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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
伯爵家居候編
21/210

真夜中探検隊…お化けが怖くないとはいいません


 わたくしがそれを見つけたのは、殆ど偶然のことです。


「あら…?」

「ん? ミレーゼ、どうしたの」

「ねえしゃまー?」


 ふと足を止めたわたくし。

 不意の立ち往生に、クレイもアレン様も首を傾げながら立ち止まります。

 わたくしの様子を目に留め、2人はわたくしの視線の向く方向…

 廊下に面した、大きな窓へと目を向けました。


「「!!?」」


「あれは、なんでしょう?」

「みっ、みみみ、ミレーゼ!?」

「ほら、クレイ。アレン様もご覧になって?


  ………闇の中に見慣れぬ、不思議な光が…  」


「み、みぃぃいいいいいいっ」

「あらあら…クレイ、そんなに大声を出してはなりません。眠っている方々のご迷惑でしょう?」


 そしてわたくし達が見つかってしまえば、それはお説教の合図でしょう。

 わたくしは縋り付いて来るクレイをそっと抱きしめ…

 さり気無く、お腹にクレイの顔を押し付けて口を封じました。


「アレン様、あれは何かご存知ですか?」

「み、み、ミレーゼ…っ なんで、そんなに平然としてるの!?」

「わたくし、純粋に不思議ですの」

「知的探究心の前に、恐怖を感じても良いと思うんだけどね!?」


 わたくし達が、先程から注目してやまないもの。

 それは自然のものとも思えない、不自然な青白い光。

 ここ、ブランシェイド邸の、屋敷の際…

 屋敷を囲う鉄柵の向こうに、5つも6つも揺らめいて…

 

「何の光でしょうねー」

「あ、あわわわわ…!」

「そういえばアレン様、魔除の十字架をお持ちではありませんでした?」

「!!」


 どうやら、慌て過ぎて存在を忘れておられたようです。

 思い出されて、重畳ですわね。

 アレン様は大急ぎで銀鎖に繋いだ魔除の十字架を引きずり出すと、両手に掴んだそれを頭上に掲げて固まってしまわれます。

 ぎゅっと縮こまった体は、全身に力が入ってがちがちですの。


「*******、**********…っ」


 体を縮めながら、それでも舌は回るらしく。

 アレン様はぎゅっと目を瞑りながら、神敵を退ける聖句を唱え始めます。

 …この聖句、とても長いものだと記憶していますが。

 聖職者ではありませんのに、アレン様は暗記していらっしゃいますのね。

 アレン様の物知りな面に、わたくしは感心してしまいました。

 もしかすると、アレン様はとても信心深い方なのかもしれません。

 わたくしはお祈りにそこまで熱を入れていませんでしたが…

 今度、アレン様にお祈りに対する心掛けを尋ねてみるのも良いかも知れません。


「ね、ねえしゃま…こあい」

「あらあら、クレイはまだ怖がりさんですのね」

「ねえ、にぇ、みょ、あのちかちか、きえちゃ…?」


 おずおずと顔を上げて、怖いものは去ったかと尋ねてくるクレイ。

 わたくしは微笑を浮かべて、しっかりと真実を教えてあげました。


「まだしっかり風に揺れていますわよ。はっきり、くっきりと」

「……~~~っ!」


 途端、涙目でぎゅうぎゅうとしがみ付いてくる、わたくしの弟。

 そんなにぐいぐいと顔を押し付けてきても、お姉様はクレイを覆い隠してあげられるほど大きくはありませんわよ?


