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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
路地裏の小悪魔編
27/210

下町訪問も立派な経験です

 伯爵様からきちんと快諾(・・)もいただきました。

 幸い、エラル様は現在お城の方でとてもお忙しくしていらっしゃるようですし。

 本日、誰憚ることなくお出かけの時間です。

 準備は万端に整い、後は出発するだけ。

 ですが少々仰々しくなってしまいましたこと…

 『青いランタン』の皆様が不快に思わなければよいのですが。


 先導役に、レナお姉様。

 わたくしと、クレイ。

 社会勉強の名目でアレン様。

 …確かに、色々な意味でお勉強にはなると思います。

 そして引率として、教師として。

 伯爵様に同行を命じられたブルグドーラ女史。


「何故、私が…」

「ブルグドーラ教師(せんせい)、これも社会勉強の一環ですわ」

「ミレーゼ様が今回の貧民街行きを提案なさったのでしたね…貧民街のような危険極まりない場所に、良家の子息子女が行くものではありません」

「ですが教師(せんせい)、下位の者達に支えられる貴族家の者が、下層の者の暮らしぶりの実際を知らねば齟齬が生じます。現実を知らず、下層を知らずに無茶をやって家を傾けるようなことにならぬよう、アレン様にも実際のところをご覧になっていただいて、目を養う必要があるのではないでしょうか」

「……………授業以外でお会いするのは初めてですが、ミレーゼ様は随分と積極的なお考えをお持ちのようですね」

「お褒めに与り光栄ですわ」

「………本当に8歳…?」


 釈然としない顔で、胡乱ぶりの窺える目。

 不審そうなお顔をブルグドーラ女史に向けられてしまいました。

 納得いかないと、不服が透けて見えます。

 ですが、知らないことを知ることにこそ学ぶ意味があるのではないでしょうか。

 どうぞ学びの気持ち、教えの気持ちを思い出して下さいませ。


 何となく、ブルグドーラ女史にも世間知らずのような…

 よいお育ちの雰囲気があります。

 もしかしたら素直さを失い、頭も固い大人になってしまったブルグドーラ女史が本日一番の懸念材料かもしれません。

 ですが、ブルグドーラ女史にもやっていただきたいことがあります。

 今日連れて行くのを決めたのはわたくしですが…大丈夫でしょうか。


 そんなわたくしの懸念材料を、相殺しようとするように。

 本日は更にもうお二方、しっかりとした大人の同行者がおいでです。

 子供の根城に、大人をそう沢山連れ込むのはいかがかとも思いましたが…

 このお二方に関しては不可抗力。

 仕方のないこととわたくしも頷くことしか出来ません。

 何故ならそのお二方とは、わたくし達…

 わたくしとクレイ、アレン様につけられた護衛の方だったからです。

 考えてみれば貴族の子供が供もなく出歩けるはずがありませんものね。

 ええ、仕方がありません…。


「しっかしまだこんなに幼いのに外の残酷な現実を直視しようだなんて奇特なお嬢さんだなー。な、てぃるるん」

「ちょ、護衛対象(おじょうさん)に聞こえるでしょうが」

「あははは。スイーツな生まれのお嬢さんがどんな考えで動いてんのか知んないけど、下々にどんな夢抱いちゃってんだか。な、てぃるるん」

「いいから黙ってください、先輩」


 ………有能なことは確かですが、あまり気を許したくない2人ですわね。

 特に、ロンバトル・サディア


 本日わたくし達に付いている護衛の方は、表立っては2名。

 ブランシェイド伯爵家の騎士、ティルゼル・カープとロンバトル・サディア。

 歳の頃は20代後半から30代半ばくらい、でしょうか。

 護衛として優秀な人から、子供に合せて若い人を選んで下さったのでしょう。

 それもブランシェイド家に仕える5人の騎士から2名を割いて下さったのですから…とても気を使っていただいているのがわかります。

 いざという時は1人がアレン様を、1人がわたくしと弟を守るのでしょうね。

 まだお若いながらも、騎士として身を立てている方々です。

 相当な覚悟と忠誠心、そして強さがなければ騎士にはなれません。

 そのような方々に守っていただくのは光栄なことです。

 ですが騎士達を引っぱり出してまで外出するのはどういう訳かと、大人達には少々訝られている気が致します。

 …必要以上に怪しまれないよう、気を使わなければなりませんわね。

 わたくしも子供ですもの。

 時には広い外の世界に出てみたくなる時もあります。

 …と、その言い訳で通用するでしょうか。

 

 わたくしがこれから知ろうとしていることは、我が家のこと。

 わたくし自身に関わることですもの。

 知りたいと思うのは、当然のこと。当然の権利。

 その為に調べる努力を怠り、義務も権利も投げ捨てる気はありません。

 ですが…やはり、わたくしは子供です。

 その手掛かりの一端を握ることが出来たとしても、それを周囲の大人…良識のある彼らに知られてしまえば、折角の手がかりを奪われてしまいかねません。

 そしてわたくしは子供だからと、まだ幼いからと真実からも事実からも遠ざけられてしまう可能性があるのです。

 手がかりも、二度と握ること叶わなくなるでしょう。

 そんなこと………容易に納得できることではありません。

 出来得る限り上手くやらなくては…蚊帳の外など、御免です。


 その為にも、今日は大人達への対応には気をつけなくてはなりません。

 特に、騎士2名。

 ブルグドーラ女史は何とでもなります。

 融通の利く人ではありませんが、これで純情なところのある方ですもの。

 ですが職能的にも人間的にも騎士達に油断は禁物。

 何より彼らの使える相手はブランシェイド家。

 その家の末弟に過ぎないアレン様では、いざという時の優先度からは意見を無視される可能性があります。

 わたくしに関してはそれ以上でしょう。

 彼らが必要と判断した場合…そう判断させたものが何にせよ、わたくしの意見は聞き入れていただけません。

 そうなるとわたくしの打つ手としては…


  1.懐柔する

  2.脅迫する

  3.騙す

  4.引きずり込む


 さあ、どう致しましょう…?

