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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
22/210

青いランタンからのお使いです

アレン様たいへん。

「酷い目に遭った…」

「申し訳ありません、アレン様。大変でしたわね」

「謝りつつ、他人事感がどうしようもなく漂うのは何故だろう…」


 翌朝のことです。

 アレン様は朝からお疲れのご様子で、今にも卓に突っ伏しそう。

 そんなに離れがたいほど仲が良いのなら、と。

 メイド達の好意(?)で、わたくし達は同じ卓を囲み、朝食を共にしております。


 あれから、アレン様は抵抗も虚しくわたくし達と1つ同じ寝台で眠りに落ち。

 朝までぐっすりでしたの。

 メイドが来るよりも先に目覚めたなら、問題はなかったのかもしれません。 

 誰よりも先に目覚め、部屋に戻られたのなら。

 ですが、第1発見者はわたくし達を起こしに来たレナお姉様でした。

 わたくしも夜更かしの影響でしょうか、早く起きることが叶いませんでしたの。


 わたくし達が共寝しているのを発見したレナお姉様。

 彼女はまず、他のメイドに報告に走られたそうです。

 こんな『面白…失礼、対応に困る状況(レナお姉様談)』で、如何したら良いのか先輩方に聞かねばならないと思われたそうです。

 それは丁度アレン様が寝台にいないとおろおろしていたアレン様付きの使用人達の騒動と連動し、一気に使用人達に知れ渡りました。

 結果、アレン様は「子供とはいえ淑女の部屋に入り込むとは何事か」とご家族からお叱りを受けつつ、何故かわたくし達はご家族からも使用人達からも生(ぬる)い笑みで見守られています。


 それらの合わせ技で、アレン様は疲労の極地にいらっしゃいます。

 わたくしも少し申し訳なく、謝罪の言葉は惜しまずに重ねているのですが…。

 どうやら、少々アレン様には素っ気無く聞こえていたようです。

 ふふ…ここは少し、からかってしまいましょうか。


「それは……叱られたのは、わたくしではありませんもの」

「原因、君だよね…?」

「ですから、それは申し訳ありませんと」

「もうちょっと心こめて言ってよ!」

「まあ…最大限、申し訳ないと思っていますのよ?」

「………確かに、顔はもう物凄く申し訳なさそうだよ? そんな表情してるよ。

でもね、」

「でも、なんでしょう?」

「その声! 常と変わらない…いや、常より酷いよ。感情のこもらない平坦な声で謝られてもね!?」

「まあ、うっかり棒読みでしたのね」

「その声すら平坦だし…!」


 がっくりと肩を落として、アレン様、落ち込んでしまわれましたの?

 …少々、からかいすぎましたかしら?

