表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
23/210

路地裏の子供たちは、たくましさに折り紙つきで

今回は時系列を遡り、主人公と『青いランタン』の出会い編です。

時間的には、屋敷を逃げてから『しろがね屋』に到達するまでの間になります。

 これは、あの日のこと。

 わたくしが弟を連れて屋敷を後にした、あの日。

 昼間ではありましたが、まるで夜逃げのような…

 いえ、立派な夜逃げでしたわね。

 これは、そんなあの日に出会った子供達のことです。

 世に言う、浮浪児童(ストリートチルドレン)

 もしかすると、わたくしや弟もその仲間入りを果たしていたやもしれません。

 わたくしも、彼らと条件は同じであったはずなのですから。


 衣食住の保障及び保護者のいない、寄る辺なき子供という意味では。



 家財を纏めるのは不可能でも、厳選して持ち出した品はそれなりにありました。

 台車に乗せたそれらは、わたくしのような子供が運ぶには不釣合いで。

 とても悪目立ちしていたのだと思います。

 

 見るからに貴族の幼い子供が、様々な品を載せた台車を押して歩く。

 そんな姿を見せていたので、わたくしは絶好のカモと思われたのでしょう。

 普通であれば側にいるはずの護衛の姿も、見えず。

 一見して貴族の酔狂。

 だからこそ、狙われたのでしょう。

 即ち、いわゆる『かっぱらい』に。


 住み込みで働かせてくれるところは…と探しても、上手く話は運びません。

 年齢が幼すぎるということ。

 明らかに貴族の子供であり、厄介事の臭いがすること。

 そしてどうみても冷やかしにしか受け取ってもらえないこと。

 それらの理由から、職探しは難航の一途。

 わたくしもすっかり疲れてしまい、せめて人の邪魔にならないところで、と。

 広場の片隅に台車を止め、暫しの休息を求めた時でした。

 彼らが襲い掛かってきたのは、突然で。

 わたくしも、咄嗟に反応できない程の手際のよさで。

 恐らく事前に目をつけ、手順も何を狙うかも定めていたのでしょう。

 彼らは、台車に乗せていた荷物から、わたくしの手が届き難い位置の物を狙い…


 一目散に逃げようとしたところ、奪った品に引っ張られてつんのめりました。


 理由は簡単なことです。

 荷物が転げ落ちないよう、そして盗まれないように手を加えるのは当然のこと。

 ただ台車に乗せていた訳ではなく、さり気無く台車に繋いでおいたのです。

 お陰で、ほら。

 荷物を奪おうとした方が、まるで繋がれているのに駆け出した犬のように…


 わたくし、用意周到。


 こんな傍目にも組し易そうな子供にしか見えない、わたくしですもの。

 何となくこのような事態は目に見えていたので、(あらかじ)め予防策を張っておいて正解でした。

 紐ではなく鎖で繋いでいたので、千切ることもできません。

 段取り通りにいかなかったことに、盗人は目を白黒させています。


「あら…?」


 そしてその盗人達(複数)は皆、子供ばかりだったのです。

 わたくしと似たような年齢の、子供達。

 思わず、その子供達に声をかけようとしたのですが…

 彼らが目を白黒させて狼狽えていたのは、僅か数秒のこと。

 盗みに失敗したと見て取るや、その行動は迅速なものでした。

 鮮やかに身を翻し、彼らは今度こそ一目散に逃げ始めたのです。


「手馴れていますわね…クレイ!」

「あい!」


 咄嗟に、わたくしは逃がしてはならないと思ったのです。

 勘のようなものが働いたとしか言いようがありませんが…

 わたくしは子供の中でも遅れた1人を指差し、弟の名を呼んでいました。

 そんなわたくしの意を汲み取り、クレイが行動に出ました。

 その、残された1人に飛びついたのです。

 生きた、(おもり)です。

 大人であればともかく、わたくしと同年代の子供であれば、3歳児は立派な足止めになります。


 そうする間にも、複数人の子供達はそれぞれの行動に移っていました。

 わたくし達が捕らえた子供を気遣い、取り返そうとする複数の子供。

 わたくしの気が逸れたと見るや、強引に台車の物を奪おうとする子供。

 とにかく、他の一切を考慮せずに逃げることに専念する子供。

 それぞれ3つに分かれた行動。

 わたくしの目に留まったのは、仲間を見捨てずに救出しようとした子供達。

 台車に取り付いていた子供達を、追い払い。

 わたくしは、捕まえた子供ににっこりと笑いかけました。


「取り合えず、落ち着ける場所に案内していただいてよろしいかしら?」


 当然ながら、有無は言わせませんでした。


 そうして、案内していただいた先。

 彼ら浮浪児童の一派が根城とする、貧民街の廃墟。

 そこにいて、浮浪児童達に指示を下していた少年。

 彼こそが浮浪児童集団『青いランタン』のリーダー、ピートでした。

 

