟は歌が上手い。
土砂崩れに巻き込まれて家族も家も亡くすが親戚に引き取られる。
しかし酷い扱いを受けた上、その才能故に売り飛ばされそうになって脱走。
以来、大人に気を許せなくなる。
互いの体の傷が伝わる体質で、それを利用して情報を伝達することもある。
(体に蚯蚓腫れで文字を刻んでやりとり)。




