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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
28/210

お勉強は誰であっても必要ですもの


 ピートの意味深な忠告。

 それを聞いて、咄嗟に動揺を戒めることが出来たのは奇跡に近いと思います。

 狙われている、なんて言われて驚き恐れない娘はいませんもの。

 ですがそれを表面上に出してしまえば、騎士達に見咎められてしまう。

 わたくしは、それを顔に出す訳にはいきませんでした。

 騎士達が強硬手段に出た時、わたくしには対抗策がないのですもの。

 だから、何でもないふりをしなくてはなりません。

 平常心。平常心、です。

 その思いを込めて、ちらりとピートに目配せを送ります。


「………詳しい話は、また後に」

「応」


 ピートも意味ありげな視線を騎士達に送りながら、頷きを返して下さいました。

 わたくしの事情を斟酌して下さったのでしょう。

 折角融通を利かせていただいたのですから、わたくしも相応にその気遣いに応えましょう。

 そう、今こそピートの願いに力を貸す時です。

 わたくしはにっこりと微笑み、この場に連れてきた方々へと振り返りました。


「レナお姉様には特に紹介は必要ありませんわよね…アレン様、ブルグドーラ教師(せんせい)、そして護衛の皆様。此方はピート、わたくしとクレイが町を彷徨っている時、大変お世話になった方です」

「そうか…ピートさん、僕はアレン・ブランシェイド。よろしく」


 わたくしの言葉に、こくこくと頷いて下さるアレン様。

 流石、アレン様は度量の広い御方のようです。

 そう、貴族の少年には珍しく。

 …尊大な振る舞いを当然のものとして慣れた貴族の者には、孤児を薄汚いだの何だのと言って忌避する者も珍しくありません。 

 それも浮浪児童の1人となれば…アレン様の反応はとても珍しい部類です。

 こうも心の広い方でなければ、悲惨な末路を辿っていたやもしれませんが。

 …わたくしも、アレン様なら大丈夫だと思ったので同行に頷いたのですけれど。


 こういった場合、きっと一般的な反応は他の方々同様の物になるのでしょうね。


「ミレーゼ様が、お世話に…」


 困惑と訝しみの目を向ける、ブルグドーラ女史はまだ良い方でしょう。

 融通の利かない方ですが、意外に良心的な分別はお持ちのようです。


「少年って言うか…お嬢さん、そいつぁ浮浪児ってやつじゃありゃしないか」

「それも不良集団のリーダーっぽいんですけど」


 この場合、心配すべきは他の2名。

 騎士達はその職務上仕方がないのでしょうが…

 わたくしの紹介にも警戒と呆れを滲ませていて。

 紹介した後だというのに誰何の声を飛ばしそうなほど。

 ですが威圧するでも尊大な振る舞いを見せるでもないのは、ブランシェイド家の教育が良いのでしょう。

 ここで悪い意味で貴族的(・・・)な振る舞いに出られると、わたくしも困ります。

 それこそ、一時的にでも口を閉じさせる為に、直接的手段に訴えることを検討せねばならなくなるでしょう。

 

 …間違っても、そんな事態にはさせません。

 わたくしのような無力な8歳児がそれをやるのは、手間がかかり過ぎます。


 だからわたくしは、騎士達の疑惑を笑って黙殺致しました。

 空々しかろうと、わざとらしかろうと。

 笑顔、これ1つで呑みこんでしまいましょう!


「ピート、此方の方々は現在わたくしと弟が身を寄せるブランシェイド家のアレン様と、家庭教師のブルグドーラ教師(せんせい)。それから護衛その1とその2です」

「どーも、ピートだ。ここに身を寄せる孤児共の兄代わりってとこだな。何か問題があったら責任追及は俺に頼むわ」

「問題だなんて…皆、こちらを警戒して身を縮めている。この状況で難癖を付けるほど、僕は理不尽に振舞うつもりはない。此方に問題がある場合だってあるはずだから、その時はお手柔らかに対応していただけると助かる」

「おお、お坊ちゃんの割に柔軟なんだな、アレンサマ」

「…アレンでいい。実の伴わない形だけの敬意を寄せてもらって天狗になれるほど、うちは大きな家じゃない」

「………謙遜するねぇ。ブランシェイド家っていや、文官家系じゃちょっと名の知れた家じゃん? そりゃ貴族としちゃ中堅どころだが、政治家としちゃどうかな。お前の1番目の兄貴とか、さ」

