子連れ奇公子珍道中 ~黄金大陸4~
『栄えの民』は既に滅んだ、と。
わたくしは窺っておりましたのに……この復興現場はどういうことなのでしょうか?
事情がわからないままでは、いざ問題が起きた時の対応にも手間取ることは必定。
『贄の民』の背景とどれだけ合致するのか、情報のすり合わせも兼ねて国王陛下に事情を窺うことにしたのですが……
「我々が冷凍睡眠装置で長く眠っていた理由? ああ、そこは確かに気になるだろうね。良いよ、君のお兄さんとの馴れ初めにも繋がることだし。聞かせてあげよう」
気さくに、そう仰られて。
快く教えて下さることになったのですけれど。
ウェズ・ラ・イール・ソルス・アトラ国王陛下が語られたのは、色々とわたくしの常識を突き抜けた『歴史』でございました。
「実はこの大陸はね、我々の文明ごと数千年ばかり沈んでいたのさ。海底に」
この突拍子の無さ……何やら既視感が!
国王陛下のご説明は、第一声からして飛んでいました。
あの? 海中に没していたというのが本当でしたら……眠っていたと仰いますけど、どうして皆様は生きておいでですの?
まず、そこからして理解を超えていました。
「我々の文明は……仮にアトラ文明とでも呼ぼうか。滅ぶ前の国号にちなんで」
「国の名はアトラと仰いましたの……どこかで聞いた覚えのある国名ですわね?」
「国の名であり、大陸の名であり、だね。まあ、とにかく我々がこの大陸に築いた文明は、他の大陸に芽吹いた如何なる人種のどんな文明よりも、当時物凄く進んでいたんだ。それはもう、他の追随を許さないくらいに。他の大陸の人々を遥か後方に置き去りしてロケットダッシュの勢いで抜き去っていたよ」
「申し訳ありませんが、わたくし、お恥ずかしながら浅学で……『ろけっと』とは?」
「当時、他の大陸では農耕技術が発展し始めて……牧畜や酪農にも手を伸ばし始めて…………いる、頃合いに、アトラでは空間転移装置の開発に成功してまだ各地で『土地の所有』という概念が薄いことを良いことに、他大陸の各地に空間転移施設を建てたりしていた訳なのだが」
「あの? 何かとんでもないことを実行されていた、ということは窺えるのですが……転移装置云々について判断が難しいのですけれど。わたくしの想像通りなのか、大変気になるのですけれど」
「……我がアトラ王家は、3代に1人は天才が生まれるといわれていてね。他者からすると理解の難しい頭の構造をしていたようで……本当に文明は飛躍的に進歩発展を遂げていた。だが、他を置き去りにし過ぎたのだろうね……超文明と呼ばれるようになったアトラは、触れてはいけない領域にまで達していたようだ」
「まさか……大陸が海に沈んだ、とは、もしや!」
この時、わたくしは一瞬。
ほとんど確信を以て、発展し過ぎた文明の暴走から自滅に至る流れを想像したのですけれど。
違いました。
「ある日、空から『神』を名乗る不審者がやってきたんだよ」
「いきなり超展開ですわね!? いえ、そもそもアトラそのものが超展開を遂げていたようですけれども!」
「偉大なる先達への憧憬と尊敬を込めて、我々アトラの民は代々祖先崇拝を推奨していた。というか国民性的に、得体の知れないものというか……存在のはっきりしない、あやふやな物には手厳しいんだよ。だから宗教観も他の大陸で芽生えた偶像崇拝を受け付けない感じでねえ」
「祖先崇拝……ウェズライン王国も、基本は祖先崇拝ですのよ。わたくし達は『栄えの民』から派生した民族だと耳にしております。こんな形で名残が受け継がれていましたのね」
「我々から、派生した……!?」
「何故にそこでショックを受けておいでですの!? ご存知なかったのですか!」
「え、そこ詳しく!」
「……先に、アトラのお話を続けて下さいませんか? 後で順序立てて説明致しますので」
考えてみれば、兄は『贄の民』と何の関りもありません。
そもそも『栄えの民』と知り合ったのも、失踪していた間のようですし……
『贄の民』の存在を知ったとしても、時機的にはほんのつい先頃のこと。
