再犯予防には懲りさせることが1番だそうです
わたくし達の前に示された、この廃病院の見取り図。
確認したところ、1階には随分と広い空間を取った区画があるようです。
正面入口から入ってすぐの場所…待合用のロビーかしら。
正面口の防衛線は、ロビーの中ほどを指しています。
ピートが指の動きで示した範囲や、注意するべきポイント。
それらを繋ぐと、このロビーを如何に重視しているのかわかりますもの。
…2階に続く大階段がそこにあるので、当然なのでしょうけれど。
また、襲撃者達の侵入が報じられた西側。
そちらにも入口があるので、そちらを襲撃されたのでしょう。
元々は急患用の搬入口か、職員用の通用口が作られていたのでしょうね。
こうして見取り図で見ると、正面口の次に大きな出入口が作られているのが見て取れますもの。
この2つの出入口の他に、大規模な攻撃に適した侵入口はなさそうですけれど…
その2つを狙ってくるあたり、襲撃者側にこちらの間取りを把握されているような気が致します。
「ピート?」
「…聞かなくたって、襲撃されんの初めてじゃねぇことくらい察してんだろーが」
「苦労していますのね、ピート」
「同情するくらいなら、囮くらいやってもらいてぇな」
「それは状況次第ですわね」
どうやら主要な進入口を把握されてしまうほど、襲撃を受けてきたようです。
いつまでも同じことを繰り返すなど…無為な時間を過ごしてはいませんかしら。
「それで、これからどうやって防ぎますの?」
「ふふん…ああいう単純な奴らにゃ、古き良き古典が猛威を振るうぜ。伝統として継がれるだけの効果を見せてやらぁ」
「古典…というと?」
何をする気なのでしょう…?
首を傾げるわたくしに、ピートは得意げな顔ではっきりと仰いました。
「落とし穴だ」
それはまさしく古典ですわね、と。
そう答える他に、わたくしは言うべき言葉を見つけられません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
家も親も失い、叔父に捨てられて浮浪児になった。
自分1人の力で生き残る社会は単純明快で過酷。
だけど力さえ持っていれば、生き残れる。
それはとても分かりやすくて、慣れてみると生きやすかった。
何も持っていないのなら、奪えばいい。盗めばいい。
そうやって食べ物も、着る物も手に入れた。
それ以外にどうやればいいのかなんて、考えたこともない。
此処…『青いランタン』の拠点への襲撃に参加するのも、今日で3度目。
前回、前々回は煮え湯を飲まされた。
その難関ぶりが、挑戦に際して闘志を高める。
今日の目的は、今までのようなものとは違う。
この襲撃……例え常とは違えども、今日こそは達成してみせる!
決意を胸にかけられた号礼は『突撃』。
響渡る声に乗る様に。
『赤い星』の少年達は一斉に走り出した。
目指す、廃病院の入り口に向かって。
そして一瞬で消えた。
前回は卑劣な罠にはまって襲撃に失敗した。
入口まであと一歩、てところに落とし穴とか性格が悪いだろ。
他にも何人も、同じ目に遭った奴がいた。
情報を交換したら、いずれも建物の壁に沿って『あと一歩』の範囲に落とし穴…
…いや、堀が作られていた。
我先にと突進して、先頭の奴らが落ちたんだ。(俺含む)
だから今回はそれを見越した。
毎度同じ手に引っ掛かるほど、俺らは馬鹿じゃねぇ。
二度と同じ手は食わないぜ、と。
そんな決意で以て大ジャンプ。
情報を交換して割り出した、堀の範囲を飛び越えた。
着地地点は狙い通り、入口の一歩内側。
ジャンプ力と相談して、ぎりぎり届く入口の中。
その一歩の範囲が、俺の明暗をくっきり分けた。
「ぎゃーっ!!」
………どうなってんの、あいつ等の頭。
建物の内側に落とし穴…いんや、堀を作るとか馬鹿じゃねぇの?