 わたくしの台車を襲った子供の腰に、紐を結びつけて。

 その端を掴み、『青いランタン』の根城まで道案内をしていただきました。

 場違い感も物ともせず立ち入ったわたくしに、胡乱な目が向けられます。

 そんな中で、わたくしは敢えて優雅に、正式な礼を取りました。


「初めまして、孤児(みなしご)の皆様。同じく孤児の、ミレーゼ、クレイ両名から出会いのご挨拶をさせていただきます。どうぞよろしくお願い致しますわね」

「初っ端から肝が太ぇな。まあ、いいや。俺はピートだよ、貴族のお姫さん」

「あら、お姫さんは止めて下さいませ。わたくしにはもう、何もないんですもの」

「あ?」

「わたくし、借金取りから逃げて参りましたの。それに親ももういませんわ」

「………タイミング的に4日前の事故、エルレイク家か」

「まあ、当たりですわ。ピート様、情報通ですのね。ご存知ですの」

「様ぁ!? ちょ、様付けは止めてくれ…呼び捨てでいい、呼び捨てで」


 呆れたようなお顔でそう言う少年の年の頃は、10をいくつか過ぎたくらい。

 ですが15歳には達していないでしょう。

 浮浪児童というには少々大人びていましたが、皮肉っぽい表情をしていなければもう少し若く見えるかもしれません。

 しかし庶民には関心が薄いであろう貴族の不幸を正確に把握していることといい、この周囲の状況を見るに配下の浮浪児童を完璧に掌握している様子といい…

 わたくしの、直感が告げていました。

 彼は、今のわたくしに欲しいものをくれる。有用な人材だ、と。

 ここは友好的に接して、間違いはありません。


「改めてお話させていただきたい事柄があるのですが…よろしいかしら?」


 ちなみに、反論があっても聞き入れる気はありません。

 わたくしの意思が顔に現れていたのでしょう。

 ピートの顔が、ほんの僅かに引き攣ったように見えました。


「外見で判断すっと、ホント碌な事ねぇな…うっかり騙された。とんだ甘ったれ貴族の世間知らずだと思ってたのによ………虎か、てめぇ」

「あら、失礼ですわね。わたくし、8歳のいたいけな女児ですのよ」

「見えねー………外見は間違いなく8歳だが、見えねー…」

「本当に失礼ですわね」

 

