子連れ奇公子珍道中 ~黄金大陸5~
国王陛下からお聞きしたお話のあまりの飛躍ぶりに、わたくしは鈍い頭痛を感じました。
アトラの方々も、お兄様も、一体何をなさっておいでですの……?
大陸の最後、落ち延びる人々はより多くを生き残らせる為、様々な制限が課せられたそうです。
一つに、各家からは1名のみという決まり。
徹底しておかなければ、権力を持つ貴族が飛空艇? の席を独占しそうですものね。
そして落ち延びた先の大地で先住民に余計な悪影響を与えない為、アトラの超技術に関する一切の持ち込みが禁じられたとか。避難に使われた飛空艇や転移施設? も避難完了後は閉鎖されたり封印されたりと言った処置がなされたそうです。
決まりは王家に対しても有効で、アトラ王家からは幼い王子のみが飛空艇に乗ったとのこと。
国王自身は大陸と運命を共にする為、責任を果たす為に大陸に残った民や王女と共にいつ目覚められるともしれない眠りに落ちたと……
もしかすると、永遠に目覚めなどこない。
そんな眠りに。
そうして、時の果てに。
彼らを目覚めさせたのが……大陸を水没させるという災厄の元凶を倒した兄、と。
ふ、ふふふふふ……?
お兄様? 超文明によって栄華を極めた超大陸を丸ごと一つ滅ぼしてしまうような化け物を、単身で斬り捨てるなどと…………お兄様の戦闘能力は一体どうなっておりますの?
まわりまわって、兄が一番の化け物という結論に落ち着いてしまうのですけれど。
そんな兄の血が繋がった実の弟妹というレッテルを貼られて、わたくしやクレイはどう生きていけばよろしいの……? 強く生きていくつもりではありますが、兄の強過ぎる影響力を思えば頭痛を感じるのも仕方のないことのような気がしてしまいます。
「あの、国王陛下?」
「ウェズで構わんよ。君はアトラの民ではないからな、臣従する必要などないし、アトラは滅んだ(※物理)王国だ。こんな状況で国王陛下などと偉ぶった呼ばれ方をしても滑稽なだけだろ」
「……では、ウェズ様。先程のお話で他大陸への影響を避ける為、避難民に超文明の持ち込みは禁じたと仰いましたが……」
わたくしは、『贄の民』の辿った歴史を知っております。
知っている身から言わせていただくと、確実に現地民より圧倒的有利に立てるだろう技術を排して落ち延びた事実が手落ちに感じられてしまうのです。
少なくとも、自衛の手段を一つとなりと持っていれば。
『不審者』だのバケモノだのを撃退できるような軍事力を有していたのですもの。
それほど強過ぎる兵器ではなくとも、何かしらの武器を持ち込んでいれば、彼らの悲惨な歴史は回避できたのではないかと思ってしまうのです。
ですが、未だ『贄の民』についてご存知ないウェズ様は緩く首を振られました。
「確かに、技術を新天地に持ち込めば新たな自分達の王国を築くことも出来るだろう。現地民を支配も出来たと思う。それを思えば、楽に存続する為の方法を放棄したと見えるかもしれない」
「その物言いでは……違うと?」
「考えてもみてほしい。そもそも、我らが『不審者』に目をつけられた原因とは何かを」
お話の中で、ウェズ様は仰っていました。
『不審者』は、アトラの民に文明の放棄……いえ、献上と服従を迫ったと。
傲慢にも、上から目線で要求して体の半分吹っ飛ばされた挙句に撃退されていますけれど。
ですが敢えてわざわざ「お前達には分不相応」と念を押した上で文明の献上を迫ったのです。
……もしや、過ぎた文明が『災難』を引き寄せた?