「………成程。ミレーゼが一目置くのもわかるよ。貴方を侮ったら、僕の方が痛い目に遭いそうだ」

「それが分るくらいにゃ、坊ちゃんが賢くて俺も嬉しいぜ?」

「褒めてもらった、と…ここは喜ぶべきかな?」

「個人の考え感じ方は誰にも縛れやしねぇ。そんなの、坊ちゃん自身で判断しな」

「はは…それじゃ、好きに判断させてもらおうかな?」

「ああ、その代り俺も好きにするぜ」

「ははは…」

「はっはっはっはっは…」


 にひひ、と。

 ピートの喉から揶揄するような笑みが零れています。

 表面上はにこやかながら、空気は張りつめておりました。

 すうっと細められたピートの目は笑みではなく、相手の人品を吟味する形に。

 アレン様の挑む様に真っ直ぐな目は、相手の器を図ろうと見極める力を込めて。

 笑顔で互いを牽制し、測り合う。

 彼らは今、水面下で火花を散らすような激しさをもって互いを慎重に観察しているようでした。


「………なんかさ、あれって俺らの役目じゃね? 末君様に吟味役取られて、俺ら護衛失格だよな。な、てぃるるん」

「だったらそんな呑気にしてないでくださいよ。末君様を矢面に出してどうするんですか。本気出しましょうよ、先輩。今どき昼行燈なんて流行りませんよ」

「っつーか、さぁ…末坊ちゃまもあの不良少年も、俺らの認識どうなってんの? お嬢ちゃんの紹介、護衛その1その2だぜ? しかもスルーされたし」

「そこ気にしてどうするんですか。事実、護衛に違いはないでしょう。それよりいつまで末君様を矢面に立たせるんです? とっとと生きた肉壁よろしく庇いましょうよ、先輩」

「………お前もさりげなく、面倒全部俺に押し付けようとしてんな?」


 ………会話を聞いていて思いましたが。

 騎士の1人が碌でなしに思えてくるのは何故でしょう?

 これは…相当御し辛い護衛をつけられたようです。

 若干の懸念と不安を覚えながら、それでも笑顔で乗り切らねばなりません。

 ……………ブランシェイドのお屋敷に、保護という名の軟禁をされない為にも。


 そして果たしましょう、約束を。

 その為に、引率という名目で同行しながら「自分は関係ない」みたいな顔で言下の探り合いを傍観している、ブルグドーラ女史を引張って来たのですから!

 …教え子が我を張っている場で、傍観とは大した教師ですこと。

 こんな彼女が相手では…ええ、遠慮は無用ですわね!