 …当面は様子を見て、臨機応変に反応を見ながら何とか致しましょう。

 その辺りのことを、ピートと相談するのも良いかもしれません。

 世慣れた、という意味ではわたくしよりも圧倒的に経験のある少年ですもの。

 きっと、良い知恵も有していることでしょう。



「………それで、そのままのこのこ連れてきたってか?」

「あら? いけませんでした?」

「いけしゃあしゃあと、このお子様は…純真そうな顔して抜け目ねぇのはもうわかってんだよ。空々しい」

「うふふ…酷い言いがかりですわ。わたくし、まだ8歳ですのよ?」

「世間一般的な8歳児に謝れ。遥か高みから嘲笑しそうな頭抜けた思考力持ってるくせしやがって」


 わたくしのことをじとりと半眼で見やり、忌々しそうに吐き捨てる少年。

 大人びた表情の、すれた浮浪児童の頭目。

 『青いランタン』のピートは、あの日と変わらぬまま。

 ほんの数日しか経過してはおりませんが。

 ですが随分と目まぐるしく世界は変わってしまった気がしていましたのに、ピートはあの日と全く変わらぬ様子でわたくしに呆れの目を向けます。

 その顔は、口よりも雄弁にわたくしの手抜かりを咎めています。


 ――行動を阻害してくるかもしれない、騎士という同行者の存在を。


 元より大人を信用しない浮浪児童集団。

 警戒心は肌にピリピリと伝わってきます。

 しかしそれでも行動を起こすことなく大人しく構えているのは、頭目であるピートが抑えているからでしょう。

 …治安維持に関わり得る業種の大人なんて、最も苦手な人種の部類でしょうに。

 逃げも隠れも襲い掛かりもしない。

 素晴らしい統率力です。

 それだけの統率力を備えたピートは、やはり見た目だけで判断を許さない大した人物と言う他ありません。


「まあ、連れてきたものはしょうがねぇ」

「ご迷惑をお掛け致します」

「ちっとも申し訳ねぇとか思ってない顔で謝んな。気持ち悪ぃ」

「酷い言い草ですこと…」


 ここは貧民街の、廃墟。

 廃墟自体はごろごろと、多岐に渡って貧民街のそこかしこにありますけれど。

 ここはその中でも、廃病院という特殊な場所。

 その場所柄、独特の空気を有した広く大きな建物。

 廃墟となって何年が経つのでしょう。

 それはわかりませんけれど、頑丈でしっかりした建物だというのに、壁や天井に無残にヒビが入り外が見える場所もそこかしこにあるようです。

 穴の開いてしまった壁の分厚さは、ちょっとやそっとでは壊れそうもないものですのに…そんな壁に穴が開いてしまう年月、放置された建物。

 ………この建物、大丈夫でしょうか。

 そんな不安覚える建物こそ、レナお姉様がわたくし達を案内して下さった場所。

 『青いランタン』のねぐらの1つ。

 そこにて待つと言っていたピートは、わたくし達の顔を順繰りに眺め、面白そうとしか形容できない顔で口端を吊りあげました。


「……………ま、騎士が来たのはある意味丁度いい…のかもな」

「何がです、その意味ありげな発言は…」

「なあ、ミレーゼ。俺、伝言しなかったっけ。外出る時は変装して来いって」

「…? 伺っていませんが」

「…………………」


 あら? 何やら重たい沈黙…

 ぎ、ぎ、ぎ…と。

 ぎこちない動きでピートが顔を向けた先には、先だってわたくしに情報提供の用意があると知らせに来てくれた女の子がいました。

 今日もやはり、変わらず目が死んでいます。

 純粋な子供とは言えない殺伐とした目の死に具合に、真っ当な大人であれば目を逸らしてしまいそうな雰囲気があります。

 しかしピートは気にすることなく、困ったような様子で声をかけました。


「おいこら、ニリネ」

「ん、なに」

「俺、お前に伝言頼まなかったっけ?」

「ん。ミレーゼに伝えた。情報提供の用意あり」

「いや、そっちじゃなくてな。変装についてだよ。変装について」

「へんそう? ヘンソウってなに?」

「………ちっ 人選ミスったか」


 年齢の割には殺伐として、子供らしさのない女の子。

 だけどその知識には偏りがあったのでしょう。

 伝令の失敗を今になって知り、ピートは苛立たしげに舌打ちを漏らしました。

 そんな仕草も、様になる少年ではありますが。

 戸惑いと不安で何が起こったのかと遠巻きにする、アレン様。

 クレイを腕に抱えたアレン様の眼差しは、痛いくらいに不審に満ちています。

 何が起こっているのかは存じませんが…

 伝達ミスがあったことは、確かです。

 その内容は、わたくしに変装を求めるもの。

 ですがわたくしは伝言を受け取らず、変装と言えるものは何もしないままに此方へ窺ってしまいました。

 何故、ピートはわたくしに変装をさせたかったのでしょうか。

 これは、波乱の前触れでしょうか。

 何事もなく、無事に終われば良いのですが………

 


 果たして、ピートは言ったのです。

 わたくしの耳にだけ聞こえるように、そっと。


「………忠告だ、気をつけろ。裏社会で、お前を探してる動きがある」


 …………………それは一体、どういうことですの?




不穏の、前触れ。

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