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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
30/210

計算された嵐が、迫り来る予感が致します


「ピートぉ、来た! 来た来た来たよ!」


 クレイに稚拙な絵を描かせ、その絵を手紙に仕立て上げていく。

 そういった作業をわたくし達が分担している場所に、慌てて飛び込んできたのは『青いランタン』を構成する浮浪児童のお1人。

 必死なお顔で来たと告げる、その一言。

 たった一言に、その場に残っていた子供達…ブルグドーラ女史の授業を辞退した、10歳前後の子供達が空気を張りつめさせます。

 誰ともつかない息を呑む、音。


「そっか、やっぱ来たか。はは、思ったより遅かったな」

「ピート? 何が来たのよ」


 訝しげに、問うレナお姉様のお声。

 その疑問は、わたくしやアレン様、ついでに護衛その1・2と通ずるもの。

 隠す様子もなく、ピートは簡潔な答えで以て告げました。


「赤と、黒だ」

「?」

「貴族のお坊ちゃんは分かってねぇ様子だな」

「『赤』に、『黒』…他の二大組織じゃない。奴らが協力して来たっていうの? いくら『青』と仲が悪いからって、同時に!?」

「ま、そういうことだろうな」

「何やったのよ、アンタ…」

「俺の責任じゃねーよ」


 『赤』と、『黒』。

 わたくしも最初はそれが何のことなのか、わかりかねましたが…

 レナお姉様の反応を見て、気付きました。

 いいえ、思い出したと言った方がより正確かもしれません。

 わたくしがピートと出合った日。

 『青いランタン』と出合った日。

 その他にも、2つ…わたくしに接触して来た集団があったことを。


 金銭を直接狙った、暴力支配の『赤い星』。

 布地などを狙った、能力主義の『黒い蝋燭』。

 そう、浮浪児を纏める集団は、『青いランタン』の他にもあったのです。

 『青いランタン』と仲が悪いという、大きな2つの集団が。


 ――お高くとまって、いけ好かない。

 他の浮浪児童集団に、『青いランタン』はそう評されているのだと聞きます。

 特に個人主義な『黒い蝋燭』と、暴力的な『赤い星』には…

 助けあい、補い合おうとする『青いランタン』との相性は悪そうですものね。

 そんな彼らが、わざわざ…

 ピートやその配下の反応を見るに………これはもしや、襲撃でしょうか?

 そんな、わたくし達が来ている場に、タイミングよく?