だけどそんな馬鹿みたいな罠に引っ掛かった。
今回は、建物の内側一歩の範囲に、壁に沿って穴を掘ってあった…。
穴を隠すために乗せられていた薄いベニヤ板じゃ、ジャンプの着地には、その衝撃には耐えられない。
当然のように、バリッと割れた。
そして俺達は落ちた。
我先にと突貫した、俺を含む3人がまず犠牲になった。
俺達が落ちても、勢いのかかった体を止められずに更に1人落ちた。
踏み止まったはずが、背後から味方に押されて、2人が穴の下に加わった。
落ちた6人は、いずれも見慣れた顔ばかり。
穴の底で打ちつけた各々の部位を押さえ、悶絶する。
前回は、穴の下に廃棄された使用済みハエ取り紙が敷き詰められていた。
勿論、めっちゃべたついた。
それだけでもうんざりなのに、使用済みだったことで精神的に大打撃。
しかも粘着質なハエ取り紙が体に絡まって、容易く捕獲された苦い思い出…。
別口で侵入を試みた奴等は、落とし穴の下で地獄を見たらしい。
そっちにはいい感じに腐敗した………駄目だ、薄気味悪い。
それに比べて今回は、全然マシ。
見たところ、今の段階じゃ何も…
「にゃーん」
不意に、穴の底。
角度的に光の射さない暗がりから、声がした。
ただ聞いただけなら、とても愛らしい。
だけどそれが不気味さを加増しちゃってる。
恐る恐る目を向けた先には………暗がりで光る、赤い…無数の目。
「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」
「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」
「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」「げろげ~ろ」「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」
「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」「にゃー…げほっ」「にゃーん」 「にゃーん」
「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」
「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」
ぞわっと、背筋を恐怖が駆け抜けた。
平坦な「にゃー」という声が、声が…
「う、う、うわぁぁああああああああああっ」
く、くるなぁぁぁあぁぁぁぁぁあああああああっ
無我夢中で腕を振り回し、纏わりつく闇を振り払う。
だけど予想以上に小さな、その獣。
振り払う腕の隙間を掻い潜り、凄いスピードで…!
襲撃者:32人(赤19人/黒13人)
正面玄関からの襲撃:22人(赤14人/黒8人)
西側入口からの襲撃:7人(赤5人/黒2人)
その他からの襲撃 :3人(黒3人)
内、6人脱落。
残り、26人(赤13人/黒13人)。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「まあ、建物の内側にぐるりと落とし穴を巡らせて…?」
「手段がワンパターンでも、実際何の工夫もしねぇ訳がねーだろうが。
ロビーのタイルを引っぺがすのは一苦労だったぜぇ?」
「相変わらず、性格悪いわね…アンタら」
「はんっ…この生き難いご時世、強くたくましく生き抜くのに性格お上品でやってける訳ねーだろ」
「…ま、その意見には同感だけど。それで今回は何を穴に仕込んだっての?」
「ん? ルッコラがノリノリだったからな。ルッコラの犬…さっきも見たろ。護衛犬「クーダ」と猟犬「オサキマークラ」だったか? なんかそんな犬(?)を全部」
「猟犬…落ちた方々は、無傷では済まないのではなくて?」
「猟犬つっても色々あんだろ。アレは捕まえた獲物を傷つけずに運ぶよう躾けてあっから、噛みついても跡が残るほど酷くは噛まねぇし。あいつらも襲撃する時点で少しの怪我くらい覚悟はあんだろ」
「怪我っていうより、なんか話聞いてると精神攻撃に重きを置いてない?」
「そりゃ仕方ねぇ。再犯を予防すんには、相手に「もう懲り懲り、こんな目に遭うのはもう嫌だ」って思わせるのが1番だからな」
「容赦ないわね…アンタとミレーゼ、気が合うはずだわ。よく似てるもの」
「あら? そうかしら?」
「んあ? そうかぁ?」
「「「……………」」」
「今の反応でよくわかったわ。アンタ等、内心じゃ自分と相手は全然似てないって思ってるでしょ。もうちょっと客観的に見て自覚したら?」
「似て、いますかしら…?」
「そんなことねぇと思うぜ? 俺と貴族のお姫様がどう似てるってんだよ」
「わたくしも、このように世間知らずでは……とてもとてもピートの様な世慣れた殿方と気が合うなど…烏滸がましくて、そんな」
「性別も年齢も、生きてきた環境もまるっきり真逆だっての」
「アンタ等………そういう話じゃないっての」
呆れたようにレナお姉様は仰いますが…
わたくしと、ピート?
そんなに似ていますかしら…?
ルッコラ(11)
黒髪蒼瞳、左目元に泣き黒子。
仲間からは犬使い、他からは犬男と呼ばれている。
今回の犬:護衛犬『ベルクーダ』猟犬『オガミマクラ』