 わたくしがブルグドーラ女史に意味ありげな視線を送ると、それに即座に浮浪児童の何人かが気付きました。

 素晴らしい目敏さです。

 その目敏さで、わたくしの意図…ブルグドーラ女史の役割を察したのでしょう。

 中でも一番幼気なさの残る、小さな子供が隣の子供に肘でつんと突かれました。

 一瞬、その子が意を決して息を呑みます。

 ですが、覚悟は一瞬。

 潔い、腹の括り方です。

 幼い子供は瞬間にがらりと顔色を…無邪気な、純粋な子供のそれに変えました。

 それまでのはしっこそうな、擦れた部分がさっと鳴りを潜めます。

 見事。

 そうという他、ありません。


 そして。

 子供はてこてことブルグドーラ女史の死角から歩み寄り、


「おねぇたぁーん…っ」

「!?」


 ぎゅっと、ブルグドーラ女史の袖を握りました。

 接近に気付いていなかった為か、女史は驚きに身を竦められましたわね。

 混乱からかぱちぱちと瞬きを繰り返し、足下を見やります。

 そこにいるのはうるうると目を潤ませた、天使の様な男の子。


 もしかしたら、あの子は貴族の落胤かもしれませんわね。

 蜂蜜のように甘やかな金髪。

 蕩けるような青い瞳。

 薄汚れてはいますが、白はミルクの様な白さです。

 そんな、細密画から抜け出てきた天使の様な、子が。

 純粋無垢に慕うような眼差しで、見上げてくる状況。

 ………あれを振り払い、無碍にできる人間は余程の子供嫌いか人でなしではありませんかしら。

 ブルグドーラ女史は、幸いそのどちらでもなかったようです。


 目を見張り、きゅるんという効果音が聞こえそうな男の子の眼差しを真っ向から受け止めてしまった、ブルグドーラ女史。

 わたくしは、見ました。

 彼女の目が、僅かに和むのを。

 彼女の頬が、微かに紅潮を示すのを。

 あれは…明らかに、子供好きの反応です。


「おねぇたん、おねぇたん…ぼくたちに、おべんきょうおせーて?」

「お、おべん、きょ、う…!?」


 きゅるるん☆


 男の子の視線が、猛威を振るいます。

 慣れている…

 視線攻撃を一歩引いた場所から、客観的に同じ子供の目線で見た時。

 わたくしが感じたのは、その一言でした。

 遠く、男の子をけしかけた子がにやりと得意げに笑う姿が視線の端を掠めます。

 これは………わたくしの憶測が正しければ、恐らく常習行為。

 恐らく、日常的にこの手段で施しを集めて回っているのでしょう。

 良く見れば男の子の格好は他の子に比べて若干身綺麗に整えてあり、その事実が憶測を裏付けているような気がします。


 そして更なる刺客による、追撃が叩きこまれました。


「おねえちゃん、おねえちゃんがわたしたちのせんせ…?」

「ねえねえ、せんせぇになってくれるの?」

「ぼくたちにおべんきょう、おしえてくれるんだよね? ね?」

「おねえちゃあん、わたし、文字の読み方教えてほしぃー」

「わたし、時計の見方が知りたいー」


「…!!?」


 次々、男の子に続け!と言わんばかりに現れ、群がっていく子供達。

 いずれも容姿の整った、愛らしい子供ばかり。

 年齢も髪の色や容姿の系統もばらばらですが、共通するのは一貫して将来性の感じられる聡明そうな子ばかりということ。

 そんな子供達が、そろって健気に女史に「お勉強」をせがんでいます。

 ………あんな意欲もあって、頭もよさそうな子供達に「教えて?」と囲まれれば…どんな教師でも、教師冥利に尽きますわよね。

 ただ1人女史だけが状況から置き去りにされ、目をぐるぐるさせておりました。




 あの日。

 わたくしが、ピートと友誼を結んだ日。

 わたくしはピートに請われ、1つの約束を結びました。


 近いうちに状況を見て、彼らにお勉強を教える。

 もしくは、それに必要なお手伝いをするというものです。


 ピートは言いました。

 その持論ともいえる、将来を見据えた覚悟と懸案を。


「俺達は所詮、ドブネズミと見下される立場だ。今のままじゃ碌な仕事なんてねぇ。…が、生きる為にゃ何とかして日銭を稼がにゃならねぇ」

「既に金銭を得る手段を確立させてはいませんの? 貴方ほどの方なら、何らかの手段を押さえているんじゃなくて?」

「………ま、今のとこ何とか最低限は? けどな、親もない、家もない、学識もないじゃ限界ってもんがあるんだよ」

「なんと言いましょうか…わたくしも、身につまされるお話ですわね」

「お前はまだいいだろ。最低限の知識がある。いざとなりゃ血筋を武器にだって出来る。けどな、俺達みてぇに下賎で、生粋の孤児となるとそうはいかねぇ。何しろ大半の奴は数字どころか文字も読めねぇ。騙されろっていってるようなもんだろ」

「確かに、文字の1つも読めなくては契約書すら満足に交わせませんわね…」

「そう、何とか人並に職を得たけりゃ、読み書き算数必須、ってな」

「………今まで、似たような境遇の先達も大勢いらしたのじゃありませんか?

今までの方々はどうされていたのです?」

「真っ当な職に就けたと思うか?」

「……………」

「はは、わかってんじゃねぇか。孤児が日銭を稼ぐにゃ、孤児に仕事を与えてくれるような奇特な人間か、似たような界隈に住む裏稼業に足を突っ込むか、だ」

「それは………わたくしの予測が外れていないのでしたら、随分と危ない橋を渡ることになるのではなくて? 到底、長生きの出来そうな道とは思えませんわ」

「大概の浮浪児ってのは、裏稼業の人間から使いっぱしりを受けて小銭を稼ぐんだよ。それを繰り返していたら、あら不思議。いつの間にか抜け出せねぇ…ってな」

「つまり、このまま行けば裏街道まっしぐら…」

「もしくは人狩りに捕まって、奴隷として売り飛ばされるか?」

「………それでは、あまり未来を楽観視出来そうにありませんわね」

「出来るわきゃねーだろ。だからこそ、学識ってやつが必要なんだよ。身の上は誤魔化しきかなくっても、それなりに有能で、技術や知識を身につけてさえいれば道はある。そう思うのは甘いか?」

