真夜中探検隊…これも、定められた予定調和なのでしょうか
冒頭の選択肢『5.仲間になる』は前話の選択肢、
1.説得して止めさせる
2.密告して止めさせる
3.脅迫して止めさせる
4.買収して止めさせる
…から続いて5、となっております。
分かりづらいかもしれませんが、申し訳ありません。
妥協しました。
5.仲間になる
まさか、この選択肢を選び取ることになるとは思いも寄りませんでした。
わたくしは今、敗北感でいっぱいです…。
でも、致し方ないのです。
何故なら、クレイが…
クレイが……とても、きらきらした目で!
わたくしの服を小さな両手で掴み、ぴったりと体を寄せて。
真下からわたくしの顔を見上げ、『おねがい』を口にしたのです。
「ねえしゃま! ぼく、たんけんしちゃい…」
「クレイ…あのね、クレイ? わたくしやクレイは、もう寝る時間で…」
「おねがい、ねえしゃまぁ…」
「お、おねがい…? クレイが、おねがい…」
「うん、おねがい…ねえしゃまー? めぇ…?」
「く、クレイ…」
気付いたら、わたくしの口が勝手に許諾の言葉を…
「それじゃあ、もう夜も遅いのですし。軽く近い場所を一巡り、だけ…」
「きゃーあ!」
クレイの喜ぶ顔を見て、少し甘いかとも思いましたが…
あまり我儘をいわないクレイの、お願い、ですもの…。
たった1人の弟の、珍しいお願いを叶えてあげたいと思ってしまったのです。
両親が亡くなって以来、クレイはずっといい子でした。
聡い子ですもの。
もしかしたら、空気を読んでいたのかもしれません。
わたくしに余裕がないから、ずっと我慢を強いていたのかもしれません。
3歳という年齢を考えると異常なほどに、クレイはいい子でした。
そんなクレイが、わたくしに我儘を言ったのです。
それは、両親が亡くなってから初めてのことでした。
泣いたり、両親の行方を気にしたり。
そういうことはしても、父母に会いたいとすら言わせてあげられなかった。
不甲斐無い姉を、許して下さい、クレイ…。
クレイが喜ぶのなら、今夜一晩はいいかと。
わたくしは、妥協してしまったのです。
そしてクレイが行くのであれば。
当然ですが、私も参加を余儀なくされてしまいました。
こうして、わたくし達は…褒められたことでは、ありませんけれど。
寝巻きの上からそれぞれ厚手の上着を身に羽織り。
仲間を得たアレン様が、うきうきとしたお顔で仰られました。
「真夜中探検隊、点呼開始! 1号!」
「にごー!」
「………NO.3」
ちなみに隊長はおりません。
隊員若干名3…この全てが同等の権利と義務を有するそうです。
今までたった1人での徘徊も良かったけれど、仲間とする徘徊も楽しそうだと、1号は満足げなお顔です。
………楽しそうなら、良いのでしょうか。
内心で葛藤するものは、まだあります。
ですが今夜限りは…わたくしも、共犯ですわね。
今夜だけ大目に見ることとします。
……明日以降、同じ事をしている姿を拝見したら、容赦なく対処いたしますが。
一先ず、クレイやアレン様が満足する程度はお付き合い致しましょう。
何度も繰り返しますが、今夜限定のお話で。
「それで、どちらに参りますの?」
ベランダから人気のない部屋まで移動など、わたくしやクレイには不可能です。
訓練すれば無理ではないかも知れませんが…現実問題、やはり無理ですわね。
足を滑らせて転落するわたくしやクレイ…大怪我は必定としか思えません。
アレン様もわたくし達の身体能力に考慮して下さいました。
ですので、普通にドアから部屋を抜け出します。
「ん? 特に決めてないよ?」
「え…? ではどちらに? 目的もありませんの?」
「そう、目的も意味もなく、思い惹かれるままに歩き回るんだよ」
「まあ…」
呆れてしまいますわね…。
そんな、行き当たりばったりで無計画な。
…まあ、わたくしも無計画に動くことがままあるので、責めは致しませんが。
「では、どうなさいますの?」
