突然の情報は、生かすも殺すもわたくし次第
前々話の続きに戻ります。
2017/6/19 読者様からの注意に従い、一部訂正しました。
ピートの使い。
そう名乗った童女は、わたくしに告げました。
「ピートからの耳より情報」
「まあ、なんでしょうか」
「うん、これ見て」
そう言って、わたくしの掌に彼女が落とした物。
それは…
「………エルレイク家の、紋章ですわね」
「あ、やっぱり。ピートがそうじゃないかって言ってた」
それは、わたくしの家の紋章が刻まれた、サファイアの飾り釦。
分家の物ではなく、本家の物。
この釦には見覚えがあります。
「お兄様の、物ですわね…」
「ミレーゼ、お兄さん消えたって言ってた」
「ええ、確かに申しましたが…この釦、どちらで?」
「うちらで身柄確保した男が持ってた」
「………ちなみに、どのような方です?」
「なんか、黄色っぽい頭で青い目の身長低い人。若い」
「待って、落ち着きなさい、ミレーゼ。まだそうとは、そうとは限りませんわ…」
「ミレーゼのお兄さん、特徴一致」
「兄の髪色は、わたくしと同じ亜麻色ですのよ? 金髪ではありませんわよね?」
「薄汚れてたから、よくわかんない」
「…………………どう致しましょう」
黄色っぽい髪、では金髪の方が可能性は高いと思いますが…
亜麻色も、光の加減では金髪に近く見える場合があります。
より正確に表現するのであれば、灰色がかった薄茶色、なのですけれど。
でも、どうしましょう。
わたくし、胸が騒いでしまって…
真偽を確かめようにも、もしもそうだったらと思うと………
確かめる覚悟も、勇気も足りません。
もしもそうだった場合、わたくしはどのような態度を取れば…
「黄色い頭に、青い目の貴族……金髪碧眼の貴族なんて、腐るほどいる」
「ええ、貴族には多くいますわね。それこそ腐敗貴族の3人に1人は金髪碧眼なのではないでしょうか」
「ん、だからミレーゼの兄さんとも限らない」
「そう…そうですわよね」
そう、まだそうだとは限りませんのに…
複雑な兄への気持ちが、騒いで仕方ありません。
ここは勇気を振り絞って、確かめる覚悟を。
「その…どのような経緯で身柄を押さえたのか、聞いてもよろしくて?」
「ん。数日前、ピートがそれっぽいの探せって。とにかく何でもミレーゼが欲しがりそうな情報でも良いからって」
「あら? 何故ですの?」
「んー…信頼性の高い情報だと思ってた。けど、間違いだった。間違った情報渡した、詫びにって。ピートのごめんなさいの気持ち」
「ああ…」
成程、腑に落ちました。
元より、何かの折にはわたくしにも情報を分けて下さるお約束でしたが。
恐らく、『しろがね屋』のことを気に病んでいらしたのでしょう。
分けていただいた情報で、吟味を重ねて選んだはずの『しろがね屋』。
ですがエラル様の情報通り、わたくし達が『しろがね屋』を離れた翌日、あの置屋は検挙されてしまったそうですから。
それに、『しろがね屋』自体も裏側は物凄くブラックでしたからね…。
それを気にして、わたくしの欲しい情報を集めようとして下さったのでしょう。
あの日、偶然の縁から友誼を結んだ相手ですが…
義理に厚く、誠実。
予期せぬ出会いでしたが、とても良い友人を得ることができたようです。
「比較的マシって紹介した翌日に、一斉検挙。強制捜査。従業員全員、事情聴取に一時収容。あの時はピートも吃驚してた。だってそんな情報、全然なかった」
「それは仕方ありませんわ…。司法の司でもかなり上の方々が直接網を張っていたようですもの。それだけ情報の秘匿性・重要性が高かったということでしょう」
「うん。でもそれで焦ってた。情報は信用が第一なのに、互いを信用しての取引でヘマしたって。だから、詫び」
「ピートのような方を取引相手に選んで、本当に正解でしたわね。こうやって信用回復に努めようとする姿勢そのものが、彼の人柄への信用を高めていますもの」
「うん。ピートはすごくて、格好良い。みんなピートを信じてついて行ってる」
「………こうして仲間に信頼を得ていることも、重要な要素ですわね」
ですが、きっと。
だからこそピートは、浮浪児童の集団から抜け出せないのでしょうね…。
児童というには、ピートの年齢も限界に近づいているでしょう。
真っ当に働ける体力も体も出来上がりつつあります。
あのくらいの年齢であれば、探せば仕事も見つかるのではないでしょうか。
…前歴が浮浪児童では、その幅は限られるでしょうけれど。
それでも、どん底から這いあがろうと挑戦するには頃合いでしょう。
『青いランタン』が浮浪児童最大の集団と呼ばれるのは、ピートの人柄によるものだと他の子供達が口にしていました。
皆、ピートの人格を慕い、彼なら助けてくれるという思いで傘下にいるのだと。
実際互いを助け合う姿勢を重視する組織と化していますし、助け合いを求めるのであれば、弱者を虐げない『青いランタン』が一番の理想なのでしょう。
その分、その制度を維持するのは特に大変でしょうが。
暴力による上下関係や、能力による個人主義。
そういった分かりやすく、明確な括りがなければ統制は困難を極めるでしょう。
それこそ配下の信任を裏切らない、信頼できる頭目がいないことには。
ですがそのことが、ピート本人を抜け出せないように縛りつけているようです。
………ピート本人はそれを苦にしていない様子なのが、救いでしょうか。
でもこのままでは、ピート本人が非合法組織を設立する事態になりそうです。
本人は、それを拒んでいるようでしたが…
わたくしも、その為の一助になる約束をしています。
