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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
35/210

大いなる音楽の申し子にして、破滅の旋律奏者なのだそうです

9/18 本文の誤り訂正。


 西側を任される、双子。

 姉のセルカと弟のセルマー。

 2人は西側入り口を見下ろすバルコニーの上。

 すちゃっと楽器を構えて地上を見下ろしていた。

 

「はい、みんなぁー耳栓配布するから! セルカの歌が始まったら手遅れだよ!」

「セルマーの演奏だって聞けたもんじゃねーよ!」


 我先にと、耳栓に手を伸ばす『青いランタン』の子供達。

 その光景に、西側攻略に名乗りを上げた『赤』と『黒』の7人は戦慄した。


「アッデュー」


 1人、逃走。

 危機察知本能の健気な警告に逆らわず、『黒』の1人は敵前逃亡。

 だけど逃がさないとばかりに『赤』の女の子がその手をがっと鷲掴み。


「逃げたらアンタを刺して私も死ぬ…っ」


 その女の子は、(ちまた)でちょっと問題視されるたぐいの噂を身にまとった過激な女の子だった。

 どういった具合に過激かというと…


「アンタが私を捨てて逃げるなら、アンタと一緒に死ぬ。アンタが傍に居てくれないなら、アンタと私の身体をぴったりくっつけて串刺しにする。アンタが私に冷たくするなら、アンタと私の身体に油をまいて火を付ける…っ」


 妄想癖があり、ストーカー常習犯として名の知れたヤンデレ少女だと評判だ。


 いつの間に、何故自分が気に入られたのか。

 『黒』の少年の、顔が盛大に引き攣った。

 今の今まで何の兆候もなかったというのに、いきなりだ。

 全身にぞわっとより強い恐怖が駆け抜け…

 この女に殺されるよりはマシだと、『黒』の少年は西側入り口目がけて今度は女の子から逃亡した。


「1名様ご案内…」

「……………んない…」

「セルカ、準備はOK?」

「…ん」


 そして、双子の声が降り注いだ。


「~♪」

「…~~~ऌޝভஞ」


 ついでに絶叫も響きわたった。



「ふ…不協和音んぁぁぁぁああああああああああっっ」


 

 美しい音色と、脳神経を責めさいなむ音色と。

 極上の歌声と、世の恐怖を閉じ込めた歌声と。

 対極に位置する2つの『音楽』が、真っ向からぶつかり合い…

 そして、絶大な威力で以て互いに反発、聞く者の耳を蹂躙した。

 2人が歌うのは同じ歌のはずなのに…片方は、怪しい謎の呪いに聞こえる。

 響きあい、共鳴し、頭の中で反響する。


「合掌」

「成仏しろよ…」


 耳栓をつけた子供達が、憐れみの目を注ぐ。

 耳から血が出そうな勢いで、『黒』の少年がローリングローリング。

 地面をばんばんと殴りながら身悶えている。

 離れたところでも他の者達が耳を押さえてのたうち回っており、威力は上々。


 姉のセルカ、楽器演奏の腕前は天上の調べ。

 …が、歌声は地獄の番犬も泡を吹いて倒れると噂である。

 弟のセルマー、その歌声は天使も悪魔もみな蕩かせる。

 …しかし楽器は窓硝子を石で引掻く方が余程音楽と言わしめた程の腕前だ。


 その2つが今、無残にも合わさって…!


