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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
32/210

アレン様はトラウマをえぐりに行かれました

今回は前半、アレン君の視点。

後半は主に名もなき襲撃者の誰か視点。


 ――『暗闇の間』

 この廃病院の中で浮浪児達にそう呼ばれる場所。

 連れてこられてから、もう5分くらい?

 もしかしたらそれ以上…

 ようやっと闇に慣れ始めた目は、此処がそう呼ばれる由縁を教えてくれる。

 そう、ここは『暗闇の間』…光の射さない、窓のない部屋。

 ………の、隣の部屋に僕達は潜んでいる訳だけど。


「いいかな? このカーテンは絶対に開けないでね。これで隣の部屋に光が入るのを防いでるんだから」

「絶対に、隣は暗闇のままにしなくちゃいけないってことだね?」

「そう、アレン様は察しが良くて助かるよ!」


 僕らを此処に連れて来たのは、ミモザさん。

 ……一見、女の子に見えるけれど、お兄さんらしい。

 僕よりも何歳か年上で、意外に男臭い笑顔を浮かべる。

 名前も女の人みたいだけど、本名だろうか。


「隣の部屋に『犠牲者(エモノ)』が入ってきたら、このシャッターが落ちる。後は声を出さずに10数えてから、(おもむろ)にアレン君が台本を読み上げる。このパイプに向かってね。此処まではOK?」

「ええと、感情をこめて?」

「抒情的に読み上げるのも勿論素敵だけど、今回は抑揚をなるべく抑えて!

