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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
29/210

どこの世界も、深遠とは奥深いものですのね

2014/9/6 誤字の訂正


 無邪気な仮面を被った、小さな役者達がブルグドーラ女史を取り囲んでいます。

 流石に、それで食事を贖っている方々の演技は目を見張るものがありますわね。

 今のわたくしには真似の出来ない、高等な演技。

 客観的に傍観するという姿勢を貫いていて尚、演技とは思わせない素晴らしさ。

 彼らが小さな劇団を開けば、大層支援金を集められるのではないでしょうか?

 本気でそれを検討してしまうくらい、彼らは怪しませない演技をしています。

 ブルグドーラ女史が、呑まれてしまうほどの素晴らしい演技を。


「おねえちゃん、あのねあのね!」

「おねえちゃんにお勉強教えてもらう為に、特別な場所を用意したんだよ!」

「みんなでととのえたのー!」


 可憐な女の子達が、ブルグドーラ女史の両手を引張ります。

 顔に弾けんばかりの、輝く笑顔を浮かべて。


「机とか、ちゃんとあるんだよ! ぼくらが運んだんだ」

「あのねー? ちっちゃいけど、黒板もあるのー」

「チョークはちょっとぼろいけど、でもちゃんと書けるんだから!」


 紅顔の美少年と評される男の子達が背後に回り、その背中を押します。

 思慕の念を灯した瞳で、女史に憧れの眼差しを注ぎながら。


 そして1番後ろにいた男の子が少々此方を振り返り…

 ピートに向かって、ぐっと親指を立てて見せました。

 その顔はそれまで女史に向けていたものとは違い、世慣れた不良少年そのもの。

 大物ですわ…

 思わず感心してしまうくらいの、変わり身です。

 まったく…お手本にしたいくらいですわね。


 そのあまりの変わり身、演じぶり。

 それに実態を知っていたレナお姉様は、ともかく。

 アレン様が拍子を抜かれたお顔で、呆気に取られて消えていくブルグドーラ女史の背中を無言のまま見送っていらっしゃいました。


「ミレーゼ、あれ…ブルグドーラ先生、放っておいていいのかな」

「大丈夫です、アレン様。彼ら彼女達は自身の利益に繋がると判断した相手を無用に傷つけることはありませんわ。むしろ夢を壊さぬよう、今後己の不利益に繋がらないように大事に囲い込んで夢想の世界に絡め取るくらいはすることでしょう」

「むしろそっちの方がコワイよ!? し、心配だ…!」

「きっと素敵な夢を見せて下さいますわ。相手が子供好きなら」

「先生………無事で帰って来なよ」


 そう言いながら、見送りはしても追いかけはしないアレン様。

 幸運を、と呟くアレン様は、完全に他人事の様相で。

 見捨てたといいますと語感が悪いのですが…

 惑わされる女史を敢えて助けようというおつもりは、どこにもないようでした。


「ピート、あのオバサンどこに連れてったの?」


 一応、心配したのでしょうか。

 レナお姉様が険しくなったお顔で、ピートを睨みつけます。

 ああ、やはり御2人は以前から既知の間柄であるのでしょうね…

 呼び捨てにされたピートの方も少しも戸惑うことは、なく。

 むしろ面白がるような口調で、レナお姉様に応じました。


「人の心配なんて、する余裕がねぇのが貧民街。特に相手が大人ならな。あの先生も、十分自分の責任は取れる年だろ。レナ、ここ出身のお前が大人の心配かよ?」

「あら、悪い? だって何かあったら、あたしが雇用先の信用を損ねるじゃない」

「おお、利己的。だけどそれでこそレナだぜ」

「ふんっ………それで、どこに連れてったの」

「まあ、心配すんな。そんな怖い顔しなくたって教えてやるよ。そう遠くないさ。廃病院(ここ)の屋上だ」

「屋上? 何よ、青空教室ってやつ? そんなところでお勉強しようっての」

「正確には、サンルームな? ここが病院だったころの名残で、ちょっとした物があるんだぜ? まあ、ところどころ壊れてっけどな!」


「………ブルグドーラさんを、この場から引き離しましたね」


 突如、深い声が致しました。

 振り返ると、そこにいるのは騎士の方。

 お若い方の…騎士ティルゼル・カープ。

 先程までの困ったようなお顔ではありません。

 いま、彼は鋭い視線で射抜くような目で。

 真っ直ぐに、わたくしやピートに視線を注いでいます。

 

 飄々としたピートは、流石に頑丈な胆力を有しているようでした。

 彼は気にした素振りもなく、肩を竦めて見せるだけ。

 わたくしに粗末な紙の束を見せてきます。


「それは何でしょうか」

「お礼状? ミレーゼやら家庭教師やらを派遣して下すった(・・・・・・・・)お貴族様に?」

 

