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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
33/210

再犯予防には懲りさせることが1番だそうです

 わたくし達の前に示された、この廃病院の見取り図。

 確認したところ、1階には随分と広い空間を取った区画があるようです。

 正面入口から入ってすぐの場所…待合用のロビーかしら。

 正面口の防衛線は、ロビーの中ほどを指しています。

 ピートが指の動きで示した範囲や、注意するべきポイント。

 それらを繋ぐと、このロビーを如何に重視しているのかわかりますもの。

 …2階に続く大階段がそこにあるので、当然なのでしょうけれど。


 また、襲撃者達の侵入が報じられた西側。

 そちらにも入口があるので、そちらを襲撃されたのでしょう。

 元々は急患用の搬入口か、職員用の通用口が作られていたのでしょうね。

 こうして見取り図で見ると、正面口の次に大きな出入口が作られているのが見て取れますもの。

 

 この2つの出入口の他に、大規模な攻撃に適した侵入口はなさそうですけれど…

 その2つを狙ってくるあたり、襲撃者側にこちらの間取りを把握されているような気が致します。


「ピート?」

「…聞かなくたって、襲撃されんの初めてじゃねぇことくらい察してんだろーが」

「苦労していますのね、ピート」

「同情するくらいなら、囮くらいやってもらいてぇな」

「それは状況次第ですわね」


 どうやら主要な進入口を把握されてしまうほど、襲撃を受けてきたようです。

 いつまでも同じことを繰り返すなど…無為な時間を過ごしてはいませんかしら。

 

「それで、これからどうやって防ぎますの?」

「ふふん…ああいう単純な奴らにゃ、古き良き古典が猛威を振るうぜ。伝統として継がれるだけの効果を見せてやらぁ」

「古典…というと?」


 何をする気なのでしょう…?

 首を傾げるわたくしに、ピートは得意げな顔ではっきりと仰いました。


「落とし穴だ」


 それはまさしく古典ですわね、と。

 そう答える他に、わたくしは言うべき言葉を見つけられません。



 

   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 家も親も失い、叔父に捨てられて浮浪児になった。

 自分1人の力で生き残る社会は単純明快で過酷。

 だけど力さえ持っていれば、生き残れる。

 それはとても分かりやすくて、慣れてみると生きやすかった。

 

 何も持っていないのなら、奪えばいい。盗めばいい。

 そうやって食べ物も、着る物も手に入れた。

 それ以外にどうやればいいのかなんて、考えたこともない。


 此処…『青いランタン』の拠点への襲撃に参加するのも、今日で3度目。

 前回、前々回は煮え湯を飲まされた。

 その難関ぶりが、挑戦に際して闘志を高める。

 今日の目的は、今までのようなものとは違う。

 この襲撃……例え常とは違えども、今日こそは達成してみせる!


 決意を胸にかけられた号礼は『突撃』。

 響渡る声に乗る様に。

 『赤い星』の少年達は一斉に走り出した。

 目指す、廃病院の入り口に向かって。


 そして一瞬で消えた。



 前回は卑劣な罠にはまって襲撃に失敗した。

 入口まであと一歩、てところに落とし穴とか性格が悪いだろ。

 他にも何人も、同じ目に遭った奴がいた。

 情報を交換したら、いずれも建物の壁に沿って『あと一歩』の範囲に落とし穴…

 …いや、堀が作られていた。

 我先にと突進して、先頭の奴らが落ちたんだ。(俺含む)

 だから今回はそれを見越した。

 毎度同じ手に引っ掛かるほど、俺らは馬鹿じゃねぇ。

 二度と同じ手は食わないぜ、と。

 そんな決意で以て大ジャンプ。

 情報を交換して割り出した、堀の範囲を飛び越えた。

 着地地点は狙い通り、入口の一歩内側。

 ジャンプ力と相談して、ぎりぎり届く入口の中。

 その一歩の範囲が、俺の明暗をくっきり分けた。


「ぎゃーっ!!」


 ………どうなってんの、あいつ等の頭。

 建物の内側に落とし穴…いんや、堀を作るとか馬鹿じゃねぇの?