 場は、先程までの密やかに楽しげだった空気とは一変してしまいました。

 泣きながら怯え、わたくしにしがみ付いて震えるクレイ。

 十字架を掲げながら、身を縮めて必死に退魔の呪文を口にするアレン様。

 もう、皆様だらしのない…。

 女の身のわたくしでさえ、こうして事実確認に勤めることが出来ますのに。


 わたくしは使い物にならない()の子達に呆れの眼差しを向けながら、青い光の正体を確かめようと目を凝らしました。

 より確認する為、窓に身を寄せますが…

 恐怖の対象に僅かでも近づくことが耐えがたかったのでしょうか。

 クレイはわたくしの体を離れて離脱。

 今度はアレン様の背中にしがみ付き、男2人でぶるぶると震えています。

 皆様、怖がりですのねぇ…わからなくも、ありませんけれど。


 何しろ、夜の闇の中。

 ブランシェイド邸の外には、丁度公園があります。

 貴族の憩いの場である、森林公園が。

 つまりは、ちょっとした森があるのですが…

 その、木々の隙間。

 怪物や狼が潜み、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気があります。

 得体の知れなさがある、恐ろしげな暗く暗い森の闇の中。

 真っ黒にしか見えない狭間に、ゆうらりゆらりと揺れる淡い光…

 今にも消えそうに儚げな光を放っていますのに、強い風が吹いても消えません。

 木々の枝と一緒に、自然光とは思えない青い光がゆらゆらと。

 まるで、手招きでもするように揺れているのです…


 ………神を信じる素直な10歳児と、年端もいかない素直な3歳児には少しきつい光景ですわね。

 どう見ても、お化けの類にしか見えません。

 ですが、神も信じず捻くれた8歳児が見ると…


 …………………。

 ……………。

 ………ああ、成程。


「クレイ、アレン様……このようなお話を、ご存知ですか…?」

「な、なんだミレーゼっ そ、そそそそんなか細い声で!」

「これは、わたくしの乳母やから聞いた話なのですけれど…ね?

遥か古来より、栄える貴族家には、つきもののお話ですの……」

「待って、待ってミレーゼ! 一体何の話を始めるつもり!?」

「――貴族に貶められ、財産も親兄弟も、何より愛する妻をも奪われた男がいましたの。そう、恨めしい、恨めしいと人血をぶちまけながら死んだ男が、栄誉を極めた貴族家を順々に巡っては、夜な夜な叫ぶそうですの…」

「待って! やめて!? 本当に何のお話ですか!」

「ね、ね、ねえしゃまぁぁっご、ごめんしゃい! ごめんしゃぁぁい…!」

「………そうして、己の死場を再現しながら、断末魔の叫びが迸ります。

まるで喉を裂かれるような、耳に何時までも残る声……その声が、言うんですの。


 『おまえも、か…お前もあの薄汚い貴族の仲間、なのか…!!』


 ――その声は、常人には聞こえないそうです。ですが、男の恨みがそうさせるのでしょう…男を貶めた貴族と同調するような者には、その声が聞こえてしまうんだそうです……地獄の底から、悪鬼が串刺しにしてくるような、恐ろしい声が…」

「み、ミレーゼさぁぁんっ 勘弁してぇ…!」

「ねぇしゃま、ねえしゃまあ……う、うぇぇええん」

「その声を、聞いてしまった者は不幸にも……………」

「う、うぅ…何でこんな時に……!」

「こあいよぅ…っ」


 今の話は、まるっきりこの場で考えた即興だったのですが。

 思いのほか、効果がありましたようで。

 すっかりクレイもアレン様も蹲り、互いに抱きしめあいながら震えています。

 その様子があまりにお可哀想で。

 これ以上怖がらせるのは、胸が痛みます。

 ええ、このあたりで止めておきましょう。


「み、みれーぜ…?」

「はい、なんでしょうか」

「ねえしゃまぁ…」

「ええ、何かしらクレイ?」


「「さっきのはなしのつづきはぁ…!?」」


「あら、何のことですか? 怖い話は終わりましたわよー」

「ちょっ あんな中途半端なとこで思わせぶりに終わらないで!?」

「まあ、アレン様は続きをお聞きになりたいんですの?」


 困りましたわね。

 即興だったので、改めてどうかと聞かれると、続きが思い浮かびません。

 適当に誤魔化してしまいましょう。


「うふふ……先程のお話は…」

「う、うん…」

「アレ以上は、秘密…です」


「「……………」」


 何故か、クレイとアレン様の2人が絶望的なお顔に…。

 あら? 怖いお話は嫌がっていましたのに…どちらなのでしょう。


「ね、ねえしゃまぁ…」

「あらあら…これ以上は眠れなくなってしまうでしょう?