タイミングを考えれば、確かに兄から『ウェズライン王国と栄えの民の関係性』という情報が伝わっている筈もありませんでしたわね。
……関係を良好に、円滑にする為に有用な情報ですもの。後で忘れずにお伝えいたしましょう。
「えーと、『神』とかいう不審者が空からやってきたところだったね」
「『神』ですか……良い思い出のない単語ですけれど、『神』が絡むと碌な事にならないのはわたくしの気のせいでしょうか」
「いや、碌な事にならなかったよ」
「ならなかったのですか……」
「『神』は我々に、一方的に、傲慢にもこう言ったんだよ。アトラの文明は人間が持つには分不相応で、自分達が人間と言う卑賤な存在であることをちゃんと自覚して、『神』に隷属し、全てを献上して存在の許しを請えと」
「それは……反発は必至ですわね。むしろ、挑発行為にしか思えないのですけれど」
「それが本気でそう思って言っているみたいでね。救いようのない馬鹿な不審者だったよ。いきなり目の前に現れて、一方的に崇めろだなんて言われてもねぇ……物を知らないお前たち人間に敢えて言うが、自分はお前達人間より遥かに上位の、高次元的生物だとかなんだとか……まあ、色々とごちゃごちゃ言っていてね。そうしたらアトラの科学者たちが前に出てきて、『高次元の存在を名乗るのであれば証を見せろ』『具体的に言うと我々アトラの民でもいまだ実現不可能とされている事を成して、我々よりも優れた存在足ると明かせ』『すなわち時間への干渉、天体の運行への干渉、魂の複製。この三つである』『我々を服従させたくば今ここでやって見せろ!』『信じてほしくばつべこべ言わずにやってみせろや』『下手くそなタネや仕掛けは一発で見抜くからな! 舐めるなよ!』――と、口々に」
「かがくしゃというのが如何なる人種かは存じませんけれど、随分と血の気が多い方々ですのね」
「ついには350年前……当時から見て350年前に流石に洒落にならないと判断して新たな開発が禁じられていた筈の兵器の類まで持ち出して来てなー……しかも、どう見ても開発がストップした段階から格段に研究が進んでいたようにしか見えなかったんだ。どういうことだろうな?」
「それは……隠れて研究なさっていたのではないかしら。確実に」
「実際に見た威力がね、資料に残された数値を軽々と超えていたようにしか見えないんだよ。科学者達も表立っては試せない武器兵器の類をどこからともなく引っ張り出してきて、ここぞとばかりに、むしろこの機会を逃すなとばかりに『神』に砲撃をしまくりでね? 治安維持を司る軍人たちが、『神』と科学者どちらを相手取るべきかまごつくくらいに。堂々と破壊行為を行っていたけれど、科学者たちは何のつもりだったのやら」
「非常時、で有耶無耶にするおつもりだったのでは?」
「やっぱりそう思うか……科学者の1人が、自分が独自に開発したとかいう小型砲を持ち出してきたんだが、威力が基準を超えすぎていてね。直撃すれば原子レベルからの崩壊を引き起こすという凶悪な代物で」
「前フリでしょうけれど、既に危険しか感じないのですけれど。何をやらかしましたの、かがくしゃとやらは」
「『神』の右半分を吹っ飛ばした」
「『神』って吹っ飛ぶような代物ですの?」
「だけど右半分が吹っ飛んでも平然と生きていたんだから、その点を踏まえれば確かに人間より高次の生物だったのかもしれないね」
「バケモノですわね」
「しかし流石に右半分を吹っ飛ばされたのは想定外だったんだろう。『神』は大慌てで逃げて行ったよ。我々アトラの民に恨み言と呪いを口にして」
「いきなり体の半分を吹っ飛ばされたのでしたら、確かに恨み言の一つや二つ……いえ、100は募っても仕方ありませんわね?」
「そしてその日から、大陸では『バケモノ』が暴れまわるようになった。『神』ではなく、『神』に仕える使徒……我々は『海魔』と呼んでいたよ」
「どんなバケモノですの?」