 …結果、極上の音楽がどん底に極悪の音楽と共演するという、あまりの惨事。

 無残にも極上と極悪は合わさると、互いに反発して負の効果しか生み出さない。

 美しい歌声も音色も、混沌とした音楽を中和したり緩和したりすることなく、むしろ不快さを最高加速させる。

 打ち消し合うどころか、全く真逆の音が耳から相手の脳に忍び寄り、ダイレクトに揺らしている。ぐらぐらぐらぐら。

 相反する音は三半規管に混乱をもたらし、平衡感覚に絶望を訴えかける。

 感想を言葉で表現しようと思ったら、言語中枢が弾けそうだ。

 その2つは、まさに「混ぜたら危険」であった。

 まるで塩素と水素のように、今にも何かが爆発しそうだ。

 それはどうしようもなく、決定的に相容れない。中和するナニかもない。

 つまり、凄まじい不協和音。

 あんまりである。

 折角の美しかったであろう音楽が、あんまりである。

 こんな残念な合体技は、世に出してはいけない。

 ずっと封印しているべきである。



  「ぎにゃぁぁぁあぁぁぁああああああああああっっ」



 しかし外敵駆除という観点から言えば、凄まじい威力だった。


 惜しむらくは、三半規管を狂わせようと再起不能には陥れられないことだろうか。しかし、ダメージが深刻なことは確かである。

 現に、『黒』の少年も足にきている。


 今この瞬間、この隙を狙って飛びかかれば生け捕りも容易だっただろう。

 だけど『青いランタン(かれら)』はそれをしない。

 理由は簡単。


 そんなことをしたら、耳栓が外れるかもという恐怖。

 身に迫るそれに足がすくんで、動ける子供は1人もいなかった。


 ある意味で、双子の歌声は両刃の刃だった。


 そして、双子が1曲歌いきった後…

 怨念こもる血走った眼で、双子に憎悪を向ける襲撃者達がいた。

 7人分の憎悪をまともにぶつけられても、双子は涼しい顔をしていたけれど。



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



「正面はルッコラが何とかなさいますのよね? では西側の防備はどのようになさっていますの」

「西な…今日は誰の当番だったっけ? さっき確認した当番表にゃ確か…」

「今日はセルカセルマーの当番っすよ。危険っす。絶対近寄っちゃ駄目っす」

「ああ、あいつらかぁ」

「セルカ、セルマー…先程紹介していただいた双子のお2人ですわよね。優秀だと仰いましたが、どのような方々なのでしょうか」


「最上の音楽と音楽の冒涜を両立させた悪魔だ」


「………素晴らしいのか、最低なのか、どちらですの?」

「うん、両方だ」

「どちらか片方の方がお上手で、どちらか片方の方が…?」

「うん、両方だ」

「意味わかんないわよ」


 同じ言葉を繰り返すピートに、レナお姉様が業を煮やすのはすぐでした。

 呆れの眼差しでピートの額を狙い、持参していた銀のお盆を振りかぶり…。

 

「得意分野が違ぇんだよ、あの2人!」


 慌てたお顔で、ピートが叫んだのです。


 セルカが歌い、セルマーが楽器を演奏すると悪夢のリサイタルと化し、セルカが楽器を演奏し、セルマーが歌えば楽園のコンサートに変わる…と。

 そしてそれらを合体させると、大人でも立っていられなくなるそうです。

 それでは、足腰が立たなくなった方々はどうしていらっしゃるのかしら?



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 ぱたぱたぱた、と。

 両手で耳を押さえた女の子ニリネが双子に近寄った。

 接近し過ぎるな、死ぬぞと仲間の声援を背に受けて。


「準備、完了。次の段階、いつでも行ける」


 瞬間、双子の歌がぴたりと止まる。

 その手は、未だに楽器を演奏していたけれど。

 歌がなくなっただけで随分とましになった不協和音の奔流の中。

 双子はちらりと視線を向ける。

 ニリネはじっと、双子の瞳を見返した。


「姉さん、セルカ、どうする」

「………GO?」

「そう。ニリネ、実行せよって伝えて」

「わかった。あと、フィーが伝言。『黒』何人か欲しい」

「『黒』………セルカ」

「……………御意」

「ニリネ、伝言」

「わかった。伝えとく」


 そうして、双子の無慈悲な音楽が完全に鳴り止んだ。


 しかし足腰にダメージの来ていた襲撃者達は、まだ動けない。

 その間に。

 『青のランタン』が攻勢に打って出る…かと思いきや、逆に防備を固めた。


「入口封鎖(シャットアウト)