 見せていただくと、それは幼い子供の書いたらしい拙いお手紙。

 簡単な文字と、ところどころ間違った表現。

 無邪気なお絵描きが、幼さを主張しているように拝見できます。


「これは…」

「俺が書いた」

「ああ…やはり、そうですか」


 表面上、字を覚えたばかりの幼子が書いたように見えますが…

 どうやら、それは偽装。

 子供達の感謝のしるしに見せかけた、相手を気持ちよくさせるための小道具。


「優越感に浸りたい爺さんを良い気にさせる細工を惜しむ気はないぜ? 何しろ次回以降がかかってる」

教師(せんせい)の派遣を継続させようと必死ですのね」

「当然。ブランシェイド伯爵なら女児を装った手紙の方が効果的か? 一応、絵はチビ共に描かせたんだ」


 ピートは独学で読み書き計算を身につけたという努力の人です。

 今回の努力の方向性は打算に満ちていますが、やはり努力は努力。

 アレン様もピートの真剣さに気付いたのでしょうか。


「そこまでして、勉強を?」

「ああ。したいし、チビ共に与えてやりたいね。それで将来が拓けると思えばな」

「そんなに……」

 

 考えこむ、アレン様。

 ピートや幼い浮浪児童達の姿が、もしや良い刺激になっているのでしょうか。

 それだけでもわたくしにとっては意味があります。

 これは、より一層の協力を申し出てもよいくらいです。


「あとさ? やっぱ援助に値する人材だって証明したが良いだろ? そっちのが支援続けてもらえるだろうし。お嬢様(ミレーゼ)の道楽状態じゃ、いつまで続くか分かんねーし」

「そうですわね。尊厳と打算と利益勘定で動くのが貴族ですもの。今後も継続的な援助を頼むのであれば、やはり見返りは必要ですわね。それも有能な人材の提示がもっともらしいのではなくて?」

「まあ、先物買い…青田買いみてぇなもんだと思ってもらえれば万々歳だろ。それもただ優秀なだけじゃなく、面白い(・・・)人材の方が受けは良いか」

「ミレーゼとピートさんが何をやりたいのか、段々わかってきたけど………その示せる才能(・・・・・)がどんなものだとしても、表だって自慢できるものの方がいい。サロン何かの集まりに同行させて、自慢げに披露できるものなら。貴族はそういった示威行動を必要とする時があるから」

「自慢に命をかける方も、一定数いますものね…そういった人間比べのような場に連れて行ける程の人材だと示せれば、確かに興味を持つ方は多いでしょう」

「理想は複数の貴族に共同出資させて、教育整備を進めることなんだよなー…大きな夢、だけどさ」

「まあ、立派な夢ではありませんか!」

「確かに難しいけど、自分達で教育の必要に気付いたってだけでも凄いと思うよ。話を分かってくれそうな貴族(かた)のリストアップなら出来るから、資料作ろうか?」

「おお、アレン坊ちゃん話せるじゃん! こっちでも話聞いてくれそうな貴族の評判くらいは集めてるけどさぁ…やっぱ実際に貴族の中に入る奴の情報ってどうしても手にいれ難いんだよな。助かる」

「それでピート? 貴方、実際にどのようなカードを持っていますの? 手札を見せていただけるのかしら」

「ん、そうだな。お前らに判断してもらおっか…貴族の奴らが才能に魅力を感じるか、どうかな」

「そう仰るからには、既に選出も終えているのでしょう? 会わせて下さる?」

 

 頷きを返し、ピートが名を呼んだのは5名。

 呼ばれるのと同時に、部屋の隅に控えた子供達の中から該当者と思わしき方々が進み出てきました。

 5人の、少年少女。

 彼らはピートとあまり年齢の変わらない…10歳をゆうに超えているのでしょう。

 ブルグドーラ女史を連れ出した子達よりも、年かさの方々です。

 わたくしやアレン様より、幾つも年上に見えました。


「此奴はルッコラ。俺らの間じゃ『犬使い』って呼んでる」

「どうも」

「それからセルカと、セルマー。似てるだろ、双子の姉弟だ」

「はじめまして」

「………まして」

「そっちはミモザ。男だ」

「やあ、こんにちは」

「最後はフィニア・フィニー。聖職者の不義の子っていう珍しくもない生き物だ」

「生き物って言い方は酷いと思うの! ピート酷い!」

「おら、挨拶しろ」

「…フィニアだよ、可憐なお嬢さん。どうか私のことを覚えて、是非その小さなお口で『フィー』って呼んでほしいな。愛称って親しげな気がするでしょう? 許されるなら、私にも貴女のことを愛称で呼ば…」

「その辺で黙っとけー」

「あっ ピート、ピート! 指が! 指が目に食い込んでる…!」


「………と、まあ。こんな愉快で面白い人材がいる訳だが」

「それぞれがどういった人物で、何が出来るのかさっぱり分かりませんでしたわ」

「…だろうな」

「例えば、彼らはどんなことがお出来になりますの?」

「目に見えて、わかりやすい奴から行くか………おい、ルッコラ」

「はいはいさー。それじゃあ、僕の最近の成果をお見せするよ」


 そういって、ルッコラ少年が連れて来たのは、見たこともない生物でした。

 哺乳類なのはわかるのですが………狐? 犬?