 わたくしがおろおろしていると、呆れを含んだレナお姉様の声がかかりました。


「そこの坊ちゃーん、落ち込んだり叫んだり、食事の席で行儀悪いわよ」

「う…済まない。って、君、元凶その2だよね? なんで情報拡散に走ったの」

「若君、想像してみなさい? 子猫と子犬と子狐が身を寄せ合って団子になって寝てたら、どうする?」

「それは………和むな」

「ええ、ほわっとするでしょ。あたしはその小さな幸せをお裾分けして回っただけよ。お陰で大変喜ばれて、使用人間でのあたしの株も上がったわ」

「ナチュラルに利用発言!」

「何よ、旦那様なんて速攻で「絵師を呼べ!」って指示してたんだから」

「い、いやーっ!!」

「まあ、絵師が到着する前にアンタ等起きちゃったんだけどね」

「そ、それで朝起きたら室内にお祖父様が…」

「あらあら…アレン様、愛されていますわね?」

「この愛され方は何か違う気がする…動物的な愛でられ方をしている気がする!」

「ははっ 若君あ~いされてるー(嘲笑)」

「………そこのメイド、僕のことものすっごく馬鹿にしてるよね? 馬鹿にしてるよね??」

「とんだ言いがかりね。否定はしないけど」

「君が他に注進に走らずそっとしておいてくれたら、こんなことには…!」

「人のせいにしないでよね。全く…女と寝たから何だってのよ。その歳で×××したって訳でもないんでしょ。若君、気にしすぎ」

「このメイド、朝から何てことを…!」

「レナお姉様、×××って何ですの?」

「止めて、聞かないでミレーゼさん! 僕、とっても嫌な予感がするから!」


 いやぁぁあ、と。

 悲鳴を上げるアレン様の反応が不思議で、わたくしは首を傾げてしまいました。


 ――後で、アレン様が教えてくださったのですが。

 その言葉は、どうやら卑猥な言葉らしいということです。

 詳しい意味はアレン様も知らないそうですが…

 人前で使うに、相応しい言葉ではないと。

 以前アレン様がそれをお耳に入れたのは、ご兄弟の会話からだったそうです。

 その時の文脈とお兄様方の反応からして、下種な類の言葉だろうと。

 それを知って、わたくしも………顔から火が出るかと。

 わ、わたくし…知らずとはいえ、はしたない真似をしてしまいましたのね。

 ………レナお姉様の経験値には、時々、敵わない気がします。


「もう、アンタ等くっちゃべってないで、さっさとご飯食べなさいよね。

食器が片付かないわ」

「あ、ごめん……って、君も結構喋ってたよね?」

「済みません、レナお姉様」

「ごめんしゃーい」

「よし、そこの姉弟は素直でよろしい。あ、クレイ坊やは謝んなくていいわよ。クレイ坊やは食べるの遅くっても仕方ないし。悪いことしたってわけでもない3歳児に怒るほど、あたし心狭くないから。ま、怒るときは容赦しないけど」


 そう言いながら、レナお姉様は新たな一口を匙にすくい、クレイに渡しました。

 わたくしはクレイの食事を手伝おうとしたのですが…

 それはメイドの仕事だと言って、今朝はレナお姉様がやってくださっています。

 お陰で、わたくしは気楽に食事に専念できています。

 レナお姉様も、クレイの介助にかこつけて共に食卓を囲んでいます。

 わたくし達と共にお食事する方が気兼ねせずに済むとのことなので、レナお姉様にとってもよろしいことですわね?




 食事が終わり、わたくし達はそれぞれの1日の仕度の為に分かれました。

 アレン様は家庭教師についてのお勉強の他に、色々とやることがあります。

 その中でも貴族男子としての嗜み…剣技や体作りに関する内容はわたくしには立ち入れない世界です。

 わたくしはわたくしの方で、ブランシェイド家の皆様のご好意で、ご当主夫人…アレン様やエラル様のお祖母様に当たる伯爵夫人について、礼儀作法や淑女の嗜みを教わる時間を与えていただいております。

 エラル様やアレン様は完全な男兄弟ですが、お父様もご兄弟は男性のみ。

 ここ数代、女の子は1人も生まれていないそうです。

 お陰様で女の子のいない伯爵夫人にも、とても可愛がって頂いております。

 今日も午前中は伯爵夫人に刺繍の図案を教わることになっているのですが…


 その前に、今日の私には寄るべき場所がありました。


「クレイ、お姉様と一緒にお散歩に行きましょう」

「あい! おしゃんぽ、わあい♪」


 いつも一緒のわたくし達が単独行動をすれば、目立ちます。

 それにクレイがお散歩好きなのは、ここ数日でお屋敷でも知れていること。

 わたくしは何食わぬ顔で、弟と手を繋ぎ歩きます。

 レナお姉様は何も言わず、ただわたくし達の後について歩いています。

 個人付きのメイドという立場ではありますが、レナお姉様はそれに必要な訓練の類を一切受けておりません。職務内容への理解は薄いようですが、とりあえずわたくし達の側にいれば良いと判断しているようです。