さ、アレン様もお部屋に帰りましょう?」

「え、ええ? このタイミングで!?」

「ふふ…もう、本当に眠る時間ですわ」

「え、ちょ、ミレーゼ? ミレーゼさん? さっきのお話は…」

「わたくし、もう忘れてしまいましたわ」

「えぇぇ…」


 有無も言わせず、問答無用に。

 わたくしは笑顔で2人の話を黙殺し、震えて1人では歩けないらしい2人をこれ幸いと連れて行きました。2人も平然とした顔のわたくしに置いて行かれたくはないようで、とても協力的に歩いて下さいました。


 そうして、反論の機会を与えずに2人を寝台に押し込めます。

 わたくしに与えられた部屋の、わたくしとクレイの寝台に。


「…え?」


 この時になって、アレン様が若干正気に戻られたようですが。

 もう遅いことです。


「さ、2人とも。深夜のお散歩がとても怖いことだとわかりましたわね?」

「あい…!」

「うぐ…」


 素直にわたくしにしがみ付いてくるクレイの頭を、よしよしと撫でながら。

 首までしっかりと毛布をかけ、わたくしは2人を寝かしつけにかかりました。


「…って、ちょっと待て」

「あら? アレン様、どうなさいましたの?」

「なんで僕まで一緒の寝台に入ってるの!? 寝台も、部屋も別だよね!」

「もう今夜は遅くなってしまいましたわ。アレン様が慣れていると仰いましても、わたくしの立場としましては壁伝いの移動など容認できかねます」

「じゃあドアから行くから…」


「アレン様、部屋に鍵をかけていませんの?」


「……………」

「ほら、やっぱり。これ以上深夜徘徊を続けられても困りますし、一緒に眠りましょう?」

「えーと、でもね、ミレーゼ。僕は男の子で…」

「クレイも男ですわね」

「君はね、女の子で…」

「確かに、男女の同衾は問題ですわね」

「だよね!?」


「でもわたくし、まだ8歳なのですよ?」


「……………」


「そしてアレン様は、10歳ですわよね?」


「………うん」

「男女の同衾がぎりぎり許される年齢だと判断致しますが」

「ミレーゼ? 僕、今君の将来がとっても心配…」

「心配していただかなくても、わたくしもわかっています。でもまだ、わたくしもアレン様も子供ですもの。相応の年齢になれば弁えますが、今は大丈夫でしょう」


 わたくしはにっこりと裏も邪気も感じさせない笑顔を浮かべると、そのままアレン様のお腹の辺りをぽんぽんと叩き始めました。


「…あ、待って。寝かしつけようとしないで」

「クレイはこれですぐですのよ?」

「そのクレイ君を寝かしつけないでいいのかな!」

「クレイでしたら、もうぐっすりですが」

「………何時の間に」

「先程の深夜徘徊で疲れてしまったのでしょう。

わたくしにしがみ付いて、健やかな寝息を立てていますわ」

「うわぁ本当だ…」

「という訳で、わたくしがあと寝かしつけるべき相手はアレン様だけです」

「年下の女の子に寝かしつけられるとか、ないから!

どうしてもこの部屋に泊まれって言うなら、ソファで寝るから!」

「それでは風邪を引いてしまいます。もうよろしいから、ねんね~、ね~んね~」

「あ、子守唄とか止めてください。本当に許して」



 結局、攻防の末。

 弟を相手に培ったわたくしの寝かしつけ技術により、アレン様が陥落。

 しっかりと朝まで覚めない眠りに落ちたのは、この10分後のことでした。

 それでは2人も眠りましたし。

 そろそろわたくしも眠りましょう。

 

 ――おやすみなさいませ。




怖がる二人の恐怖を利用して、深夜徘徊への戒めに使うミレーゼ様。


青い光の正体は、また後日。

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