 それは何とも不思議な、わたくしの小さな膝にも乗れそうな生き物でした。

 腕から下ろされても動き回ることなく、大人しくお座りの姿勢で控えています。

 その姿には従順さと性質の穏やかさが垣間見えますけれど…

 

「この生き物は、()ですの…?」

「犬だよ」

「………いぬ。見えなくはありませんけれど」

「正確には、僕が改良した犬種。護衛に最適。一匹どう?」

「改良…!? そんな、種の改良など子供に簡単にできることでは…」

「僕の死んだ父さんはね、ちょっとした家に仕える犬番だったんだ。仕事の合間に研究もしててね。それを僕が継いだの。ただお屋敷は父さんが死んだ時点で子供に何が出来るーって放り出されちゃったけどね」

「ルッコラの犬は凄ぇぜ? 何しろ餌を与えなくっても自分で狩ってくるからな」

「………この、街で?」

「ううん。王都の外に森があるでしょ。あそこに狩りに行くんだよ。僕が弓を持って、犬達を連れてね。余剰分を此処に持ち帰って、チビ達に分けるくらいには収穫があるんだ」

「それは………凄いですわね」


 それが本当であれば、確かに素晴らしい人材と言えるでしょう。

 ルッコラの連れてきた生物は、本当に初めて見る種類の『犬』です。

 これを改良したのが子供だなんて………普通に有り得ることではありません。

 ルッコラに知識と技術を継がせたという亡父は、余程の人物だったのでしょう。

 どこの何方が敢えて手放されたのかは存じませんが…その放り出したという人物は、とても惜しいことをしたのではないかしら。


 ルッコラの連れてきた『犬』が、わたくしを見上げています。

 大人しげなその姿に、動物が好きだというアレン様が目を輝かせています。

 好奇心の旺盛な、クレイも当然だというように。


「きちゅねしゃーん、かぁいいねぇ」

「クレイ、これ犬だって。狐じゃないみたいだよ」

「わんわん? わんわん!」


 ふふ…クレイには狐に見えましたのね。

 わたくしにも、そう見えます。

 正確に申しますと、小型犬サイズの狐に見えます。

 鼻筋の通った部分は、ミニチュアダックスフントを連想しますわね。

 丁度よく、わたくしの手で簡単に掴めてしまいそうです。

 大きなお耳は、パピヨンに形が似ています。毛が短ければ、ですけれど。

 目元は………これは完全に狐ですわね。

 犬というには鋭く、印象的。

 きつい眼差しが、全体的な印象を狐に近づけているようです。

 小さな体は柔らかそうな体毛に覆われ、足が少々長く見えますが極めて一般的な犬の体形に近いものがあります。


 そして何故か、ふかふかの尾が2つありました。


「ふふふ…?」


 これは本当に『犬』なのでしょうか。

 『犬』と呼んでもよろしいのでしょうか。

 わたくしには、わかりません。

 わかりませんでした…。

 

 ですが弟は、そんな生物の不思議など気にもならないのでしょうか。

 ルッコラが頷くので無邪気に『犬』に手を伸ばし、その頭をなでなでと…

 『犬』は気持ちよさそうに目を細め、愛らしい鳴き声を聞かせて下さいました。


「にゃー」


「「「!?」」」


 猫!?

 固まる、わたくし。

 驚く、アレン様。

 顔を引き攣らせたのはレナお姉様ですわね。

 警戒を隠しもせずに様子を窺っていた騎士その2は身を仰け反らせ、その1は盛大に顔面を壁に打ち付けたようです。

 騎士達が奇行に走るのも、致し方ありませんわね…

 わたくしも、その気持ちがわかる程度には驚きました。


「きゃあ! きゃぁいいーねぇ」

「顎の下を撫でると特に喜びますよー。こいつらチビ達の人狩り対策に()ったからか、子供好きでね?」

「ふあふあー!」


「……………ピート?」

「ははは…なんだ」

「あれは、本当に『犬』ですの…?」

「聞くな」

「『いぬ』、ですの?」

「だから聞くなって。俺にもわかんねーよ」


 弟を止めることも出来ずに、見守るしかないわたくし。

 この身が不甲斐無く思えてきます。

 ピートに縋るような眼差しを注いでも、否定はして下さいません。

 あれは、犬ではないと。

 ………本当にあれは犬種改良の末に生まれた『犬』なのでしょうか。

 わたくしには、まだまだわからないことばかりです。

 この世界は…こんなに不思議なこともありますのね………


「まあ、こんな感じだが…他の奴の紹介も聞いとくか?」

「今は………いま、は、胸がいっぱいで…」

「………まあ、他は追々教えるわ」

「頼みます、わね」


 濃い………

 そして、得体が知れない………


 深く追求してはなりません。

 わたくしが、浮浪児童達の深淵を前に小さな挫折を味わった瞬間でした。





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