「いえ…いいえ、わたくしに、その言葉を否定することは出来ませんわ。わたくしとて、もうこの身にあるのは限られた付加価値のみ。人間の付加価値を高めることで日の目を見ようと思うこと、間違いだなどとは言えません」

「――上等。そんじゃ、俺らの考えは一致したってことで良いな?」

「ええ、わたくしと貴方の意見は一致しました」


 そうして、わたくしは情報の見返りに約束を交わしたのです。

 今後も『青いランタン』から情報の提供を受ける。

 その、見返りに。

 ピートが望む限り、彼の傘下にある子供達に教育を与えると。

 将来に光を与える為に、惜しまぬ努力を約束すると。



 そうして、現在。

 こうして家庭教師のブルグドーラ女史を引きずり出してきた訳ですが。


 ………彼女、お役に立ちますでしょうか?



 一応、わたくしにも狙いはあるのですけれど、ね。

 そう、朗読授業ばかりを繰り返す、ブルグドーラ女史。

 彼女への荒療治に………


 相手は数字や文字の読み書きからしておぼつかない、教養皆無の子供達。

 彼らのお勉強を見るとなれば、親身になって一から教えるしかありません。

 勿論、読み聞かせは無意味。

 それこそ受動的な授業ではなく、能動的に積極的な関わりを要する授業です。

 それをすることで、ブルグドーラ女史には教師としての積極性、教える楽しさを思い出していただきたい…というのがわたくしの目論見です。

 こうして、お誂え向きに授業を望む子供が、ここに沢山いるのですから。


 家庭教師として派遣元に、問い合わせた時。

 ブルグドーラ女史が以前は…教師として心が折れる前は有能と評価の高い教師であったことを知りました。

 子供達との関わりから、そんなかつてを思い出して下さればいいのですが…


「そういう訳ですので、ブルグドーラ教師(せんせい)には今後週2回ほど教えに来ていただきます。ピート、それ相応のきちんとした場を整える用意はありますかしら」

「み、ミレーゼさま!? 困ります、何を勝手に…っ」

「あら、ブルグドーラ教師(せんせい)の雇い主である、ブランシェイド伯爵の許諾は頂いておりますが」

「っ!?」


 信じられない、というお顔のブルグドーラ女史。

 わたくしは、驚愕に固まる彼女にそっと1枚の書類をお渡しします。

 伯爵様からの、『命令書』を………


 今までずっと、崩れることのなかったブルグドーラ女史のすまし顔。

 その、砕け散る瞬間を。

 わたくしをはじめとしたこの場の皆は目撃することと相成りました。




ジャニス・ブルグドーラ(32)

 ブランシェイド家に雇われた家庭教師(通い)。

 最近教育への熱意が減退気味。

 元は学者の娘だが、婚期を逃し、嫁き遅れる。結構純情。


ティルゼル・カープ(29) てぃるるん

 ブランシェイド家に仕える5人の騎士の1人。最も若い。

 ブランシェイド家の援助で騎士になったので忠誠心は高い。

 細かいところに気がつく気遣いやさん。


ロンバトル・サディア (35) ろんろん

 ブランシェイド家に仕える5人の騎士の1人。3番目に若い。

 ブランシェイド家の分家出身。実家では8人兄弟の下から3番目。

 やる気の見えない昼行燈。5歳の時に語った将来の夢はお嫁さん(爆)


【騎士】

 この国の騎士は2通り。

 国に直接臣従する騎士と、貴族を挟んで国に仕える騎士。

 国仕えの騎士は国政機関から直接命令を受けます。国→騎士

 家仕えの騎士は最終的には国に帰属しますが、国家に仕える貴族の下に付くことで命令系統として間に主君を挟みます。国→貴族→騎士


 貴族家に仕える騎士は、家格や爵位によって抱えられる数が変わります。

 下級貴族はよくて1人、2人。

 中級貴族は大体5人くらい。

 上級貴族になると一気に数が増えて、最低でも7~8人。


 中級以上になると「最低~人」という感じで一定数以上の騎士を抱えられなければ侮られます。

 そして抱える騎士の数が、そのまま抱えられる私兵の数に比例。

 有事の際、騎士は仕える家の私兵を率いる指揮官として行動します。


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