切ない感情を込めるのも良いんだけど…素人さんに無茶は言わないから。棒読みで良いよ、棒読みで。なるべく淡々と、ね?」

「この台本を、淡々と…」

「後はこっちの2人が啜り泣きと悲鳴を担当するから。感情面はこっちが演出。

君は朗読。役割分担はばっちりだ」

「うちの護衛は?」


 僕が背後を示すと、そこにはぶすっとした顔の護衛が1人。

 騎士のティルゼル・カープは若いけれど真面目な良い騎士だ。

 ちょっと忠誠心が高くて、融通が利かない。

 そこが良いとも思うけど、冒険したい時はちょっと障害になるんだよね…。

 僕も夜の探検の時、夜間警備中のティルゼルに何度も見つかって捕獲されちゃったことがあるからなー…


「護衛のお兄さん、ちょっと笑ってみて」

「そんなことをいきなり言われて、笑える訳ないでしょう」

「もうちょい臨機応変にできないー? 狂ったように笑うだけで良いんだよ?」

「ますます注文が難しくなってるじゃないか…!」

「仕方ないなぁ」


 ひょいっと肩を竦めて、呆れたというポーズ。

 ミモザさんは姿勢が綺麗で、指先まで意識が行き届いている。

 だから動作の1つ1つが印象的で、目を引き寄せられるんだ。

 それも嫌味にならない程度で加減してあるから、目を引くのもさり気無い。

 自分の見せ方をよく知る、演出家のようだと思う。

 ティルゼルも、無意識に意識を引き寄せられたんだろう。

 うっかりと、目はミモザさんに集中している。

 本人も気づかない内に、気を逸らされている。


 その隙に、背後に堂々と回りこむ他の子供にも気付かない。

 多分、堂々とし過ぎているから警戒対象だと思わなかったんだと思う。


 その子達の手のロープにも、気付いていなさそうだったから。


 そこからは、鮮やかな手際だった。

 慣れてるなぁと、見るとはなしに思う。

 どういった経緯でこんなことに手慣れたのかは、追及しない方がいいかな。

 ティルゼルは、5分とかからずに縛りあげられていた。


「…!?」


 気付いた時には、もう拘束されているよ。

 ちなみに、6人掛かりだった。

 盗賊か何かかと思うくらいの手際のよさだった。

 子供相手だからと、油断しすぎだ護衛担当。

 これは次の給料査定減点ものだね。


 ミモザさんの指示で、部屋の隅にあった椅子に縛りつけられてしまう。

 よく見たら関節の要所を極められているみたいだ。

 椅子の足に縛り付ける時も、わざわざブーツを強奪してどうするのかと思ったら…足の指を閉じられないように間に布を挟んで固定し始める。

 腕の方は、手を開いた状態で背面合わせに親指同士を結び付ける。

 …これ、何か意味があるのかな。


「あれは?」

「んー? ああ、指を微妙に開かせると力が入らないんだよ? あと腕のこの辺を固定圧迫すると、腕自体に力が入らなくなる」

「えぇと、どこで覚えたの…?」


「経験則」


 詳しく聞いちゃいけない。

 頭のどこかで、洒落にならない話が飛び出すぞ、と警報が鳴った。


「それじゃ騎士の兄さんはここに固定して、朗読開始5秒後に『泣き係』と『悲鳴係』の2人掛かりで(くすぐ)り倒す! これで何とかなるかな?」


 そう言いながら、ミモザさんが凶悪な兵器を子供達に渡した。

 鳥の羽根箒という、凶悪なアイテムを…


 ティルゼルの顔が、ひくっと引き攣った。

 今のティルゼルの姿はブーツと上着を剥ぎ取られ、とても無防備だ。


「ちなみに叫んだり存在を主張したり、暴れたりすると此処の場所がばれるよ。

そうしたら襲撃者達が乗り込んできて、お宅のお坊ちゃんはアンタが縛られている間に捕獲だ! わあ、大変!」

「ぐっ……クソが!」

「騎士さんったらお下品! あっははは!」

「笑うなら、君がすればいいだろうに…!」

「だーめ。僕は僕で役割ってやつがあるの! 僕にもすることあるんだから」


 ミモザさんは、ふふっと笑って。

 そうして僕らを部屋に取り残し、何処かへ消えた。

 本当は、此処にも襲撃があったらと不安はあったけれど…

 それでも部外者の僕にも、役割をくれた。

 それが少し嬉しかったので、張り切っているのも本当で。


「アレン様…」

 

 情けなく僕を見上げてくる物言いたげな視線には、黙殺で応えておいた。

 求められても、助けられないから!



 やがて第1のお客さんが来るのに、そう時間はかからなかった。

 ちょっと、身構えちゃったけれど。

 それでも与えられた役目は精一杯果たそう。

 そう思って、僕は台本をめくる。


 ………1ページ目を読んで、ちょっとざわっとした。


 駄目だ、深く考えちゃいけない。

 文字の内容を頭に入れちゃ駄目だ。

 ただただ、書いてある文字を読むだけ。

 考えずに、読むだけ…!

 それだけをやろうと心に決めて、機械的に台本を読んでいく。

 それが結果的に、指定された『淡々とした読み方』に合致して。


 そして、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。



   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 彼らは、気がついたら誘い出されていた。

 誘導されているなんて、意識もせずに。

 やがて辿り着いた部屋は、真暗闇。

 1歩足を踏み入れると、方向感覚さえも狂いそうな…闇。


 逃れようと思った。

 部屋から出ようと。

 だけど無情にも部屋は、外側から閉じられる。


 ――誰か、潜んでいた…!

 

 外側から閉じられた事実にそうと気付けども、もう遅い。

 彼らは完全に、孤立させられていた。

 押しても引いても、体当たりをしても扉は開かない。


「くそ…この扉、何製だ!?」


 気にするのはそこじゃないと思ったが、全くもって同感だった。


 やがて…

 逃れる場所も、正しい道も。

 何も見えない、闇の中。

 ……………どこからか、声がした。


 間に壁を挟んだような、くぐもった声。

 なのにそれは、はっきりと聞こえたんだ。


 感情の全くこもらない、無機質な声が。


『――ぐちゃり、ぐしゃり。喉が潰れ、足は斬り落された。闇の中から誰かが狙っている。気が付いた時には1人が死んでいた。奴だ、奴が来る…! あいつが地獄から蘇ったんだ! ……跳ね飛ばされた生首は足元を転がり、奇妙に澄んだ目が訴えかけてくる………「次は、お前の番だ」。囁くように、耳に呪いが吹き込まれた』


 なんだ! この不吉なモノローグ!?

 ぞわ、と背筋が震えた。

 何が起こるか、何が潜むかわからない貧民街。

 時々偶に、人格異常者も現れる。

 快楽殺人者は、半年に1回くらい出てくる。

 実験体を求める人格の破綻した学者か医者は、年に1度の風物詩だ。

 だから、身に覚えがある。

 身に沁み込んだ恐怖が、反応する…!