「過ぎたるは及ばざるが如し、という格言もある。我らが生み出したものではあるが、アトラの技術の影響力は計り知れない。さながら誘蛾灯のように『蛾』を呼び寄せてしまった……という可能性が否めない。我等のような技術力を持たない他の大陸の者達に接触したことがあったかどうかは知れないけれど、わざわざ注目を集めるような目立ち方を我らがしていたことは事実だろう」
「成程、そういうことですのね。避難先に落ち延びる民に、故郷を追われて弱っているだろうアトラの民に、『蛾』の手が及ぶことを懸念した……と」
「その通りだ。我等もまたバケモノやら嗾けられては堪らんしな。まだ『不審者』が生きているどうかは知らないが、『海魔』は最近まで生きていたんだ。用心しておいた方が良いだろう」
ある程度の復興と大陸の生態環境の回復に目途が立てば、アトラの超技術は封印するつもりだ。
ウェズ様の宣言は、生き延びたアトラの全体意思でもあるとのことです。
勿論、反対する者もいたそうですけれど……皆が長い眠りに疲弊し、眠りにつく前の絶望を覚えていたから、でしょうね。
そう長く時間をかけることなく、議論の末に技術の封印については納得を得られた……と。
そうして、彼らは選びました。
海に沈んだ時点でアトラ文明は滅んだものと区切りをつけて、一端は全ての技術を封じることを。
話に聞くばかりで文明がどれ程進んでいたのか、わたくしに実感はありません。
しかし話に聞いただけでも惜しいという気持ちはあります。
実際に文明の恩恵に浴していた方々からしてみれば、惜しいレベルの話ではないのでしょう。
それでも今後の生活に厄災を持ち込まない為に、彼らはこれから生まれる子孫の為に決めたのです。
今後は他の大陸、世界全体の文明の進捗具合に足並みを合わせ、他の文明の技術が追いつくのを待って順次封印した技術を小出しに開放していくことにするそうです。
「こーっくおーぅ陛下ー! 英雄殿がお越しとは本当ですかー!?」
「……ウェズ様、何やらとても活気のある人物が駆け寄って参りますが」
「あれ? あの声はパーヴェル君かな」
「お兄様、既知の方ですの?」
「楽しい人だよ、パーヴェル君」
「アトラの、新進気鋭の科学者だった人物だ。先程、朕の話の中にも出てきた……明らかに違法改造・違法開発が進んだ兵器を持ち出してきて『不審者』の半身を吹っ飛ばした人物だ」
「危険人物ではありませんの!?」
え、野放しですの?
禁じられていた兵器開発を密かに進めていた、と文脈から読み取っていましたので……わたくしの常識に照らし合わせた結果、投獄也処刑也されているものと思っていたのですけれど。
……ですが、考えてみますと『不審者』の撤退後、ほとんど間を置かずに『海魔』との全面戦争に移行したとの事でしたし、技術力で戦力数えられるような人間なのでしたら戦時特例で罪に目を瞑られていてもおかしくはないですわね?
超文明の封印に真っ向から反対しそうな立ち位置ですし、文明の封印が決定したという結論を先に聞いていたので異を唱える立場であろう『かがくしゃ』は、やはり消えたものと安易に考えておりました。
どのような人物か、人柄は存じません。
ですが『不審者を吹っ飛ばした』という武勇伝だけで察するものはあります。
わたくしはクレイの小さな体をぎゅっと抱き締め、『かがくしゃ』の目から逸らすように全身で庇いました。
「ねえしゃま? どうしちゃの? おにゃかたいたいー?」
「いいえ、腹痛ではありませんわ。クレイ、危ない人がいますの。どうか静かにして?」
「こわいひと? あぶにゃいの? こわいひと、やー!」
「あっは。なんか人聞きの悪い誤解が錯綜しているね? 初めましての子たちだよね……なんで、僕こんなに警戒されているのかな」
「朕が、お前と『不審者』との相対時の勲功を話して聞かせたからだろ」
「国王陛下の仕業ですか! いや、でも、結局僕は大したことなんてしてませんって。『カミ』とか名乗る謎の生物にも「人間を凌駕する高次生物を名乗るんなら解剖させろ! 人間との違いってヤツを物理的に納得させてみせろ! 完璧に復元して蘇生までしてやるから!」って言ったんですけどねー……アレを解剖出来て、人間と違う生物だって明確な証拠を見つけられていれば! 更なる発展に寄与できただろうに! ……結局、捕獲もままならなかったし嗚呼ああああ解剖、したかったなぁあああああ。吹っ飛んだ体の断面を映像記録に残そうともしたけど画質がいまいちで確信が持てるようなモノは何も残ってなかったしー……」
「……あの、解剖とは?」