 まるで残念な物を見るような目で、わたくしを見るピート。

 大人びた子供など、逞しくないと生き残れない此処にもいますでしょうに…。

 貴族の娘というだけで、わたくしだけが奇異なものを見るような目を向けられるのは不本意です。


「いや、大人びた奴はザラにいっけど……お前みたいなのは早々いねーぞ?」

「探せばどこかにきっといますわ。わたくしの他にも、きっと」

「滅多にいねーと思うけどな…」


 これが、わたくしと浮浪児童集団『青いランタン』の出会い。

 その頭目、ピートとの出会いでした。


 出会った数時間で、わたくしの口車が回ります。

 そしてピートも負けじと、予想以上に達者な口車を回転させました。

 それはわたくしの予想以上の回転率。

 やはり彼は、有能な人材なのでしょう。


「わたくしの荷物を、此方に所属する子達が盗もうとしましたのよ?」

「あ? 『青いランタン(うち)』だけじゃねーだろ。お前、見るからにちょろそうだし」

「実際はどうでした?」

「いや、うん…ちょろくねぇな。そこは判断見誤った俺の責任だわ」

「潔いのは好印象ですわね。きっと将来も拓けることでしょう」

「皮肉か」

「本心ですわよ?」

「やっぱ皮肉か…」


 窺ったところ、浮浪児童には大きく分けて3つの集団があるそうです。

 細々とした集団もあるとのことですが…

 やはり社会的弱者なので、弱い分より集まり助け合わねば生きていけない、と。

 そういうピート率いる『青いランタン』は、押しも押されぬ一大派閥。

 浮浪児童の集団では、最大勢力を誇るそうです。

 次点で大きい集団は、『赤い星』『黒い蝋燭』というそうですが…

 この国の風習では、黒い蝋燭は葬送の際に灯す、弔辞を示したものです。

 そんなものを名として関する集団……

 『黒い蝋燭』とは、あまり係わり合いにならない方がよさそうですわね。


 それぞれの集団はやはり互いに方針が違い、属する児童も方針に沿った行動を好んで受け入れる者ばかりだとか。

 わたくしが目にした浮浪児童達の、3つに分かれた行動。

 仲間の救出を優先させたのが、『青いランタン』。

 逃亡を優先したのが、『黒い蝋燭』。

 強奪を強行しようとしたのが、『赤い星』のようです。

 黒は個人主義の弱肉強食、赤は上下関係の厳しい強引さが気風だそうです。

 わたくしは、どちらも御免ですわね。


「それでは、貴方がた『青』の方針はどのようなものですの?」

「見てわかんねぇ? 敢えて口にするもんでもねぇよ。目で見て判断しな」

「…少なくとも、他人を押しのけて自分だけが、という方はいないようですわね」

「俺は何も言わねぇ。お前が見てそう思ったんなら、そうなんだろーよ」


 そしてピートは義理人情に厚く、こう言っては何ですが…

 誠実な人柄、に見えました。

 わたくしの目に狂いがなければ、ですが…。


「ピート、わたくし…貴方に、取引を持ち掛けたいと思っていますの」

「だろうと思った。理由もなく、あんたみてぇなお姫さんが此処まで来るはずねーもんな?」

「貴方の想像通りかは分かりませんけれど…」


 ピートは、恐らく1度懐に入れた相手には甘い。

 その懐に、わたくしや弟が入り込めるかは分かりませんが…

 ………いえ、きっとクレイなら大丈夫ですわね。

 何時の間にか、ちゃっかりピートの膝の上にいますもの。

 わたくしの可愛い弟ですもの。

 その可愛さに触れて、無碍に出来るとは到底思えません。


「貴方、わたくしに仕事を斡旋して下さらないかしら?」

「あ?」


 そしてわたくしの発言は、ピートを少なからず驚かせたようでした。


「………お姫さんが仕事探ししてるらしいってのは、報告受けてたけどよ…」

「あら、何時の間に」

「はんっ。ガキの情報網舐めんなよ? 俺んとこには結構色々集まんだよ」

「では、その情報網から職場の斡旋をお願い致します」

「…あのな、俺を何だと思ってんの? 良い職あったら、まず自分か自分の配下に斡旋すると思わねぇか? 言っておくけどな、貴族の姫さんに斡旋できるようなまともな職は、俺に紹介なんてできねーっての」

「それでも構いません。わたくしも覚悟はあります。何より優先するのは、弟の将来ですもの」


 ですので、弟の将来を安定させるためにも、ここはわたくしが稼がなければ…

 多少無茶でも、非合法でも。

 …わたくしのような幼子を働かせるのは、確実に真っ当な職ではありませんし。


 わたくしは、ピートの目から目を逸らしませんでした。

 そこに、覚悟を乗せるつもりで。

 じっと、強くじっと見つめます。

 溜息をつき、呆れたようにがしがしと頭を掻いて。

 やるせないと呟いたのは、ピートの方でした。


「………取引ってんだから、無報酬じゃねぇだろーな? 出世払いは聞かねーぞ」

「わたくしが屋敷から発掘(サルベージ)してきた食料全て、現品払いでいかがです?」

「その台車に積まれた金品・珍品で、とは言わねぇ訳だ?」

「そんな物を得て、如何するのです? 現状、役には立ちませんわよ」

「ほほう?」

「わたくしもそうですが、貴方がたのような子供が持っていても、換金しようとしたところで二束三文。それよりは食料の現物をいただく方がずっとましでしょう」

「言うねぇ…が、その二束三文でも俺らの飢えを満たすには充分じゃねぇか?」

「カモられますわよ?」

「……………このお嬢さんは、どこでそんな言葉を覚えたってんだ?」


 呆れたような眼差し。

 ですが、ピートから否定の言葉はありませんでした。


 荷物を強奪しようとした時も、3つの集団は狙いがそれぞれ違うようでした。

 明らかな金品狙いが、考えの浅そうな『赤い星』。

 衣類等、応用の利きそうな物を狙ったのは『黒い蝋燭』。

 そして食料狙い一択だったのが、『青いランタン』でした。

 それもあって、『青いランタン』を交渉相手に選んだのですけれど。


 明らかな金品も、貴族家特有の贅を凝らした高価な布地も。

 社会的弱者が持っていても、災いにしかなりません。

 特に此処、貧民街のような強者が弱者を虐げる場所では。


「高価だと明らかな物を子供が所有していれば、暴力的手段に訴えてでも強奪していく大人が、貧民街(ここ)には多くいらっしゃるのではなくて? 命を狙われるのですもの。1つ何かを持っているだけで、他にも持っているのではないかと勘繰られ、暴力を受ける。百害あって一利なし…ではないのでしょうか?」

「………本当に、なんなんだろね、このお姫さん。俺らが痛い目見て、苦い経験して、ようやっと培ってきた世知ってヤツを知ってやがる」

「否定は、なさらないのですね」

「そりゃ、お姫さんの言う通りなんだから否定はしねーよ」


 暴力組織に金品を上納し、甘い汁を狙った『赤い星』。

 応用の利く衣類で、己の欲求を満たそうと考えた『黒い蝋燭』。

 最初から食料を狙った、『青いランタン』。

 ですがこの食料は、わたくしの所有物です。


 勿論、ただで渡す気は一切ありません。


 穏便に食料が欲しければ…わたくしの望む、対価を与えて下さいませ。

 

 顔も見ない相手から、都合を考えず強奪するならば、ともかく。

 こうして顔を合わせ、言葉を交わした、今。

 この義理固い少年は、もう非情になりきれない。

 膝に乗っているクレイの頭を、無意識に撫でている様子からも明らかです。

 特に交渉の材料が、ピート自身には大した価値のない…腹の痛まないものであったのも、功を奏したのでしょう。


 わたくしの持つ食料と引き換えに、情報提供。

 取引は円滑に結ばれ、情報を分けていただけたのは、この後すぐのことでした。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