 わたくしのピートに向けた目には、露骨に宿っていたのでしょう。

 疑いの、問いかける目が。

 そして、ピートはわたくしに隠そうとも致しませんでした。


「言ったろ? お子様ってのは意外と情報通なんだよ。ともすると隣家の若夫婦の浮気相手が誰かとか、殺人鬼の正体とか知ってたりすっからな」

「その例えはどうなのでしょう…?」

「こうも言ったよな? 学もなく、働き口もねぇ浮浪児(ガキ)共が日銭を稼ごうと思ったら、ソレ(・・)をくれる相手の手先になるしかねぇってな」

「……………」


 ピートは、言いました。

 わたくしが裏で捜されている、と。

 そしてそんな裏稼業の、先兵となりうる子供達…孤児の、後ろめたい仕事を何とも思わないだろう集団。

 ピート達『青いランタン』が情報通だというのであれば、それに次ぐ集団だという2つが『青いランタン』に準じた情報網を持っていても不思議はありません。

 そして、自分達よりも大きな集団である『青いランタン』を相手に、一時的にせよ手を組んだとしても………

 そう、不思議はない。


 わたくし達につけられた、護衛に憚ってくれたのでしょう。

 分かり辛いようにはっきりとは言いませんでしたが…

 言外に言い含められた言葉は、わたくしにはっきりと突きつけられました。

 そう、目も逸らせないくらいに。


「ピート…こうなると、わかっていて?」

「だから変装して来いって伝言したかったんだが…ま、こうなりゃ仕方ねーし。

そも変装くらいで、特に『黒』は誤魔化しが利かねぇだろうとは思ってたしな」

「つまり、『赤い星』くらいは騙せるだろうと思っていたのですね?」

「あいつら、頭悪ぃから。単純馬鹿の集まりだし」

「それは………申し訳ありません」

「ま、後顧の憂いは断っとかなきゃな。実際、具体的にどこが采配を下してんのか、探るいい機会じゃねーか?」


 そう言って、ピートはからからと笑います。

 その笑顔に、含むところも裏も見ることは出来ませんでしたが…

 確かに、そう思ってもいるのでしょう。

 ですがそこに、わたくしに「気にするな」と伝える気遣いが垣間見えました。

 実際に『青いランタン』を巻きこんでしまったこと、気にせずにはいられませんが…ここは、彼の気遣いに応じることこそが彼の望みでもありましょう。


「………労をかけますわね」

「その分、美味しい見返り期待してるぜ?」

「貴方の期待…盟友として、全力で応えさせていただきましょう」

「心強いお言葉、ありがとよ。


――お前ら、ミレーゼの言葉確かに聞いたな?


俺ら最強のおコネ様が、全力で見返りを約束してくれるってよ! そう言う訳だから、俺らのお得な未来を掴むため、踏ん張れよ!」


「「「「「応!」」」」」


 志気が高く、不平を口にしない。

 ピートの高い統率力によるものでしょう。

 いっそ楽しげなまでに、応じる声は明るくしっかりとしていました。

 にひひ、と。

 貴族の子であれば絶対にしない笑い声が聞こえます。

 わたくしに笑いかけるピートの顔は、何となく楽しそうなもので。


「男の子ってなぁ戦争ごっこが大好きなもんなんだぜ? どっしり構えて見守ってろや、御旗ちゃん?」

「わたくし、ビーチフラッグの旗になった覚えはありませんの…かかる労役に感謝は致しましょう。ですが降りかかる火の粉、いざという時はこの細腕で払ってみせます。例え、この腕が折れたとしても!」

