子連れ奇公子珍道中 ~黄金大陸6~
お兄様が爆弾発言。
滅んだ国王の王、ウェズ様は仰いました。
「英雄殿が、我が王子の末裔……英雄殿! やはり我が娘ウィタリアと結婚し、新たなアトラの王としてこの大陸を統べてはくれないか!?」
なんと血迷ったことを。
しかも「やはり」という言葉からすると、以前にもこのような打診をしたことがありそうです。
わたくしは思わず、兄が何かを言うより先にウェズ様に詰め寄っておりました。
「お考え直してくださいまし! 早まってはなりませんわ! ウェズ様は、滅びから目覚めたアトラの国をもう一度滅ぼしてしまわれるおつもりですの!?」
国など……いえ、大陸などと大きな責任を兄に任せては、いけないと思うのです。
国と民とをドブに捨ててどうするのです。
滅びたとはいえ、一国の王として、判断を誤ってはなりません。
「兄はアトラ王家のような大きな責務を背負えるような器ではありません。一侯爵家の当主となるよう教育はされておりますが……王ともなると、必要とされる教育も違うはずですわ。これ程に大きな力と背景と歴史を持つ『栄えの民』ですもの。文化も常識も違うでしょうし、兄では……兄には、王足り得る資格が備わってはいないと思うのです。ですから、アトラの王になどと……お諦め下さいませ。アトラの民の為にも!」
「では我が王女ウィタリアを次代の王……女王とするので、その王配ではどーだろうか! 大陸の半分でどうだろう!」
「売りませんわよ!? 大陸の領土を半分も差し出されたとて、お兄様を売り渡しはしませんわ! お兄様は我がエルレイク侯爵家の継嗣……いえ、当主ですのよ! 当家の主を他家にお渡しする訳には参りませんわ! 如何に大きな利権を約束されようと、財があろうと、広大な領土をお持ちであろうとも、関係ありません」
「わー。僕の事なのに何故か妹が交渉に立ってるんだけど、僕に交渉権は? ミレちゃんが断るまでもなく、僕本人が既にお断りした筈の案件なんだけどね?」
「……失礼致しましたわ。差し出がましい口を利いてしまいましたけれど、確かにお兄様ご自身の未来ですものね。お兄様の当主としてのお答えを信じております」
「ふふ? 白々しい『信じてる』だね。だけど良いよ、8歳の子供はやんちゃするものだし、年長者を困らせるのも自然なことだもんね?」
「お兄様はそろそろ落ち着いて下さいまし。8歳どころか23にもなって周囲を困らせているのは如何なものかと……」
「それにウェズさーん、僕は前にもお断りしたよ? 縁談持ってこられても困るって。僕、重婚する気もないし、それができるほど器用でもないし。ウィタリアちゃんと結婚なんてことになったら、レイトリンが泣いちゃうよ。僕のお嫁さんはもう決まってるんだから」
「………………は?」
イマ、ナニヤラ、信ジ難イおことばガ……
「ちょ、お待ちになってお兄様!? いま、なんと仰いましたの!!」
レイトリン様!? どなたですの!
その、兄などに嫁ごうという果敢にして奇特なお方は!!?
常日頃からわたくしは、兄の縁談について心配を募らせておりました。
8歳の女児が23歳の兄の縁談について考えるのも、頭を痛めるのも不相応だとはわかっておりましたけれど……エルレイク家の将来を考えれば、重要な『当主の妻』という案件を気にしないでいられるはずもなく。
兄のような珍奇なお方の細君が務まるのであれば、いっそ身分や出自は気にするべきではないとまで思い詰ておりました。
ですが兄は。
既に、結婚相手がいると。
わたくし、初耳なのですけれど。
「そのお方は、エルレイク家の女主人が務まる方なのでしょうね!? いいえ、最悪お兄様のお相手が務まるのであれば当主夫人としての仕事は全てわたくしに丸投げでも構いませんわ! 見事熟して見せますとも、わたくしが! ですが一つお聞かせくださいませ! その方は……わたくしの『お義姉様』とでもいうべきその方は………………
その、人間ですの?」
「あはは、ミレーゼちゃん? 流石にお兄様も結婚相手は人間から見つけるよ? 『結婚』という社会制度が適用されるのは『人間社会』っていう同じ社会形態に帰属する種族だけだものね」
「で、では……レイトリン様というお方は人間ですのね!? お兄様、素敵ですわ! 草葉の陰で、お父様やお母様もきっとお喜びですわ……! あ、感激にむせび泣いてしまいそう……それで、お相手の素性は? どこにお住まいの方ですの?」
「ウィルダム伯爵家のお嬢さんだよ」
「レイトリン・ウィルダム様! あの、どなたからの求婚もお受けしないという、孤高の……! ウェズライン王国の由緒正しい家柄のご令嬢ですわね!? お兄様、貴方は本当にお兄様ですの……? あのお兄様が、まさかこんな素晴らしいご縁をお持ちだったなんて! ……お兄様のひとり相撲ではありませんわよね?」
「レイトリンは幼馴染だよ。小さい頃に2度か3度ほど顔を合わせて一緒に遊んだだけだけど。王立学校時代に同学年だったんだ。それで、15の頃に大人になったら結婚しようって約束を」
「15……お約束してから8年経っていますわよ!? お待たせし過ぎではありませんの! その方、本当に今でもお兄様の事を待ってくださっていますの……? もう待っていない、などということはありませんわよね!?」
どうしても聞き捨てならない、兄の爆弾発言に。
わたくしは前後の会話内容も頭から飛んでしまい、ただただ兄の言葉を追求するべく、お兄様のタイを全力で引っぱったのでした。
「あはは、ミレーゼ? お兄様の首が締まるよ」
「きゃーぅ! ねえしゃまねえしゃま! ぼくも! ぼくもやりゅー!」
何かの遊びだと勘違いしたクレイも加わり、わたくし達は兄の首から吊り下がるような状態で。
心と頭が落ち着きを取り戻すまで、15分ほど兄のタイを引っ張り続けたのでした。
お兄様の婚約者、レイトリン・ウィルダム嬢については何時か『天衣無縫のエルレイク』で詳細を書けたら良いなぁと思う次第。
お兄様の迂闊な結婚承諾も含めて書ききるには、少し時間が必要そうですけれど。