 わたくしはそれでも特に構いませんけれど…

 他人の前で綻びが出ないよう、今度ご教授する必要がありそうです。


 このお屋敷の庭園は、花がとても綺麗に咲いています。

 家に潤いと華やかさが足りないと、伯爵夫人が嘆いた結果だそうです。

 華やぎが欲しいと訴える夫人に、言葉通りそのまま花を贈られたという伯爵様。

 ああ訴えれば、養女を取れると思ったのに、と。

 昨日、伯爵夫人が不満そうに仰っていましたわね…

 

 庭から見える木々を、1本1本確認するように歩きます。

 やがてわたくしの歩みが目的あってのものだと気付かれたのでしょう。

 レナお姉様が、怪訝そうなお顔でまっすぐに問いかけていらっしゃいました。


「散策って割りに、目的がしっかりありそうな足取りね?」

「ええ、目的がありますから」

「…さらりと認めるとは思わなかったわ」

「わたくしがレナお姉様に隠す必要もありませんのに?」

「なんであたし、そこまでアンタに信用されてるわけ」

「あら、だってレナお姉様、わたくし以外に頼る縁がありませんでしょう?」

「………朝から黒いわ」


 呆れたようながらも、咎める色の一切ない声音。

 わたくしを黒いと仰いますが…レナお姉様もご存知の、事実でしょうに。

 

「心外ですわね………と、ありましたわ」

「??? あれが、アンタの目的?」

「ええ」

 

 話しながら歩いている内に、足は自然と目的地に辿り着いておりました。

 目指していたものを、わたくしは軽く指を上げて指し示します。

 わたくしの目的……それは、


「青硝子のランタン?」

「うふふ……クレイ、あれが『青い光』の正体ですよ」

「ぴ…っ」


 青い光といわれ、昨夜の恐怖を思い出したのでしょう。

 ついでにその正体を教えてあげようとしましたのに…

 クレイはすっかり怯えてしまい、話を聞こうとしてくれません。

 その様子を見かね、レナお姉様がクレイの手を取りました。


「…どこで接触したのか、知らないけど。どうせ話しがあるんでしょ」

「レナお姉様、ご存知で…」

「あたし、貧民街育ちだし。一応ね? クレイ坊やはあたしが見てるから、話すだけ話してくれば? 身寄りはなくても、あいつらは信用できる部類よ。ただし、『仲間』と認めてもらえれば…だけど」

「ふふ。ご忠告、感謝致します。でもきっと、大丈夫ですわ」

「………アンタに、忠告は必要なかったっぽいけどね」


 青いランタン。

 それを見ただけで、レナお姉様は察して下さったのでしょう。

 育った環境が、『彼ら』と近しいのでご存知だったのでしょうね。

 事情通なレナお姉様が怯えるクレイを宥め賺し、離れた場所へ向かわれます。

 存分に話せ、ということなのでしょうが…

 お待たせしている身では、早々に話を切り上げねばなりませんわね。


 わたくしは青いランタンが複数吊り下がる場所に…

 お屋敷を囲う鉄柵の淵に、そっと身を寄せました。

 それを待っていたように、青いランタンの吊り下がる木々の間から…

 お屋敷に隣接する公園の草むらから、小さな影が寄って来ます。


「『青い光』」

「『茶色い影』」


 それは、あの日…

 生まれ育った屋敷を出て、今後の行く末を賭けて街を彷徨った、あの日。

 偶然知り合った少年がわたくしに託した、『合言葉』。


 合言葉を受け、影はそっと頭に被っていたフードを脱ぎ捨てました。


「ピートの使いだよ」

「うふふ…歓迎いたしますわ」


 光を映さない、無表情。

 表情を無くしてしまった、張り詰めた顔。

 だけどその中に、仲間へと預けた信頼感で緩んだ空気の漂う女の子。

 

 わたくしよりも少し、年下の女の子。

 本来であれば庇護され、厚く守られていなければならない年頃の。

 ですが、彼女を守る大人はどこにもおりません。

 自分と、仲間と。

 助け合って強くたくましく生き抜く子供…。


 ピートの使いだと名乗る、彼女。

 彼女はこの都の貧民街を根城とする、浮浪児童の一派…

 通称、『青いランタン』に属する、孤児(みなしご)の少女でした。




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