「クラゲと蛸と、鯨とドラゴンを足して割ったようなヤツだ。5体いて、4体は軍と科学者たちが手を合わせて消滅させたのだが……残る1体が凄まじく強くてね。科学者たちの密かに開発した最新鋭の兵器でも、『次元をずらす』という反則的な防衛手段によって防がれてしまう。そうこうしている内に成す術もなく王都迄侵略されてしまった。我はこれはいよいよ滅亡の時が来たと腹を決めたんだ」
話を聞くだけでも、アトラの民が持っていた技術力が信じられない程に高かったことが窺えます。
ですが、それだけ極めたアトラの民でも倒せなかった化け物がいる。
大陸中を散々に荒されて、国王陛下は一つの決断を下したそうです。
「出来得る限り、多くの民を他大陸に逃がす。だけど逃げる為には飛空艇か空間転移装置を使うか……とても、大陸全ての民を避難させることは出来なかった。他大陸に逃げることが叶わない者達は冷凍睡眠装置で眠ることにしたんだ。幸い、各地の防災シェルターには地域の備えとして冷凍睡眠装置が完備されていて、装置の数は十分にあったからね。ただ整備頻度や装置の型番など様々な要因があって、不具合が発生して目覚められなくなった民も多いが……」
実際に、目覚められなくなった者は多いと国王陛下は仰いました。
『海魔』は暴れ、文明ごと始末しようとしたのか大陸を沈めたそうです。
海の底に沈められては、『海魔』の暴力をやり過ごしても目覚めることはできません。
最初から、目覚められるかどうかは分の悪い賭けだとわかっていたのでしょう。
国王陛下は沁々と、また目覚められるとは思っていなかったと仰いました。
「だけど数か月前、大陸を海の底に引き留めていた『海魔』が死んだ」
「現代に生き残っていましたの!?」
死んだことよりも、今の時代にまで『海魔』などと言う化け物が存命だったことの方に驚きました。
え、何千年生きていましたの?
それだけ長生きとなると、逆にどうして死んだのかが気になります。
兄の仕業でした。
「そう、英雄殿が『海魔』を倒してくださったんだ!」
「僕は人魚さん達に頼まれただけだよ?」
「人魚もまたアトラの末裔、やはり『英雄殿』が我々の救いであることに違いはない」
余談ですが、人魚と呼ばれるのは海中を棲み処にする人間とよく似た種族の事です。
ですが国王陛下曰く、彼らは人間によく似ているどころでなく、元は人間だったのだと……あの? 人間には魚の尾っぽは生えておりませんのよ?
……元はアトラの騎士たちの家系で、海中に没するアトラ文明を守る為……守るというよりもむしろ墓守として、アトラ文明の痕跡を見守る為、滅びに瀕した文明末期に、い、『いでんしそうさ?』とか何とか呼ばれる処置を受け、海中生活に適応した存在へと意図的・人為的に進化を遂げたのだそうです。
アトラ文明とは、人間に魚の尾を生やせるのですね……。
何を望んでそんな技術を手に入れたのかは存じませんけれど、滅んでよかったのかもしれません。
……復活を遂げておいでですけれど。
本当に、何故に復活などしてしまいましたの?
………………そこにもまた、兄が関与しておりました。
「英雄殿が『海魔』を倒してくださったからな。脅威が去ったと王宮の秘奥にある防衛機能が判断したのだろう。大陸の環境維持システムが自動的に起動し、設定値まで大陸が浮上した。そうして、目覚めても危険はないと判断され、我々の冷凍睡眠装置が設定解除された……ということだ」
「申し訳ありませんけれど、わたくしにはよくわかりませんわ。説明が難しい……というよりも、アトラ独自の概念と名詞が多すぎて理解は困難を極めます」
なんとなく、『兄のせい』という点は理解できましたけれど。
兄が大陸を沈めた元凶を退治し、結果として沈める存在を失ったことで大陸が浮上した。
多分、纏めればそういうことなのでしょうね。
ですが……こんな壮大な『由来』では、どう頑張っても『贄の民』の由来と照合など出来ないのではないでしょうか。照合しようにも、話が壮大すぎて誰も信じないのでは?
まだやる前から諦めるなど恥ずべきことですけれど、わたくしはそう思うのです。
なんだかくどくなってしまいました。
小林はSFにあまり詳しくないので、変な齟齬とか矛盾とか出てきていないか心配です。