 セルマーの合図で、入口が封鎖される。

 元は警備員用の出入口だった、小さな通用門を残して。

 …どう見ても見るからに、罠が待ち構えているような展開だ。

 そして足腰がガクガクですぐには突撃できなかったからこそ、襲撃者達には冷静な判断を下すだけの時間があった。

 その時間のほとんどは、地面で悶えるだけで費やされつつあったけれど。

 流石に『赤』の子供達も、素直にあそこから突撃したらヤバいと、それを判断出来てしまった。

 結果、襲撃者達はどこから突入したものか、頭を悩ませることになる。

 悩んでいる時間に、じりじりと彼らの危険は高まりつつあったのだけど。


「やっと手配が完了。完璧」


 そう言って、ニリネが手を引き奥から連れて来たのは…


 どこからどう見ても、『赤』の少年が1人。

 

 その姿を見止め、双子は頷いてニリネに返す。

 不満そうな色が欠片もない双子の表情に、ニリネもどことなく満足そうだ。


「正面口とは違って、隔離はしていない」

「………いつでも、逃げられる」


 だから蹴散らしてしまおう。

 ……双子の意見は、声に出さずとも互いに同意。

 いつでも敵が逃げられる。

 その環境こそが、彼らにとっては肝心で。


 双子に私怨が殆どを占める、憎悪の視線。

 それを注ぐのは、地獄の音楽でお持て成しされた襲撃者達。

 そんな有象無象に。

 『青いランタン』の子供達が振りかぶり、投げつける。

 双子の合図によって、お手製煙幕弾を。


「な、なんだこれ!」

「……っげほ」


 催涙効果はないが、ただ只管(ひたすら)煙かった。


「気をつけろ! 煙に紛れて襲ってくるかもしれねぇ…!」


 自分ならそうする、と。

 後ろ暗い手段だろうと構わず果たしてきた襲撃者が注意喚起を仲間に促す。

 確かに今この時、足腰の立たない彼らを相手にするには有効的な手。

 煙で燻されながら、このままただ無力に蹂躙されるのかと。

 その想像が、彼らに火をつけた。

 ただただ無力な子供のように、甚振(いたぶ)られる。

 一方的に、やられてしまう。

 それは今まで強者として弱者を虐げて伸上(のしあが)り、そうやって生延びてきた子供達…襲撃者達にとっては、何より屈辱で。

 無抵抗に蹂躙されることなど、彼らにとってよしと出来ることでは、なく。


 結果、怒りの闘志と恨みの念とを燃やした彼らの戦意は…最大限に、高まった。


 その凄まじい戦意が集中する先は…彼らにとって、最もよく見える位置。

 西側入口の上にせり出したバルコニーで、未だ彼らを睥睨するように見下ろす、2人の子供。面立ちの良く似た、双子の姉弟。

 せめて一矢なりとも報いねば、ここで倒れることなど認める訳にはいかない。

 その思い一途に、それだけで。

 足腰がガクガクしていた襲撃者達は、気力に頼り立ち上がる。

 真っ直ぐ、双子だけを強い視線で射抜いて。

 …双子以外、見えない様子で。


 そうして煽るだけ煽り立てられた子供達は。

 双子への意趣返しが、いつの間にか目的となっていて。


 本来ならば入口を突破し、内部へと襲撃を敢行しなければならない。

 だけど入口が封鎖されたことで行き場に惑った思考が、混乱の中で誘導される。

 目に見える形で、見えやすく、わかりやすく。

 丁寧に襲撃者達に提示された、恨みのはけ口へと。


 襲撃者達は知らない。

 煙幕弾に、実は興奮作用のある薬草の粉末が混ぜられていたとは…

 まさか、知る由もなかった。






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