 だけどそんな馬鹿みたいな罠に引っ掛かった。

 今回は、建物の内側一歩の範囲に、壁に沿って穴を掘ってあった…。

 穴を隠すために乗せられていた薄いベニヤ板じゃ、ジャンプの着地には、その衝撃には耐えられない。

 当然のように、バリッと割れた。

 そして俺達は落ちた。


 我先にと突貫した、俺を含む3人がまず犠牲になった。

 俺達が落ちても、勢いのかかった体を止められずに更に1人落ちた。

 踏み止まったはずが、背後から味方に押されて、2人が穴の下に加わった。

 落ちた6人は、いずれも見慣れた顔ばかり。

 穴の底で打ちつけた各々の部位を押さえ、悶絶する。

 

 前回は、穴の下に廃棄された使用済みハエ取り紙が敷き詰められていた。

 勿論、めっちゃべたついた。

 それだけでもうんざりなのに、使用済みだったことで精神的に大打撃。

 しかも粘着質なハエ取り紙が体に絡まって、容易く捕獲された苦い思い出…。

 別口で侵入を試みた奴等は、落とし穴の下で地獄を見たらしい。

 そっちにはいい感じに腐敗した………駄目だ、薄気味悪い。

 それに比べて今回は、全然マシ。

 見たところ、今の段階じゃ何も…



   「にゃーん」



 不意に、穴の底。

 角度的に光の射さない暗がりから、声がした。

 ただ聞いただけなら、とても愛らしい。

 だけどそれが不気味さを加増しちゃってる。

 恐る恐る目を向けた先には………暗がりで光る、赤い…無数の目。



「にゃーん」「にゃーん」   「にゃーん」  「にゃーん」「にゃーん」

  「にゃーん」  「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」

「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」   

 「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」 「にゃーん」  「にゃーん」

「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」  「にゃーん」 

  「にゃーん」  「にゃーん」 「にゃーん」「げろげ~ろ」「にゃーん」 

「にゃーん」 「にゃーん」  「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」   

   「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」  「にゃーん」「にゃーん」

 「にゃーん」 「にゃーん」「にゃー…げほっ」「にゃーん」  「にゃーん」

「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」 

   「にゃーん」  「にゃーん」「にゃーん」  「にゃーん」「にゃーん」

「にゃーん」   「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」 「にゃーん」



 ぞわっと、背筋を恐怖が駆け抜けた。

 平坦な「にゃー」という声が、声が…


「う、う、うわぁぁああああああああああっ」


 く、くるなぁぁぁあぁぁぁぁぁあああああああっ


 無我夢中で腕を振り回し、纏わりつく闇を振り払う。

 だけど予想以上に小さな、その獣。

 振り払う腕の隙間を掻い潜り、凄いスピードで…!






 襲撃者:32人(赤19人/黒13人)

     正面玄関からの襲撃:22人(赤14人/黒8人)

     西側入口からの襲撃:7人(赤5人/黒2人)

     その他からの襲撃 :3人(黒3人)

     内、6人脱落。

     残り、26人(赤13人/黒13人)。



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



「まあ、建物の内側にぐるりと落とし穴を巡らせて…?」

「手段がワンパターンでも、実際何の工夫もしねぇ訳がねーだろうが。

ロビーのタイルを引っぺがすのは一苦労だったぜぇ?」

「相変わらず、性格悪いわね…アンタら」

「はんっ…この生き難いご時世、強くたくましく生き抜くのに性格お上品でやってける訳ねーだろ」

「…ま、その意見には同感だけど。それで今回は何を穴に仕込んだっての?」

「ん? ルッコラがノリノリだったからな。ルッコラの犬…さっきも見たろ。護衛犬「クーダ」と猟犬「オサキマークラ」だったか? なんかそんな犬(?)を全部」

「猟犬…落ちた方々は、無傷では済まないのではなくて?」

「猟犬つっても色々あんだろ。アレは捕まえた獲物を傷つけずに運ぶよう躾けてあっから、噛みついても跡が残るほど酷くは噛まねぇし。あいつらも襲撃する時点で少しの怪我くらい覚悟はあんだろ」

「怪我っていうより、なんか話聞いてると精神攻撃に重きを置いてない?」

「そりゃ仕方ねぇ。再犯を予防すんには、相手に「もう懲り懲り、こんな目に遭うのはもう嫌だ」って思わせるのが1番だからな」

「容赦ないわね…アンタとミレーゼ、気が合うはずだわ。よく似てるもの」

「あら? そうかしら?」

「んあ? そうかぁ?」


「「「……………」」」


「今の反応でよくわかったわ。アンタ等、内心じゃ自分と相手は全然似てないって思ってるでしょ。もうちょっと客観的に見て自覚したら?」

「似て、いますかしら…?」

「そんなことねぇと思うぜ? 俺と貴族のお姫様がどう似てるってんだよ」

「わたくしも、このように世間知らずでは……とてもとてもピートの様な世慣れた殿方と気が合うなど…烏滸がましくて、そんな」

「性別も年齢も、生きてきた環境もまるっきり真逆だっての」

「アンタ等………そういう話じゃないっての」


 呆れたようにレナお姉様は仰いますが…

 わたくしと、ピート?

 そんなに似ていますかしら…?





ルッコラ(11)

 黒髪蒼瞳、左目元に泣き黒子。

 仲間からは犬使い、他からは犬男と呼ばれている。

 今回の犬:護衛犬『ベルクーダ』猟犬『オガミマクラ』


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