『けひゃはははっ ひぃひひひひいひひひひひひっ ははははははははははははあははははあはははははははああああああっっふはっあーーっひぃひぃひぃふひゃはははははははあひゃはひゃひゃひゃっひぃぃぃぃっきひひひひぃぃぃひひひひひっ』


 不意に、狂ったような笑い声。

 いいや、狂った笑い声。

 どこから、聞こえる?

 どこから…っ


 3年前を、思い出した。

 貧民街で、無力な老人や子供を20人近く血祭に上げた最悪の快楽殺人者。

 それに、背中を追われた日を。

 逃げるこの背中を、どこまでも…どこまでも、追ってきた。

 逃げ切れたのは、ただの奇跡だ。

 幸運にも、足を踏み外して側溝に落ちた。

 あの時、側溝に落ちて流されなければ………殺されていた。


 あの日を思い出す。

 思い出したくないのに、思い出される。

 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ…っ!

 殺される…殺される、殺される、殺される!!


 あの笑い声が追ってくる…! 

 俺を殺そうと、笑いながら追ってくる!


 気が、狂いそうだ。

 あの笑い声みたいに。

 あの、笑い声よりも。


 ああ、どこからかすすり泣く声が聞こえる…

 

 あれは、遠く。

 あの日の俺の泣く声…か………?


 瞬間、悲鳴が聞こえた。

 

 びくっと震える、この肩が。

 肩が、熱い…っ

 鉈で斬りつけられた!

 いや、落ち着け…斬りつけられたのは、3年前のはず。

 いいや、でも、斬りつけられたんだ…! 

 あ、あ、あ…傷口が熱い。 

 熱い、熱いと疼く…っ


 悲鳴が! 悲鳴が聞こえる!

 あの日の俺の、か細く泣く声。

 あの日の俺の、魂を振り絞る悲鳴!


 ああ、あ、あ、あ…声を抑えろ!

 見つかる!

 見つかって、しまう………っ


「あぁあぁあああああああああ………っ」


 いつしか悲鳴は、遠く響くものではなく。


 俺の、この口から。

 ほとばしる。

 …ほとばしる。

 抑えることが、出来ず。


 また、悲鳴が聞こえた。

 

 ああ、今度こそ、あれは…あれは、俺の声だろうか。

 

 笑い声。

 泣く、声。

 苦痛に喘ぐ、悲鳴。


 淡々とあの日の恐怖を歌い上げる、感情のない声。


 俺の神経は焼き切れたように激痛を訴え…

 ………いつしか、俺の意識は闇の中に落ちていった…。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


   


「貧民街育ちって、これ系のトラウマ抱えてる奴が結構多いんだよねー…

たまに変質者に襲われるからさ、1回は恐怖体験に遭遇しちゃう」


 星も月もない完全なる暗闇への怯え。

 襲い掛かってくる殺戮者への恐怖。

 そしてグロ系怪談話。


 タネさえわかってしまえば、恐怖など感じないけれど。

 突発的に、狼狽えているところに与えてやれば…


「結果はこの通り、ご覧じろ…ってね」


 泡を吹いて足下に倒れる何人かの少年。

 完全に気絶しているのを見止め、ミモザはひょいっと肩を竦めてみせた。

 この異様な空間に耐え切れず、気を失ったのだろう。

 部屋に入ってきた時、正気を保っている者もいたが…

 そちらの方は既に、物理的手段で無力化済みである。


 数人がかりで捕らえた獲物を引きずっていかせ、部屋は再び空っぽ。

 完全に空になったことを確認し、今度はアレン達の潜む部屋に向かう。

 隣の部屋ではあるが、壁の間に配管が通してある。

 それを伝って、鮮明に声は届いたことだろう。


「次の獲物を入れるのは、5分後くらいで良いかなー?」


 どんな効果が出ているのかわからないままに台本を読み上げ続けるアレンに「Take2」の指示を下すため、ミモザは軽い足取りで隠し扉へと足を向けた。




えげつないミモザ君…。

そんな彼の生涯の目標は、死んだお母さんをどん底に叩き落した憎くいあん畜生への復讐だそうです。


ちなみにピンチは仲間と協力して切り抜けてきた『青いランタン』の子供たち。

自分の身は自分しか守ってくれない環境下で死ぬ目に遭ってきた他の子供たちよりも、『青』の子達はトラウマが軽減されているようです。

怖い思いをしても、仲間が慰めて年長者が守ってってしてくれるから!

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