「最先端医療技術だよ!」
「おい、嘘を言うな。……まあ、アトラ時代には全身を解剖チェックして悪いところを切除し、復元蘇生するという試みがなかったわけでもないが」
「碌でもないナニかだということはわかるような……」
「腑分けだよ、ミレーゼちゃん」
「……腑分け?」
「そうそう。僕が獲物を仕留めた時とか、調理の下ごしらえでやってるよね。解体」
「解体と解剖は違いますよ! 解剖っていうのは、それを丁寧に細かく、より深く、状態の分析をしながらやるって感じというかー……」
「詳しい解説は結構ですわ! 碌でもないことだと確信いたしましたもの」
「あ、そうそう! そうだった! ね、ね、ねえ、英雄殿? ちょっと君の事解剖させて! 単身生身であの『海魔』を滅ぼすとか……人間かどうかも疑わしい君の中身が見てみたい!(※物理)」
「あはははは。やだ」
「あの……本当に、超技術を封印する気がありますの?」
「その予定なんだがなー……」
圧倒的な力を有していただろう、古代文明アトラ……の、国王であったからにはさぞや絶対的な権力を有しておいででしたでしょうに。
遠い目をする国王陛下には、何故か言い知れぬ苦労臭がいたしました。
わたくしが思わず憐れm……同情の目を寄せてしまう程です。
8歳の女児からどのような目で見られているのか、察したのでしょうか。
ウェズ様はわたくしの顔をご覧になり、ハッとした様子で話題の転換を図られました。
「そ、そうだ英雄殿! 以前、お礼に渡した剣の調子はどうだろうか!? アトラ王家代々の宝剣なだけあって素晴らしい業物ではあるのだが、何分あの剣には癖があるからな! 真価を発揮できる条件が難しいので英雄殿を困らせてなどおらんだろうか」
「あはははは。ん、良い感じだよ! 中々使いやすくって手に馴染むし」
のほほんと、腰に穿いていた剣を取り上げて兄は満足げに微笑みます。
握られているのは、わたくしも旅の間に見慣れてしまった剣。
……『教主国』で、謎の黒い竜を蹂躙していた、あの剣です。
そうですか。
明らかに通常の手段では入手の難しそうな謎の剣の、出所は此処ですか。
なんと余計な事を。
よりにも寄って、この兄に、なんという危険物を。
「あの物騒な剣をお兄様に渡した張本人は貴方ですのー!?」
少なからず兄とあの剣に命を救われた身ではありますが、納得は出来かねました。
世界の平和の為には、与えてはならない物だったと思うのです。
あまりにも危険な取り合わせだと、わたくしは思うのです。
「ぶ、ぶっそう?」
「物騒以外に何と表現出来ましょうか。ピカピカ光ったかと思えば建物だろうがドラゴンだろうが一刀両断にしてしまう謎剣など危険物以外の何物でもございませんわ」
「……ぴかぴか? え、光ったの?」
「光りましたわよ?」
あら? 何故ですの?
あの得体の知れない剣の、本来の持ち主はウェズ様だと窺ったばかりですのに。
どうして宝剣として代々伝えてきたというアトラ王家の方が驚きますの……。
もしや、あの剣が光るという謎の現象は兄が……?
「まさか、覚醒……!? 英雄殿は、あの剣の真の姿と力を開放したというのか!」
兄が何かやらかしたのかと思いましたが、違ったようです。
いえ、兄が何かしたという意味では正しいのでしょうが、驚きながらも心当たりのありそうなウェズ様の反応を見るに、どうやら元から剣に備わっていた機能のようです。
ですがあまりに……驚きすぎではありませんの?
まさに驚愕といった様子で、露骨に信じられないと全身で表現しておいでです。
剣の持つ本来の機能なのですわよね? どうして全力で驚かれますの?
「あの剣はあまりに強力過ぎると、剣を鍛えた初代アトラ王が制約をかけた。アトラの王……アトラ王家直系の男子にしか本当の意味で扱うことは出来ない」
「え゛?」
あの……お兄様は、あっさりと光らせてはイロイロ斬って…………
「英雄殿、もしや貴殿は……アトラ王家の。我が王子の末裔では……!?」
結論に至って兄の両肩を、ウェズ様が力強く掴みました。
思わずといった態度ですけれど、突然の言動にわたくしも動転してしまいます。
兄は何故か「えー?」などと言いながら首を傾げて余裕のありそうな様子でしたけれど。
わたくしは余裕など持ちようもなく、淑女にあるまじきことながら落ち着きを忘れて声を上げてしまっておりました。
「これ以上、余計な付加価値を背負い込むのは止めて下さいまし、お兄様――!!」
……あまりに、過剰だと思うのです。
冒険小説の主人公でも、ここまで設定を詰め込み過ぎてはいませんわよ? お兄様?