「いつもだったら、適当にお気に入りの場所を回ったりするけど…」
「やはり、近くをぐるっと一周して終わりと致しましょう」
「「えー…」」
「声を揃えないで下さいませ…。これがギリギリ精一杯の譲歩ですのよ」
「あい…ねえしゃま、ごめんしゃい」
「えぇ、クレイ諦めるのはやいよ」
「…アレン様? この深夜徘徊自体、取りやめにしてもよろしいのですよ?」
「深夜徘徊じゃなくて探検だって言ってるのに。でも、わかった…従うよ」
「ふふ…アレン様は本当に素直な方ですのね」
「なんか、複雑…」
わたくし達は方針を決定すると、気を取り直して静かな廊下を歩き始めました。
手には蜀台の1つもなく、光源は窓から差し込む月明かりと、暗い廊下のところどころにあるランプの明かりだけ。
闇に慣れぬ内は、辛うじて足元が見えるだけの光に恐ろしさも感じましたが。
同じく怯えてか、わたくしの体に縋りつく弟がいました。
その温かな体を感じると、わたくしも気を張り、平時の自分を装えました。
誰か守る対象が側にいると、こうして気丈に振舞えるもの。
わたくしはそのことを、この数日で身に染みて理解しておりました。
「ねえしゃま、くらいくらい…」
「でもクレイ、暗いお陰でお月様がよく見えてよ? ほら、お空を見て」
「つきー。ほしー? きーろいねー」
「あ、今日は半月かー…満月だったらもっと明るかったのに」
「ふふ…満月の夜は、こうして徘徊するのではなく、もっとゆっくり月を眺めて過ごしましょう? 使用人にお願いしてお月見の席を整えてもらうのでしたら、わたくしも賛成ですわよ?」
「きゃあ、おつきーみー! ねえしゃま、ねえしゃま、おちゃとおかし?」
「ふふ。クレイはお月様よりお団子ですのねぇ」
「それも悪くないなー。庭にさ、月見用の場所があるんだ」
「まあ、素敵ですわね。でしたら、是非実現致しませんと」
「お忙しくないようなら、兄上もお誘いしよう。なんだか最近、とてもお疲れみたいなんだ」
「エラル様ですか?」
「そう。他の兄上は学校の寮だし」
「そういえば、お忙しそうですわね…わたくしも、アレン様とお会いした日以来、お会いしていませんし。当家の問題で、奔走して下さっているのでしょうか」
「んー…でも、前から時々こんな風に忙しそうにしてはいたかな。なんだったか…何かの災害本部?が大変って。水害か何かの予防策でも練ってるんじゃないかな」
「まあ…それでは我が国の国土を守るため、走り回っていらっしゃるのね」
「司法の司って、職責広いのかな…災害と司法の繋がりがよくわからないんだ」
「……わたくしも、不明です。ですがお役所は全て連動しているとも申しますし」
「子供の僕達にはわからない、何か多大な苦労があるんだろうなぁ」
闇に目が慣れてくると、次第に色々なものが見えてきます。
わたくし達は気ままにひそひそ話を交わしながら、お屋敷の廊下を歩きます。
確かに昼とは様子も変わり、異なる視点でお屋敷を鑑賞することが出来ました。
クレイは普段は絶対に出歩かない、夜のお散歩が気に入ってしまったようです。
最初は怯えていたのですが…
やはり此方も、闇に目が慣れたせいでしょう。
もしくは夜のもたらす、独特の空気に慣れてしまったのでしょうか。
機嫌よくにこにこと、クレイが笑います。
笑いながらわたくしの手を取り、引っ張るように先を歩くクレイ。
「クレイ、そんなに慌てると転びますから」
「きゃうー♪ ねえしゃま、ねえしゃま、たのしーねえ」
その無邪気な視線が、とても心苦しく思えます。
ごめんなさい、クレイ…
とても気に入ってくれて、言い辛いのだけど…。
貴方の深夜徘徊は、今夜を限りに以下阻止させてもらう予定です。
そんなわたくしの思惑は、全く知らぬ様子で。
クレイは弾けんばかりに嬉しそうな笑顔で。
わたくしの罪悪感を、ちくちくと攻撃してきたのでした。
いえ、わたくしは正しいはずです。
そのはず、ですわよね…?