その約束を果たす為に、そろそろ準備を始めるべきでしょう。
「それで捕獲した男の人だけど」
「ええ、聞かせて下さい」
「王都の外周部分で人目を気にして縮こまってたから、確保。物凄くびくびく」
「………びくびく?」
「うん。時期的にも、さっきの釦からもミレーゼの家と何か関わりがあるのは確か。一応匿ってる」
「匿う…」
「なんか、このままじゃ口封じに消されるって」
「それはお兄様ではありませんわね!」
それを早く仰って下さいな…
あの、兄が。
あの、竜を包丁一本で倒す、非常識な兄が。
何があったとしても、万が一の危機に陥っていたとしても。
「兄が誰かに消されるなどと…そんな寝言をほざきながら怯えるなど、世界が終ってもあり得ませんわ…!!」
思わず、力いっぱいに否定してしまいました。
わたくしの言葉に、目をぱちくりとさせて驚く女の子。
「…失礼致しました。少し、気が昂ってしまったようです」
「ううん、構わない。お兄さんでなくても、たぶん関わりはある。
ミレーゼにとって有用な情報であることが重要」
「そうです、わね……ええ、少し待っていただけますか? わたくしの今の立場では、外出にも手間取りますの。ですが数日中にはピートを訪ねるとお約束します」
その時に、件の男性に会わせていただけるようにお願いすると、女の子はこっくりと頷きました。
今すぐで構わないようなのは、助かります。
今のわたくしが、このお屋敷を無断で抜け出す訳には参りませんもの。
「ピートのとこに来る時は、さっきのお姉さんを道案内にすると良い」
「レナお姉様、ですか?」
「うん。あの人、前に貧民街にいたことある。見たことある」
「ええ、確かに出身はそちらだと窺っています」
「だから、道案内。ピートのねぐらは一か所じゃない。あのお姉さんに廃れた病院跡って言えばわかる」
「病院の跡地、ですわね。確かに伝えますわ」
「それじゃ、今日は帰る」
「ええ、また」
「………うん、またね」
そう言って身を翻した女の子は、次の瞬間には姿が見えなくなっていました。
…一体、どうやったのでしょうか。
「話は終わった?」
「レナお姉様…聞いていらしたのでしょう?」
「気付いてたんだ」
「ええ、まあ…それで道案内の件ですが」
「聞こえてた。まあ、案内しろっていうんならするけど?」
「では、その時はよろしくお願いいたします」
「りょーかい、オジョーサマ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
外出を、と一口に言うのは簡単です。
ですけれど、それを実行しようと思えば今のわたくしには手続きが必要で。
手続き、といいますか…このお屋敷の権限を握る、御当主様。
アレン様やエラル様の祖父君に当たります、ブランシェイド伯爵。
彼の伯爵様から承諾を得る必要があるのですが…
ただでさえ、難しい立場にいるのはわかっています。
ではわたくしが外出許可を得るに当たり、どうする必要があるでしょうか。
………考えるまでも、ありませんわね。
まずは会って、話しをしてみないことには如何にもなりません。
ですが、わたくしがいきなりお会いしたいと願い出て、上手く運ぶでしょうか。
わたくしは、まずはアレン様に相談を向けてみることに致しました。
「お祖父様にお会いしたい?」
「ええ、お忙しいでしょうか…」
「そりゃ確かに当主だしちょっと忙しいけど…エラル兄上に比べれば、ましかな」
「御当主様でしたら、お仕事も沢山ありますわよね…」
「うん、じじばば貴族の集まりで子供自慢、孫自慢しあったりとか」
「社交、ですわよね…?」
「それからお祖母様とチェスをして負けたり、執事とチェスをして負けたり、庭師とチェスをして負けたり、コックとチェスをして負けたり、厩番とチェスをして負けたり。拗ねて書類仕事に逃避したり。お陰で大体書類は常に捌けてるらしいよ」
「おおむね負けてますわね…屋敷中の人間に勝負を挑んでいらっしゃるようですが、弱いのですか?」
「うん、物凄く。ボードゲーム全般、駄目な感じ。下手の勝負好きってやつ」
「まあ…」
あら。
あらあらあら…。
これは思わぬところで、有用な情報が出てきましたわね。
どうやら、相談事は成功だったようです。
思わぬところで、光明と出会うことが出来たのですから。
わたくしは思わず顔を綻ばせ、笑みのままアレン様との距離を縮めました。
まるで内緒話でもするように、そっと顔を近づけて。
「……そのお話、もっと詳しく教えていただけます?」
「え?」
「そうですわね、具体的にどのような腕前なのでしょう?」
「本当に弱いよ? エラル兄上は4歳で圧倒的勝利を飾ったっていうし、僕含め他の兄弟も、大体5歳前後でお祖父様には負けなくなったかな…。この前はチェスを知らないって新人メイドと代わりに五目並べで勝負して、初めてやるっていう新人メイドに惨敗を喫してたし」
遠くを見るような眼差しで、何かを思い出されるアレン様。
聞けば聞くほど、残念な腕前ですが…
ですが、それはつまりこのお屋敷内で伯爵様に負けられる者は1人もいない、ということですわよね?
わたくしはますます望ましい情報に、伯爵様の攻略法を見出しました。
8歳の幼い女の子だから。
この年齢の、この姿だから。
それ故に、出来ることも有る。
誰もが油断する外見に生まれた幸運。
望みを叶える糸口の発見に、思わず満面の笑みを浮かべてしまいます。
わたくしの内心の喜びを知らないアレン様は、ただぽかんとわたくしの笑顔を見つめていらっしゃるようでした。
次回、ブランシェイド伯爵登場予定。