「……………お前、無駄に勇ましいな」

「不本意ではありますが、仮にも不肖竜殺しの妹ですので」

「お前の兄ちゃん、なー………流石にあんだけ化け物だと、引くぞ?」

「安心なさって。流石にあそこまで人間の思惑を超えた不思議生物と同類ではありませんから」


 ですが、いざという時は…

 どうかこの身に、力をお貸しください。

 兄………は、頼りたくありませんので、天のお父様。お母様。


「ええと、つまり浮浪児達の抗争が始まる…という解釈で間違ってませんよね」

「ま、だろーな。どうするよ、てぃるるん」

「………なんでこっちに判断寄越すんですか。貴方の方が年上でしょうに」

「俺よりてぃるるんの方がしっかりしてっからー」

「くそ、この使えない年上が…っ」


 騎士達が、戸惑いを隠しもせずに何かを言っているようです。

 それまでは害がないことを一時的に認めたのか、不承不承壁際に控えてわたくし達のすることを見守っていたのですが…

 流石に、この物々しい雰囲気に動きを見せずにはいられないのでしょう。

 その護衛という職務上、黙ってはいられないと前に出てきます。

 ………大人しくしていては下さらないだろうと、思ってはいましたけれど。


「アレン様、ミレーゼお嬢様、クレイ様」

「あーい!」

「まあ、何でしょう?」

「ははは、ミレーゼ。声が空々しいよ」

「あら、アレン様だって笑い声が虚しく響いていましてよ?」

「ねえしゃま、ねえしゃま! ぼくは? ぼくは??」

「クレイはいい子ですわね。名前を呼ばれたら大きくお返事、基本が出来ていてとっても素晴らしいですわ」

「きゃー!」


「アレン様、ミレーゼお嬢様! 人を煙に巻こうとしないでください!」


「これくらいで煙に巻かれてどうするんだよ。心を強く持て」

「ええ、わたくし達に転嫁されても…困ってしまいますわ」

「ねえしゃま、こまりゅの? おこまり、なのー?」

「そうなのよ、クレイ…あの小父様(・・・)、わたくし達に言いがかりをつけてきますの…」

「むぅぅ…ねえしゃまをいじめちゃ、め! なのー! ねえしゃまをいじめるおじしゃん、きらい!」

「ぐっ……お、おじさ…!?」

「わたくし、8歳ですの。小父様はおいくつですの?」

クレイ(ぼく)は3しゃーい」

「僕は知ってると思うけど、10歳だね。で、ティルゼル・カープ? 君は?」

「ぐぅ………っ に、にじゅぅ、きゅうさい、です…」

「まあ! わたくしのお友達のお父様と1歳違いですわね!」

「う、うぐ…っ」


 お子様(年齢一桁)必殺、年齢(トシ)の話題。

 微妙なお年頃の独身男女は、大概この技で挙動不審にすることが出来ます。

 ただし洒落で済まない相手に使うと激昂させることになり、わたくし自身も危険にさらされる技です。

 それでなくとも、こちらの印象を下げる両刃の刃ではありますが…!


 ですが普段、彼は周囲に「若造」として扱われているそうですし。

 彼になら使用しても問題はないでしょう。

 このまま、心を折ってしまいましょうか。

 子供の相手は、とっても大変ですのよ? ←確信犯


「もう、真面目に話を聞いて下さい! 御身の大事に繋がることなんですよ!?」

「そもそも、子供なんて大人しく大人の言葉を聞いてばっかりって生き物でもないだろうに。ねえ?」

「そうですわね。子供を思うまま従わせようというのは、大人のエゴですわよ?」

「やだ! 半端に事情を透かして見てくる、頭のおかしい(イイ)子供って…!」

「それ仕える立場で言っちゃう、てぃるるん!? 度胸すげぇな! おじさん、真似できねぇ!」

「先輩までなんで混じってくるんですか!? そもそも、先輩(アンタ)がもっとしっかりしないから…!!」


 途中から子供総がかりで、追い詰めた結果。

 騎士ティルゼル・カープは大人しく引き下がりました。

 それまでは安全の為に避難を、退避をとしつこく食い下がって参りましたが…

 今ではすっかり、遠い目をして黄昏てしまっているようです。

 その背中には、「もうこいつ等の安全なんてどうでもいいや」という隠しきれない本音と、それに抗う責任感の葛藤が垣間見えました。

 生来真面目なようで、最終的には職務に忠実に従うおつもりのようですけれど。

 

 そうこうする内に、時間切れが近づいている訳なのですが。


 でも、油断できない眼差しを感じます。

 気付かれないよう、さり気無い振る舞いとやる気のなさをアピールするポーズで、誤魔化しているようですが。

 そのような半端な誤魔化しは、ピートやその配下には通じなかったのでしょう。

 彼らがいつしか警戒の眼差しを、ロンバトル・サディアに集中させています。

 彼らの、その警戒でわたくしも気付いたようなものですが。


 彼の、隠された鋭い眼差し。

 わたくしに注視する、視線。

 わたくしが身の安全を犠牲に、此処に残ってまで何を成そうとしているのか。

 行動、言動、思考…全てを観察し、分析しようというような。

 理知と、冷静さが鋭さを磨きあげ、中途半端な隠蔽を無効化していることに気付かないのでしょうか。

 騎士ロンバトル・サディアは、わたくしを観察している。

 恐らくこのハプニングを経て、わたくしの心積もりを量るつもりなのでしょう。

 その結果は、どうするのか…。

 考えるまでもありませんわね。

 わたくしの身柄を完全に守り切った上で、伯爵様にわたくしが何を企んでいるのかを報告するつもりなのでしょう。

 本当に、油断できない…。


 騎士ロンバトル・サディアは気付いていないでしょう。

 観察しているつもりで、いつしか自分の方が挙動を注意されているなどとは。

 浮浪児童、孤児…

 そのような身分だからと、侮ることを許さない子供達。

 彼らの絡みつくような視線に、獲物(ロンバトル・サディア)は気付くことが出来るのでしょうか…

 

 当然のことですが、勿論わたくしは浮浪児童の肩を持ちますわよ?

 そちらの方が、わたくしの利益も守れてお得ですもの。

 どうやって出し抜いて差し上げたものか…

 わたくしの思案は、そちらの方へと走り出しておりました。




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